351話 巨人が飛んでいった
あらすじ ロボットに乗り込んだユウタたち。
一方で、乗り遅れたアルストロメリアが目を覚ます。
乗れなかった彼女が取った行動とは。
揺れている。
目を開けると、轟音が耳を貫く。どうやら、寝ていたようだ。
(あーもう、うっせえなあ。なんの音だよ)
上下に揺れている。誰かに抱えられていた。誰だ?
「やっと気がついたんだ。も~」
エッダの声だ。とすると、どこだろう。
振動を起こしている原因を探ろうとして、周りを見る。
「うおおおおっ」
それは、巨大なゴーレムだった。滑らかに、歩いている。だというのに、地面を踏む度に力が入っているのか振動で浮かび上がるではないか。
「すげえ。乗りてえんだけど!」
「それより、お礼は?」
なんだろうか。エッダの顔には、笑みがあるけれど。わかるようなわからないような。
「ありがとーって」
「まったくもー。調子に乗るからだよ! 」
そんな事は、どうでもいい。下半身が湿っているので、またもや漏らしてしまったようだ。
その程度で、逃げ出す訳にはいかない。なんせ、100億ゴルがかかっている。
というのは、アルーシュが賞金を賭けたからだ。
「悪いって」
「本当に、思ってる?」
ふくれっ面の彼女だが、頼りになるのは確かで。気絶しても、無事だったりするのは助かる。
「思ってるって、なんなら土下座しようか?」
「本当に、しかねないからいいけどね。今日だって、危ない真似はやめてって言ってるのに中に入るし」
愚痴が始まった。こればかりは、聞いていられない。
見れば、ゴーレムが外へと出て行くところだ。一体、誰が操っているのだろう。
「ちょっと、待て。あれって、機神とか言われてる奴じゃなかったっけ」
「たぶん、そうだと思うけど。アル様たちは、乗り込んだよ」
文献で読んだ事がある。エンシェントゴーレムでも、破格の性能らしいが。
乗る人間は、機体に選ばれるとか。そういういわくつきの奴だったはず。
「いや、そいつは・・・」
「死ぬかもって事?」
いや、危険だから止めろって事だ。それに。なぜ、動いているのか不思議で仕方がない。
箒を取り出すと。
「追いかけるの? 危ないと思うんだけど」
「間近で見ねえとよ。どうなってんのか気になるだろ」
ユークリウッドに接近したのは、金が目当てだった。今も目当てであるが。なんとも興味が尽きない奴である。
一度、解剖させてもらえないだろうかと言ったらぶっ飛ばされそうだ。だとしても、検討に値する。
通路には、人の姿がなく。避難しているようだ。
箒に跨ると。すぐに、魔力を込めて浮かび上がる。この程度の術は、造作もない。
後ろには、エッダが追いかけて飛んでくる。船の中か。
ようやく、わかってきて外へと出る。
(なにやってんだか)
巨大なゴーレムは、迷宮に向かうでもなく歩き回っている。当然ながら、地震でも起きたかのように地面は揺れているだろう。
(マジでやべーな。あんなのどっから持ち出したんだよ)
見れば見るほど、やばい。近寄れば、目眩がする。距離があるのに、魔力を吸収されるようだ。
危うく墜落するところだった。これでは、魔術師殺しではないか。
『不味い。エッダ、近寄るなよ』
『だから、危ないって』
なにもできないとは、この事だ。そのうちに、降りてくるだろうと引き返すしかなかった。
眼下には、崩壊した小屋が見えてアキラたちが開けた場所で倒れこんでいる。
滑稽だが、笑ってもいられない。
なんとかしてやらないと、いい笑いものだ。
『降りるの?』
『おう』
念話で会話しないと、声が届かない。風が心地よいけれど、股下が冷たくなった。
風邪をひきそうだ。
迷宮の入り口となる場所には、兵が警備をしているし。
その見かけは、堅固そのものの要塞なのだった。が、崩れてしまっている。
地面すれすれに、移動すると。
(げっ、赤い羽?)
振り返ると。まるで、そうとしか思えないものが巨人の背中に生えている。
後光がさしているわけでもないのに、毒々しい色に思えた。
そして、掻き消えた。
(へ?)
ともかく、消えた。
「巨人、消えちゃったよ。降りても大丈夫だよね」
「そだなー。しくじったなあ」
「乗りたかったの? 危ないと思う」
「そんなのどこだって付き物だろ」
エッダは、心配症だ。分家からやってきた親戚筋ではあるけれど、この心配症には困ったものである。
色仕掛けをしろといっても、やりやしない。
「おっかしいよな。俺を差し置いて、わけわかんねえ連中と乗っていくなんてよ~。ふざけやがってよ~」
「文句ばっかり言ってないで、手伝って」
んなのは、当然やらない。部下がして当然。壊れた建物は、所謂ところの耐震基準を満たしていなかったのだ。とはいえ、それはそれで困った事で椅子を収納鞄から取り出そうとして…
「うあ…」
突如、中身が溢れた。赤い濁流というか。素材として詰め込まれていた、試験用の薬剤だとか。硝子の瓶が大量に。
「うそ~。ちょっと、何をやってんの!」
「いや、俺にも何がなんだか」
訳がわからないが。つまり、あのゴーレムに接近したが為にこうなったと。
地面は、地獄絵図で大変な事になってしまっている。幸いに、瓶は硬質なもので割れてはいないが。
泣きっ面に蜂でもこないように、部下へと指示を出す。
「あんまり、人ばかり使わない方がいいと思うけどね」
「じゃあ、誰があいつを篭絡するんだよ。エッダがやるんだな? いいよ。俺は、降りないけど」
どこかへ行ってしまったゴーレムは、放っといて一大事だった。
鞄は、壊れてしまったし。迷宮から、魔物でも出てくればひと財産が消えてしまう。
「ええ? わたしには無理だよ」
「あーあー、聞こえなーい。大体、そんなんで神秘を研究できると思ってんのかよ。金が速攻で尽きて、おっさんに股を開く羽目になると思うぜ」
「それは、そうかもしれないけれど」
世の中、金である。錬金術の研究には、それこそ金がかかるのだ。各種の素材を取ってこれる冒険者を雇うとなれば、それを上回る売上を出さねばならぬ。アルストロメリアは、もっと小さい時から四六時中聞かされてきた。
「ここじゃ、商売もできそうもねえけど。生産施設でも作って、みっか?」
「冒険者相手に? 無駄だと思う」
「だよなー」
ライバルの魔術師エリアスには絶対に負けられない。今のうちに、ユークリウッドの歓心を買いつつ虜にしてしまうのだ。母親から、受け取った手業でどうにかなると思い込んでいたのだが。全くといっていいほど、進んでいる様子がない。
(んー。どうしてだ? 男だったら、すぐ襲ってくるとか言ってたのに。惚れ薬系統が、全く効かねえ。意味がわかんねえよ)
益々、一度解剖してみたい。
アルストロメリアの野望に是非ともに欲しい。
まず、顔は普通。体型は、わからない。将来は、食い過ぎで太るかもしれないし。
ただ、
(長男だから、領地もあいつのものだろうしな。こいつは、でかい。はよ、帰ってこんのかね)
ライバルも多いのだ。エリアスは、ともかく。
(アルーシュ様は、どーも本気っぽいけどガキだし)
自分もガキだが、よほど世間が見えていると思っている。
(男なんて、やらせりゃ思いのままとか。嘘じゃねーか)
難しい。顔で、なびくはずだと思ってはみたものの。
なんでも、言うことを聞くんじゃなかったのか。他に乗り換えようにも、じじいは論外だ。
それにしても、もどってこない。
地上のどこにも姿は、見えないのだ。
「俺って、イケてるよな」
「それ、私に聞くの? んと、アルちゃんは、うん。可愛いと思うよ」
今日の装いは、制服姿に鞄を下げたものに着替えている。着替える際には、部下が布で隠してくれた。
寝ている間に、着替えをさせてくれたのはすごく助かっている。
下半身は、湿っているのが気になった。
(俺、おもらしは脱出したと思ったのに)
恥ずかしいが、人に知られるのはもっと恥ずかしい。しかし、出してしまうようなのだ。
椅子に座りながら、部下の片付けを見ていると。
「こんちわ」
「おう」
アキラたちがやってきた。何をやっているのか知らないが、迷宮に入るでもなくうろうろしている。
まあ、入られたら迷惑だ。ユークリウッドの弟が混じっているので、責任問題になってしまう。
「どうした?」
「いや~、POTを売って欲しい」
どうやら、回復剤が必要らしい。
「ついでに、育毛剤も」
「そいつは、はした金じゃあ無理」
「いくら、ですかね」
いくらって、時価だ。素材を取ってこれる実力と手間が必要になる。
アルストロメリアは、禿げではないので禿げの気持ちはわからない。
「ざっと、1瓶で1億ゴル」
「そりゃないわ。吹っかけすぎじゃねえの」
こいつは、馬鹿か。冒険者を雇うとなれば、それはもうそれくらいかかるのだ。
あくまで、ユークリウッド価格であって…微生物並だ。アキラは。
「そんなもんなの。お前さんにゃ、わかんねーかな。なんなら、素材をとって来いよな」
「育毛剤だろ? なんで、そんなにするんだよ」
「わりーがよ。欲しがる奴が、めっちゃいてなー。残念だけど、値上がりは避けられねーのよ」
男は、カツラを使用したりするけれど。どうも、ふっさふっさの毛が欲しいらしい。
金を持っているのは、商人に限らない。領主だって、薄い髪の毛をめぐって戦争になるくらいだ。
「まじかよ」
「素材をとってくれば、作ってやるのもやぶさかじゃねーけどな。問題は、海の魔物で海で戦えるような漁師なんてそういないって事。それに、海の中だと陸と違って無力ってのが定番でよー。船には金がすんげーかかるし。それなら、空を飛ぶ船のほうがまだマシっていうのな。北にいくほど、やべえ鯨とかいるし。戦艦だって沈むんだぜ」
黙ってしまった。
「あの、POTは」
「ええと、エッダ。おい、ぼけっとしてねーで渡してやれよ」
普段は、テキパキと行動する相棒がぼけーっとしている。何か悪いものでも食ってしまったのか。
ひょっとしたら、風邪かもしれない。
「うん。あ、ごめんなさい」
これは重症だ。視線を追っていくと、その先には誰がいるのか。レウスとかいう幼児だ。
年下が趣味だったのか。そんな事を考えつつ、迷宮へと目を向ける。
なんでもない景色が、ゆがんでいる。
(まあ、先行投資かね)
アキラが、騎士としてミッドガルドで成功するには大きな壁が存在する。
それはそれとして、ユークリウッドの部下だ。懐柔しておくには、越したことはないだろう。
日本の諺にも、アルストロメリアは一通り目を通している。
(馬を得よだったか? 将を得んとすれば)
間違っているかもしれない。日本人だというのだから、ウォルフガルド王国での出世も見込めないだろう。
右のコーボルト王国もしかり。下のライオネル王国は、もっとだ。
「ほらよ。もってけ」
「なんで? 金は、ねーぞ」
「ツケにしといてやる。まあ、一回だけな」
大赤字だが、エッダの様子がおかしいし。死なせたら、不味いと言われている。
シグルスからも、レウスに目をかけてやるようにと仰せつかっているし。
アルストロメリアの家は、不安定な立ち位置にあるので方々に媚びを売っておかないと危うい。
「恩に着るぜ」
「いいけど、ツケってやつだからな。返せよ」
「期限は?」
「ねーけどな」
のろのろと動くエッダに、目もあてられない。回収しおえた代物と漸く整った建物は、次に起きた地震には耐えるだろう。
魔物よりも、かのゴーレムのほうが脅威ですらある。
「つーか。迷宮はなんの動きもねーじゃねえか。ふざけんなよな」
「相手も、用心してんじゃねえの」
外を見えているという事か。そういう可能性はある。せっかくの飛空船。
主砲が火を吹くというのに。
「外なら、どうにでもなるのによ~。糞野郎が」
「あんま、汚い事を言うなよな。そんじゃ、大将にもよろしくな~」
いや、よろしく言ってもらうのはお前の方である。わかっていないのか。察し巡りの悪い男だ。
アルストロメリアは、アキラの評価点をまた付け直す。
と、同時にエッダがふらふらと付いて行くではないか。病気だ。
(そういう趣味かよ。しかも、自覚がねえときた)
結局、夕暮れ時。建物が作り直されるまで、帰ってこないとは思わなかった。
どこまで行ったのやらである。




