349話 帰らずの地メラノー一旦外へ
あらすじ 橋の罠を潜りぬけたユウタとネロ。2人を襲う敵が、またしても出現する。
魔王を倒すまで、生き残れるのか。
階段に少女を降ろすと。
肩に、矢が刺さっていた。風を切る音と共に、壁に矢が刺さる。
橋を渡ると、矢の追撃が来る仕掛けになっていたようだ。
(傷薬もない。魔術が使えないと、すげー不便だ)
どうするべきか。見れば、左肩の上。鏃が肉を突き抜けて飛び出ている。顔はというと、小便が漏れるのを我慢しているような。
「これ、抜いてください」
ネロは、視線を矢へ向ける。だが、抜くわけにいかない。
「無理に抜いたら、出血で死亡するからさ。刺さったまま、外に出よう」
と、言っている間にネロは口から胃の中の物を吐き出す。背中にも暖かい感触があるので、なんとも言えない気分になった。せめて、マスクでも付けてもらおう。
「ありがとう。外までは、どれくらいですか」
警戒しながら、歩いて30分だろうか。全力で走れば、すぐそこである。
己が付けていた物だが、嫌そうにしない。敵を片付けながら、ゆったりと帰ろうと思っていたのだが。
若干、好感度が回復して。
「すぐですよ。走ってでましょう」
「私は、自分で走ります」
すぐに下がった。
何を言っているのだろう。一瞬、ぽかんとしてしまった。頭がちょっとおかしいのかもしれない。
アンモニアの匂いでやられているわけでもないのに。
そして、地面には雪の粉が降っている。
(これは…魔術? なのかな)
腕に流れる血で、白い服が赤く染まっていく。
「走りますので、すぐそこですよ」
「わかってます」
と、にべなく手をはねのけるのだ。そして、走ってみると追いかけてこれない。
階段を登ってくるので、息を荒げている。しかも、血が服について鬼女さながらだ。
「ええと、あんまり、身体は鍛えていない感じですか」
「貴方、その言い方は無礼でしょう。…確かに、鍛えてませんけど…ですけど…」
そういって、両手を膝につけて屈む。これで、姫だとか思う人間は稀ではないだろうか。
「背負いますから。その傷で死ぬなんて事になったら、ベネディクトさんになんといえばいいのかわかりません」
「…わかりました」
これ以上、反抗するようなら置いていくところだ。剣呑な顔をして言うと、わかってもらえたようである。階段を登った先に、雪で覆われた道と小屋が見える。
(ん?)
殺気を感じて、ネロを抱えると。地面を蹴って、移動する。茨か。
薔薇の棘のようなものが、空中から生えてくる。
(こいつは、また)
強力な攻撃だ。当たれば、肉体を貫通して死にかねない。
どこから? と、魔力を辿ろうにもその線は見えない。
スキルが、使えないからだ。
「なんですの、うっ」
また、ネロは左肩に担がれた格好で戻しているようだ。前から、横から、下からも。迫ってくる赤い槍じみた植物かなにかを避けて進む。
(うー。敵の姿が見えない。が、喰らわなければ、どうという事はないな)
見えないのだから、消えているのかもしれない。これで、見えない糸だとか何かを張られていればお陀仏というコースだろうか。
そうして、小屋を通り過ぎるに終わらない。茨を破壊しながら。
(おかしいな。攻撃が右側からしかこない。敵は、ネロをまるで傷つけないようにしているみたいだ)
小屋を過ぎると、そこで鎧を着た人間らしき手合いが飛び出してきた。
林の中に潜んでいたようだ。
「待て!」
と言われて、待つやつもいないだろう。置き去りにしながら、服の物入れから石を取り出し投げてみると。
チュン、チュン。キュィーン。金属を鳴らすだけ。
追っ手の腰から抜いた剣で、払われてしまった。凄腕の使い手だ。
足の方は、それほど速くないらしく。追いかけてくるものの、引き離して置いていく。
「貴方は、足が健脚なのですね。まるで、燕のよう」
そうであろうか。走っている感覚というのは、普通だ。全力には、程遠い。
レベルを上げれば上げるほど、筋力も上がる。
ステータスなどは、振っていないが。それでも、速いのだろう。
学校の運動会などには、参加すら憚られる。子供とバイクが走るようなものだ。勝つに決まっている。
(ん? あれは)
後方に、敵らしき鎧の人間を置き去りにすると。前には、骨兵の姿が見える。
槍でこしらえた死体は、なくなっていたものの。
入り口を封鎖しようというのか。
「あれでは、外に出られません。引き返しましょう」
茨による攻撃は、きていない。引き返すにも、ネロが邪魔だ。
さっさと、外へ出て手当をしないといけない。
「大丈夫です。お任せください」
「魔物がいるんですよ? 正気ですか」
とっても、正気だ。もどっても、手当をできる見込みはない。
しかも、茨による攻撃をもらうかもしれない。
距離が開けば、攻撃できないようであるけれど。
「つっこみます」
駆け下りて、骨兵の集団に突っ込む。前を見る感じで、後ろには警戒をしていないようだ。
槍を構えていた骨の馬に乗った相手へと飛び蹴りをしかければ、鎧ごと転がり落ちる。
馬へ着地して、骨の背を蹴って移動していく。
すると、どうだ。
「ひいい。お、おー!」
また逃げ惑うアルストロメリアとエリアス。それに、アルーシュがいた。
囲まれているようだ。
眼前へと着地すれば、骨兵が剣を振りかぶってくる。
「どうしたんですか、こんなところで」
剣をつまむと、引っ張って蹴りを見舞う。頭が、破裂して崩れ落ちた。
「いや。ちょっとな」
ちょっとなで、王子が前線にでてきては困るではないか。
シグルスの気持ちもわからなくもない。
ましてや、スキルが使えない迷宮だ。骨兵に手間取っている様子。
出口へと向かって、力を込める。風船を破く感覚が伝わってきた。
「やった! お前ら、出ろ。早く!」
どうにも、命懸けという気分が抜けている。何もない場所から飛び出してくる茨には、冷や汗をかいたものの。
「お先な」
「どうぞ」
エリアスも、土がついた汚れにまみれていた。
「おのれ、こういう事か」
「とりあえず、でましょう」
「わかっている」
最後尾は、アルーシュで茨の攻撃は止まっている。詰め寄ってくる敵を石投げで砕きながら、外へ移動した。
追ってくるのかどうか。外へと出てくれば、余裕だ。
あの手の遠距離攻撃は、要するに遠隔自動攻撃と一緒なのである。
出る場所を指定して、出しているので操作が難しい。
「うー、助かった」
倒れこんでいるアルストロメリアとエリアスに、エッダが手ぬぐいを渡す。
アルーシュといえば、椅子に座ってくつろいでいた。
ネロを下ろして、矢を引き抜く。血が出てくるのを回復の術で止めると。
「神聖術の使い手でしたか。それならば、納得です」
神聖術とは、ミッドガルドにおける女神の癒しだとか魔術の回復に相当する。
女神教とは、違う宗教が存在するのだ。回復術だったり、治癒術だったり、面倒な事に。
出入り口となる場所には、兵士が立っていて襲撃に備えているよう。
「これから、どうしますか」
「一度、親類の家を頼ってみようと思います」
そこへ、黒い鎧に身を包んだヒロがやってくると。
「疲れているところ、済まないがアルさまがお呼びだ。来てくれないか。ああ、そちらの少女も一緒にな」
黒騎士団を引き連れてきたようだ。空を飛ぶ船が、綺麗にならんで置いてある。
その前には、簡素な木造の家が作られていた。
「わたしも、ですか」
「ああ。君が、クラウディウス家の姫君か。なるほど。見事、大役を果たされたな」
なんとも、奥歯に食べ物が詰まってとれない気分になる。この違和感。
衣服の匂いを落としたかったのだが。
「匂いが気になるが、まあ、よかろう。我が君は、せっかちでな」
「わかりました」
いいのだろうか。ネロの後ろに付いていくと。両脇を挟むように、アルストロメリアとエリアスが寄ってきた。後ろにはエッダだ。
どういうつもりだろう。囲むようである。
「なに」
「んー、わるいな。お前が逃げ出さねえようにしねえといけねえんだわ」
「悪く思うなよ」
なにを悪く思うのだろう。気になるところだが、どうしようもない。
すれ違い様に、アキラたちの姿が視界に入る。
レウスとザーツを連れているではないか。まさか、入るのだろうか。
「あれは」
「保険だけど、心配しなくたっていい。入りゃしねえ。ただの見学だぜ」
「にしても・・・」
じろじろと不躾に下から上まで見ると。2人して、鼻を抓む。
「「お前、くっせえな」」
他に人がいなかったら、頭を叩いているところだ。
「そりゃね。そうですよ。風呂に入らせてくれればいいのに」
「でかい鼻くそもしてるし」
なんともはや、めんどくさい女たちだ。鼻くそは、小さくとも丸い団子のようになっていた。
瘴気のせいだろう。
「疲れたから、寝ようかな」
「ま、ともかく、アルさまと話をしてからな」
アルーシュの前までいくと、騎士が整列しておりその前を進む。
彼女は、手に持った棒で遊んでいる。
「ネロ・クラウディスさまとアルブレスト卿をお連れしました」
「ご苦労」
片膝を付いて、地面を見る。蟻が、ちょこちょこ動いていた。
「そなたが、ネロ・クラウディス嬢に相違ないか」
「はい」
ネロは、俯いて言う。
「うむ…まさか、姫が見つかるとは、な。失礼ながら、クラウディウス家はもはや存在しない。ということをご存じか?」
「…クラウディウス家が存在しない…のですか」
存在しなくとも、領土はあるのではないか。ネロは、親類を頼ると言っていた。
「私にとっては、都合がいいのだが。いや、悪いのか? ともかく、親類一同そろって処刑されている。貴方が、存命しているとわかれば聖王を僭称する輩は見過ごせまいよ」
「そんな…私は」
聖王。ロゥマは共和国ではないのだろうか。後ろからなので、顔色はわからないもののショックを受けたようだ。
「ひどくね?」
確かに、ひどい話だ。親類親戚が、処刑されているとなれば。いったい、誰を頼ればいいのか。
「そこ、ごそごそ言ってるな。という訳で、我が国に滞在するか庇護を求めてはどうかな。考える時間は、たっぷりとある。ゆるりと、なされよ」
なんだか、おかしい。何がおかしいのか。わからないが、おかしさを感じる。
下手に出ているからか? ネロに対して、優しいからかもしれない。
「他に、生きている者はいないのですか。カリギュラ叔父は?」
ネロの問いに、アルーシュが首を横に振る。
「残念だが、真っ先に斬首されたそうだ。詳しい話を聞きたければ、書類があったな?」
アルーシュは、ヒロに視線を送ると。黒い鎧に身を包んだ年配の男がヒロへ布で包まれた四角い物を渡す。
「こちらが、関係者の顛末調査書になりますが…」
ネロの肩が震えている。泣いているのか。
「ともかく、休まれよ。飛行船へお連れしろ」
と、気遣いを見せる。どこか踏ん反り返ってる王子なのに、悪い物でも食ったのだろうか。
「おい、お前、失礼なことを考えているだろ」
ネロへ優しさを見せていたというのに、椅子から立ち上がったようだ。
間近までくると、
「都合のいい女が手に入りそうだな? ふっふっふ。だが、そうはいかん」
肩に手をやると。
「確かに、攻略せよとは言ったが現地妻を作れとは言ってねえ。という訳で、やつは私たちの便器になってもらう」
「殿下、それはやりすぎでは? 側室にするにしても言い方というものが」
「ヒロ。正座してろ」
甲冑のまま正座すると、肉に食い込んで痛いのだ。わかっていてやっているに違いない。
鬼がいた。
「とまあ、私と結婚しないかぎりあの女ともやれんよな。これは、もう結婚するしないないぞ? ん? よーく考えることだ」
右見ると、エリアスは目を逸らす。左を見ると、アルストロメリア四角い枠にローラーの如き菱形の石を弾いていた。
「そいつらと、やる前に私たちだからな。順番を守らないと、子宮をえぐり抜いてやる」
と、とんでもない事を言い出す。
「ひぃ」と「ふんっ」
で、無駄に強気なのがアルストロメリアの方だった。大丈夫なのだろうか。
アルーシュが立ち上がって飛行船へと向かう。丸い気球に船体がくっついているタイプだ。
なんとも爆発炎上しそうな感じで、心配になった。
「ふー。ちょっとは、しおらしくしろよな! 金玉が縮むじゃねーか」
エリアスは、アルストロメリアに食ってかかるのだが。彼女は女の子で金玉なんて付いていない。
「ふふーんだ。恋は、先手必勝だぜ。セックスも同じなんだぜ?」
「だから、おめーと一緒に心中したくねーっつってんの。このウンコま~んが!」
放送禁止になりそうな醜い争いが始まろうとしている。
「うっせえ。びびってんじゃねーよ。女がすたるぞ」
「すたって結構。まじもんで、胴体抜かれたくねえってば」
「スケルトンにやられて死体になる方がこええっての。俺は、いったぜ? 出れねえって。人の話を聞きやがれ! このビッチ!」
「誰が、ビッチだ。この野郎、蒸し焼きにしたろか」
なんて、けったいな話は終わりそうもない。
杖を持ったエリアスは、危ない。すぐさまに、首へチョップを入れる。
崩れ落ちた幼女は、アルストロメリアによって落書きの刑だ。
「膜、確認しとくか?」
「いや」
書かれた肉の字を消してやる。さすがに、可哀想だ。
「そのままにしときゃいいのによー」
そして、服が臭う。
「風呂は…」
「おう、用意できてるぜ。一緒に入るか」
「いや、入らないから」
「けちくせえなあ。洗ってやるって。ついでに、前も」
つきあいきれない。
風呂へ入ろう、と。その場を離れようとした時だ。
警笛の鳴る音が、響く。




