328話 キュルク城の貴族 (ドナルド
異世界の配達業は、大変だ。インベントリがあるから良いとして、他の人間は牛で引いたりなのだから。
歩くとなれば、それはもう時間がかかる。
恐らく、現代人には理解しがたいような歩行距離だし。
倉庫もまた未開だったので、色々しなければならなくて。
置き場所は、まちまちで。看板を下げたりつけたり。そうして、決まったところを指導したり。そんな事までやらないといけない。
キュルクの町にだって倉庫はあったものの小さくて、話にならなかった。
なので、新しく倉庫を作る事から始まって、それから積んで行かないといけないのだった。
もっと言えば、先に、資材と食料を仕入れておく必要がある。
「いつも、こんな事やってんのかよ。大変だな」
「倉庫業ってのは、大変なんだよ?」
「ふーん」
と、前髪を切りそろえた幼女は言う。思わず、ぶん殴りそうになった。
大変だと思うなら手伝えと。だが、彼女に手伝ったりする気はないようだ。
男だろうが、疲れるものは疲れるのだ。薄暗い倉庫の奥へと進んでいき、インベントリからずんずん積んでいく。キュルクの町にある備蓄は、大したものではなかった。
真っ先にここへと飛んだが、セリアの姿はない。
知った顔もなく、食料を持ってきたといえば「頭がおかしいチビ」という扱い。
そろそろ、いかつい顔をしたおっさん兵とか殴ってもいいのではないだろうか。
「大変だと思うなら、運んでくれ」
「やだよ。エリアスにやらせよーぜ」
「あ? 俺、持ってんだが? てめえ」
小さな袋を抱えている幼女は、がるると牙を剥く。動物ではないのだろうに。
喧嘩をし始めそうなので止めて欲しい。倉庫の中は、通気が悪くて熱いのだ。
暑苦しい髪型をした2人が、埃を巻き上げたらやる気が失せてしまう。
「ここの棚とかくずさないでよ。元に戻すのが、大変なんだから」
「「へーい」」
と言いながら、手で「やんのか、こら」と掴み合いしていた。じっとりとした汗が背中を濡らしている。
白い毛玉は、首の後ろでスャ~と寝ていた。
「あの、アルブレスト卿、ご苦労さまです。何かお手伝いする事は~」
横から、声がする。顔を向ければ、細面にかつらのような茶色の髪を乗せている男が立っていた。
背の高さは、成人くらいか。遊んでいる2人を放って、
「ありがとうございます。残念ながら、お手伝いしてもらう事がないのですよね。持っていかれるなら、帳簿の方に記帳してからにしていただけると」
「わかりました。それでは、ほどほどになさってください」
立ち去ろうとするが、気になった。もこもことした肩と腕の服。貴族のような。しかし、現代人の感性だと異様な奴である。装飾が、ゴテゴテして金色の刺繍で飾っているところといい。
「時に、戦況は?」
帰ろうとした男へ声をかける。手は、どんどんと袋から出す樽を積み上げていく。嘘みたいな光景に、その男に付き従っていたとみられる男が目を見開いていた。
「キュルクで侵攻こそ防ぎましたが、国境に近いアンダイエ城は陥落。ボルドー方面にはアスラエル王国軍が進撃しているようで。南東からは、ロゥマ共和国軍が攻め込んでいるとか。ミッドガルドの援軍が望まれますな」
「なるほど」
「セリア将軍のお力は、並々ならぬものがあるとはいえ。こうも戦線が伸びては、各地で敗れているようで」
いつの間に将軍になったんだ。
なんとも情けないが、敵側には空を飛ぶヘリコプターに船と。地上を駆ける兵士たちは、一方的に攻撃される。
ならば、対空武器を用意しておくか。それとも、強力な魔術師を置いておくしかない。
1人いるだけで戦略兵器となるようなのを。
積んでいくと、隣というには距離を開けて男は立ち。
「申し遅れましたが、私はキュルク伯爵家次男のドナルドと申します。お見知り置きを」
ドナルド。マックのドナルドではない。
反応に困った。名前が、ハンバーガー屋に似ている。顔の方が貴族よりも、ピエロが似合うような気がするのだから不思議だ。名前とは、本当に不思議だ。
「それで、ドナルド氏はどう思われますか? 率直にいって、勝つ見込みは薄いような状況ですよね」
「……南アルカディアは、先の大戦では損害が少なかった、ので。様子を見ている家も出ているとか」
アルカディアの北部から中部にかけては、激しい戦場になった。けれども、南と西は違うという訳だ。
彼らを放置しておくな、という事を言いたいのかもしれない。
とはいえ、何かしろという命令は来てないのだ。様子を見た方が良いだろう。
「一旦、戦線を下げるというのもありでしょうね」
「っ……それは本気ですか」
血相を変えられるものだから、失言であったらしい。
「冗談です。でなければ、キュルクへ食料を供出しになんてきませんよ。でしょう?」
ちなみに、火線を撃ちまくってないにも関わらずキュルク領の畑は滅茶苦茶になっている。
「確かに」
しかし、男の顔には油汗が浮かんでいる。家の浮沈がかかっているのだから、軽い口を戒めねば。
「ともあれ、西に東に援軍を出していますから。どこかで、戦力を整えないといけませんねえ」
「ミッドガルド本国からは、来ないのですか」
自国の情報だ。おいそれとは喋れないが。安心させた方がいいだろう。いきなり寝返られては、困る。
確か、キュルク伯爵家の兵力は5千程度だったか。
とはいえ、アンダイエ伯の城が落ちているとなれば重要だ。
「いつでも、連れて来れるのですよ。兵ならば」
「では、食料が心許ないということで?」
「そういう事です。すでに、難民が周囲の村から出てきてもおかしくない状況でしょう」
攻め込まれると、一番の問題が住民だ。中世未満の世界だったりするのだから、当然のように現地徴発をするし女子どもを連れ去ったりと。乱暴狼藉の限りを尽くす事だってある。
傭兵団などは、言葉にできないような真似だってするのだ。
農村を襲って、腹を満たすなんてことは。ミッドガルド軍では、そのような真似をしないと信じたい。
蹂躙される。そんな状況なので、ドナルドを慰めるようにして言うと。
「住む家を失っておりますが、難民どもを壁の中に入れる事は更なる混乱を呼びますれば」
「キュルク伯も同じ考えですか」
「概ね、そのように考えておられるかと」
残念だが、難民を入れるのはリスクがある。工作員も入りやすくなるし、分断工作や破壊工作だって受けるだろう。まずは、アンダイエ領を取り戻す事からで。敵には、強力な打撃を与えたはず。
ただ、ヘルトムーア王国との国境が600km程度だとか。
反対側のロゥマ共和国と500km、アスラエル王国とも500kmほど接している。
アスラエルとは、内海があるのだが。
「アンダイエには、敵がもう進撃しているとか?」
「敵は、丘を占拠しており簡単な山城を築いているようです。奪還は、簡単ではないでしょう。それと、アルブレスト卿に引きあわせたい者がいるのですが。お時間は、よろしいでしょうか」
どんどん置いていったので、汗塗れだ。どこまで行ってもきついものはきつい。
エリアスが、寄ってくると。
「別に構わねーんだけどー。茶ぐらいだせよ」
というので、頭をはたいて腰を掴む。このまま、バックブリーカーでもかけていいんではないだろうか。
「失礼しました」
「いえ」
「外で、話をしましょう。暑いですねえ」
「わー、や、やめえ」
くすぐってやると、すぐにこの世のものとは思えない汁が降ってきた。
唾だろう。なんて、汚いのだ。
歩きながら、外へ向かう。アルストロメリアが、ぎょっとしつつ寄ってきた。
「すげえ、格好だな」
「まあね。いつものことだよ」
はたから見れば、どうだろう。いたいけな女の子を頭の上にして、弄っているのだ。
いや、いつもではない。弁明すれば、エリアスと遊んでいるだけで。
今までは、このような真似をしなかったが。己が変わったという事か。
パンツを激写しておいてもいいのではと。鬼畜の所業であるが。
わくわくしてくるではないか。
ドナルドは、白い髭を生やした執事らしき男から布をもらって汗を拭いている。
人で出会うが、倉庫で働く人間だろう。彼らが、荷を運んでいくのだ。
己でなどできやしない。そもそも、1人1人に配るなんて無理がある。
帳簿を作ったり、監督者を決めたりと。そこら辺に、介入するところがあるとはいえ。
木製の赤い色をした丸いテーブルが用意されてあった。
ずらりと並ぶ半円状の白い布を腰につけて、一列に並ぶ女の子。
首には、特徴的な輪っかが付いていた。脳が、きりりと痛みを訴える。
「ふむ。下がらせろ」
「それで、引きあわせたい者というのは?」
「ここは、町の入り口になりますれば。城まで、ご同行願えますか。その者は、アンダイエ城陥落の間際に落ち延びてきたのだとか」
アンダイエ城。アンダイエ領の城か。国境付近にある領地で、真っ先に侵略を受けたようだ。
その前にあった貴族も逃げられなかったようで。落ち延びた貴族たちでもいるのだろうか。
首輪をつけた女の子たちが離れていく。ドナルドという男は、人の機微がわかるのかも。
奴隷問題は、根本を解決せねばならない。或いは、法律を定めないと。
4頭立ての馬車が走りよってくる。町の床は、石畳だけれど壁には弾痕とみられるものが。
乗り込むというのに、2人して遊んでいるので。
「ぐええ」
首根っこを掴んで運ぶ。もう片方は、腰に手を回して。
馬車に乗ると。咳込んだエリアスは、
「なんかさー。俺だけ、扱いがひどくね? もう、しわがれた茸って感じの扱いなんだけど」
「気のせいだよ。茸というから、裏庭に作ってみたんだけど」
と、対面に座ったドナルドを他所にして袋を開く振りをしながらインベントリから取り出す。
真っ白な茸だ。ちょっとあれな形をしているのだが。
「すげえ。こいつは、すげえよ。一体、どうしてこんな茸が……」
まじまじと見て、奪うようにして手に取る。そのまま匂いを嗅ぐと。
「もらっておくぜ」
これである。人の物なのに、勝手に自分のものにするのだ。これは、エリアスに限った事ではないが。
周りにいる女の子は、貰うのにためらいがない。
「お前、こういうのはサービスしてからいただかねえと」
「いいんだよ。なっ」
ぽんぽんと肩を叩いて、白い茸は収納鞄の中へ消えていった。
まあ、仕方がない。しかし、どうやってどこで採れたのか?
しゃべらないでおくか。自業自得である。
裏にはでは、色々な野菜が自家製栽培されているのだが。そこに屯しているのが、問題だった。
「白い茸とは、珍妙な味がするのでしょうな」
「へへっ。わかるかよ」
「いかにも。このアルカディアでは、茸栽培が盛んですし。葡萄畑を筆頭に、ワインには煩い人間が多数おりますので」
売れそうな代物は、ワイン、と。しかし、ワイン造りには疎い。
寝かせとけばいいというものでもないし。南部は、フランス同様に暖かい地中海とも言うべき場所と接している。
「アルカディアといやー茸だかんなー。栽培の方も盛んなんだぜ? 茸ダンジョンを巡ってみねえ? ちょっと気になるスポットがあるんだよな」
茸ダンジョンか。粘菌類は、ちょっと気持ち悪かったりするのだが。
ドナルドの方を見れば、微笑を浮かべている。顔色は、変わっていないようだ。
「ま、ともかくドナルド氏の紹介したいという人に会ってからかな」
配達には、時間がかかる。そこから、人に運んで貰うというのだけでも金が凄く必要だ。
車を作るには、技術が必要で。その技術を持っているのが、空飛ぶ島に住む翼人種。
有翼人たちは、戦闘ヘリを供与しても車だとか必要な物を渡していない。
揺れる馬車の尻が痛くて仕方がない。
「よっこらしょっと」
「……」
「お、お前」
エリアスが、膝の上に乗っかってきた。非常事態だ。股間を股で押さえる。
驚くアルストロメリアに、
「なんだよ」
「いや、なんだよって」
「いつものことだぜ?」
いつもの事ではない。ルナの真似をしようというのか。座布団ではない。
が、中身は年食っているので興奮している。




