343話 派遣勇者
登場人物 アルストロメリア、エッダ
骨、死体、巨大骨、緑人間もどき
見た目は、普通の道。
しかし、一歩も踏み出せない。障壁があるようだ。
(参ったなあ。兎狩りしたかったのに)
昨夜は、アルストロメリアの件で大騒ぎだった。夜になっても、どんどんと部屋の入り口を叩かれたりと。眠れやしない。
ふーむ。
フードの中には、毛玉も狐もいない。勘がいいと言うべきだろうか。
アルーシュに呼び出されて登城してみれば、キュルクの件ではなくて。
目の前にひろがる穢れた他国の領地をなんとかしろという。
(結構な硬さだけどさ)
ミッドガルドから遥か南。ロゥマの一地方に、派遣されているという訳だ。
魔力を込めると吸い込まれる。なので、手には気をまとわせた。淡い光の粒が、そこを切り裂くと。
ぶわっと、黒い粒の混じっている瘴気の風が吹いてきた。
PM2.5とか想像して。
(げげ。こいつは、やべえ。外から魔術は吸い込むのか?)
ガスマスクならぬ吸引浄化用で過装置。アルストロメリアから買い上げた一品だ。
「どうよ。俺ら、ここで待ってっからな。なんかあれば、言ってくれよ」
幼女は、鼻歌まじりに椅子を用意して座り。お付きのメイドから給仕を受けている。
「一緒に、入ろうって」
「ここは、ユーウの活躍を待ってるからよ。なんか入用ならエッダにでも言っといてくれな」
巻き髪の横に上目遣いをするエッダは、手を合わせて擦っていた。猫は、キシシと声を漏らしている。
「頑張ってくださいね」
「うー。まあ、ちょっと、入ってみるかな」
外から見た目は、なんら変わらない普通の道だ。左右に広がる森を除けば。
障壁を抜いて一歩踏み込むと、中に死体が転がっていた。壁に遮られるかのようにして。
動かないようだ。骨だけでよりかかっている。
(一旦、でよう)
外へ出ると。見つめる6個の瞳。空飛ぶ猫にまで見つめられている。
「早い帰りだなあ。何か忘れ物か? エリアスならまだ来てねーよ」
「うん」
何も変わった様子はない。
「何か付いてたりしない?」
「いや? こっちはこっちで用意があっから心配すんなっての。飛行船で来るみたいだぜ」
最近付き合いの悪い幼女。魔術師ギルドと錬金術師ギルドが共同で開発している船で、来るという。
「中に入ったら、すぐのとこに骨が転がっているんだけどさ。供養は・・・」
「俺らにできるわけねーじゃん。本来なら、あのフィナル様がくるべきなんじゃねーの?」
アルストロメリアは、腕組みしてわざとらしくそっぽ向いた。
「そうもいかないから」
「派遣、勇者ねえ。大陸協定だからっつっても、他国じゃん。ほっとこうって思わねえのかよ」
確かにそう思う。
「みんながそうした結果が、これだもの」
だが、そうもいかないのだ。さっさと中に入って、ボスを倒さないといけない。
時の流れが違ったりしないので、外から破壊するよりも中から崩した方がいいだろう。
もう一度中へと足を入れると。
「しっ」
振りかぶった人型がいた。咄嗟に、両の手を突き出す。肉の感触。
放物線を描いて、青白い半裸姿が飛んで地面に倒れた。左右へ蹴りを見舞うと、倒れる人型。
呻き声がする。見れば、寄ってくるのはかじられた死体だ。血が乾いてどす黒い。
手を伸ばすようにして近寄ってくるのは、元は人だったのだろう。ずたずたに裂けた服を着ている。
(ファイア! ん?)
魔術が発動しない。どういうことだろう。
火だけなのか。ウィンドカッターを発動させようと念じるも、これまた何もでない。
都合を知ってかしらずか、死体が歩いて接近してくる。
(まあ、しゃあねえか。殴って倒す)
インベントリも、開けない。これは、危険だ。道理で、アルーシュが付いてこない訳だ。
非常に厄介だし、面倒な迷宮である。
(隣のスイスみたいな国も、吸血鬼が巣食ってとかいうしなあ。これは、やばいぞ)
魔術とスキルを封じられると、普通の人ではないか。肉体で戦い抜かないといけない。
といっても、気は循環できるようなので格闘系なら生きていけるような気がする。
倒した死体は、頭やら何やら失っていた。
動き出す様子も、消える様子もない。金貨や銀貨に変わってくれるなら嬉しいところだが。
(進むかね。空間を支配、汚染しているやつを倒せば解放されるのが定石だけど)
前には、地面に突き刺した槍で串刺しにされた骨がぶら下がっている。それで、道を作っているのだから悪趣味といえよう。隠密スキルも使えない。これは、ショックだった。敵をやり過ごしたり、不意打ちをするのには非常に便利なスキルだからだ。
道の両側は、枯れた木が立っておりそこからはまた呻き声が聞こえてくる。
(このまま真っ直ぐ突き進むか?)
隠れるところもない。ならば、正面から当たるしかなくて休憩する場所もないようだ。
地面は、黒を基調におどおどろしく変色している。
岩陰から、飛び出してくる犬。見れば、骨だ。鑑定できない。だけど、わかる。
死霊系迷宮にいるスカルドッグなんて出てきた。
小走りに、先頭から飛びかかってくる。背丈が低いけれど、殴ってみればばらばらになった。
骨犬に耐久力の方は、無いようだ。
一匹ではなくて、続けて連続で出てくる。囲まれる前に、殴り倒す。
道の脇に骨が散乱して、骨は消えることもない。ひたすら殴っているうちに、終わりがきた。
(やれやれだ)
他に敵はいないのか。アイテムがドロップしている様子もない。骨で殴る? どうしようもない。
柔く崩れてしまう。景観が悪い。といっても、魔術が使えないのでは浄化することすらままならないではないか。ステータスカードを確認すると、そこには何も載っていなかった。
(外と、切り離しているのかな。こいつは)
アルーシュは、魔王の仕業だと言っていた。その名前は、大層なもので魔界の雷帝とか。
ここをいじっている張本人ではないかと言っていた。
(さて、それがあいつだとしたら)
倒すべきなのだろうか。仮にも、シャルロッテの父親である可能性がある。
どうすればいいのか。理性では、気にすることはないと訴えているが。
道には、骨が散乱して部分部分で白くなっている。何かに、叩き潰されたかのように。
動きの鈍い死体が寄ってくるけれど敵ではない。相手をするのも疲れるのだろうが、根気との戦いだ。
残しておいて、後で戦う羽目になりましたというのでは死にかねない。
たまに、四足で走ってくるのを蹴り飛ばすと。
石でできた小屋らしきものが見えてきた。枯れ果てた森から、瘴気をまとった人型が出てくる。
(走るべきかな)
戦うべきか否か。足元に落ちている石を拾うと、それに気を込めて投げつける。
果たして命中した。頭に、当たって光を放つ。そのまま倒れた。
(呆気ないが、容赦なく行かせてもらおう)
倒れているところへ、追撃の投石。石でも十分な武器になる。
倒れて動かない相手に、近寄る。黒い煙で覆われた頭があらわになって、頭骸骨は割れていた。
窪んだ目は、空洞で何もない。
風船から煙が抜けるように、瘴気が飛び散っている。
(ひょっとして、投石でいける?)
なにげに、強い武器だ。ただの石で威力も出るのだから、それ以外に必要なものがあるとすれば。
聖別した水くらいだろう。ただ、持ち歩くことができないといけない。
持っているのは、腰に下げた水筒とフードのおやつくらいのものである。
(にしても、誰にも会わないってどうなのよ)
修行とは、孤独なものだ。最強もまた孤独の道を歩むもの。誰かが恋しいとも思わないが。
情報といえば、魔に支配されている領地を解放せよ。という物で。
詳しい情報なんて、何もない。
空を飛ぼうにも、魔術が使えないのでは体力を大幅に消耗してしまうだろう。
(あの小屋に行ってみるかねえ)
生きている人間に会えるのかどうかわからない。なるほど、生きるも死ぬもわからない場所だ。
ダンジョンマスターなんてものもいるのかいないのか、わからない。
扉に手をかけて、怖気の走る空気があふれてくる。
周りに、轟く地響き。
(なんだ? なにが)
それは、現れた。扉を蹴飛ばすと、中からは蝿が一気に溢れだしてくる。
全身に気を張りながら、突進してくる白い頭を迎え撃つ。
巨大な骨の頭部。歯で、噛み殺そうというのか。
下の歯を蹴り中に飛び込む。上から、下へ。下から上へ。脆い部分は、上だった。脳があるはずの場所は、空洞で頭頂部へ突き抜けると。下へ拳を打ち付ける。手を伸ばすよりも、骨が砕け散るのが先だったか。左右から伸びてきた骨の手が止まる。
(んー、ジャイアントスケルトン? でかいがそれだけだ)
鑑定できないのも不便である。つくづくそれらのスキルが如何に便利であるかという。
地図作成も使えない。つまり、迷子になったらおしまいである。
(一旦、戻るか? 餓死する可能性があるわ)
いくらなんでも、餓死という末路はカッコ悪い。数日は、飲まず喰わずでも動けるけれど。
限界が何処らへんにあるのかわからない。
蝿が出きったのであろうか。小屋の中が、見えてきた。
(うーわ。なんじゃこりゃ)
椅子に座ったままの人間らしき骨。骨。壁際にも、骨。首を前に出したところで、引っ込める。
何かが有りそうには、思えない。探索は、巨大骨人がやってきた場所でいいだろう。
看板もなく、本があるようでもない。
すると、また地響き。外へ出ると、数が増えた。そして、白緑というような奇怪な肌をした子供が走ってくる。子供にしては、巨大でおぞましい何かだ。
(巨人、なわけないか)
骨が転がったまま放置されている。それを両手で叩き潰し、指を加えて見つめてきた。
まるで、玩具を見つけたような笑顔で。掴みかかってきた。
その手を弾く。そして、手先から腕へ。肩から頭へ。両手に気を込めて、叩きつけると。
この世のものとも思えない声で叫ぶ。目から黄色い汁を出して、舌を伸ばしてきたが。
掴むと、思い切り引っ張った。そして、連続で頭に発剄を叩きこむ。
巨人の子供とは思えない。だったとしても、邪気が強すぎで。
悪鬼羅刹の類であろう。止めに、先ほど倒した骨の長いものを突き立てる。
全身に。気持ち悪いが、生きるか死ぬかだ。
血液は、出てこないでその部分が蛞蝓のように伸びてくるではないか。
気を更に込めた打撃を見舞わんとした時。影が迫ってきた。




