357話 門でのび縮む。
灰色の道を歩く。雲間から、日が差すも肌寒い。後ろの女性陣は、外套を纏っている。
地面は、石を組むようにして道がつくられておりぐねぐねと曲がっていた。
(表通りは、まっすぐなのに。脇に入ろうとすると、曲がっているってどういうことなの)
ロンドンを想像するに、道は広くて街灯が高く。さっぱりとしたイメージがあるのだが。
通りは、侵略を想定してか。
まっすぐではなかった。川には、船も軍船らしきものも見えない。
テムズ川なのかどうか知らないけれど、幅の広い川には魔物が出そうだ。
馬に乗った青い鎧を着た幼児が、並んで進む。
「ちょっと、聞いているのかい?」
先ほどから、アドルが戦況の話をする。しかし、聞けば手を貸さざるえない。
「聴いてるきいてる」
適当に相槌を打っておこう。
「ほんとかい? 君のことだから、手を貸してくれるとは思ってるけど」
安直すぎやしないだろうか。断れないが。横で馬に乗るクリスは、様子を伺っているようだ。
「城に行ってからだね。その金の羊も探さないといけないし」
ユウタにだって都合は、ある。
すると、タレ目の児童は上に視線を動かす。何やら、知っていそうだ。付き合いは、長い。
ユークリウッドが乞食をしていたころから知っているのだ。アドルは、忘れているのだろうが。
「あ、ああ。うん。カンタベリーの教会に、うん。それがどうかしたの?」
カンタベリー。通り過ぎた場所だ。
「じつは、こっちの羊族の子がね。探しているんだよね。どうにかならないかな」
「うーん。なるほど。困ったねえ。そいつは、対価としては…。うーんと、蛮族の王でも討ち取ってこないと無理じゃあないかなぁ」
手っ取り早そうだが、めんどくさそうでもある。
アルたちは蛮族というが、実は原住民。それを駆逐している。
川には、船一つ見えない。渡りきろうとしていた。
次第に空中要塞の姿が顕になってくる。
「蛮族の王ね」
手土産と。潜入して、討ち取ってくるならなんとかなるかもしれないが。
「僭王アーサー。そして、卑王ヴォガーディーン。どちらかでも討ち取れれば、ね」
ヴォーガーディンではなかったか。今一、名前が聞き取りにくい。
戦局が、落ち着くということだろうか。アーサーというと女剣士をイメージしてしまう。
有名過ぎるゲームのせい、という悪い思い込みかもしれない。
「ちょっと先に行っててくれないかい」
視界に映る道の端。右を行くむこう。敵意に満ちた目が見えるではないか。見過ごすつもりもない。
「せっかくだから、城まで案内したいけど。どうかな」
「気になる事があってね」
城の通りで、何やらありそうな人間を見かける。路地の入り口で。建物の窓で。
木の扉から覗くようにして見ているではないか。
アドルか。それとも、女性陣を狙っているのだろうか。
日本と違って、車線は右。右を馬に乗って闊歩している。通りの距離からして、城が見えるところまでくると。眼光の鋭いものを浴びる。ちらと見れば、灰色の雑巾を被ったような人間が座り込んでいた。乞食のようだが、気になる。
2人か。1人が、ちょうど離れる。好機だ。
「君が気になるというのは…」
降りると、地を蹴った。向かうのは、
「な!?」
問答無用で、腹に一撃。しかし、硬い物で受け止められた。剣か? それ越しに気を流し込むと。
相手の身体は、前のめりになって崩れる。内勁気功、螺旋拳。
一撃必殺の威力を半分以下に。そこまで落としても、戦闘不能まで持っていけたようだ。
戻ってくる仲間は、いないようである。身体を抱えると、枯れ木のように軽い。剣が落ちたので、それも拾って元の位置まで戻る。
「あいかわらずだね。で…その子はなに?」
「敵意を感じたから、尋問しようかと」
嘘である。しかし、目つきが気になるので無理やりにでも話を聞くべきだろう。
「うん。ええと」
戻ってくるや。馬に乗せた拍子に、ねずみ色フードから金髪が出てきた。男の子ようであるが。顔は、わざと汚しているような。それを見てか。
「その子って、鑑定、あ、アーサー王子じゃない」
クリスが、とんでもない事を言い出す。慌てて鑑定スキルを使うと。
(げえっ。アーサー、王子なんてでてくる。なんで、王子がこんなところに…)
後ろにいるザビーネの顔を見るも、反応はなかった。きょとんとして、わかってないようだ。
「うん。いつものことながら、感心するのだけれど。とんでもないよね」
「いや…」
10歳と出るので、年上だろう。少年の腕を後ろでにして、縛っておく。
「さすが、師匠です!」
「いやいや…」
手を振って答える。誤解だ。感心したような目をしないで欲しい。
トゥルエノもザビーネも同じ瞳をしていた。ルドラは、腕を組んで低く唸る。
知らないし。捕まえようなんて思っていないし。王子だとか、知らないし。
「これで、手土産はできたって感じ? まあ、金の羊と交換、するのかどうかわからないけど、あ」
城の門まで、くるに襲いかかろうとしていた人間は姿を消している。
王子が捕まった事で、手が出せなくなったようだ。
或いは、城に入る事ができるからか。
「まずは、宮殿で話をね。殿下がお待ちだから」
門番から、通されて鋼鉄製とみられる門扉を通ると。前庭からすごぶる通りが、広い。アルカディアのベルサイユ宮殿とまではいかないものの。広々として、無骨なミッドガルドの城とは違う。
「驚いたようだね」
「まあ、中と外の違いが、ねえ」
「それについては、仕方がないことだと思うよ。なんせ、まだ完全に支配したわけじゃないし」
少年の身体は、寄ってきた兵士によって掴まれる。枯れ木のような軽さなので、折れそうなくらいではなかろうか。
「じゃあ、ちょっと僕がほう、あえ!?」
アドルが、びくっとして硬直するではないか。その視線をたどると、妙齢の美女が立っていた。
歳のころは、20か。もっとか。胸が育ちすぎの着流した立ち姿だ。
口角を上げながら、すすっと近寄ってくる。他の兵士たちといえば、直立不動だ。
「どうした? 何かついているか?」
その後ろからは、エリアスの姿が見える。そちらは、すぐにわかった。
帽子とエプロン姿だったからだ。
(ああ。アルトリウス様か)
どうするべきかというと、跪くしかない。
「アルトリウス様におかれましては、ご機嫌うるわしく。臣、ユークリウッド、馳せましてございまする」
「…なんつー馬鹿丁寧な言い回しだ。ん? あれは…アーサーか。なるほどな。召喚した意味もあったということか」
意味があったのなら、幸い。解放して欲しい。
「アーサー、うん。それで、こいつが欲しいか?」
指を鳴らすと、エリアスと黒髪の美女が金毛をした羊を連れてくるではないか。
「は、できましたならば…」
「で、そんな事よりも、感想は?」
感想? おっぱいでかいですね。と、言えばいいのか。どう、答えれば最善であろう。
ユウタにとって、女性を褒めても殴られるという経験しかないのである。
なので、どう言えばいいのかわからない。当たり障りのないものを選ぶか。
(沈黙が、いてええ。どーしよ)
頭は、混乱してきて困った事に間近まで近寄ってくる。下を向いていると。
「おらっ」
ぐるりと、抱え上げられた。怪力だ。蹲ろうにも、そのまま持ち上げられる。
「いやあ。軽いな。つーか。良いもん食ってるか? ここは、じゃがいもしかねーからな。ちょっと、飯を頼むわ」
いや。それどころではないのだが。さっさと、金の羊を手に入れたいわけで。
おっぱいが背中に当って、股間がピンチだ。
「くくく。こいつ、抵抗できねーってのは本当のようだなーあ?」
「アルトリウス様、やりすぎだぜ。そんなんで、暴発したら大変だと思うけどなー」
「ああ。そいつは、もったいねーな。んじゃ、お楽しみはとっとかねーとよ。でだ」
尻をつかもうとするし、股間に手を回そうとするしで顔面は真っ赤になっている事だろう。
他の人間といえば、面白そうに見ているだけである。
顔を横につけて、白く滑らかな肌。その感触は、冷たい。
「金の羊は、やってもいい。そこの…」
「くそっ、はなせっ」
「気がついたようだな? アーサー王子」
なんとも、悪人声を出す。ルドラは、立っていたもののザビーネとトゥルエノは片膝をついた姿勢。
「誰だ、あんたは」
「くくく。察しの悪いやつ。俺が、ミッドガルド軍の司令官で王族で支配者というわけだ。お前の欲しがっている剣、あれも当然、俺が持っている」
「返せ、妹を」
「ああ、そっちか。さて、タダで返す馬鹿はいない。わかるか? わからないのなら、まず数を数える事からやりなおしてこい」
何をしたいのだろうか。どうせ、また悪戯心が芽生えているのだろう。彼女は、傲岸不遜だ。
して、妹とは一体?
「くっそおお」
「捕まって、何ができるというのだ。このままなら、今日にも、ここで死刑だが?」
「たとえ、僕がここで死んでも仲間がきっと仇を討ってくれる。後悔は、していない」
「といいつつ、妹の事が気になって仕方がないのだなあ。ん?」
アルトリウスの腕は、巻きついていて剥がしようもない。エリアスに視線を送ると、目を背け斜め上へ顔を向け口笛を吹き始めた。
(あの野郎、すっとぼけやがった)
人が、大ピンチなのに見殺しとはひどいではないか。
「卑怯な手を…」
「待て待て。それは、誤解だな。そちらの騎士が連れてきたのだ。馬鹿な奴だぜ」
「ウィリアム、どうして」
何があったのだろうか。人知れず、姫? を拐かしてきたのならとんでもない売国奴である。
「こうして、何もするでなくミッドガルドはウェールズを併合する正統なる理由ってやつを手に入れたわけだ」
「ウィリアムは?」
「とっくに処刑したぞ。そちらにまた寝返られても面倒なだけだしな。頭が、おかしな野郎だったが魔法で操られては、いなかったぞ。つまり、円卓に頭のおかしな野郎をいれちまっただけの事。どーせ、正体不明の外人でもいれたんじゃねーの? そこら辺、がばがばみてーだしなあ。まっ、姫1人で同盟を結ぶとかいうネジの飛んだクレイジーサイコパス野郎の話を鵜呑みにしねーよ。良かったな、姫は本物だっておめーが保証してくれるんだからよ」
アーサーの瞳は、血走って青目が赤目になりそうなほどである。
「う”ぃりーーーーあーーーーあああああああああ」
頭を激しく振って、気でもふれたかのようだ。可哀想に。部下に、気が狂ったものがいるとかような捕虜になってしまうのだ。優勢な方が、劣勢な方の話を飲むだろうか。ありえない話だろう。敵ならば潰してから、考えるのが普通だ。
良かれと思って、行動したのかもしれない。だが、歴史を知っているのなら裏目にでた話なんてものはごろごろしている。侍大将が、姫を拐かして逐電したというのならまだわかるものの。外交官でもなく宰相でもない騎士が、同盟を決める。
アーサーの哭き声で、我に帰ると。
「あの、いい加減降ろしてもらえませんでしょうか」
「のん。もーちょっとこのままだ」
くんくんと鼻を動かしながら、首筋を舐めるではないか。恐ろしい。かつて、これほど恐怖を覚えたこともない。食べられてしまうのか。セリアもまた食らいついてくる事がある。
「くくく。まあ、そんなに怯えるな。取って食おうとしたら、戦争になっちまうからよぉ。味見くら、あいぇえ、もう、かよ」
どんどん下へと。縮んでいるようだ。人は、縮むもの。そんな馬鹿な話もないが、現実に縮んでしまった。何かの薬であろうか。城の方向から歩いてくる白衣を羽織った幼女。
「おーい。アルさまーよー。あ、これ、どういう事よ」
指を震わせて差される。犯人は、アルストロメリアだったようだ。芋虫のように暴れていたアーサーを黙らせると。
立ち上がった。
「お尻ぺんぺんでいいですか」
「え、ちょっと、怒ってる?」
いや、怒らない人間がいるだろうか。危うく尻に指を入れられそうになったり、などなど。
「ええ」
「ちょーっとした冗談じゃ、ひぃぎぃ」
壁を作り幼女3人を並べて、怒りの平手打ちだ。




