331話 どっちが本当なの (トゥルエノ
ぼとっと、落ちる感覚。
エリアスだった。鎧化を解いた時に、中に置いたままだったのだ。
見れば、てらてらぬるぬるしていそうな透明な粘液で包まれていた。
尋問する為に転移した場所は、ラトスクの事務所。
(さて、どうしようか)
見れば、エリアスが粘液の中から出ようともがいていた。素っ裸である。
服を着せようと、インベントリから取り出して上へかけるのだが溶けてしまった。
スライムなのだろうか。チンポは、元気になって痛い。
よく彼女を見ると。何か、言いたそうに口を動かしているので怒っているのかもしれない。
傷を受けて、転がっている男を治すと。
「どう、されましたか」
ロメルが、キャシーを伴って転移室に入ってきた。後ろには、チィチやミーシャが見える。
女の子が、2人転がっているのだ。1人は、動けないでいるが。
もう1人は、メイド服を着た獣人によって取り押さえられている。
「捕虜が3人。なんだけどね。拘束の方を頼めるかな」
「かしこまりました。そこの男とこちらの女たちですね」
エリアスの方を見れば、もがいて上半身が出るところである。すぐに、キャシーが近寄って布で隠す。
「尋問室って、ありましたっけ」
「ギルドの物を使いましょう。彼処ならば、使用が可能です。もちろん、ネリエルを通せば治安維持騎士団の詰め所も使えますが」
尋問には、いい思い出がない。与作丸の事を思い出すので。治安維持騎士団などは、初耳だ。
それを作るために金がいると、無心していったのだろうか。
確かに、街の治安を守るのは重要だけれど。
「ギルドにしますか」
体格の良い獣人が、女の子2人を拘束具で捕えると。
男の治療をさっとしてから、追いかける。
「おい、こら」
失礼な言葉を後ろから投げかけてくるのは、エリアスだった。
振り返れば、簡単な布に穴を空けた服を着ている。
大丈夫だったようだ。
「指輪が、なんか変形してんだけど! どういうことだよ」
顔を赤くして、走ってくるのだ。扉を開けて、通りに出る。
「どうもこうも。僕は、何もしてませんよ?」
同調するように、毛玉が頭の上で跳ねた。
通りは、まだ日が登っているところ。日差しが強い。
「おかしいだろ。ちょっと、寝てる間にこんなんなったら」
そういえば、アルストロメリアを置いてきぼりにしてしまった。
回収してくる必要があるだろう。
エリアスの持っているのは、八角形をした箱。少しばかり、手に大きい。
黄金色をした装飾とルーンが刻まれている。
「魔力を感じるね」
「そうなんだよ。うおっ」
突然、服が普段着になった。魔力光を放っているのは、箱だ。元が指輪だったというのだから詐欺ではないか。
「便利になって、良かったじゃない」
「いや、デカすぎだろ」
鞄がないのだ。
「ちょっと、待て。俺の鞄は?」
何処にもない。
「さっきの場所に無かったんなら」
溶けて、無くなったとしか。それとも、融合したのかもしれないが。その言葉の続きを待つよりも、周れ右して走っていった。見送って、ギルドの扉を開くと。
恐怖と困惑が混じった雰囲気が流れていた。ロメルが隣によると、
「ユーウ様。この者達は、一体、何をしたのでしょうか」
簡単に言ってしまえば、テロだ。ドナルドだかを暗殺しにきた結果、エリアスが死にかけたのでは話も聞かずに処刑してしまいたいところだ。
「暗殺者のようですね。どういった事情があるのか知れませんが。髪の毛が紫色の方は、名前がわかりません。赤い方が、テスタ。男の方は、ヴィクトルというようです」
偽名かもしれない。1号、2号よりはマシだろう。訳がわからない。
「電撃スキルの持ち主、ですか。これは、貴重です」
「なぜ? 魔術師なら、稲妻やら雷というのは」
「そもそも、雷属性というのは風と水の複合属性。魔術とも違う、スキル持ちなのですよ。あの子は」
熱い視線というよりは、まるで玩具を見つけたような子供の目だ。
「なるほど」
スキルなので、武器に付けるなんて付与術士の真似ができるのか。
しかし、1人で付与術士と剣士、弓士とやっているのは多彩な才能なのだろう。
矢が紫色を発光するという。謎の現象を起こしていた。
戦争ならば、いくらでもそのような物が飛び交うのである。が、1人でやってくるというのはなかなかに優れた戦士のようだ。
「敵、という事であれば牢に入れる事になります。如何されますか」
「ん、まずは尋問かな。ともかく、1人ずつ聞いていこうかと思うんだけど」
「仲間にするおつもりですか」
最初は、怒りで頭がいっぱいだった。けれど、落ち着いてみれば女の子だ。
説得で仲間になるなら、それに越した事はない。
「そうだね。まずは、事情を聞こうかな。死体が出たわけではないからね」
もちろん。エリアスが死んでいたら、その限りではないけれど。
奥へと進む。黒光りする床になったギルドは、改装されて立派な内装だ。
山田のおかげなのだろう。が、払う金もかなりの代金だ。
床平米で5万。これが、中抜きを禁じたときの価格。
「左様で。では」
扉を開けて、中へ入ると。椅子に座った女の子がいた。
殴られたのか。顔に痣ができている。
両手は、後ろへ。そして、器具がつけられているはずだ。
外れていないか、確認する。ちゃんと付いていた。
「それでは、お名前をお聞かせください」
「トゥルエノだ」
変わった名前だ。アルカディア語なのだろうか。冒険者なら【翻訳】【言語翻訳】【発音】なんてスキルを取る人間もいる。もちろん、取ってあるので聞こえるのだろう。
脳内選択ができないと、ステータスカードが必要だ。或いは、キューブを出すとか。
「私の方も、君の名前を知りたい。私の電撃を無効化する戦士と初めて出会った」
飛び道具を悉く無効化する敵と出会った事がなかったのは、幸いだったのだ。
セリアと出会っていれば、さっくりと殺られていたに違いない。
腫れ上がった部分が、痛いだろうに落ち着いた瞳。
「ユークリウッド・アルブレストと申します。トゥルエノさん。あなたは、どのような理由で我々を襲ったのですか? まずは、そこを知りたい」
テーブルは、四角い木製で尖った部分がない。自殺を防ぐためだろう。
インベントリから、カップを取り出して紅茶の入った瓶を持つ。
注いだ白いカップの乗る皿を見ている。
「なぜ、そんな物を出すのです?」
「喉が乾きましたから」
「後ろ手に縛られていては、飲めない」
「残念です」
トゥルエノは、テーブルの上を見ていたが、
「キュルク城、キュルク領について君は一体どこまで知っているのですか」
「何も知りませんね。むしろ、キュルク領キュルク伯爵家があるのを知ったのも今日な訳でして」
「では、キュルクの城主とは一切関係がない?」
「一切は、言い過ぎでしょうが……。基本的に領内の事は、それを治める貴族に任されるのが一般的のようですから。他の領地を狙って攻めこむには、ミッドガルドからでは遠すぎます」
ドイツの端からフランスの端だ。形を見るに、そんな感じだから遠い。
「キュルクの貴族は、先の戦争でも出兵を断った腰抜け。であるにも関わらず、戦争を理由にして領民に重税をかした。結果、どうなったのかわかりますか」
なんとなく想像できた。
「税を払えない者は、泣く泣く娘を、息子を奴隷に売る。労働力がなくなり、さらに作物が取れなくなる。そして、襲ってくる魔物。やつらは、魔物を倒す冒険者にまで重税をかけたのです」
アルカディアは、未だに人頭税だっただろうか。確か、赤ん坊であろうが老人であろうが等しく税をかけてくると支払いが大変だ。収入がないのに、収入以上の税を払えとかいう事になる。
「それで、貴族を暗殺しようと狙った訳ですか」
「時期は、良かった。キュルクの貴族は、どいつもこいつも護衛がたんまりと付くから。攻めこまれた時には、好機だと仲間は考えたのです」
落ち着いて話をするのは、いい。この話が本当ならば、キュルク領の改易があってしかるべき案件だ。少し弱いが。
「何よりも、その奴隷になった娘達を味見して酷い殺しを楽しむ。外道どもを討つべく冒険者たちは、立ち上がりました。私が殺されても、きっとやり遂げてくれるはずです」
薄い笑みを浮かべている。
「ああ。ちょっと、待って」
これは、改易どころか。さっさと殺しにいかないと。その前にアルストロメリアが危ない。
嘘だとしても。真摯な目をしていた。
嘘なのか本当なのか。何れにしても、調査が必要だろう。
「一緒に潜入しますか」
一瞬の間があって。
「私の話を信じるんですか?」
「無論、確認する必要があるでしょうね」
こっそり、貴族をぶっ殺してしまえと。そんな声がする。
「貴方にも、手伝っていただきますけれどね」
「なぜ、手伝うんですか。なぜ、信じるんですか? 貴方は、ミッドガルドの人間でしょう。一体、なぜ?」
目を閉じると。湧き上がってくるのだ。悪を滅ぼし、善を助けよと。
事は、正邪でもってつけられそうな感じ。相手に正義がないのなら。
圧倒的多数であっても、立ち向かう。それが、勇者というもの。
「なんででしょうね」
思った事をできない現代ではない。ならば、ぶちのめしに行くまで。
立ち上がって、近寄ると。
「傷を治します」
顔の腫れが引いていく。後ろ手の拘束具が邪魔だ。
ロメルへと視線を向ければ、鍵で外した。
「これから、どうなさるおつもりですか。まさか」
「そのまさかだね。エリアスには、言っておいてよ」
「ならば、獣人軍団をお使いください。ネリエル将軍なら、1時間以内に1万の兵を揃えられます」
「それには及ばないよ」
きっと。城主が、おかしくなっているだけなのか。真実を探しにいかないと。
「テスタは」
「生きているが、治療が必要だ。それに、ユーウ様は甘すぎる。悪いが、2人揃ってはねえ。君が逃げないとも限らない」
むっ。となったけれど、そうかもしれない。
パーティーへとトゥルエノを入れると。
「チィチとミーシャをお連れください。決して、貴方の足手まといにはならないはず」
心配症のようだ。
「君は、一体何者なのでしょう」
只の愚か者だろう。
まずは、ミッドガルドの王都で謹慎をくらっている盗賊娘を尋ねる事だ。
こういった情報が、まるで入らなくなっている。
ミッドガルドの貧民街に存在する盗賊ギルド。
それを支配するのが、元騎士団長にしてシルバーナの父であったりする。
通りに転移して、酒場へと入っていく。
後ろには、獣人の娘が2人。それに、紫色の派手な髪をした女の子。
入り口に立っていた男たちは、視線を逸らす。
ぐるりと見れば、コップを洗っている幼女を発見した。
白いシャツに、エプロン。頭に新しいバンダナをしている。今日は、赤いバンダナ。
「ちっ」
正面にくると、そんな舌打ちをするのだ。殴ってもいいのではないだろうか。
温厚な己でも「あ?」とか「は?」とか言われるとかっかと火照ってくる。
正面にから真っ直ぐに見ると。
「なんだよ。あたいに用があるなら、さっさとしておくれ。仕事は、沢山あるんだからさ」
客の入りは、程々だ。昼には、まだ早い。なので、飯を食っているよりも賭けに乗じて酒を飲んでいる輩ばかりだ。
台の上へインベントリから取り出した金の入った袋を乗せる。
「仕事だ」
片目にかかった髪を上げながら、
「どんな仕事なのさ」
「キュルク城に潜入して、糞の証拠を集める」
「糞って、決っているのかい」
「とりあえず、調査。でもねえ。勘が、びんびん訴えているからね」
嘘だったら、その時はその時。奴隷にでも売り払うまで。仲間に、配下にする意味も価値もない。
「いいよ。んじゃ、まーこいつの奢りで仕事が終わったら飲むよ!!!」
なんて、事をいうのである。それで室内が、野太い歓声で湧くのだ。
余計な出費は、抑えたいのが本音だ。
「まったく」
してやったりという顔をして、金貨を数えながら、
「また、新しいこれつれてるし。どんでもないねえ」
指を立てて見せる。
トゥルエノとは、そんな関係ではない。
エリアスを置いてきてしまった事を思い出したが、善は急げなのだ。
今度は、アルストロメリアが危ない。




