320話 転移者(南、佐藤、武田、矢部、金澤)+檻の罠
「おい、南。このままでいいのかよ」
状況が、良いとはいえない。が、脱出しようとする者もいるだろう。
勝手に脱出されるのも困る。不満を口にする佐藤にして、他も同様か。
「よくないに決っている。だが、佐藤のレベルを聞いても平然としていた。これは、何かあるぞ」
「何って、なんだよ。はっきりしねえ憶測で語ってんじゃねーぞ」
そう言うものの、佐藤は爆発しなかった。チンピラ臭の抜けない男だが、まとめ役としては持ってこいだ。特に、クラスカーストをまとめる上では。
「訓練させて貰えればな」
「あいつら、飯だけだしてりゃいいと思ってっぺ」
「だばい」
かっぺなツーブロックとエラ張り。
武田と矢部が絡んできた。クラスでも浮いた存在で、ヤンキーといった風体の2人だ。
「レベルを上げられれば、この状況も変えられるんだがな」
「外には、出るなってどうなんだっけ」
地黒な金澤まで絡んでくる。こちらは、見た目普通の筋肉男。発言力は、それなりにあるので無視できない。
「連中からすると、レベルをあげられるのも困るといった感じなんだ。納得いかない話だが、騎士団に追われれば死ぬだろ」
「ったくよー。なんで、拓也の奴が出られて俺らは出られねーの。おかしーべ。ぶっ殺しちまうか?」
迂闊なツーブロック。潰れるのは、1人でやれ。
「よせ。どこに、耳があるのか知れないんだぞ」
「だべえ。秀は、かっかすんなー」
矢部は、押さえ役だ。火病の持ち主というが、実際は違う。
彼の言う通り。見知らぬ土地と人を相手に、どこまでやれるのか。普通に萎縮するものだが。
「だけどよ~。おもしくねーべ~。監禁されてんのと同じだべ。外にだせっつーの」
息巻くのだ。
「ひょっとして、びびってんのかも? こっちから討って出れば」
佐藤の馬鹿が。革命を夢見ているとか、そういう感じで物を言うのは止めて欲しい。
始たちの側には、女生徒が多数いるのだ。彼女たちが戦えるかと言われれば、難しいだろう。
格闘技を修めていたとしても、だ。
「無理だな。部屋、棟を囲むようにして騎士が配備されているようだし。ぬけ出すのに挑戦しようとするのは、得策とは思えない」
しーんとなってしまう。なぜ、これほどまでに警戒されているのか。始がプレイしたゲームでは、100ゴールドとかいう金を与えられて魔王を倒しに放逐されるのが常。小説では、多々の分岐があるけれど。総じて、チートでどうにかできてしまう。
自由に行動できないのでは、敵対していると見てもいいのではないだろうか。
と、皆が黙ってしまったところへ扉が開く。
入ってきたのは、黒い燕尾服を着た男だ。頭を下げてから、
「勇者候補の方々には、不自由をなされているかと思います。今日は、決定をお伝えしに参りました」
全員が固唾を飲んでいる。ぐるりと見渡してから、
「ハイデルベル公国としては、皆様と契約を結ぶ形を取りたいと。結べば、その後は様々な援助を受け取りながら帰るにせよ帰らぬにせよ生活ができます。それでは、書面をお渡し致しますので確認できましたならばサインをお願い申し上げます」
一人一人に羊皮紙と紙でできたものが手渡される。全員が、文字を読めるようだ。
【解読】スキル無しでも翻訳されている。神様チートという事なのだろう。
その書面には、国に対する忠誠が求められていた。云わば、反乱を起こすなという事か。
「戦争には、駆りだされないって事か。で、隣国に移動する際には許可が必要、と。チートでどうにかなるんじゃねえの」
馬鹿だ。大馬鹿だ。佐藤は、阿呆か。
男は、目を細めて感情を見せていない。
「その場合は、ハイデルベルから追手がかかる事でしょう。ついでに、転移された日本人の方々にも迷惑がかかりますのでなさらない方がよろしいかと」
そうなのだ。
「まぢか」
他の転移者が、追手になる事だって考えられる。でなければ、想像力が足りていない。
よくある、チートでドーンと解決なんて事にならない世界のようで。
勇者といっても、
「本来の勇者候補さまは、杉本拓也さまのみでして。他の方々がなぜ召喚されたのか。はっきりとした事はわかっておりません。送還の時まで、援助はする予定なのですが」
まあ、食い扶持を自分たちで稼げと。それにしても、チートを持っていない人間が勇者か。
では、チートを持っている人間は? 英雄なのだろうか。それとも、ただのチーター()。
「忠誠って、どうすんだっけ」
金澤が、頭を掻きながら言うと。
「ともかく、皆様のお国で言えば迷惑をかけるな。という事でございます。転移なされた方が持った恐るべき能力で蹂躙する話というのは、腐るほどありますれば。畢竟、レベルを上げられないように閉じ込めておく。というのも手段ではあります。ですが、それでは可哀想だと」
なるほど。過去に、そういった転移者がいたと。暴れまわれれば、警戒もするだろう。
既に、実害が出ていてもおかしくない。
「他、でそういう例があんの?」
武田は、腕を組んで足をぺたぺたと動かす。
「ちなみに、ハイデルベルの南には山脈がございます。それを超えたならば、ウォルフガルドとコーボルト言う国がございます。つい先ごろの事でございますが、戦争が起きました。今は、終結しておりますけれども凄惨な戦いだったようです」
話の流れからすれば、それに日本人が関わっているという事か。しかも、凄惨ときた。
「結果は、コーボルトの敗北で終わりました。戦死者、行方不明者100万人を超すという話です。ウォルフガルドが攻めこまれて、ミッドガルドが援軍を出す。そこからの、コーボルトの敗戦でした。狼人族に会われましたらば、日本人だと名乗らない方がよろしいでしょう。間違いなく、殴られますので」
どんよりとした雰囲気が漂う。日本人が戦争に関わっている。そういう事だ。コーボルトとは、一体どういう国なのかしらないが。
「そのウォルフガルドって、国が狼人族を主体としているのか?」
佐藤は、臆面なく尋ねる。普通、できないような事も言うのが彼らしい。
「さようでございます。対するコーボルトは犬人族。日本人の転移者によって、国は豊かになったと聞いておりましたが。コーボルト。まさかウォルフガルドへ攻め込もうとは。獣人族連合の面汚しとも呼ばれておりますな」
それがなければ、まだ日本人の待遇は良かったのかもしれない。が、時既に遅し。
後に続く者の事も考えて欲しい。しかし、気になる。こうも転移者が現れるのかと。
「質問させて欲しい。他にも転移者がいるんですか?」
「勿論、おります。気が付きませんでしたか。鑑定スキルがありますように、偽装スキルもありますので」
迂闊だった。そうなのだ。始たちが、偽装をできるように。相手も偽装が使える。
という事は、相手も鑑定がかけられる。自分たちだけではないということ。
簡単ではない。騙し合いでは、
「誠実にいきたいですね」
拉致があかない。
「ええ。ともかく、日本とは違うという事です。ラーム教という宗教が、そちらではあるとか。豚肉を食べては駄目とか。肌を見せている女は、強姦してもいいとか。そういう方は、おられませんよね?」
クラスメイトを見るが、反応はない。名前を騙っている人間もいないようだ。
「恐らく。ですけど」
「こちらの世界では、神族という神様の従僕がおられます。その方々は、ほぼ国の王族をやっておられる事が多く。不敬を働かないでくださいますよう、重ねてお願い申し上げます。契約書にサインをされた方には、注意事項をよく読んでください。活動される屋敷も、用意いたしますので希望される方は入寮してください」
なんだか。こう、先生のようだ。実際に、先生たちも契約書を読んで固まっていた。
「で、どうすんだ?」
「まずは、様子を見るしかないな」
いきなり殺される事は、ないと思いたい。ともかく、自由に行動できるようになってからだ。
◆ーーー
ハイデルベルの東にある亀裂を塞いでから、西へ向かう。
まだ攻略していない迷宮は、さしあたって南だ。
転移門で、跳ぶと。
「おえぇえ~~~」
アキラが、盛大に胃の内容物と胃液を撒き散らしている。そこは、滅んだ村と言っていい場所だった。
薄暗い雲が、暗いイメージに拍車をかけている。潰れて、落ちた屋根の脇から黒っぽい人型が擦り寄ってくる。
敵だ。
細い筒型になった炎を飛ばす。黒い塊は、炎に包まれて動かなくなった。
「なんだ。あれ」
拓也が、指を指す。家が盛り上がる。すると、淡い燐光をまとった黒い甲冑を着た剣士が斬りこむ。
黒い霧状の物を避けて、下半身を斬りつけるが。弾かれて、淡い光を放つだけ。
「やばいんじゃないのか。効いてなさそうだぞ」
アキラの声。滑りこむようにして、ルドラが巨体を蹴り上げた。普通は、持ち上がるように思えない。
が、斜め上に蹴りあげてどんどん登っていく。解体されるようにして消えてしまった。
次に、ぞろぞろと現れたのは人型だ。
目が、落ていたり歯がなかったりと嫌悪感がわきあがってくる。
「出番、ねーな。大将、頼む」
人任せにされても困るが。悪しき気を吸い込む外法を。
どんよりとした方陣が、真っ黒な魔力の渦の中に浮かび上がる。
「闇よ。来たれ。憎悪を統べし、怨念の王。掻き乱れ、壊乱し、炎上する。道化にて、哀れなるもの。救世汲々暗黒波濤」
負の魔力を吸い込む。屁泥のように粘っこいが、なんてことはない。
童貞の苦しみに比べれば、屁のつっぱりだ。誰にも、認められない。誰にも相手にされない。
キモ豚だとは、そういうもので。愛などと、思いを馳せるから童貞なのだ。
愛などなければ、こうも苦しまないというのに。いっそ、外道になれば浄化されようものを。
「すげーな。どす黒い地面が、まっさらっていうか。神聖な雰囲気だしてきやがる」
そうだ。エリアスのパンツを盗んで、頭にかぶればいい。
自由なのだ。やれなかった事をやって、爽快に生きていくんだ。
セリアにやっても効き目は、ないし。フィナルにやったら、笑顔をもらいそうだし。
アルーシュにやったら、死刑になりそうだ。
なら、エリアスしかいない。とりあえず、日本に行った時のスマートフォンを起動させる。
充電だって、ちゃんとあるし。
「これ、魔法なんですか? うわっ」
拓也が、近づいてきて手を押さえた。美雪が心配そうに。
「どうしたの?」
「いや、触れたらさ、痺れたんだよ。どうなってんだろ」
触ってはいけない。黒いオーラからは、精神的ダメージを負う。
「大将? 魔力が・・・拓也、迂闊だぞ。大丈夫なのか?」
「いえ、大丈夫です。けど、エリアスがこないかなーって」
「え? どういうことよ」
パンツを剥ぎとって、ずっこんばっこんしたい気分だ。恐らく、暗黒系魔術の影響なのだろうが。
あるいは、隠していた性癖が出ているのかもしれない。
とりあえず、エリアスがやってきたらやばい感じだ。
いきなりハードなプレイでは、彼女の身体が持たないかも。
「ま、いいじゃないですか。魔物を駆除しにかかりましょう」
「ん、そ、うだな。気になるけど、いいか。よーし、レウスとザーツはこっちだ。ルドラちゃんとザビーネちゃんもなー。アレインは拓也と組んでくれ」
勝手に組み分けすると、村の周囲を探索する。魔物は、黒い屁泥をまとったものが多いようだ。巨人から、以降は狼が多くて噛まれないように注意すると。
「師匠、あれ、なんでしょうか」
「うわ」
檻か。柱にみえた。そして、そんなところに入っているのは人だった。
死んでいるのか。近寄ってみると、いきなり。
「何?」
網が持ち上がる。柱もだ。罠だ。




