319話 日本人、帰還する、あれ?
案内された部屋には、既に人が入っている。
片側には、ハイデルベルク公国の人間が。セリアは、その後ろに並んでいる。手下もそこに。
上座には、王族が。セリアたちの横へ並ぶと。
「入らせろ」
「はっ」
執事の1人が反応して、扉が開かれる。
高校生だ。日本人らしい顔をしている。黒髪の、少年少女たち。
一様に、武器は持っていない。
「かけたまえ。今日は、君たちの処遇に関しての結論を下す集まりだ」
12人。人数が中途半端ではないだろうか。騒ぐ様子はない。
「まず、帰還したいという者については帰還させる方針だ。日時については、明確な知らせを入れる。その間、屋敷に拘束される形になるが了承願いたい。他の者に関してだが、魔王という者の存在は今現在国外で観測されている。討つとなれば、かなりの旅になり端金では納得できないだろう。国内の冒険者ギルドでは、援助できるのだがな。ミッドガルドの領内を通るとなれば、難しいのだ。よって、王子にお越し願った」
すると、黒縁の四角い眼鏡をかけた男子高校生が手を上げる。
「どうぞ」
「ミッドガルドの領内でも、冒険者ギルドは利用できるのですか? そもそも私達は、ミッドガルドに巣食う魔王を討てという話で召喚されたのですが」
アルから、じわじわと魔力ならぬ神力が漏れ始めた。危険だ。
「その話だが、君たちは利用されている。仮に、ここで君たちが授かった力を振るったとしよう。それが、通用すると思うのかね」
すると、甘いマスクをした少年が唇の端を上げて言う。
「レベル99の召喚師だが?」
ステータスカードをテーブルの上に乗せる。
顔には、ひれ伏せ愚民共と書いているような。日本人とは、どうしてこうも恫喝が好きなのだろう。
異世界に来たら、こうなのだろうか。
どうして、異世界側が手ぐすね引いて待ち構えているとか考えられないのだろう。
ゲーム世界とでも思っているのかもしれないが。
「それが、どうかしたのかね」
「っ……なんだと?」
ショックを受けているようだ。へへーと頭を下げるとばかり思っていたような顔だ。
ひれ伏せ。と、言わんばかり。
「LV99の召喚師ですよ。かなりのものだと思うのですが」
四角い眼鏡は、あくまで冷静だ。隣にいる小動物系の少女は、焦ったように甘いマスクと眼鏡に顔を右左と忙しく振っている。
「鑑定したのかね」
「ええと。失礼ながら、よろしいですか?」
「駄目でしょうか」
アルの方へハイデルベルク公は、質問する。と、
「いいが、こいつら頭が悪そうだな。公国から出るまでに年単位が必要のように見える。使えるのか?」
「ええ。期待してます。では、鑑定したまえ」
四角い眼鏡は、相変わらず表情を変える事がない。動物系少女は、顔を赤くした。
「LV30、32、65。あまり、大した事がないように思えるのですけど。これで、一級の戦士騎士たちなのですよね」
「うむ。レベルは、結局のところ指標でしかないのでな。何を成したか。が、重要になる。君たちは、まだ若い。これから、世界を見て回ればよいのではないか? 魔王を討つにしても、事情を勘案する事が重要だ。良い事をする魔王が、裏では極悪非道の限りを尽くしておるとか。世評では、悪の魔王と言われておっても善政を敷いているとかの。よくよく、目で見て、肌で感じて行動すべきだな」
立派な事を言っている公だけれども、未来では都が盗賊もどきに占領される事態を招いていた。
老化が激しいのかもしれないが。
「一応、言っておくが召喚獣を出せばそこで殺す」
セリアの言葉に甘いマスクは、顔を歪めた。
「なん、だと」
「よせ、正論だ」
四角い眼鏡は、手で甘いマスクを制する。
「は? 日和りやがって、どうみても雑魚どもじゃねーか。お前の錬成でドパンドパンしちまえよ」
銃でも作り出す能力なのだろうか。彼は、資料によると南始という名前だったはず。
そして、ジョブは【鍛冶師】だったか。
様子を見ているようだが、相手がどうして偽装していないと確信してしまうのだろう。
迂闊にも程があるし、魔物も知能を持つこの世界ではゴブリンにすらやられてしまう可能性がある。
レベルが150だからといって、攻撃がノーダメージだったり無敵になったりしない。
毒を食らえば、壊疽を起こして、死んでしまう可能性だってある。
眼鏡を上げる始は、
「黙っていてくれないか。話が、それていく。この者の無礼をお許しください」
「まあ……よい、ですかな?」
アルーシュは、黙っている。殺すつもりになっている目だ。
「馬鹿が。日本人は、哀れで愚かよもんよ。雑種がどうしてこうも吠える。いいだと? 良いはずが、ないわ! こいつらが、冒険者ギルドを利用する際には、税を100%増しな。無礼者が、目にもの見せてくれる」
そういって、立ち上がってしまった。時を置かずして、影に姿が消える。
彼女。脳みその沸点が、低すぎた。
「あ~、なんてことだ。……困ったな」
「ええと、彼は、その」
「転移なされたのだろう。ミッドガルドの王族は、アースガルドの神族であらせられるからな。君たちは、迂闊すぎる。我々としては、面倒を何処までもみるつもりだがね。如何なされますか」
初老に入った白髪の男は、ハイデルベルク公を見て手を組む。
「ウォルフガルドへの経路も、飛空船を使わねばならないからな。我々としては、戦争に巻き込むのを避けたい。どうでしょうか、お座りになられては」
今度は、セリアの方へボールが飛んでいった。
「ふっ。……我が国にそんな余裕はない。ゴブリン討伐とオーク討伐。北の山賊どもからダンジョンの攻略。魔王と倒すよりも、ハイランドとの交戦に気を揉むべきだろう。私から言えるのは、魔王と戦う以前の話だという事だ」
そして、ユウタの方を見つめる。何か言えと言っているようだが、無視した。
再度、始が手を上げる。
「どうぞ」
「まとめれば、私達はハイデルベルクでの活動を保証される。ミッドガルドの通過は、困難。帰還を希望する者については、不明と。そういう事ですか」
「そうだ。ミッドガルド王が、送還のすべを知るのでな。彼が怒ってしまっては、帰還が難しい。痴れ者と無礼討ちされなかっただけでも、有り難い話なのだよ」
甘いマスクが何かを言おうとしたが隣にいた男とその又隣にいた男に口を塞がれて引きずられていく。
扉の向こうへ消えてから。
「……彼は、レベルが上限に達しているようなので調子に乗っているのです。見苦しいところをお見せしました」
「他にも、高レベルの人間はいるようだが町の人間を平民が傷つければ裁判、或いは封印という処置もあるのでな」
「はい。では、謹慎の処置は」
腕を組むハイデルベルク公は、天井を見る。
「此度の件からしても、選別する必要がありそうだ。ポリンガーよ。そちらで見極めてもらえるかね」
「臣ポリンガー拝命いたしました。それでは、失礼いたします」
先ほど、応答していた男の隣にいた30代くらいの細い男が席を立つ。
椅子を静かに、元の位置へ戻して部屋の出口へと歩いていく。
「一応、この世界にも法律はある。王侯貴族でもない人間が、勝手に他人と喧嘩をして怪我をさせたとなれば冒険者といえども留置所へ送られる。そこのところ、よくよく考えて行動して欲しい。人ならぬ力を与えられた君たちだ。行動は、風評を生む。そうして、この世界で生きて欲しい」
と、解散になった。
アキラは、終始黙りっぱなしで日本人に近寄ろうともしない。
セリアは、ハイデルベルク公に付いていった。これが、NTRという気分なのか。
フードの中にいた白い毛玉を取り出して、撫で回す。
なんとも言えない肌触りが、気持ちいい。手に、よだれが付いてげんなりしたが。
部屋の外へと出ると。
「あー。あいつら、ころころされちゃうん?」
「されませんね。でも、召喚獣を城の中で連れ歩くのはちょっと。召喚するのもNGです。憶えておいてくださいね」
アキラは、召喚のスキルと召喚士のジョブを得ている。レベルこそ上げていないようだけれど。
言っておかないといけない。言わないとわからない事だって、あるのだ。
リーダーならぬ、雇い主には説明責任がある。
「えー。でも、街の中は?」
「駄目に決っているでしょ。戦車を街の中で歩かせ周っていたら基地外だと思いませんか。ねえ」
歩きながら、適当な広さの有る場所を探す。飲み物でも、食事でもできるようなところは、と。
「グリフォンなら、よくね?」
「ペットだから、いいとかそういうのありませんから。日本の町に熊を連れて歩いている人いましたか? いませんよね? 居たっていうなら動画でも見せてくれないと。そういうもんなんですよ。完璧に制御できる機械とかいうなら別なんでしょうけど」
「はあ。でも、ここ、日本じゃねーじゃん。おかしくないような気がすんだけど」
アキラは、魔獣がいたっておかしくないという風である。ラトスクの町にだって、大型魔獣はいない。
鳥馬だって、魔獣ではない。そもそもグリフォンとか鷲の頭に獅子の身体ではなかっただろうか。
とりあえず、迷宮の中には生息していないので見ない魔物だ。
「ともかく、魔獣を町の中で飼わないようにお願いします。犬やら猫だって、最近規制が厳しいんですよ」
日本人が増えたせいか。フィナルの町では、電柱が立てられているらしい。
しかも真っ平らな道路がどこまでも続くようになり。
経済活動では、負けそうになっている。
山田たちが現れて、何年経ったか忘れるくらいだが。道路がくしゃくしゃになってもあっという間に直してしまう。魔術を覚えだした土木系作業員は、その道で無敵になってしまうのではないだろうか。レベル無しでも、訓練次第では土系の魔術が使えて、ねこに土砂を入れて転圧するのも楽々。
ある意味、夢の世界。
「あー、もういいや。迷宮行こうぜ。動いてないのに、飯くったらデブになっちまうよ」
「師匠、さっと行きましょう」
ザビーネが、目を輝かせて言う。ぞろぞろと引き連れて、手頃な場所を見つけると。
転移する。
そこは、雨が降っていた。ゴブリン砦があった場所だ。
気分を入れ替えるようにして、瓦礫を土の術で退けると。
亀裂には、魔物の姿がない。
「さっ。入って、討伐です」
「元気いいけど、待ちな~。お嬢ちゃん。まずは、調査だぜ」
アキラは、魔術を使うべく方陣を展開した。ミッドガルドでは、即死トラップのない迷宮ばかりになっているが。そのほかでは、転移してきた日本人がダンジョンマスターをやっている可能性がある。
彼らは、察するに悪魔に近い。ゲームをやっている時には、がんがん迷宮に侵入してレベルを上げるくせに自分のところへ入って来られたら残虐な手段で殺すのだ。
ゴキブリ地獄であったり、通州したり。
それは、もうダブルスタンダードというしかないくらい。自分がやるのは、合法。他人は、違法と。
セリアが、日本で大量虐殺する爆弾を使ったり魔法をぶっ放したりしないか心配になっている。
日本人の真似をしないかと。
「あ、こりゃ。駄目だ。土でひたすら埋めちまおうぜ」
「ええー。師匠、残念ですよー」
ザビーネは、肩を落とした。レウスとザーツは、濃い紺色の合羽を着ている。
「何処らへんが駄目ですかね」
「入ったら、魔物が出てきてた。スライムだったけど、こいつが部屋を埋め尽くすくらいだし。そのあとも、矢が全方位から飛んで来るし。ゴーレム倒されたわー。魔力は、吸収するっぽいから吸魔型だな」
勉強しているらしい。残念だが、レウスやザーツには早い。入って行ったって、殺す気でいる迷宮に入ってやる必要もないので。
無機物で、入り口から奥まで埋めてやる事にした。
迷宮を維持するのに、魔力が必要だ。というタイプだと、破壊するなり埋めるなりでいい。
魔力が無くなって、終わりだから。コアを破壊するまでもない。
そう考えれば、地上環境改変型の迷宮というのが厄介だ。
ルナの家。エッフェンバッハ公爵領にある森。あれは。




