335話 蔵の中(頼仲、頼子
肩を揺すりながら、ふらふらと立つ男。背には、翼のような赤いシルエット。
「よく、ここまで入った―――」
先制する。円陣を広げると、相手もまた魔方陣を展開してきた。
「会話したかったのだけれどねえ。なにせ、同族を倒した相手というのは実に興味深い」
余裕があるようだ。刀を手にしたトゥルエノが、やおら立ち上がってそれを振る。
耳をつんざく音と着弾した相手に、煙幕ができた。
時間がない。無茶を承知で、【蘇生】を試みる。
「余所見か? 余裕だねえっ」
影から、影に。背後を取るように足元から飛び出してきた腕と顔。
その手を蹴る。生白い手は、気を込めた蹴りで四散した。
「あの骨の方が、気になるっていうのは舐められたものだ」
滑るように、前傾姿勢で突っ込んでくる。わざわざ、間合いに入ってくる。
空間魔術を使い相手を遅くして、加速するのが必勝の道なのだが―――
「遊んでもらってこい」
どれだけ耐久力があるのか知れたものではない相手。
まともに相手をしていられない。転移門で、浮遊城へ送りつけてやる。
特に、警護が硬い場所へ。
門へ突っ込む男が、消えるのを確認して閉じる。
(うーん。ぬいぐるみに灰を入れて、蘇生を使ったらどうなるのだろうか)
ものは、試しだ。邪悪な気配は、感じない。
「消えた?」
トゥルエノは、まだ敵の姿を探している。あれで、生きて城を出てこられるならまだ相手をしてもいいだろう。アルーシュが見逃すはずもないだろうが。
インベントリから黒いクマのぬいぐるみを取り出す。妹へあげるプレゼント用だが、しょうがない。
「はっ」
手印を組むと、魔方陣を展開。
両手の間で、光が生まれて。骨が崩れ落ちる。失敗だろうか。光は、骨へと伝わり黒いクマへと伸びる。
足が、震えてきた。予想以上に魔力を持って行かれたようだ。
座っていれば、回復するだろうが。
「む?」
人形が起き上がる。成功してしまった。これは、禁断の術かもしれない。
死人の魂を別の物体に移す技法を輸魂の儀という。
それと同時に、魂の存在を認めざる得ない。
この世界には、魂というものが存在すると。
「ぬおおおお!? トゥルエノ。どこじゃ」
「え……父上?」
15cmほどのクマ人形が、トゥルエノへ目掛けて走っていく。
そして、飛び上がると。
「ふごぉ、ぐほおお」
強烈なパンチが、クマに炸裂した。
「奇怪な。このような詐術に騙されたりしません。見ていてください。きっと、源氏を復興させてみせまする」
「おお、いや、その、あがっ」
思い切り踏まれた黒クマは、潰れた。今度こそ成仏するかもしれない。
「さてと。これで、おしまいかな?」
怪異が残っていれば討滅するところだが。寂しくなった家屋から、土蔵が見える。
他が、朽ち果てている感があるのに。
そこだけが、まるで時を止めたかのようだ。
「儂だ、頼仲だ。父の顔を見忘れたのか。足蹴にするとは、無礼であろう」
「ますますもって、許しがたい。父の名を語るなど」
黒クマ人形の両手を掴むと、じっと見つめる。まさか、引き裂く気なんじゃ。
それこそ、惨事だ。
「えっと、待って」
「?」
目を細くして、睨みつけてくる。
「信じられないかもしれないけど。その、たぶん君のお父さんなんだと思う」
うんうんと頷くクマ。座って、足を組む。見た目は、とっても可愛らしい。
「ええと……魔に取り憑かれましたか。そこへお座りください。心配ありません。私は、魔を払う武門に生まれた身です。見事、払って見せましょう」
駄目だ。トゥルエノは、融通が効くようで効かなかった。
アルストロメリアにでも、ホムンクルスの身体を都合してもらえればいいのだが。
幼女は、チィチの背中で寝ているようだ。
「ひとまず、ミーシャはそれを持っていてよ」
「それとは、無礼な源の頼仲と申す」
そういうと、クマ人形へトゥルエノの手が迫り慌ててミーシャの影に隠れた。
「むっ、娘よ、そのような無体を働くように育てた覚えはない―――」
口を塞ごうとしてか。雷光が、少女の足を伝って地面へと流れる。感電しないのだろうか。不思議だ。
「まだ、父上の名を語るかっ」
「信じぬなら、それでもいいわい!」
まだまだやりそうだ。骨が消えてその後に、細長い鍵が出てきた。
手に取ると、
「それは、蔵の鍵じゃ。もはや、生きておるのかわからぬが」
黒クマ人形は、頭を抱える。
「ふむ」
さっさと開ける方が良さそうだ。場違いな畳を目にしながら、玉砂利へと降り立つ。
門の方向に、気配が集まっている。野次馬か兵隊か。
門の錠は、ちょっとした本くらいに大きく分厚い。鍵穴へ差して、回すと。
「中には、何があるのかわかっておるのか? お主らは、トゥルエノとどういう関係なのじゃ。まさか、良からぬ関係ではあるまいな」
首を横にして、体操でもしているようだ。
「まさか」
中は、薄暗い。そして、葛籠が壁に並んでいた。他には、何もない。
「おい、こっちじゃ」
只の土蔵だ。破壊して、調べようとはしなかったのだろうか。
「そちらに、何が?」
「妻と娘をな」
なるほど。土蔵の中は、外から見えるようになっている。中に何もないようでは入ろうともしなかった。という事か。
箱をどけて、板の継ぎ目を持つと。上へと引張り上げる。
「このような仕掛けがあるとは、知らない。なぜ、知っているのですか」
「さての、ふっふっふ」
肩を揺するクマは得意げだ。思わず潰したくなるほど。
取手を使って下へ降りると。
「何者、合言葉を言え」
「金時の」
「足柄山」
「渡辺綱の」
「髭切」
日本人しかしらないような単語が出てくる。武具といい、土蔵といい。
館は、洋館なのだが。木の扉だ。壊すのも簡単ではないだろうか。
「誰だ?」
「儂だ。頼仲だ」
言ってしまった。相手は、不信感を持つのではないか。
「っ……偽物がっ。もはや、これまでか!」
まずい。
「待ちなさい。私です。トゥルエノです。源の頼子が帰ってまいりました」
「その声っ。本物、のような」
段々、面倒になってきた。感動の対面なのだろうが。
「ご主人様!」
切羽詰まるような声がする。急いで、上へと上がれば。土蔵を前に、馬に跨った騎士と徒歩の兵士が取り囲むようにしてぐるりと囲んでいる。
これは、困った。逃げれば、下のトゥルエノたちが殺されてしまうかもしれない。
「貴様ら、一体、誰の許可でここへ入り込んだっ」
誰の許可って、誰の許可もとっていない。いうなれば、不法侵入者という事なのか。
「どうしますか。覚悟は、できています」
メイスと盾を構えるチィチはやる気だが、アルストロメリアは寝たままだ。呑気なものである。
短刀と長剣を両手に持つミーシャは、緊張した顔。
ここは、時間を稼ぐべきだろう。
「わたくし、ミッドガルドのアルブレスト卿が長子ユークリウッドと申します。キュルク家とは、親交を結びたく町を散策していたところただならぬ気配を感じまして。浄化に励んだ次第。よろしければ、キュルク城主さまにお取り次ぎをお願いいたします」
これは、どうだろうか。見かけが、怪しいかもしれない。仮面を取ると。
「黒髪のミッドガルド貴族だと? ふざけるのも大概にしろ! 殺さなければよい、捕縛せよ!」
じりっと、包囲網が迫る。塀の裏からも兵士が潜んでいるようだ。
ユウタは、平気だろうが―――
「そこまでだ! ユーウ以外、動きやがったらぶっ飛ばすのだ」
アルルだ。
「何奴っ、そ、その鎧はっ」
まっきんきんの王子の声が響く。館の上だ。
それと、同時に輝く逆三角形を下部に持つ城が影を作る。
視界一杯に。
「下郎ども、誰に剣を向けているのだ。頭が高い」
馬の上に乗っていた騎士は、飛び降りて片膝を付く。
「して、どういった次第で我が騎士に剣を向けていたのだ? 返答次第では、只では済まぬぞ」
「は、ははああ~~~」
思考が停止してしまったらしい。背中には、黄金の翼がひらひらと動いている。
機械なのか。それにしても、眩しい。
「殿下。一掃しては?」
物騒な発言が、一帯に響く。
白いゴーレムが館の上へ降り立つ。巨大だ。17mはあるのではないか。
石の館などあっさり崩れるだろうに。重さを感じさせていない。浮いているのだ。
両手には、盾を持っている。それは、己の鎧化した姿ではないか。
そっくりだ。
「シグルス、お前も過激な事を言うのだ。見ろ、皆怯えているではないか。王者は、寛大な心で民に接しなければならぬ。慈悲でもって、許してやるのも務めよ」
エンシェントゴーレムが暴れれば町など10分もしない内に瓦礫と化すだろう。
「あー、その詳細はシルバーナから報告をもらった。後の事は、お前に任せる。シルバーナを働かせるのもよし、そこの小娘たちを使うのもいいだろう。結果を出すのだ」
アルルは、虚空に消えるようにしていなくなった。巨大ゴーレムもまた掻き消える。
城が、時を同じくして離れていく。
恐らくだが。この玉座で面倒なのだーと言っているだろう。そんな姿が目に浮かぶようだ。
歩いていき、指揮官とみられる騎士の肩を叩く。
「言うことを聞いてくださいますね?」
首を縦に振る。すると、
「もはや、これまでか」
「ちょっと、待ちなさい。もう、彼らは敵ではありません。ユークリウッド様の指揮下にあります」
後ろで、覚悟を決めたような声がする。土蔵から出てきたようだ。
「そんな事が」
訳がわからないだろう。そして、囁くように。
「立ってください。そして、キュルク家一門を確保する事。それが、貴方がたが生き残る道です」
騎士の男は、面当てを上げる。髭面だ。
「騎士団が戻ってくれば…わからないぞ」
反乱でも起こそうというのか。頭をすげ替えるだけだ。
「そうすると、次のキュルク城主は貴方かもしれませんね」
「…それは、あり得るのか?」
可能性の問題だ。パウロが生きているとやはり降爵という形で落ち着いたかもしれないが。
人類と相容れない吸血鬼では、無理な話。ロシナの愛人がちらっと頭をよぎった。
「それは、働き次第かと」
諸行無常。盛者必衰。どの道、キュルク家の没落は免れまい。失点が大きすぎる。
尚も考えこむ男に、女に肩を貸してもらって歩く半裸の男が寄ってきた。
「ピエール!?」
跳びはねるようにして、男は声を出して詰め寄ると。
「おい、その格好はどうしたんだ。パウロ様に面会をする、そんな話だったろう? 一体、どうしてそんな顔に」
「兄さん。パウロは、悪魔だったよ。そこの魔術師様が助けてくれなきゃ、城で行方不明になった連中と同じ姿にされてたろうね。ぐっ」
身体を支える男は、「そんな馬鹿な」という。
「私は、マノン・アンダイエ嬢を連れて城へ帰還したんだ。けれど、そこで待っていたのは激しい尋問どころか拷問だったよ。マノン嬢、偽名を解いてくれないか」
慌てて、鑑定を使うとレティーシャからマノン・アンダイエへと名前が変わるではないか。
謀られた。
「では、パウロ様が?」
「そうだ。城下で起きていた人攫いも、猟奇殺人事件も、全てあのパウロがやった事らしい。もちろん、全部が全部、そうではないようだけどね。奴らには、仲間の吸血鬼がいて手を組んでいたようだよ」
しーんとなってしまった。誰もが、固まっている。
「では、源家に対する仕打ちは」
「濡れ衣だね。目障りだったんだろう。そう考えれば、納得のいく話じゃないか」
「それじゃあ、我々がしてきた事は…」
ピエールの兄は、半分だけ顔を源家一門へと向ける。見難そうにしている。
彼らも、ここには居づらいだろう。ならば、己の領地で預かるのもいい。
「間違いですね」
「なんという事だ。どうやって、詫びればいいのだろう」
そんな事は、自分で考えろよと思うのだがオブラードに包む方が角も立たないだろう。
「それは、これから考えていきましょう。皆さんには、兵士たちの説得を手伝っていただきたい。よろしいですね?」
居合わせる兵隊たちも異存はなさそうだ。
黒い箱が、震える。
「あー、もしもし」
「間に合ったかい?」
「いいタイミングだったよ。いう事聞いてくれないのには、困った」
「ふふん。あたいに感謝して、追加報酬くらい用意しておくんだねえ。ピエールとかってのを行かせたのも、いい具合だったろうさ」
下手に頭が回る女というのは、扱いに困るところだ。
「ドナルドは、どうしている?」
「手下が説得中だねえ。ヴェインってのと他にも吸血鬼になっていないのがいるっぽいけどさ。連中も、あれを見たんじゃ逆らおうってのもいないさね」
見た目というのは、重要だ。敵がでかいというだけで、抗うのを止める。
まだ逆らおうというのなら、1つ町を焼いてみるのも手だろう。
「じゃ、後は」
逃げる気だ。許さない。
「よろしく」
「え?」
「よろしく!」
疲れたのだ。
「いや、ちょっとあたいも疲れたんだけど」
「休憩したら、頑張ってね」
人が苦労しているのに、雇い主を置いて勝手に逃げるだなんて許されない話だ。
逆に、己は逃げ出したいのだが。
傍から見れば、大技に次ぐ大技を出しているのだから。休んだって文句を言われる筋合いはない。
「あいよ…」
蔵から出てくるやせ細った着物姿の人を見れば、休んでもいられなかった。




