350話 ロボットに試乗してみたら
あらすじ
なんとか脱出したユウタは、様子を見ていた。正体不明の敵が出てこないかと。
だが、そんなところへエリアスがやってくる。ぴかぴかの船を見せびらかしに。
敵が出て来るのを待っているのだが。
「なーなー。誰もこねえじゃん」
そりゃあ、そうでだ。人通りのない景色に、エリアスがふくれっ面している。可愛い顔が台無しだ。
小屋の用意に壁の設営と、配下の魔術師たちはせわしなく働いているというのに。
木製の丸い机に椅子に座って、休憩中だ。
「お前、ここが出れない迷宮だって知ってた?」
「んあ? そりゃ、あー、なるほどな。どーりで、つーか。ぶつなよ?」
そんな暴力的に見えるのだろうか。心外だ。
エリアスの横には、アルストロメリアが座っていて紙に棒状のペンで記入している。
「出れねえってのは、多分、誰も知らねえ。ただ、帰ってきた奴が居ねえ迷宮だからな。大方、その説明を省いたんだろ」
「じゃあ、僕が出れなかったらどうしてたの」
迷宮の入り口に、敵は出てこないようだ。見張りの人間は、最大限の警戒を要求されている。
ぐるりと、迷宮と化したメラノを囲むように土塁が建造されている最中だ。
「フィナルなら、こじ開けられるだろ。まあ、俺でも可能だし。ちゃんと、来たじゃん。怒んなよ」
「怒ってないけど」
「いーや、なんかぴりぴり肌に感じるんだけど」
えへへと、誤魔化そうとしている。エリアスの乗ってきた船が問題だ。
普通ではあり得ない大きさの空を飛ぶ船。黒と白の半々で塗色されていて、茸に見えなくもない独特なシルエットをしている。小型のヨットタイプに平べったい茸の傘が付いているとも言えよう。
船体が非常に大きくて、海に浮かぶ豪華客船以上。それはもうちょっとした城のようである。
「あれ、なに」
「おお。あれ、あれね。うん。俺の船。ほら、ロシナだけ持ってるっておかしいっしょ。部下も転移したりするのに大変だしさ。ユーウみたくずっと転移門を維持しとくとかちょっと無理なんだぜ」
「あれに似ててきもい」
「五月蝿えよ」
なるほど。部下の移動に、必要というのはわかる。しかし、いくらなんでも大きすぎやしないか。
「いくらかかったの」
答えない。沈黙するからには、4桁億ゴルくらいだろうか。或いは、兆か。
「まあまあ。あんま、いじめんなよ。あれ作ったんで、うちも大分儲けさせてもらったしなあ。箱物でも作って金を回してくのは、良いと思うけど?」
アルストロメリアは、擁護するけれど。果たして、財政は大丈夫なのだろうか。
国庫が尽きて、破綻しなければいいのだが。
「んー。そりゃ、そうだけれど。ちゃんと、足りてるのかな」
「ばっか、何のために官僚がいるんだよ。連中だって、計算はしっかりしてるぜ」
と、エリアスは言うのだ。そして、丸い小麦色の物体を齧って茶色いカップの液体をすする。
帽子を被った幼女が立ち上がって、口元を青い布切れで拭くと。
「へっへっへ。見て、びびんなよ。今日は、エンシェントゴーレムを持ってきてやったんだ」
道理で腹が膨れているのか。
「それが、こことどう関係があるの」
魔王。或いは、それに匹敵するようなでかぶつを見たけれど。中に持っていけるか不明だ。
「まー、ついてこいよ。おめーに起動させねえと駄目らしいからな」
嫌な予感がした。が、魔物が外に出てこないようでは準備をして再突入するくらいだ。
「俺も見たいんだけど、良いか?」
「いいけど、魔力が足りなくて死ぬかもしんねーな~。そこんとこわかって、見るってんなら良いけどよ」
「ばーろー、そんなんでびびってたまるかい」
「へっ、いいぜ。なら、ついてこいっていうか。ユーウ、行くぞ」
なんで、起動させないといけないのだ。アルーシュとネロは帰ってしまったというのに。
「迷宮は、放っておいていいのかなあ」
「迷宮は、逃げやしねえって。外に出てきたら、魔術も使えるし。ぼっこぼこにしたるわ」
先程まで、思い出したかのようにがたがた震えていたというのに。
アルストロメリアは、手首を引っ張る。
周りを見れば、アキラたちが木で家を作ろうとしていた。その中に、レウスとザーツの姿を見て落ち着かない気分になる。危険な迷宮なのだ。
来るべき場所を間違えてやしないか。
「あいつら、連れてきたの?」
「アル様が、連れてこいって言うからな。しゃーないだろ。保険だとかなんとか言ってたぞ」
エリアスは、すいすい先に進む。後ろには、魔術師風のローブを着た男たち。
鎧を着ている者もいるようだ。船の方を見るに、アルストロメリアの船だろうか。
小さな船が並んでいる。
「お前、絶対、ちっちぇ~って思ったろ。なあ」
「ごてごてしてなくて良いんじゃなかな」
小さいのもいい。大きいのも、いい。どっちもいい。
「ほんとかよ。信じらんねえぜ」
「ぷっ。そういうの、雑魚の僻みだっていうんだぜぇ?」
「野郎、言いやがったな」
と言って、顔面を突き合わせる。仲がいいのか悪いのか。わからなくなってきた。
首筋を掴んで、
「はい、先に進む」
というのだが、手足をユウタの方へと伸ばして抵抗するではないか。
「邪魔すんな!」
というアルストロメリア。ここは、お仕置きが必要だろうか。
「俺は、別に煽ってねえから」
「んだと、このやろー」
両方とも、手に力を込めて引き寄せる。
顔を寄せて、
「パンツの刑とノーパンの刑、どっちが良い?」
「どっちもよくねー。つか、こいつの味方かよ。だせえ真似すんなし」
エリアスを握っていた手を放す。どうやら、アルストロメリアは殴らずにはいられないようだ。
それでは、進まないではないか。
「ここは、水に流して進もう」
「うっがあああ」
一層、暴れ方が酷くなったので軽く電撃を流すと。壊れた人形のようにおとなしくなった。
「うわっ、こいつ、漏らしてる」
パンパー●が必要なようだ。いくらなんでも、下が緩いのではないだろうか。
「ちょっと、電撃はやり過ぎたかな」
「そりゃあ、おめえ…自業自得なんじゃね。けど、手加減してやってくれよな。そいつ、セリアみたいに頑丈じゃねえし。フィナルみたいに不死身でもないんだからよう」
「反省するよ」
「まあ、こいつっていつもこうなの?」
いつもとは、どういう事だろう。もしや、猫でも被っているとか。
「そうだけど、なにかあるの」
「いやなあ…学校じゃあよ。それなりに優等生してる奴だから…すっげえ意外っていうか。別人にしか思えねえよ。いや、まじで」
そうなのか。とはいえ、漏らしまくっている幼女はすやすやと寝ている。
アンモニア臭が鼻にくると。
「除去の術を使ってやれよ。可哀想だろ」
先程まで、言い争いをしていたというのにうって変わっているではないか。
クリアのスキルとも言い、旅に冒険に欠かせない術だ。
これが有る無しでは、全然違ってくる。風呂に入らねば、凄い匂いがするし。
「よっしゃ、中に入るぜ。そいつは…まあ連れてくか」
船の底から入れるようだ。四角い箱になっている壁は、鋼鉄か。突いてみると、淡い光が明滅した。
びっくりである。
入り口から、手で認証とは凝っていた。目も探査していたのかもしれない。
「実は、アル様とネロの奴も待ってるからよ~。さっきっからはよ連れてこいやって、うっせーんだぜ」
帰ったのでは、なかったのか。エリアスに念話を送っているようだ。
「ミッドガルドに移動したんじゃ」
「ん、んー。いつものあれだぜ」
アルーシュは、気紛れである。
いつもの気が変わったという奴か。エンシェントゴーレムを動かして、結界を破壊するというのも考えたが。
「結界の中に、ネロみたいに生きている人間がいると使えないけど」
「まあ、な。中の魔力を外に出すっていうのは良い手だと思うわ。やるじゃん」
「ところで、戦争はどうなっているの」
背中がむず痒くなって、話を変えよう。
通路は、灯りが壁に組み込まれているのか。ぼんやりと輝く。
「セリアの姿を見ないじゃん? あいつ、ヘルトムーア王国の首都前で嫌がらせさせられてるみたいだぜ」
そうなのか。全くといって戦争したい気分ではない。いくらなんでも、攻め込むというのが乗り気にならないのだ。
「セリアは、ウォルフガルド放置してるみたいに思えるんだけど」
「しょうがなくね? ミッドガルドが援助を打ち切ったらそっから火の車よ? 借金も結構な額しているみたいだし、お前に」
それと、戦争がどう関係してくるというのだろうか。金が帰ってくる気配は、まったくない。
「なおさら、戦争している場合じゃないと思うけど」
エリアスは、振り返ると足を止めた。指を右に左に。何にもわかっていないという仕草か。
「セリアは、あいつは、頭がそんなに良くないのは知ってるだろ。つっても、筋肉に振り切れてるだけで悪いわけじゃねえ。奴が、稼げるのを考えると」
「傭兵か、身代金かな」
手を叩く。わざとらしい叩き方だ。
「まあ、当たりだな。誰でもわかるし、できるならやってるよなー。俺にゃ、無理だけど。なんと、1対10万を相手にしてるみたいだぜ。ありえねえよな」
逆を言うと、それだけ弱いという訳で。味方がいなければ、それも可能なのかもしれない。
「死ななきゃいいけどね」
「お前と戦う方が、死ぬっつってたぞ。どんだけよ。毎日、捕虜を取っては放置するだけで凄え金になるって真似してみてえよな。あー、金があったらなー。俺も、金貸してくれる良いやつがいると助かるなー、あでっ」
でこぴんをしてやるが、舌を出して悪びれない。きっちと財務大臣が、仕事をしていれば心配もないのだが…
「おっし。ここだぜ」
馬鹿でかい広間に出る。足が見えて、見上げると。そこには、巨大な人形が立っていた。
「これを、動かすの?」
「そそ。これは、まあ秘密なんだけどな。あ、他の奴らは一目見たら下がっとけ。魔力を吸い取られて死ぬぞ」
などと、とんでもない事を言うではないか。
後ろについてきていたエッダへと幼女を預ける。
「これは、また大きいね」
「そりゃな。こいつは、竜やら巨人と戦うために作られた代物らしいんだぜ。製造は不明。破壊も不能。中身も見れねえと。運ぶのだって、命がけでA級の魔術師たちがやらねえとなんねえんだ。昔は、動いたらしいんだけど。もう、千年は寝てるってよ。とんだそびえ立つ糞だけど。まあ動かせるはずってんだから不思議だよな」
糞という言葉に反応したのか目が赤く輝いた気がする。
「乗らないって言ったら?」
「まあ、乗ってみたらいいんじゃね。ほれ、あっちから」
見れば、アルーシュとネロが揃って歩いてくる。その後ろにアルーシュと同じくらい小さな幼女が黒い布を羽織って歩いていた。紅いルビーの目から放たれるのは、びりびりと感じるくらい強い殺気だ。一体、何をすればこうも殺気を向けられるのか。固形物のように肌へひりつくではないか。
狐族の女騎士といい、銀髪の幼女といい。
(何したっていうんだよ。どうなってんの)
と、叫びたくなる。
「よく着たな。早速だが、こいつに搭乗してくれ」
心情などお構いなしだ。どうしたものか。いう事を聞かないと、アルーシュは癇癪を起こすし。もたもたしているのが、一番嫌いという。
エリアスを見て、
「どこから乗ればいいの」
聞けば、アルーシュが走り寄ってきて手を握ろうとする。
「むっ。おい…大人しくしろと」
「わかりました。まあ、大体、検討は付くんですけどね」
おそらく、腹か。首元だ。しかし、乗る台やらワイヤーケーブルらしきものもなさそう。
足元へと寄っていくと、アルーシュとエリアスが追いかけてきた。
「こら、お前は待機してろ」
「え、えへへ。やっぱり、気になるじゃないですか。ほら、千年ぶりに起動するかもって言われたら」
胴体へと、飛び上がるものの。入り口らしい場所っぽいのに、スイッチの類は見当たらない。
吸い込まれるようにして、中へと入れるという事も無いようだ。
(となると、首周りかな)
かなり、高いが。飛行の術で余裕だ。登れば、普通に入り口らしいものが首の付け根にある。
しかし、スイッチのような物は見当たらない。
「こら、置いてくな」
と言いながら、アルーシュやエリアスたちが登ってくるではないか。
慌てて、魔方陣を。
(臨兵闘者皆陣烈在前なのか?)
なぞって、触る。目眩を覚えると、落下するようにして。
「ここが、こおっくピットか」
「操縦席でしょう。確かに、素晴らしいです。これならば、かの魔王も一撃でしょうね」
アルーシュはおろかネロまで入り込んでいるではないか。
内部は、如何にも現代風の物で。レバーと足で動かすような感じになっている。
「おっ、つか…入りすぎじゃね。エッダとアルストロメリア以外乗り込んじまった感」
といっても、狭くない。
「起動、させろ」
アルーシュが座ったのだが、疲れたようにして浮かぶ。
浮かぶ? 無重力なのか。水の中にいるようでもある。
2人乗りのように作られているようで、何気なく後ろの席に座ると。
急に、真っ暗になって。次いで、視界が開けたときには。
(急に視点が変わった? 入ってきたところにアルストロメリアが寝てるって)
すぐに、理解した。どういう仕掛けなのかしらないが、巨大ロボと視点を共有している。
しかし、身体は動かない。
どうなってしまうのだろう。このままロボットのままなのだろうか。




