340話 兎狩りにでかける?(グラシア、メルシア
登場人物 チィチ、アルストロメリア、ミーシャ、ザビーネ、狐、毛玉
狐族の騎士グラシア、メルシア
(かわいい子と一緒に歩くのは、気持ちいいんだけど。全員、そこらへんにいるレベルじゃないからなあ)
そう、男子の一般的な夢ではなかろうか。現世では、ありえない。それだけで、嬉しいはずだ。
「んだよ。狭いんだから、もちっと寄れよ」
目を開けて見る今の現実は、悪態をつく幼女が隣にいるという。
馬車は、狭い。6人は入れるのだが。鋼板を敷いた床で、尻には座布団が置いてある。
ゴブリンを退治するのに、馬車で移動だ。
「転移した方が早いと思うのですが」
チィチが、おずおずと口を開く。対面には、ミーシャとチィチだ。御者は、ザビーネである。
「そうなんだけどね」
考えをまとめる時間が必要だ。ちょっと休憩。そのようなものである。
「眠いんなら、寝ちまえばいいじゃん」
そうなのだ。壁に寄りかかると、瞼を閉じた。
「なぜ、寝るのですか?」
「ばっか。お前、魔道士だろーが魔術師だろーが魔力を使ったら寝るのが一番だぜ。しゃがんで回復してりゃいいんだろーけど、それじゃあ、動けねーからな」
「なるほど。ですが、ユークリウッド様が寝ているところを見るのは初めてです」
完全に寝ているわけではないのだが。
「ま、めー瞑ってるだけでも効果があらあな。ちょっくら、俺は内職させてもらうぜ」
「30分くらいみたい」
ミーシャが答えるとは。ひょっとして、会話を邪魔しないように空気を読んでいたのか。
「30分もかかるのなら、走っていった方がいいのではないでしょうか」
「ええっと、チィチは獅子国の生まれなんだよな」
獅子耳を見ればわかりそうなものだ。青い瞳と切れ長の目は、他人の目を引く。
「ええ。それが?」
「ここ、つーか。最近、法律ができてだな。町の中を暴走しちゃだめだっつーのな。確か、この町もそーだよな」
肩を揺すってくる。せっかく、半分まで寝ようとしていたのに。
「なに」
「なに、じゃねーよ。聞いてたろ。反応しろよ」
エリアス以上に、横暴だ。寝ろよといいながら、起こすのである。なんという無体。
顔面を左右にひっぱって、ぱいーんと伸ばしたい。
「道交法の話? セリアが爆走して危ないからね。どこでもそうなんだけどね。ありえないから」
「という訳よ。アル様の一存で、ぱっと決まった訳だ。よくよく考えて、空中ならルートを決めてなんてのもあるみたいだけれどマジであぶないからなー。あいつは、いいけど他の連中が死ぬもん」
「やはり、被害がでておりましたか」
狼国でも起きている様子。彼女は、速い。動体視力もいいが、速いだけに曲がれない。曲がれないとどうなるのか。ぶち当たる。もっぱら、交通事故を起こす張本人だった。そして、慰謝料を払うのはユウタで困っている。
いい加減、やめさせねばと。
「獅子国では、あいつみてーなのいねーの?」
「さすがに、あそこまでの方は」
いないようだ。いくらなんだって、戦艦クラスの飛空船と激突したりするのはどうかと思うし。
あっちがぶつかってきたというと、彼女の肩を持たざる得ないのだ。ドライブレコーダーでも積むようにしないといけない。
「はー、マジで楽チンだぜ。チンもらくらく~」
何言っているのか理解できない。
「ゴブリンを倒しに行くのですよね」
「ええ」
片目を開けて返事する。眠いのに、どうして話を振ってくるのか。
「冒険者ギルドには、厳しい指導をしているようで・・・。私も見習わねばと思いました」
「そうですか」
「特に、新人の死亡率を0パーセントに近づけるというくだり。赤字になるのではと、思いましたけれど良い方策があるのでしょうか」
その赤字。昔は、冒険者といえば打ち上げでどんちゃん騒ぎをやっていたようだが今は違う。
厳しい指導で、仕事が終わったら即帰れ、だ。飲み食いするなら、家でしろ、と。
可愛い女冒険者など、レア中のレアになりつつある今。かの4人は、まさに垂涎の的。
多少、赤字でも男たちは付きまとうだろう。
「ないです」
あるに決まっている。やりようは、いくらでも。
「え? ですけれど、赤字ではベテランの方もサポートしたり仕事を受けたりなどしないのでは?」
一々、教えても自分で考えようとしなくなってしまう。その失敗例がまさにラトスクという街だ。
「あーそれな。女だと、全然話がちげーから。ああいうのは、結婚して家に入るからなあ。冒険者学校から出るまでに家庭を持つし。仮に、ああやって田舎から出てきても狼どもが狙うに決まってんじゃん。なんだって、ゴブリンに提供せにゃならんのよ。ピンチを助けてもらったら、そりゃもう惚れるってもんだろ」
そうなのだろうか。そんなんで、いいのか。己は、良くない。愛とは、そんな簡単なものではないのだ。
そんな事はない。
「ユークリウッド様も?」
「助けることはあっても、助けられたことはありませんねえ」
残念だ。強いという事は、助けられる事がないという事。助けられる事なく、ひたすら助ける。
正義の味方とは、そういう存在になるのではないだろうか。
「こいつな、こういうやつって最近わかってきた」
いや、アルストロメリアと出会ったのもつい最近の話ではないか。ちょっと卑猥すぎて、困る。
幼女は、ミニスカートなのだ。いきなり興奮した男に突っ込まれて「おほぉ」されても文句言えないだろうに。
「まあ。人員の損耗率の計算くらいできるでしょう」
「すいません」
獅子国も大概、いい加減な国のようだ。セリアとどう違うのか乗り込んで行ってみたい。
兎角、アルたちの権力が頼みとはいえ。
途中なのに、突然ストップする。なぜだろう。
「失礼する」
扉が開いて、女獣人が乗り込んできた。ますます狭い。ザビーネが、乗せたのか。
「ちょっと、ちょっと。勝手に乗り込まないで。師匠。この人たち、本当に知り合いですか」
乗り込んできた2人の女は、金髪に耳を乗せていた。狭い中に甲冑を着たままだ。
ミーシャが押しつぶされるようになる。
「我らは、狐国金狐騎士団が所属千人騎士長グラシアにこちらメルシア。ご無礼を承知ながら、ユークリウッド様とお見受けする」
「ちょっと、知り合いじゃないじゃない。騙された!」
別人だといったら、どうするのだろう。面白そうだが、斬られそうでもある。
「まことにもって、ごめんなさい。しかしながら、これも故あってのこと。その、そちらに黄金狐様がおられるとか」
フードをまさぐるが、狐は手を逃れるようにして出てきやしない。駄目だ。
白い毛玉が、頭に乗っかる。
「心当たりは、あるのですが」
ザビーネへなんでもないと手で発車の合図を送る。頷くので、わかったようだ。
「手、突っ込んでとろうか?」
無茶だ。セリアと同根。
「やめたほうがいいと思う」
「おきつね様。そこにおられるのでしたら、帰りましょう」
問いかける黄金の騎士グラシアは、真摯な瞳で身を固くしている。メルシアは、銀の鎧だ。
2人を見分けるには、鎧くらいしかない。
返事は、ない。
「あの、妖狐とどういう関係が」
「貴様、獅子国の」
今にも、剣を抜きそうな声音。室内は、狭いのに戦いなんて目も当てられない。
意を決して、フードへと手を入れると。
「おお。おきつねさま。さあ、帰りましょう」
「いやじゃ。なんで、わらわが帰らねばならんのじゃ」
「なぜ、とは。その」
普通に喋る狐に、脂汗を浮かべる狐娘。しどろもどろというか、口が金魚のように動いている。
「とにかく、おきつねさまには帰っていただきませぬと。またぞろ、野心に満ちた者が戰爭を望んでいるようで」
「すきにすれば良い。とにかく、帰らぬ」
「絶対に、連れ帰ります」
「帰らぬ」
「連れて行きます」
「拉致じゃ。主様よー。こやつ、拉致犯なのじゃ! 逮捕してたも」
頭に響く声で、二足歩行する狐が膝の上で飛び跳ねている。
「でも、困っているっぽいよ? どういう話なの?」
「ぜーーったいに帰らぬのじゃ」
話にならない。ずっと、帰りましょうと帰らぬの一点張り。どこかで落としどころはないものなのか。
そして、馬車が動きを止める。
「師匠、街の外ですけれど」
扉を開けて、外へと出る。依頼は、くっそ安い7000ゴルだった。これは、一人頭の金額である。
インフレした今の経済状態では、一日の上がりとしては最低ラインだ。
もっと稼げる話はいくらでもあるのだ。冒険者をやる必要もない。そういう風に持っていくのが、領主の仕事でもある。
遠見を使って、転移門で移動だ。
「あー、ここかよ」
一面、草原。その森よりに冒険者たちが各々で固まっている。
何をしているのか。それは、秋の名物。
「悪魔の兎、狩りの季節でもあるんだね」
「ラッキーライトスターバニーが出ねえからってさ。森、焼き尽くすのやめろよ」
誰から聞いたのだろう。そんな事、したりしません。
「まさか、ユークリウッド様が?」
「森、燃やすの」
「しません」
怯えたように手を合わせるチィチは、驚きにまなこを大きくした。
とんでもない言いがかり、というにはすっとぼけられない。後ろでは、ザビーネが馬車を鞄に入れている。
ちなみに、この場所。ゴブリン狩りの定点スタートポイントである。
「俺ぁ、知ってんだぜ。兎が、とれねえって森を燃やした悪魔の事をよ~。よくもまー、燃やさないとか言えるよなあ」
エリアスか。あの野郎、ケツ叩きの刑だ。もっているからといって、人を煽る真似を。
やっちゃいけない事だって、まだわからないらしい。
「じゃあ、アルストロメリアがとってきて。4人ひと組で森に入って出てくる簡単な作業だから」
運、0.01パーセント以下とも言われる捕獲率。悪魔のくるくるりんをとくと味わうがいい。
「ちょっと待て、4人って、もしかして俺が入ってる?」
もちろんに決まっている。これは、もう許さないよ。
「はやく、行ってよ。ねえ」
「わか、え~、走んのかよ。パンツ見える、見んなよ。ほら、ま○こでも見て気を落ち着かせようぜ」
こっそりと、スカートをたくし上げるとエリアスと同じかぼちゃのパンツだった。
熊が刺繍されているところをみると、エリアスよりも餓鬼んちょではないか。
人を馬鹿にすると、どういう目に合うか。身をもって体験して欲しい。
「帰りましょう? ね」
ザビーネ、ミーシャに引きずられるようにして連れて行かれた幼女を見送っている。
1分1周のセリア。には及ばずとも、時間をかけて300周くらいは回ってもらわないと。
秋の夜長に、うさぎ狩り。出ぬ、兎に鬼ドロップ。
「帰らぬと、言っておろう。しつこい奴らじゃ。かりっと、丸焼けにしてしまおうかのぉ」
「っ……それでも、帰りませぬ」
「お主らも帰らねば良いのじゃ。どちらにしろ、主様を一緒に連れて帰るとでもせぬ限り無駄よ」
「でしたら、ユークリウッド殿が同意すればよろしいので?」
すると、顔に手を当てる金の小狐。しゅしゅしゅと顔を掻き。
「お主らの国が、滅んでもよいのならそれでも良いのだがの。それでは、困るじゃろ。わらわも、そこまで無責任ではおられんのでな。お、そーだ」
椅子を取り出して、座る。3つ、丸いテーブルに日除けの傘をさして。冷えた水を硝子のコップに注ぐ。
氷を放り込んで、薄く切った檸檬を横に添える。皿に、切りそろえた梨を置いて完了だ。
セリアは、梨もばんばん食う。周りを見るが、出てくる気配はなかった。
「これは」
「お主ら、妾になれ」
「ぶーーーーー!!!」
口に含んだ梨が、勢いよく壁にかかった。汚い。変態なら、喜びそうだ。
ギリギリのところで止まって、地面へと落ちる。まともに浴びたのは、金狐。
ぶるぶると身を震わせると。
「何するのじゃ。子種をさっさともらわんか。青空の元で、まぐわうのも一興じゃろ。なに、見ている人間がおる? 置物と思えばよかろ」
「話が、飛躍しすぎている。姉さま、本当におきつねさまなのですか」
「失礼な事を言うな。まぎれもなく、おきつねさまである。その話、ご利益がある、と」
「おうおう、孕めば百年、いや。千年の栄華を約束しようぞ」
真剣だ。グラシアは、狐から視線を動かしてくる。それは、侮蔑が篭っていた。
腰が抜けそうになるとは、この事である。どうして、「お前、殺す」という視線を送られなければならないのか。何もしていない。何も。
「貴様」
近寄ってきて、顔を下げてくる。なんという身長差。座っていると、実に小人になった気分だ。
「一体、おきつねさまになにを吹き込んだ。殺すぞ」
金玉に寒風が吹いた気がする。
「こらっ。駄目じゃないか」
「お”ごぉ」
少女の後ろ側で、小狐が何かしたようだ。鎧を着ているのに、何かできたのか。
グラシアは、尻を押さえている。
「貴様ぁ、ただでは済まさんぞ」
「ねえさま、大丈夫ですか」
鼻に、くる激臭が漂ってきた。そして、近づいてくるレンはしてやったりとはねている。
毛玉は、フードに潜りこんだ。
犯人は、奴か。
ぼんやりと、森を眺める。時間がかかっているようだ。鼻にくるので、狐の手を洗ってやることにした。




