325話 国境から敗走(ヴェイン・キュルク、レティーシャ、マノン
味方の姿は、数えるほど。
空からは、弾丸とともに雨が降ってきて泥に足を取られたのか。
脱落する兵がでた。釣り野伏をやるどころではない。
魔物にも襲われ、100人は居た敗残兵も両手の数ほど。
(隊長は、死んだか…)
腕を失って、治療する魔術師も法術師もいなければ助からない。
自分で治療する腕のある兵など、そうそういるものではないし。
道は、敵の火とんぼが舞っている。
(連中、考えてやがる。道に沿ってヘリを配置するなんてよ~)
逃げきれないから森に入るわけだ。
すると、草だかなんだかで進めない。
そして、足元の見えない森だと魔物に噛みつかれたりする。
後ろについてきていた兵の姿が、見えなくなっていく。
森の中にはピエールたちだけではない。他の隊も逃げ込んだ。
出会う事もないので、どうなっているのか状況がわからない。
(きついのはわかるけどな。やっぱ、表を歩くべきだったか?)
ピエールは、連れている兵もついに片手で数えられるだけになってしまった。
落ち葉で見やすい場所だと、ゴブリンやオークと遭遇するし。
森の中は、脅威で一杯であった。
「隊長」
「…? ああ、なんだ」
声に振り向けば、顔に細い草を引っ付けた男がいた。
前に向き直って、草を剣で刈っていく。
「バイヨンヌには、たどり着けるんでしょうか」
まだ若い兵士だ。名前は、思いだせない。
「この分だと、俺たちが戻る前に航空戦力による爆撃が始まっているかもな」
「そんな。急いで、戻らないと!」
「わかっているが、生きて戻る方が先決だ。この森には、ハイオークやハイゴブリンたちも出る。見つかれば、戦闘はさけられないだろうからな」
落胆したのか。黙ってしまった。空から襲ってくる戦闘ヘリから逃れようと、森に逃げ込んだ。
そこまではいいが、今度は森に棲む魔物との戦いが待っている。
(せめて、回復術を使える衛生兵が居れば……)
多くは、女性が占める職で。回復術の能力は、やはり女性が高い。
そういったこともあって、神殿や魔術を会得する学院では女性の姿が見受けられる。
だが、ミッドガルドとの戦争で多くが奴隷になったり殺されたりと兵にいる率が低い。
「休憩にしよう」
「わかりました」
背の高い草で、見えない場所から出る前に草を刈った場所で円陣を作る。
後ろをついてきたのは、5人だった。
水は、ない。緑色の壁から、にゅっと伸びてきた茶色の物を掴む。
「ビッグスネークの一種か。滋養には、なりそうだな」
「飯がやってきましたねえ。さすがは、隊長」
おもねりを言う男は、同い年に見える。
蛇の頭を片手でつぶしながら、首を落として血抜きをする為に逆さまに吊るす。
鞄を持っていた兵が、おずおずと筒を出してきた。
「いいのか? お前の水では?」
「僕だけ飲んで、皆さんがやられてしまっては元も子もありませんから」
「すまないな」
軽装の兵で、腰には剣と背には背嚢。足は、布をぐるぐると巻いた布靴だ。
緑色を基調としているので、偵察の隊所属なのだろう。
水筒を受け取った鈍色の甲冑を着た兵が、面当てを上げる。
出てきたのは、優男だ。金髪が暑苦しそう。
「レティーシャも飲め。体力が、回復するぞ」
と、白と黒で意匠された服をきた少女に筒を進める。レティーシャ。美しい少女だ。
出るところは出て、腰にコルセットを付けている。場違いに思えた。
「それは、できません。主人を差し置いて、水を口にするなど」
「命令だ」
と、貴族らしく強引に言うことを聞かせる。のけぞるメイドに、迫る主人。平時であれば、にやついて見れただろう。それを苦々しそうに、見る四角い顔の男。こちらは、屈強な身体とみられる。
同じような鈍色の鎧だが、大きさが1・5倍も優男と違うのだ。
「ここで、休憩してからどうする」
男は、喉を潤して一息ついたように見えた。
「まず、我々が向かうべきはキュルク城だ。彼処ならば、ミサイルがこようが大砲を打ち込まれようが簡単には落ちまいよ」
ピエールたちの駐屯していたイルンの部隊が壊滅してから、どれだけの時間が経っただろう。
アンダイエの方角が赤く染まっていたので、ベオビアを通過して森を歩いていた。
ビダソア川で迎撃できればよかったのだが、空から襲い来る敵の兵器に対抗しきれず。
敗走に、敗走を重ねていた。
「アンダイエ伯は…」
どうなったか知れないが、ヒントは景色にある。
「抗戦したのなら、保たないだろう。何しろ、火蜻蛉がうじゃうじゃ飛んでいたからな」
ファイアフライなんて呼ばれる戦闘ヘリ。空を飛ぶ兵器で、地上で戦う兵にとっては忌まわしい。
「なんと、卑怯な」
優男は、怒りを露わにする。いちいち上品だ。どこぞの貴族様なのだろう。
国境を守るために参加したように見える。
メイドは、黒髪に白いエプロンと場違いだ。
逃げ惑ったはず。にしても、服がそれほど汚れていない。
「アルダバ家、エレッカ家、ビリアトゥ家は、降伏しようもないな」
何しろ我先に山を超えた向こうのオイアルツンへ攻め込んでいた家だ。
「キュルクに戻って、必ずや雪辱を晴らしてやる。私の名は、ヴェイン・キュルク。失礼ながら、お名前を伺っても?」
キュルク伯のご子息というところか。7男だか8男だかいるらしいが、貴族と伝手を持つのは出世に繋がる。ドが付いていないが。笑みを作りながら、
「ピエールと申します。国境警備隊では、大隊で下士官を務めておりました」
「そうか。ピエール殿。貴方は、今回の戦いをどう感じた? ありのままを教えて欲しい」
メイドは、背負っていた袋から林檎を取り出す。そして、綺麗に切り分けていく。
大した腕前だ。前へ出されたそれを、細い棒でつまみながら口に入れて。
「敵は、こちらの攻撃に的確な反撃をしてきました。空中騎兵が、全滅しているのをさとられぬように攻撃して国境の部隊をまるでケーキでも切り分けるようにしたのがいい例でしょう。この分で行くと、キュルク城が燃えていてもおかしくありません」
ヘリには、どこの国であるか印がなかった。
とすれば、南のヘルトムーア王国から来たのかもしれない。
アルカディアの戦闘力が回復する前に、侵略される憂き目にあうとは。
一体誰が想像しえただろう。
「信じられないが、敵の強さは異常だ。私の騎士団兵が為す術がなかったのだからな。これからは、航空戦力の充実が鍵を握るか」
「そう、とも限らないでしょう。アルカディアの方にそれをどうにかできる魔術師なり戦士なりが居なかっただけで」
「おい」
男が、指を口に当てている。汚れを落とした顔は、精悍なイメージ。
戦士なのだろう。草から、外の様子を伺っている。
「どうした」
外には、逃げる男と追いかける男たち。矢をつがえて放つと、8人ほど追いかけていく。
逃げる方は、必死だ。背中に矢を受けているが、それでも速度を落とさない。
思わず飛び出していた。
「おいっ!」
全力で、最後尾にいる男へと向かって駆ける。軽装の相手だ。
ここでスキルを使えば、追いつけないかもしれない。
【加速】は、決め手だ。相手に離脱されるのが、重装歩兵にとって苦しい。
矢も持っていない。
遠距離攻撃のないピエールにとっては、間合いに入ってから【捕獲】するのが決め手となる。
気がつかれないように。しかし、近寄れば寄るほど悟られる。
滑り込みながら、愛剣を振るう。
「敵だっ」
後ろを向いた男は、かわそうと身体を横に移動させる。それを捉えた。
飛ぶ上半身。赤い飛沫が、胴体から上がって小さな噴水を作る。
「お別れの時間ですよ。覚悟してください」
弾丸には負けるけれど。ただ、それだけだ。
「何奴っ」
半円を描くように、包囲しようとする。が、許さない。手前にいる男へと踊りかかる。
矢を放ってくるが、【盾】が作用する。金属製の盾で相手を押し飛ばす。
「ぐっ」
間合いに入ってしまえば、ピエールの独壇場だ。
布の下には、身体が。伸ばした剣は、心臓がある位置を貫く。
引き抜きながら、次の獲物へと向かう。
(左に1人、右に2人。追っているのが残りか)
闘気の充足を感じる。生身の相手だ。空を飛んでいる化け物とは違う。
矢をつがえるよりもなお早く。剣を振り下ろせば、闘気が空を割って進む。
極めれば、どこまでも進むというが。
(2つめ)
敵の身体が、斜めにずり落ちていく。
やや後方に位置した敵が、矢を放ってきた。
不可視の盾が、それを弾くと。
「なっ? 盾スキル持ちか」
低い声だ。
レベルは、勝っているらしい。鑑定すると、魔力が下がる。もともと魔力の低いピエールは、何度も鑑定を使えない。勝っているのなら、温存するべきだ。
矢をつがえようとする間に、突き進む。
魔力の集まりを感知して、地を蹴って飛ぶ。
落ち葉の間から、蔓が伸びてきた。
(アースバインド、違うな。ウッドバインドか? 危なかった)
見れば、杖を持った相手。片方は、魔術が使えるらしい。
軽装だと、騙されているところだ。
盾を前にかまえて、突き進む。斜めに。斜めに。居たところへ槍状のなにがしかが突き刺さり、木を盾にするようにして周り込む。
2対1だ。援軍が来てくれれば、優勢になるのだが。
その相手に、援軍らしき相手が走ってくる。
決着は、すぐにもつけねば。
下へ滑り込むようにして、近づくと。横薙ぎ。闘気が、剣から放たれる。
どちらも細い。矢をつがえた方を狙って、それはしゃがんて躱された。
斜めに、再度。
「あっ、あああ、くぅ」
足に当たったらしい。倒れた敵を放って、術者に向き直ると。
炎の弾が飛んでくる。身をよじって避ける。
盾を削ろうというのか。
と、同時に炎が伸びてきた。どんどん伸びてくる。
(やばい。これは。なんだ?)
自由に操れるのか。落ち葉にも、火がついた。足を斬った敵は、動けないはずだ。
駆け寄ってくる敵との間に、火がある。森は、乾燥していて一気に広がっていった。
(仕方がない!)
味方を助けようと思った。なので、やってきた方向へ行くと。
前では、悲鳴が上がった。
どちらの悲鳴だろうか。
(戻るべきか? しかし…)
助けようと思ったが、それでは意味がない。信じて、先へ進む。重い具足と鎧が体力を削る。
闘気には、限りがある。体力と同じだ。
見つけた。森から出るところで、その逃げていた兵を3方から取り囲んでいる。
倒れている敵は、うつ伏せになっていた。
(1人、斬ったのか)
切断面が見えるところから、闘気の使い手らしい。
空から見える場所は、敵の援軍がくるかもしれないのだが。
「マドロック? 敵か」
と、振り向いた敵。同時に、囲んでいた兵が動く。
先手は、足を狙った斬撃。横薙ぎに広がる闘気の波は、離れるほど効果が薄れる。
襲う青い粒子を飛んで避ける敵をして、
「せいあっ」
裂帛の声。身体を縦に分割された。落ちてくるのは、肉片と化した人の果て。
「誰だか知らないけれど、助太刀に感謝を」
と、頭を下げるのは女の声。兜からは、金がこぼれ落ちる。
瞳は、碧色。
まるで、ビスケー内海のようだ。男だと思ったら、違った。
「俺は、ピエール。イルンに駐屯していた国境警備隊員だ」
「それは、さぞかし難儀したことでしょう。それでは、失礼」
惜しいと思った。何処へ行くのか知れないが。放ってはおけないと。
「待たれよ。俺たちは、キュルク城へ行くんだが。どうやら、追われている様子。同道した方が、良いのではないだろうか」
下心ないつもりだ。
歩きながらいうと。後ろから、足音が聞こえてくる。「隊長!」と。
「同僚の方ですか?」
振り返りながら進む少女が言う。
同じように振り向けば。4人が、メイドを連れた貴族を先頭にして走ってくる。
「ええ。イルンで、隊は敗走して。ここまで落ち延びてきました。先頭の方が、キュルク家のヴェイン様ですよ」
「っ……それは。是非、同道をお願いしたいです。申し遅れましたが、私はマノンと申します」
華奢な身体に、赤いマント。裏地に、金糸が縫ってある。つまり、貴族と縁があるのだろう。
追いかけてきた4人は、息を荒げていた。
無事だったようだ。




