330話 悪っぽい(テスタ、ヴィクトル
足元には、女の子が転がっている。
赤い髪は、肩まで。屋根を踏み抜くようにして立っている。
【天地真逆】は、重力異常を引き起こす魔術。防御に関して、有用だ。
(さて、と。どうしようか)
本来であれば、鎧化すると魔術が使えない。だが、桜火がサポートしてくれるなら別だ。
ダンジョンコアと繋がっているらしいのだが。
右斜めには、弓を背にした女の子がぴっちりとした黒い皮鎧をまとって中段に剣を構えている。
(ぶっ殺すと、思ったんだけど)
女の子だ。殺す訳にはいかない。これで、チンポが生えていたら詐欺である。
まあ、段々と怒りが収まってきた。
『マスター。呪いの解析が完了いたしました。同時に、解呪を実行します』
『ありがとう』
相対している女の子は、湾曲した剣を構えたままだ。しゃがんで、赤い髪をした同年齢くらいの女の子の手を取る。
構えた相手は、踏み込んで来ない。
そうしているうちに、反対側の屋根に見知らぬ男女が増えた。
「隊長!」
援軍を待っていたようだ。
「無事だったか。こいつは?」
手を引き上げたが、肝心の転移門が開けない。天地真逆の理は、結界術。その外へと出れば、女の子が攻撃を仕掛けてくるだろう。
さらに、4人の敵。味方は? 来る様子がない。
男3人に、女1人の増援。
まずは、構えている女の子だ。一気に間合いを詰める。
と、女の子は後ろへ跳びはねた。厄介な。
そして、電撃を刃から繰り出してくる。味方を勘案しないのだろうか。
重力の檻は、電撃を無効化できないものの。鋼鉄の身体へと変じたので、効きはしない。
(術の範囲を拡大したら)
『恐れながら、地面を巻き上げるかと』
答えが返ってきた。通りを跨いで飛んでいく。かなりの脚力だ。
手には、女の子を掴んでいる。全身からは、力が抜けて脱力状態。
「卑怯でしょう。それは」
それを見た暗殺者が、よくもぬけぬけと。などと思うのだが、逃がす訳にはいかない。
置いていって、後を追いかける一味に確保されては間抜けもいいところである。
或いは、あえて回収させてから戦力を補充する。
という手もあるのだが。味方が、全然来ないのである。
「なんとか、言ったらどうですか!」
帽子に隠れる髪の下で柳眉を逆立てるのだが、こればかりは致し方無い。
彼女が放つ電撃から、逆に捕虜としている女の子を守っている有様だ。
眩い電撃は、ねじ曲がって地面を叩いていた。
『卑怯というが、そちらが殺しに来たのだろう。ならば、殺し返される事も覚悟しているんだろ。卑怯というのなら、正々堂々と、殺しに来てみろ!』
そう念話を送れば、顔をしかめて弓を手に距離を取りながら矢を放つ。
矢には、紫色の粒子が纏われていて盾に当っては弾かれる。
「その身体。いったい」
後ろからは、彼女の仲間。電撃は、結界に当ってもなんともない。
術は、未だに発動しているのだが。真っ直ぐに追いつこうとしても、かわされるのだ。
出ている煙突が、どんどん破壊されていく。
『【着印】を』
『イエス。マスター』
肩から、淡い光が飛んでいって女の子に取り付く。彼女は払おうとしたが、その刀にへばりついた。
(もしも、後ろの連中が彼女と同じかそれ以上の能力だとすると)
ひょっとして、まとめて相手にしたら負けるかもしれない。
どんどん、そんな考えが浮かんでくる。悪役が、囲まれて打倒されるように。
展開している【天地真逆】は、無敵の能力ではないのだ。
電撃こそ結界で防げるものの、他の一味がもっと強力な能力を持っていないとも限らないし。
鎧に効く能力を考えるに、撤退するべきだ。なんて思えてくる。
『逃走しますか? 現状では、今討ち取っておくべきかと』
『うーん』
街を破壊して、更地に変えるのならば倒せるだろう。一気に、建物ごと擦り潰してしまえばいい。
或いは、派手な一撃をぶっ放すとか。
生身で、電撃を放つ剣を持っている少女の相手なんてできない。
食らったら、きっと死ぬ。
(しかし、なあ)
手に持っている女の子が邪魔だった。空の上を飛んでいるような感じなので、ぽいっと捨てれば女の子が受け止めにくるかもしれない。
(それこそ、卑怯)
と言われるだろう。
やがては、街を囲む壁に行き当たる。女の子に逃げ場は無さそうなのだが。
「今だ!」
飛び上がると、後ろで魔力の高まりを感じた。
とっさに上へと飛び上がる。
真下を光の束が貫いていく。どういう原理なのか。
収束する光が、壁をも貫いて蒸発させるのだ。
恐ろしい威力だ。
「この化け物め。テスタを放しやがれ!」
テスタというのか。
味方もろともに攻撃をしてくる連中のセリフではないと思う。
矢は、回転速度を増してきて。男の巨大な腕が迫る。
「いけない!!」
叫ぶのだが、好機だ。のろのろになった腕を躱しながら、盾を腹に突き立てる。
あっさりと突き刺さっていき、背中まで貫通した。
「ヴィクトル! よくもぉ」
大きな甲冑を着た男が落下していく。
「あのゴーレム。なぜ、浮遊しているんだ」
「それよりも、ヴィクトルの手当てを」
再度、女の子を見れば。
「よくも、やってくれましたね」
ゴーグルを取った顔は、まだ幼い。つがえた矢が、一層輝きを増す。
1人脱落して、残り3人。
人、一抱えほど魚のように肥大化した輝きを纏う矢は、刺さって結界を突破してくる。通りでは、見物人が集まってきているようだ。
味方は、今だに来ない。
「あっちに、まわれ。こいつを挟み込むのには、十分注意しろよ」
あいにくなのだが、上ががら空きである。囲まれても問題なく。
掴んだ女の子の腕が千切れないか、が心配であった。
真下に見下ろしながら、矢を避けてみせると。
「空を飛ぶ上に、当たらない、だと」
距離があるのに、男の声を拾ってくれる。【聞き耳】のスキルは使っていないが。
矢は、ついに無くなったようだ。手元の矢が無くなったのと、馬に乗った兵とそれに従う兵が通りを走ってくるのを見て。
「ここは、撤退すべきです」
隊長と呼ばれた青い鎧を着た男へと槍を持つ女が進言する。
さっさと逃げ出すのは、弓から矢を放っていた女の子だ。
どちらを捕えるべきか。
(弓だな)
隊長とか云う相手は、男だし。単純な理由だ。
胸を貫いた男は、倒れて放置されている。手当しても無駄だと悟ったのだろう。
相手のいる場所が、屋根の上でなければ盾を投げるところなのだが。
矢を放つ女の子の攻撃で、屋根がぼろぼろになっている。穴が開いたり、削れたりと。
凡そ矢による攻撃とは思えない威力だ。結界に突き刺さっては、それを食い破ってきたし。
捕まえた方がいい。あえて、逃がしてやる。
(こういう時には、奴隷というのはいいんだけど)
そして、逃げ切ったと思わせておいてから捕えるというのがいいだろう。
眩いのは、矢だけではなかった。
とっさに回避運動をしていたら、そこを通過していった光。
それが、もう一度、放たれたようだ。しかし、異常な重力で電撃と同じく光も曲がっていった。
「馬鹿な!!」
悔しそうな。或いは、絶望したように「光の剣が通用しないのか」なんて言っている。
それを放って、下へと逃げた相手を追う。
線は、切れていないようだ。
上へと上がれば、追手は来ないようだ。
(しかし、面倒な事になったな)
事情をドナルドに聞くべきだろう。或いは、倒した男を治療するなり蘇生するなりして事情を聞くか。
手にした女の子は、睨みつけてくるし。拷問するのは、気が引ける。趣味でもない。
(一旦、地上に降りて変身を解くか?)
弓の女の子が、動きを止めたようだ。チャンスである。
即座に急行して、捕えるべきだろう。
落下していくと、直上から急襲する。脇には、ぐったりとしたテスタがいるのだが。
しょうがない。
戦闘をした場所から、離れた位置だ。北側の貧民街。
その一角にある家に、入ろうとしている。
接近しているのに、気がついただろうか。飛んでいる音は、しないし。
そのまま入った家の窓を蹴破って飛び込むと。
驚いた顔で、固まっている中年の女と帽子を取ってゴーグルを外した女の子がいた。
『どうも』
驚きから、はっとした表情になった。伸びる手は、置いた剣へと。
だが、それよりも早く手を掴む。
『電撃吸収を発動します』
適切なタイミングだ。
強く握れば、腕の骨が折れるかもしれない。しかし、手加減できない相手だ。
持ち上げると、
「化け物めっ」
怯んだ様子もなく、蹴りを顔面へと向けてくる。当っても痛くも痒くもない。
戦車の主砲でも効きやしないのだ。セリアの蹴りで、変形する程度なのだから。
それは、もう硬い。
「なぜ?」
不思議そうだ。電撃がでないのか。時間を与えない。
手を持ったまま、地面へと振り下ろす。重力に従って、石の床に叩きつけると。
「逃げ、て」
女の子は血を吐きながらと、中年の女へと言うのだ。女は、大きめのナイフを手にしていた。
あまり、手荒な真似をしたくないのだがスタンで麻痺したりしないだろう。
むしろ、電撃だけに吸収されそうだ。
(抵抗するなら、そこの女を殺す、とは言えないよなあ)
もろに悪役が言うセリフ。まさか、己が言うわけにはいかない。
どうやって、連れていくかといえば。
「ぐっ」
力任せに、両手を持つ。冒険者ギルドがあるのかわからないが、そこへ連れていくべき。
或いは、城へ? だが、城へ連れていけば処刑されてしまうかもしれない。
基本的に、童貞は女の子が大好きだ。
処女だと、尚いい。ユニコーンの嗅覚が言っている。この子、美人になるって。
『マスター。最低です』
『読まないで』
『アルーシュ様の言う通りです』
『はい』
だんだん、sっけが出ているような。そんな念話になってしまった。
両手を持ち上げると。両足羊を2つ持っているような気分で、嫌な感じだ。
「あんた、その子をどうしようってんだい」
中年の女は、震えていながらも覚悟を決めたのか。ナイフを持ってじりじりと近寄ってくる。
『さてね』
会話をしている暇は、ない。すぐに仲間が帰ってくる可能性だってあるのだ。
部屋から外へ。壁を蹴って飛び上がりながら、移動する。
「貴殿は、何者ですか」
答える必要もないが、一応。
『私は、ユークリウッド・アルブレスト。このような格好ですが、ミッドガルドで宮仕えをしております』
「ミッドガルドが、どうしてアルカディアに、それもキュルクへ」
アルカディアは、旧アルカディアとなっている。だが、辺境ともなれば見方が違うのだろう。
こういう時に、飛行船でも持っていれば助かるのだが。
アルーシュが、「浮遊城があるだろ。お前は、駄目」なんていうからこのざまである。
『さて、城に行く方がいいですか。それとも、冒険者ギルドへ行く方がいいですか』
「ご自分で、好きな方へいかれればいい」
冷たい言い方だ。しかし、冒険者ギルドへ行ってもキュルクの城へ行っても同じような感覚。
選択肢が出ていれば、どちらもBADENDのような。
飛びながら、腹を貫いた男がいた場所へとたどり着くと。
誰もいない。
兵士が、下で動き回っている。男は、死体ではないようだが。
顔が紫色へと変色している。
変身を解いて、転移門を開くと。女の子2人と男を放り込む。
同時に、桜火との繋がりが薄くなった。
(隠れている相手は、いないよな)
追手が居たりするから、要注意だ。




