352話 夕食の獲物(漫画もあるよ
疲れた。
自由に操れないので、全く面白くない。
操縦者は、不要だというのが見解だ。
太陽に突っ込もうとかしたりするのには、閉口したし。彼女たちのお腹が空くまで自由きままに飛ばされるのにも、参ってしまった。
帰ったのは、夕飯時。
(アルストロメリアの奴が、乗せろとか言っていたけど。無理だろ)
2度と乗るまい。自分で操縦して、動かしている方は楽しいのだろうが。動かされる方は、大変だ。
暑かったり、寒かったり。
ベッドの上では、黄色いひよこがすや~っと寝ている。
なんとも、フリーダムでつねりたくなるではないか。突くが、反応はない。
そして、溜まっている書類。紙の束をめくると、
(ウィリアムね・・・ウィリアムってどこにでもある名前か)
似た名前がずらりと。
ウィリアム、ウィリアム、ウィリス。ヴィクトリア、ヴィーダと。
死刑執行の承認を求められたり、気が滅入る。ラインハルトと比率は、同じくらい。
人を殺して楽しむ趣味はないし、闘争から離れれば普通であるつもり。
領主をやる際に、これが一番嫌になる事ではないだろうか。その内の1人が、
(うーあ。こいつ、偽名に裏切りに毒殺に暗殺に脅迫に殺人に大量殺戮に…養父殺し恋人殺し)
殺しに殺しまくって。もう、罪状が数え切れない。
人を殺せば、殺し返されるから殺人をためらうのである。
現代とは違って、いくら法が曖昧で恣意的に使われるといっても、限度があるだろうに。
恨みを買えば、暗殺される可能性が高くなるもの。決して、寝ない人間はいない。
上手くかいくぐってきたのか。
(鋸引きに、火刑か恐ろしいもんだ。が、嘘はばれるもんだ。他所の国の人間が騎士になろうってのも大概だけど)
現代とは違う残虐な死刑だ。見世物ですらあるのだろう。
日本くらいゆるゆるなら、重国籍も問題ではないのかもしれない。
なんせ、法律を作る側が何年にも渡って違反していても問題ないとしているのだから。
(重国籍の外人が総理になろうってのもあったっけ。懐かしい)
例え、ミッドガルドが中世未満であるといっても出自は重要だ。
もしも、ユークリウッドがミッドガルド人でなかったら騎士見習いにだってなれなかっただろう。
そういう意味で、転生した国に馴染んでくれたのはありがたい。
領主としての道は、まだまだ半ばも行っていないのだ。人口は、増えたものの。
産業の育成には、時間がかかる。特に、蒸気機関車を走らせるのには石炭が必要である。
が、アルーシュは地面を掘りかえす事を許さない。
山は、いいらしいが下へはやっぱり駄目らしく。
(うーん、鉱石は取れるみたいなんだけど。それこそ、迷宮で石炭が出る場所を探すしかないのか?)
頑なに、うん。とは言わないのだ。
冒険者兼鉱夫といったとんでもない職業になりそうで、しかも何か強そうなイメージがする。
あり、といえばありで調査しておく必要があるだろう。
また、黄色いひよこを突くが反応はない。
仰向けになったままひっくりかえる。
(人を殺したいとは思わないんだけどなあ。普通は)
いくらなんだって、戦争したりと現代では考えられない生活をしているけれど。
何も好き好んで人を殺そうと、企んだりしない。
先手を打って、相手を殺しにいくのも最近では考えていないほどだ。
(まあ、盗賊に殺されそうになったら殺し返すくらいはするけどさ)
殺されそうになったら、それは仕方がない。
自衛だと思っている。今でも、話をしてなんとかなりそうなら鉾を納めるのもやぶさかではない。
ヘルトムーア王国が講和を望めば、それに乗ったほうがいいと思っている。
(アルーシュは、やめないだろうけど)
勝てそうなのだ。敵国の王都前に、セリアを置いておくだけで相手が瀕死になりそうなのである。
ヘルトムーア王国はその圧倒的な科学力で、軽く捻るつもりだったのかもしれない。
(今時、戦車やらヘリコプターがあるくらいじゃねえ)
セリアの投石にだって負ける。
そうでなくても、分身の術じみたもので増えていくのだ。
ユウタも相手にしたくなくなっている。
アルーシュが、太陽に突っ込もうとしなければまだよかった。
だが、彼女はやろうとする。太陽柱の術を自分で味合う羽目に今日はなってしまった。
セリアもその術を受けていたのだと思うと、よく燃え尽きなかったな、と。
書類にサインをして、机の上へ置いておくと横になる。
「おにーちゃ、食事」
「今いくよ」
夕飯は、なんであろうか。ドアを開けると、フード付きのローブを羽織る。肩にはひよこが飛び乗ってきてフードに狐と毛玉が潜り込んでいる。前もって、潜り込んでいたようだ。
「兄者、急いで」
「うん」
次男のクラウザーが、しかめっ面で言う。将来は、一体どのような顔になるのだろう。
なんとなく、四角い顔を想像してしまった。
アレスは、その後ろに付いている。兄弟の仲は、良さそうだ。
廊下を歩きながら、不意に、
(あれ? ひょっとして…。クラウザーとレウスが、同年代なのかよ・・・やべえよ)
継承権とか財産分与とか考え出したら、どうなるのかわからなくなってきた。
その上、ザーツまでいるのだ。
グスタフとエルザの間に生まれてきたクレスと相まって6人兄弟ということになる。
シャルロッテを入れると7人だ。
(こいつは、長男ですが末っ子が出来すぎてやばいですって話になりそうだわ)
良くない事だが。基本的には、出来物だと飼い殺しに合う。
部屋住みだとか。なかなかどうして、次男三男以降で出世するというのも厳しい話なのだ。
階段から、夜空の星が見えた。
世界の果てまで、届く巨人に乗ってきただとかいう話をしてみるのも面白いかもしれない。
どうしても、自慢話になってしまうのだが。
食堂には、見慣れない顔がさも当然のように混じっていた。
目に映ったのは、誰であろう。ネロだ。それに、
(アルーシュまで、普通にいるよ・・・どうなってんの)
おかしい。ユークリウッドの記憶にも、ネロは存在していない。
イレギュラーだ。もしかしたら、別のルートにでも入ったのかもしれない。
という事は、愛の無い交わりもなくなるかもしれなかった。
(うん。訳がわからないな)
ネロは、ロゥマの貴族ではないのか。家は、没落しているようであるけれど。
それが、ミッドガルドに引っ越す? 共和国なのか帝政なのかが気になる。
楽しげに会話をしながら、あれやこれやと健啖のようだ。
正面にはアルーシュ、ネロと並んでいて隣にはシャルロッテと続く。
「ユークリウッド様はまだ婚約された方がおられないのですね?」
アルーシュが飲みかけの葡萄酒を吹き出す。顔面にかかってきた。
汚い。顔にかかった液体を桜火が差し出した布で拭く。
「それは、ですな」
「いないが、こいつがすると思うか? 無理だな」
「ちょっと~、ルナがしてるもん!」
「バカ野郎、認めてねえもんは無効だ!」
静かな夕食が、突然に嵐が吹いている。クラウザーというと、目を丸くしているし。
アレスは、面白そうにしていた。
「ふむ。まだ、早いと思うのだがね。ユークリウッドは、なにか考えているのかな」
何も考えていない。どうしたって、男爵と公爵が釣り合うはずがないではないか。
貴族同士の力関係というものもあるし、宮廷だとかいうものは魔界だ。
黙っていても、仕方がない。注目が集まっていて、尻が痒くなる。
「将来の事ですから、慎重に考えた方がよろしいかと」
ぶん投げた。
「ほらみろ、逃げたぞ」
一発、顔面を殴りたい気分だ。疲れているのは、誰のせいか。
小憎らしい顔で、頬杖をついている。
「貴方。ユークリウッドさんも、今のうちから結婚を意識するのは早いのではないでしょうか」
「うむ。わかっているのだが…」
「この話は、止めだ。ネロも荒れる話題を出すなよ」
「ですけれど、はっきりとしておかないといけないのでは?」
なおも、ネロは微笑を浮かべながら言う。
「ほう、ならば財力で勝負か? 文無しの貴様にどうこうできるとは思えないが?」
「痛いところを突きますね。時間さえあれば、いくらでも稼ぎ様があるのです」
「ふーん」
アルーシュは、にやにやしている。もう、勝った気でいるようだ。
唇の端を斜めに上げているところが、小憎らしい。
「にーちゃん。結婚するの?」
シャルロッテがあどけない声で言う。
「うーん。そうじゃないんだけどね」
「何が、そうじゃないんだ。あ?」
アルーシュは凄みを効かせてくる。大抵の人間なら震え上がるところだ。
物理的に首を飛ばすので。
「アル様の気まぐれには、困っちゃいますよ」
「こいつ、気まぐれときた。どうだ、ネロ」
少女か幼女か。ネロは、唇をぺろっと舐める。艶かしい仕草なのだが、子供のはず。
「お父さんは、この件にノータッチだ。本人同士で、決めなさい」
「貴方?」
エルザが声を出すも、それに頷く幼女。
「賢明だな」
がるると、どこにでも噛み付きそうなアルーシュである。臣下の家で食っちゃべっていていいのだろうか。全然良くないはずなのだが。
「ふふん。ここは、故事にならって宝物で勝負というのは」
それは、アルーシュの当確ではないか。ネロは、扇子で口元を隠す。
「それでは、勝負になりませんわ」
「ねー、ねー、ルナがこんやくしてるもん!」
「こいつは、放っておいて。なら、どうやって決める? 勝てるものがあればいいがな!」
すごく強気だ。食事を終えると、席を立つ。
『狩りに行くからな。準備をしておけよ』
念話が飛んできて、えーっと思ったが頷くしかなかった。
「寝るんじゃなかったんだ」
「狩りに行くんだと」
部屋に戻ると、ひよこが声をかけてきた。人語だ。
声帯は、どうなっているのだろう。
「ふああ。ボクは、寝とくねーよろしくー」
「わらわも、寝とくのじゃ。夜更かしは肌に悪いでの」
狐とひよこは寝るらしい。見れば、テレビが置いてある。四角い箱が手前にあるから、
(こいつら、ゲームで遊んでやがったな? どうしてくれよう)
そう思うのも仕方がない。ちらっと見るに、ジムシィティゼロとか書いてある。
どこぞのゲームをパクってきたようなタイトルだ。
(ま、いいか)
ひよこと狐もたまには、ゲームで遊んでいるのも。
しかし、後片付けは誰がやっているのだろう。DDもレンもやりそうにないタイプなのだ。
「メイドに片付けをやらせないようにね」
「ぎくっ」
白い毛玉は、頭に乗っている。どうも、居心地がいいのかフードが住処になっていた。
「おい、いつまでもたもたしている」
扉が叩かれる。どこへ行くつもりなのか知らないのだが。
扉を開けると、鎧を着た幼女が立っていた。
夜中に戦うというのも、毎日の事。
「どこへ行くんですか」
「お前が戦っていた場所な、ちょいちょいと手伝ってやろうではないか」
危険だ。絶対に行かせられない。
「行きましょう」
ネロが、その後ろで言う。どうして、夜中に行こうというのだろう。
夜中は、魔族も力を増すというのに。
「どっちが、上か。今のうちにはっきりとさせておかんとなあ」
「よろしいですわ。私も、腕がなるというもの」
「ふん、すぐに泣かせてやるからな」
「そちらこそ、ハンカチの用意はよろしくって?」
アルーシュとタメで会話をしているのが、気になる。
廊下を歩きながら、突き当たりに立つエリアスとフィナルを見つけた。
また、うるさい連中が押しかけてきている。
「それで、今日の前衛だが私とネロでやる」
「えー、それはないであります」
「眼帯もどきは、黙ってろ」
「横暴でありますー。ユーウもなんか言うであります」
オデットとルーシアもいる。これで7人だ。男は? 1人である。
「というわけで、だな。今日は、急遽ゴブ狩りに変更な。どれだけ狩れたかで、勝敗を決めるとしよう」
とっても心配だ。だれか餌食になってしまわないだろうか。
ゴブリンといえば、定番だが。罠も張ったりする魔物である。
油断していいはずがないのに。
「ふふふ」
奇妙な笑いが、一同に起きていた。




