344話 帰らずの地メラノ(ゼクシス
登場人物 アルストロメリア、エッダ、飛び猫、黒竜、ゼクシス・マンマレード
緑色をした何か、骨、骨騎士
横に転がると、そこに緑色の丸いものがぶつかる。
(おいおい、頭に頭がぶつかってやがる)
緑色の皮膚には、血管が浮きだしており骨の刺さった場所からは煙が上がっている。
足元の石を拾って投げつけると、みちみちに筋肉の盛り上がる緑色の額が割れて弾けた。
(こいつ…意外に脆いのか)
あまり、触りたくない。ひっくり返るようにして倒れた赤ん坊の化け物。
緑色をした全身から白い煙を上げて、ぷるぷると痙攣している。
そこへ、蝿が集っていく。死んでいるのかいないのか。わかりづらい。
(蝿が集るんか。ここって。明らかに、殺しにきてんなあ)
迷宮というと。入ってすぐは、雑魚を置いておくものだが。入り口から、囲まれているという。
石でできた家は、気になるが一旦戻る事にした。
骨の化け物といい、骨犬といい、長物がいる。
インベントリは、やはり開けないようだ。
鞄でも背負ってくる必要がある。
あとは、ロープだろうか。釘とハンマーがあれば、色々な場所を探索できるだろう。
戻りながら、股間から胸へ刺さっている槍を引っこ抜いて骨を一箇所に埋めてやる。
土は、黒くて掘りにくいものの槍が役に立つ。
(このままには、しとけねえ。しかし、なんだってこの人ら串刺しになってんだろう)
不思議だが、黒い靄を払いながら手早く澄ませると。
来た道を引き返す。視界は、良くないのだが。
(あれは)
入り口で動く死体と戯れている巨大猫とエッダ。それに逃げ惑っているアルストロメリアの姿があった。
彼女たちが連れてきた部下たちも戦っている。
槍を置いて、かけ出すと。
外縁部の死体を殴りつける。柔らかい手応えで、歯ごたえもない。
手を伸ばしてくるだけで、脅威には感じないのだが?
進んでいくと、馬に乗って鎧を着ている骨兵がいた。
手には、槍。否、ハルバードだ。
(こいつは、珍しい。騎士のスケルトンか?)
中身が入っているのかもしれない。骨兵は、大体において死霊術師が使役するものだ。
でないと統率なんてとれるはずがない。
となると、この結界じみた迷宮主というのは死霊を扱う魔物か術者という事になる。
苦戦しているようなので真っ直ぐに駆けると、騎兵の持つ斧槍が斜めに振り下ろされてきた。
(間合いは、わかっているんだな)
遅すぎず速すぎず、頭を狙っている。鋭い切っ先を躱し。
その棒となっている部分を上手く掴むと、引っ張る。
骨だからか騎兵の力は、大した事がない。
引きずられるようにして、落馬した相手に下段の踏みつけ。気の乗った攻撃で、兜の下にあった頭が砕ける。
馬はというと、これも骨だ。骨だけなので人が乗れる馬ではない。骨馬が、逃げていくのを見つつ。
「うほおおお。今頃、帰ってきやがった。はよ、入り口を開けて!」
開けてとは!? 入り口が閉まっているらしい。出口が、確かに消えている。
アルストロメリアたちは、続けて入ってきたものの。出れなくなったという事か。
左右に広がるのは、何もない黒く濁ったというような岩肌の大地だ。
不自然なまでに、集まっていた骨になった人たちは出れなかった人なのか。
出ようとした骨ともどもにそのままでは、仲間入りするところだったのだろう。
「ほら、お前たち、退却。退却だーーー!!」
硝子のように脆い障壁を崩すと、一目散にフード姿の人間たちが出て行く。
槍と盾ばっかりだ。
確かに、強い組み合わせであるが。骨が相手ならメイスか棍棒だろう。
最期にでかくなった猫が出て、外へと移動する。
青い空だ。新鮮な空気を吸うべく皮のマスクを取ると。吸収缶を取り外す。
黒いものが、ぱらぱらと落ちて空中で消えた。
(うーん。なかなかの瘴気だな)
マスクを外すと、清浄な空気が肺を満たす。
「おい、こら」
怒りを孕んだ声だ。
アルストロメリアが、地面に倒れたまま顔を向けて睨んでいる。
「なに?」
「てめえ、聞いてねーぞ。あんなん」
眉を寄せて、唇を震わせている。
あんなん。ははあ。この女、後を追ったが進めなくて拗ねているようだ。
「確かに。説明不足でしたね」
「そうだよ。まじで、危うく部下に死人が出るところだったろ。もー、いかねえから。マジで無理。土台、錬金術師に戦闘なんて無理筋なんだよ。呪文は唱えても効果ねえとか。スキルも使えねえって、どんだけよ」
戦闘を強要したつもりはないのだが。疲れているのだろう。空きっ腹を押さえた。
「わかったから。飯が、食いたい」
「はいよ。とにかくさ。俺ら錬金術師に接近戦しろとか無茶言うなよな」
両手を合わせてどーんと無双する術者を思い浮かべるのだが、そうではないらしい。
本気で戦闘が苦手のようである。
幼女は、手で部下にお願いするようだ。1人が寄ってきてそれから離れていく。
そして、当然のように椅子に座っている黒髪の男に目が行った。
黒竜だ。黒髪を逆さにオールバックでまとめて、黒いシャツを着ている。何か用なのだろうか。
ちらちらと顔を向けて、視線を送ってくる。ひよこは、不在だ。寄っていくと。
「こんなところで、何をしているんですか?」
座ったまま顔を向けてこない。
「ふん。俺の勝手だろ、と言いたいところだが。今日は、貴様のお守りだそうだ」
むかつくが、人手はあった方がいい。ザビーネたちは、出国するのに手続きがいるとかなんとかで同行できなかったし。登城した時に、それも怒られてしまった。
入国出国の手続きをキチンと冒険者ギルドなり、ラトスクの事務所で手続きするなりしっかりしろ、と。
「手続きは…」
「ふん、これでいいか?」
渡されたのは、手帳に見える帝国の赤い旅券だ。長期旅行者手帳と書いてある。
表紙をめくると、写真が貼ってあった。
(竜なんてご丁寧に書いてある…)
勘に障るのは、金縁でお金が掛かっていそうな装飾だ。波打つようにして丁寧な作りをしている。
写真というと。顔をしかめて、悪そうな人相を作っていた。
返しておく。
「確認しました。しかし、ロゥマの役人さんがいないのが不思議ですねえ」
「俺も会わなかったな。人間どもめ、ビビっているのだろうさ」
呆れた声音で、あくびを噛む。
「ふむ」
まあ、わからなくもない。外から破壊しようにも、迷宮を構成する障壁に生半可な魔術では吸収してしまう。
かといって、
「お前、自慢の魔術であれくらい吹き飛ばせばよかろう」
「そうもいかないから」
「地形が変わるのが、問題なのか? せせこましい事だ。なんなら、俺が吐息で破壊してくれよう」
やめよう。他国だ。ロゥマの北部は、つまりイタリアの北部。よって、歴史的建造物もあったりするのだから人の住めない場所にしてしまっては申し訳ができない。それに、
「アル様に、決して消し飛ばすなと言われているのです」
「ふぅむ。貴様も、主には苦労しているという訳か。こっちも、どうかしているとおもう事が多々あってな」
黒竜は、DDについてぐちぐちとしゃべり始めた。竜なのに、愚痴が多い。
「なあ、そいつ、紹介してくれよ」
エッダとアルストロメリアが、笑みを湛えて歩いてくる。
額に、汗が浮かんでいた。びびっているには、違いない。
「ふん。人間ごときが、俺様と? たわけ。千年早いわ」
「こいつ、錬金術師。竜でも困ったことがあったら、便利かもよ?」
「ほう? 便利。いい言葉なだ。進化を感じさせる。有用であろうよ。だが、断る!」
駄目だった。取り付く島もなくそっぽを向くと。
「貴様は、ユークリウッドだな? アルカディアの男爵マンマレードが子ゼクシス。父の仇を討たせてもらう!」
怒りの声。周りに誰もいない訳ではない。声の主を探して見れば、黒竜の向こう側。迷宮の反対側に、少年少女が立っていた。
黒竜は、親指で差しながら、
「あれは、知り合いか?」
半眼で、口角を斜めへ上げる。なんとも、獲物を見つけたという笑み。
「いえ」
「そうか。暗い気を感じるぞ。復讐というわけだな? 面白い」
椅子から立ち上がって、剣を構える少年の腕を掴むと。枝木を折るようにして、「何を?」という少年の腕をへし折る。
うめき声を上げて、転げ回る。
「くだらん。この程度で、やつと決闘だと? ふざけるな。帰れ、帰れ」
「お前、なんだよ。何のつもりだ!」
少女が、支えて友達とみられる黒髪の少年が叫ぶ。
「ん? 復讐だろう? だから、俺が買ってやると決めた。そして、お前たちの国はお前たちのせいで燃え上がる事になるぞ? 多くの人間が死ぬだろう。帝国だったか。あれらに命じるとしよう。すぐにでも故郷が燃えているだろう。そうだ。理由ができたな? ふっふっふ」
自分から絡みに行く気違いがいた。
「何を言ってんだ。訳が、わかんねーよ」
剣の柄を手にした少年が立ち上がって、得物を抜く。
が、剣の腹を弾かれて平手打ちの往復コースだ。顔が腫れ上がって倒れると。
黒衣の男へ岩が降ってくる。それを頭で受け止めて、少女へと投げつけた。
「やらせねえ」
間に入るのは、金の髪を短くした少年。にきびが残っている顔に、恐怖の色が浮かんでいた。
「ふん?」
投げた岩を追い抜いくと。鈍色の鎧と大盾を持つ短髪の少年に、黒竜は両手を前に組んだまま蹴りを見舞う。
鎧が紙のようにひしゃげ、突き刺さるようにして腹にめり込む。片手で岩を受け止めて、それを投げ捨てた。
そして、腹を押さえてばたばたと人形のように動く相手を見下ろすと。
「やれやれ。わからんか。その小さな脳味噌とやらで、考えろ。お前たちが通ってきた道、通ってきた宿。お前たちのせいで、関わった人間は死ぬ。そうだ。復讐しろと、お前たちは追われるだろう。戦い、勝つしかない。追われるお前たちが、許しを乞い、泣き叫ぶ姿が目に浮かぶようだ。はーーーっはっはっは。素晴らしい出来栄えだ。感謝するぞ? 楽しみが増えたではないか」
自作自演をやっている男、ならぬ竜がいた。とんでもない竜だ。関わりになってはいけない類だろう。
道端に立っていたらスルーしないといけない。
アルストロメリアたちに向き直ると。
「こういうのだから」
「やばすぎんだろ」
なんていって、幼女たちはそそくさと引き返す。
「ユーウ」
黒竜が呼びかけてきた。
「何かな」
「復讐とは、美しいものだな。そして、甘美な陶酔だ。しかるに、なぜ、人間はそれを諦める事ができる? やるべきだ。誰しもが、抱くのだろう? そうだ。戦いだ。復讐を誓い、鍛錬に励み、艱難辛苦を超えて挑む。そして、それを捻り潰す。ああ、楽しみだ。貴様のあれ、もらっておくとしよう」
あれとは、ゼクシスと名乗った復讐者のことか。挑まれれば、受けて立たざるえない。
復讐は、戦士の義務だ。この時代にあっては、仇を討つのは当然とされている。
日本のように、諦めて泣き寝入りをするなんてことはないのだ。
「好きにするといいよ」
腕を折られた少年と少女たちは、一組ずつ脇から挟まれて抱えられるようにして去っていく。
復讐か。多くの人間を殺してきた。きっと、これからも復讐者に狙われるのだろう。
だからといって、怯えて引きこもる訳にはいかない。
「食うのか? 俺、食欲がわかねえ」
幼女は、すっかり元気をなくしている。
「ともかく、中に入って出れないようだからエリアスが来ても入れないようにお願い」
「わかってる。あの脇で骨になってたの。多分、各国の勇者、勇士だぞ」
「そうなんだ」
「お前は、出れるからいいけどさ。やべえよ。あの骨に死体。これじゃあ、挑もうってやつが居ねえのもなっとくだぜ」
アルストロメリアは、事情を知っていそうだ。
「ひょっとして、この迷宮のことを知っているとか」
場所的には、イタリアと推察される。
「ああ。帰らずの地メラノ。もとは、風光明媚な城と鉱山で栄えたらしい。しかし、今から10年ほど前にここメラノで異変が起きた。そうだ。メラノを目指した行商人が帰ってこなくなったってな。で、討伐隊が組まれて何度も送られるんだけれどいくら送ってもナシのつぶて。そのうちに、誰も近寄らなくなったってよ。んで、今に至るってわけよ」
その間にも、冒険者ギルドから調査隊でも組まれていたのか。
まさか、出れない上に食料が得られないとなれば問題だろう。
入り口から、殺しにきているではないか。
「ええと、入るときには何も感じなかった?」
「お前が、何かしてたのはわかってるけどな。ただ、入れちまうんだ。で、入ってみたらでれねえんだからなあ。ありゃ、やばいぜ」
強固な障壁であるが、それでいて人は通すと。
アルストロメリアの部下が、山盛り薄い黄色をした物体を山盛りにして持ってくる。
皿には、じゃがいもを潰したとみられる料理と言えるのか怪しいものが来た。
「アルストロメリア。お前、命の恩人に対する仕打ちがこれかよ」
セックスさせろとは言わないし、結婚しろとも言わない。
だが、じゃがいもを潰したものを料理と言っていいのか。
それを、笑顔で皿にとりながら。
「食えよ。マヨネーズと合うぜ」
「合うけどさ」
「なんだよ。俺の飯が食えねえってのか? ちゃんと栄養あんだぞ。じゃがいも、馬鹿にすんなよ」
「別に、馬鹿にしてないんじゃないかな。はい、これ」
エッダが、包を差し出す。
「ありがとう」
「聖なる銀を織り込んでるから、しばらくは持つと思うよ。この鞄と一緒に持ってきなよ」
じっと、じゃがいもの山を見つめるアルストロメリアは面白くない様子だ。
さっと口に書き込んでコップの水で流し込む。
鞄を肩にかけると、
「じゃあ、行ってくる」
「おう。何か、書類とかでてきたら持ってきてくれよ。事情とかわかれば、攻略も進むだろ」
さっさと終わらせるべく立ち上がった。




