332話 ちょっと待って? (パウロ
「先行されると困るんだけどねえ」
なんて言って「そうだね」と待っている暇はないのだ。アルストロメリアの身が心配になっている。
「ここにいる人間を適当な場所に送り出す。それで、どう?」
シルバーナは、顔を歪めた。
「あんたの行き当たりばったりは、今に始まった事じゃあないけれど…。今度の場所は、盗賊ギルドに渡りもつけてないところだよ」
すぐに、整列を取るのだが。忍者裝束をまとった男たちも駆け込んできた。
息を荒げている。
「まあ、しゃあないさね。貰うもんは、しっかりもらったんだ。あっちで決めようかね」
「アルストロメリアの確保を第一目標でお願い」
返事無しにこくりと、頷く。
適当な場所を選んで、シルバーナの手下を吐き出すという。上手く機能するだろうか。
四角い黒色をした箱を投げてくる。
「そいつで、連絡を取るよ。あんた、全然出なかったりするけどさ。頼んだからね」
「わかった」
どんどん入っていく姿を見ながら、シルバーナと与作丸が揃って入っていった。
与作丸は、顔面いっぱいに汗をかいていて息も荒くしていたが。大丈夫なのだろうかと。
遠見の魔術を水晶に映す。
まず、何処へ行くべきだろうか。
城か。それとも?
「その冒険者ギルドというのは、どこにあるんですか?」
トゥルエノは、水晶球を見ながら。
「視点を上げるといいでしょう」
円形になっている街の全景が映し出される。街の通りを慌ただしく兵隊が通行していた。
「ここです」
示されたのは、煙が上がっている一角だ。少女は、顔をしかめた。傷が痛むらしい。
手を取ると。回復の術をかける。
「貴方は。敵だった人間を信用するのですか?」
光を見ながら、訝しむような気配。
「そうですね。勿論、嘘だったらひどい目に合いますよ。ただ、本当なら見過ごせないですねえ」
正義の味方ではないけれど。正義というのは、大好物なのだ。誰かが泣いていたら、手をとってやりたい。気恥ずかしいけれども。なんといっても、顔面がいい。いい絵になるだろう。
考えて見て欲しい。強面のキモ豚が寄って行ってどうなるというのだ。
悲鳴を上げられるか逃げられるという。
真っ直ぐな瞳は、夜空のように真っ黒だが澄んでいる。いや、潤んでいるのか?
視線を水晶球へと移して、焦点を合わせていく。
すると、四角い箱の建物に煙が上がっている。矢が何本も突き刺さり、家を燃やさんと火の玉がぶつかっている。あまりに、乱暴だ。
「これが、冒険者ギルド? ですか」
「はい。どうやら、パウロの手が回っているようです」
パウロ? また新しい単語だ。どんどん出てくるので、いささか混乱してきた。
テスタ。ヴィクトル。そして、他の3人はなんというのだろう。
隊長とか言われていた男ともどもは、黒いアイマスクをしていた。
「パウロとは一体?」
「…ご存知、ないと」
記憶には、ない。誰であろうか。
「ええ」
トゥルエノは、上を見てからゆっくりと視線を降ろしてくる。
「パウロとは、キュルク城の城主。狂人です」
「なるほど」
狂人とは、また大きく出た。ドナルドを見る限り、正常であったような。
それとも、彼はそのままに狂った城主へと手を貸していたのだろうか。
燃え出しているギルド。取り囲む兵隊を見るに、完全武装だ。
「いくか」
トゥルエノの横には、チィチとミーシャが立っている。2人を信用しているが、荷が重い気がする。
3人をパーティーに入れてから、
「4人で行くのですか? 自殺行為です」
「心配ないよ。ミーシャ、隠密を使って3人で隠れていてね」
「貴方の力は、知っている。しかし、鎧は熱に弱いはずです」
この子は、少し頭が弱いのかもしれない。鉄は、確かに熱で溶けるが。
同時に、冷却効果がある物質を使えばいい。製鉄所などで、鉄を溶かした銑鉄を何処へ入れていると思っているのだろう。だが、そんな事を言っても少女に理解できなどすまい。
「火属性に弱いと。そう言いたいようですね」
「そんなことより、ご主人様。早く、いかないと」
不穏な事を付けてミーシャが口を挟んできた。確かに、やばい。転移門を開いて、そっと屋根の上で監視している兵隊の裏へと回る。そして、麻痺を打ち込む。
人間の身体は、生体電流が流れているので多少の電撃でも痺れて動けなくなるのだ。
「それじゃあ」
白い仮面を取り出して顔に付ける。頭は、黒く。
一々染めるのが、大変で朝の内に染め具合を確認しておく必要がある。
よく考えれば、とっくにバレているのではないだろうか。
「隠れててね」
【隠密】と【忍び歩き】で移動していく。周りを囲んでいる敵の斥候兵を無力化しながら、【土壁】を発動させて。【水球】と【軟化】で地面をほぐすと、【沼】の出来上がりだ。
囲みは、大混乱に陥った。
(いっそ、火でも放つかな)
しかし、家の壁は煉瓦で火事に期待はできない。かといって、【地震】を起こせば町の全体が大変な事になってしまう。それでは、トゥルエノたちを味方に引き入れるというミッションは失敗だ。
手で、招く。
(これでは、パンチ力が弱いなあ。すぐに、統制を取り戻すかもしれない)
だから、
「彼らは、領主のやっている事に気がついているのかな」
「恐らくですが。しかし、彼らを倒し尽くしてしまえば今度は」
今度は、ヘルトムーア軍かアスラエル軍によって制圧されてしまう。
そうなっては、目も当てられない。我慢して、目を瞑るべきなのかというとそうではないと。
心が訴えている。
(適当な混乱を起こして、まず死ななそうな奴というと)
黒竜くらいしか思いつかない。彼の同僚に、水の竜がいるようだ。そちらでもいいのだが。
フードを弄ってみたら、反応がない。というより、いなかった。毛玉だけ。
(駄目だ。さて、どうしよう)
時間もない。セリアを呼び出したら、檻から解き放たれた猛獣の如く彼女は、兵隊を殺しまくるだろうし。
(土壁を置くか)
これならば、解除に時間がかかる事だろう。ついでに、手頃な魔物でも置いておけばいい。
犠牲がでるかもしれないのだが。
骨を死体置場から取り出すと。死霊術を使う。
気が付かれるだろうか。簡単な術だが、命令もまた簡単なものしか受け付けない。
自我を持って、勝手に動きまわるというのはそれはもう。【降霊】になる。
「どうするのです」
骨を見ながら、トゥルエノは言う。
「城に移動しますか。連絡が来ませんし」
時間ばかりたって、アルストロメリアが見つからない。ドナルドと一緒にいるのだろうか。
「それこそ、危険です」
気配を感じる。1人か。いい度胸だ。鑑定するに【キュルク兵】なんて出てくる。電撃を放つと、悲鳴が出た。
「これは」
「偵察兵でしょう。さっさと向かうしかありませんね」
屋根の上を移動するよりも、遠見の術と転移門で移動した方がいいだろう。城の中に入りたいところだが、結界があるようだ。
城壁の外へと出て見ると。堀が広い。
「飛んで、渡るしかないか」
見つからないとなれば、城にいる可能性が高い。シルバーナからの連絡は、来ないし。
「飛べる人」
反応がない。首をそろって横に振る。
3人に、浮遊と飛行をかけておく。3人とも魔術で飛ぶ事は、できないらしいので。
「これで、飛べるのですか?」
「問題は、向こうの壁上に行ったら解除するけど見つかる可能性が高いんだよ」
と、さっさと助走無しに【強脚】と【強靭】、【跳躍】を重ねあわせて飛び乗る。
なんとか乗れた。そして、再度の隠密。見張りが気がついたようだ。走りよって、意識を奪う。
崩れ落ちた兵を隅っこに持っていくと、そこでやっと渡ってきた。
(やっぱり、足手まといのような気がする)
人質に取られたら動けなくなってしまうような。
城壁の上には、通路があってその端には扉がある。
そこへ入ると。
『反対側をお願い』
3人は、頷いて扉へと入っていく。そして、中の階段を降りていくと。
シルバーナにもらった箱が振動する。
耳を当てる。
「とんでもないねえ。あんたの勘、当たりじゃないのさ」
物音1つしない階段を歩いて降りていく。螺旋状になっている。
アルストロメリアが捕まっているとするなら、地下だ。歓待されているなら、上の階だろう。
中に入るとみられる扉へと近寄って、薄暗くかび臭いにおいが鼻に付く。
「当たりね。続きをお願い」
「まず、キュルクの城主パウロだけれどこいつは吸血鬼の可能性がある。気をつけな。血を吸われちまったら、下僕にされちまうよ」
とんでもない話だ。飛躍しすぎてついていけそうもない。なんだって、領主が吸血鬼になっているのか。 件のドナルドは、日光の下でも歩いていたではないか。
「なぜ、それがわかったんだ?」
「そいつは、ごもっとも。こんな辺鄙な町にも教会があってねえ。そいつを尋ねた部下が、屍鬼になった神父さま方の変わり果てた成れの果てを見つけちまってさあ」
会話が可能だったのだろうか。
「幸いな事に、話ができるやつもいてね。最終的には、灰になってもらったんだけど」
疑問が出てきた。元から、パウロというのは吸血鬼だったのだろうかと。
「城主が吸血鬼になった。というなら、誰かが吸血鬼にしたと。そういう事になるね。誰が、それをやったんだ?」
「そいつは」
そこまで言って、一際大きな扉に行き当たる。これは、領主の執務室であろうか。
兵士が両脇に立っているが、不審な点が見当たらない。
シルバーナの声がする箱をしまう。
寄っていくが、中に入るには兵士が邪魔だ。通路を左右に見ても、人の姿は見当たらない。
奇妙だ。
そして、兵士の脇腹を触って軽い電撃で麻痺させる。
崩れ落ちる兵士。それを見る前に、反対側に居た兵士へと麻痺を入れる。
扉の取っ手は、金箔だ。金をかけているのだろう。
再度、【隠密】を使って取ってを引く。鍵は、かかっていないようだ。
中には、人の姿が見えない。隠れているのだろうか。
こういう場合。
(どっかに隠し通路なり、部屋があるんだよなあ)
貴族なのだ。領主ともなれば、そういうモノを備えておいておかしくない。
であれば、風の流れを読むべく精神を澄ませる。
流れを探るようにして、不自然な継ぎ目を発見した。手で押すと、めりめりと石か何かを割って食い込む。隠し部屋にしろ何にしろ時間をかけていられない。
静かに入ってみれば、通路だ。壁を破壊した音がしただろうか。
ゆっくりと、何の音も立てずに歩いていくと丁度顔面が青くなったような男が歩いてくる。
「ほう。こんなところに、少年が忍び込んでくる。存外、冒険者ギルドも手元が薄いと見える」
その後ろが気になる。足だ。もしかして、アルストロメリアの足なんじゃ。
「パウロ、キュルク卿であらせられますか」
眉の薄い。酷薄そうな感じだ。男なのに、ロン毛をしている。
「いかにも。ふっふっふ。今日は、馳走かな」
貴族風にもこもこした服。ちょび髭を触りながら、一気に間合いを詰めてきた。




