316話 集まり
「ああああ~~~っ。ふう。で、どうなのだ」
ユークリウッドが立ち去っても立ち直れなかった。胸が、無い。しょうがないではないか。
衝撃的で、頭は沸騰している。
「どうなのだと言われてもな。姉上は、どうしてあいつの事が好きなのだ。そこからして、おかしい」
「なんで、だと?」
15分くらいだろうか。
未だに、くらくらする。全身が傷だらけで、血だらけになった服を着る狼人族の幼女は、腕を組んでいた。
「そうだ。なんで、好きなのかわからないだろ。私は、奴以外に負ける気がしないからだが」
セリアは、基地外だった。好きな相手を喰らいたいという。
或いは、殴り殺す勢いで戦っている。セリアの拳が、頭部に当たれば粉みじんに砕けて脳が飛び出してしまう。
「なんでか、そうだな。そんな事、人に言えるかーーー!」
とっさに尻尾を掴んで、魔力を吸い取ってやると。セリアは、しおしおと地面に倒れ伏した。
「不意打ちとは、卑怯な」
「ふん。慢心しているからだ」
悔しそうに見るが、不意打ち上等な発言である。
「でもさー。ボクは、ともかく、ほかの人ってどうなのよ」
黄色いひよこは、テーブルの上で頭を掻く。
「どうなのとは、どうなのだ」
他の面々は、レンとティアンナ。それに、ルドラがいる。丸いテーブルを囲むようにして、冒険者ギルドの一角を占拠していた。
「ん? 妾は、一歩も引かんぞ。お前たちが諦めるのなら重畳なのじゃ」
ぶち殺すぞ、と思ったができない。攻撃しても、当たる気がしなかった。つまり、実力が上。
厄介な狐女は、見せつけるようにして胸元を広げている。
「ふ。どうにも、こうにもなぜなのか解せない」
セリアは、相変わらず言っている。が、正直なところを言えるはずがないではないか。
「・・・貴方たちが遊んでいる間に、エリアスがポイントを稼いでいるっぽい」
「なんだと? どうして、そんな事がわかる」
沈黙しがちな女が、口を挟む。慌てて、水鏡の術を使えば。そこには、エリアスとイチャつく姿。
ふぁっく。
「・・・桜火が知らせてくれた」
「奴が? どうせ、また我々を焚きつけようとしておるのじゃ。その手には乗らぬ」
桜火。メイドの女と思いきや、特殊な女らしい。調査部の見解では、迷宮のコアらしいが?
ユークリウッドの手下なので、手が出せない。
手を振るレンは、尻尾をわさわさと動かす。なんともキャッチーな女だ。羨ましい尻尾をしている。
「しかし、そうこうしている間にあの女1人を愛するとか恋人にするとかいう事になりかねないと思うが」
セリアにしては、良い事を言う。
「そうなると、奴と戦える時間が減ってしまうじゃないか。ただでさえ、ここのところ相手をしてもらってないのだ。フィナルなど、相手にならん」
足元には、ルドラとの戦いで疲れたところを狙ったと見られる幼女が半裸で倒れていた。
愛も変わらずというべきか。足が前にでたところで、滅多打ちにあって服が真っ赤に染まっている。
元から赤いが。自業自得だ。
「そいつ、死んでないだろうな」
「どうせ、死んでも地獄から自力で戻ってくる奴だぞ」
不滅。ではなくて、フィナルの持つユニークスキルは蘇生。文字通り、他者と自己を蘇生する。
価値でいえば、天文学的金銭を評価されるらしい。
「それは、そうなんだが」
「人間にしちゃ、やる、ねえ。ボクもちょっとだけ感心しちゃうよ。あ、髪の毛くらいね」
DDは、ひよこのままだ。しかるに、この場では誰よりも存在力を放っている。
竜神らしく、人間には否定的で守護する立場からすれば―――胸がやや速い動悸をしていた。
「そやつ、転生者なのかの。因縁ありし者、ではないようじゃが」
「こいつは、確かに因果で結ばれた者ではない。ユーウが、助けるからこうなっている。まったく、厄介なことだ」
フィナルは、ただの人間だ。人間にしては、価値があるけれど。
「排除しないの?」
「ユーウに知られてみろ。どういう結果になるか恐ろしくてできんだろ」
またDDは、危険な事を言う。ユークリウッドに知られれば、血相を変えるような事を。
「じゃあ、あのエリアスってビッチはどうするのさ」
「それだ。今日は、それを話し合うという事なのだが。いい案を持っている奴はいないか?」
一番の懸念。なんとかしておかないといけない。一同を見渡してみるが、誰も動かない。
「お前ら、どうにかしようという気はないのか」
ティアンナは、視線を合わせようとしないし。ルドラは、飯を注文している。
やる気が感じられない。
「うーん。藪蛇って言葉もあるからねえ。下手につついて、仲良くなられたら困るし」
「つかえねー。マジで、おい、セリア」
使えないひよこから、セリアに目を向ければギルドの中で天井にぶら下がって懸垂をしていた。
こりゃ、駄目だ。
「なんですか、姉上」
「手下で、いい男はいないのか」
使い古しの策だが、また効くかもしれない。やってみる価値は、ある。
「いい男ですか?」
「ダメダメ。それ、さ。寝盗りって奴じゃないの」
DDが反対してきた。黄色い頭の毛が、忙しく回転している。羽を顎に添えて、考える素振り。
未来予知くらい持っていそうな奴である。先読みくらいして欲しい。
「妙案だと思うのだが? どうせ、中途半端な女が居ても役には立たないだろ」
「・・・実際は役に立つ」
ティアンナは、ぼそっと口を出した。
「なにぃ」
何を知っているのだろう。青い髪の風妖精は、未知数の能力だ。敵にしては、いけない予感がする。
「ふーん。色々、知っているみたいだねー。どうなの」
「・・・問題は、彼が愛とか恋を信じていない事。これだけが障害」
愛、恋、信じてない? 地面がすっぽ抜けるほどの衝撃を受けた。
「は?」
はは。何を言っているんだ。こやつ。
「まー。わかっちゃうかー。そうなんだよねー」
ひよこが、頭を掻きながらぱたぱたと飛んでルドラの頭に乗ると。ルドラは、困った顔で視線を送ってくる。どうしろと。
「ふむ。麗しき童貞の暗黒面という奴じゃな」
「なんだそれ」
「だから、童貞をこじらせると恋愛なんて不要だという感じになるのさー。ユウタは、昔から他人には優しさを示すのにね。そこに、愛も情も語らないからねー。ああ、でも。ボクは、愛してもらわなくても平気だよ。ずっと、一緒だからね」
果報は、寝て待てという戦法か。はたまた、鳴くまで待とう不如帰。
「ぬしは、そういって毎度の事。此度は、いかなる結末になるのやら、のう」
「んーー。ボクとしては、他のを排除するの反対だね。失敗を繰り返してるから」
ひよこは、追い払おうとする手を払っている。ルドラが頭を振っても離れない。なんて、嫌なひよこだ。
「このまま手をこまねいて、見ていろと?」
「そうじゃないんだけどさ。ま、殺すのはエリアスだけを愛するっていう時でいいじゃない」
それは、困るのだ。そうなっては、バッドエンドではないか。
「それでは、困ると言っている」
「そうならないように、するのがいいんだけどねえ。ここにいるのって、全員下手くそだし。あ、告白したってユウタは信じないよ」
そうなのだ。それで、困っている。王になりたいという人間は、ごまんといるというのに。
「じゃ、どうするんだ。べたべたしやがって。ぶち殺したいんだが? なあ」
段々と、腹が煮えくり返ってくる。
「気持ちは、わかるけど。それじゃ、バッドエンドしかみえないし。ボクは、ハッピーになりたいもの。エリアスを挽き肉に変えて、ユウタと殺し合うんだったら妨害させてもらうよ」
「おのれえ。誰かいい案は、ないのか。なんとか、気を引く手を考えねば」
「プレゼントとかいかがかの」
レンが、袖から金の狐なんて取り出す。眩しい。
「何をプレゼントするというのだ。奴は、私よりも金を持っているのだぞ」
「そうなんだよね。金ピカの物は、逆に好感度が下がりそうなんだよね」
DDも、際限なく金くらい出せるだろう。竜は、光り物が大好きと聞いている。
「・・・不毛。そろそろ、夕飯になるから合流する」
ティアンナが、丸い金色を縁にした懐中時計らしきものを取り出して不満そうに言う。
「おい。そいつは、卑怯じゃないか?」
「・・・豆に会うのが一番」
なんだか、どこかで聞いたような発言だ。山田の乙女ゲー攻略本のような。
「ふっ。結論が、出たようです」
「お前まで、味方をするのか?」
セリアが、同調するとは。裏切り行為だ。
「ユウタたちの世界にあるゲームで、学習した方がいいんじゃないかな。ヒントは、そこにあるよ!」
「本当かあ? 今一信じられんのだが」
ただ会いにいくだけで、人の好感度が上がったらゲームではないか。
「これじゃな。ポキメモ学園。セイントメモリー。今なら、ユウタ似のキャラを用意してあるのじゃ。といっても、どうやっても攻略できんがの」
「なんだそりゃ。そいつは、糞ゲーだろ」
誰が作ったのかしれないが、攻略できないキャラを入れておくのは詐欺だと思う。
「だって、どうやっても好感度が50から上がらないんだもの。しょうがないよね。プレゼント攻撃とかきかない特殊なキャラっぽいし」
「誰が作ったんだ」
気になるので、聞いてみた。
「人間? あ、日本人を働かせてね。ボクの世界でも日本人だけ、牧場で飼っているよ」
聞かなければ良かった返事が、帰ってくる。牧場とか。とんでもないひよこである。
話をしているだけで、時間が過ぎ去ってしまう。時間は、有限だ。
「それ以外は?」
「必要あるの? いらないよね」
とんでもねえ、竜だった。
◆
夕闇が迫っている。亀裂の調査は、持ち越し。
村での蘇生と治療を内密に終えて、家へと転移門で移動すれば。
「よう」
「・・・なんなの。ぞろぞろと」
現れたのは、アルーシュにセリア。ルドラ、ティアンナ、エリストール、オデット、ルーシア。
他にも、どんどん寄ってくる。門の前で、人が何事かと見つめているではないか。
女の子が、集まるだけで華やかだ。まるで、花が咲き誇るよう。並ぶと、近寄りがたい雰囲気で。
「おっす」
金髪の孺子から、気軽な挨拶。
「ご機嫌麗しく、臣ユーウめに何か御用でございましょうか」
片膝を着いた格好をとると。
「なんだそれは、嫌味か」
怒気を孕んだ声が、降る。不味い感じだ。アルーシュは、ただでさえ勘気持ちで気ぶれる。
「何か、ありましたでしょうか」
「それだ、それ。いいから、中へ入れてもらえるか」
家の中へ入って、何をしようというのだろう。どうせ、勝手に入ってくるのだ。
断れないのが、横暴な主人である。
「家に、ご用ですか?」
「文句があるのか。あ? 押し倒すぞ」
まるで、チンピラだ。
公衆の面前で、これである。頭がおかしくなってしまったのかもしれない。或いは、女の子の日か。
「わかりました。ですが、人数が多いですね」
「問題ないだろ」
時を同じくしたかのように、モニカやミミーが帰ってくるという。
ぞろぞろと門の中へ入れば、守衛の男が固まっている。
まるで、彫像のように列を作っていた。
「エリアスは、どうした」
「家へ帰ると言ってましたよ」
「いちゃつきやがって、見せつけてんのか?」
見せつけていない。だが、どうやら魔術か神術で覗き見をしていたようだ。
この娘、良くない趣味を持っている。
「それは、誤解です」
「ごかいもろっかいも、そう見えるんならそうなんだよ。人が見たら、そうなんだ。わかれよな」
庭木が、わさわさと動く。やめてほしい。勝手に人んちの木を魔物に変えたりするのは。
「それは、そうなの?」
セリアに向けて言うと。
「ふっ。浮気も本気なら私にも優しくしろ。というより、手合わせしろ。今日こそ、勝つ」
その斜め後ろから、鼻血を出したままの幼女が飛び跳ねている。が、裏拳をもらって庭に姿を消した。
後ろ向きに回転していき、激突した木が倒れていく。
「ちょっと、フィナルが。ひどくない?」
「最近、なにかと邪魔ばかりして鬱陶しい。いい加減、手加減もしない」
自然破壊するセリアの拳は、庭にクレーターを作る。なんてのは、朝飯前。迷宮を打ち抜いたりするので、対策として螺旋構造にしたりと大変だ。国内のダンジョンマスターたちは、今、こぞってこれを取り入れている。真下だとか真上に広がる迷宮は、どんどん姿を消しているのが実情だ。
「・・・エリアスをハーレムに入れる」
そこへ、ティアンナがすっと前へ出る。透き通る声は、小さいのに耳に飛び込んできた。
「入れません。というより、なんでハーレムなの」
「・・・みんなが迷惑する。独占するなら、耐えられない子は殺すしかなくなると思う」
そうなのか? そうであっても、愛は一つしかないのだ。性欲の解消に、ハーレムを作るとかいうのはわかる気もするが。ハーレムを運営するとなると、胃が持たない。
きっと、誰かしらが殺害されるホラー展開しか見えないじゃないか。
吹っ飛んでったフィナルなんてのは、その最たる筆頭で。
家の扉が見えてきて、
「そういう訳だ。もう婚約は、決定事項としてもよいな?」
駄目に決まっている。
「ダメです」
「うっがーっ」
両手を上げて猿のように、アルーシュが暴れ始めた。セリアは、背後から腕を掴んで持ち上げる。
「姉上。なんでも思い通りに行くとは、限りませんよ。子供みたいに、シャルロッテと対面するのですか」
「うぐぐ。おのれ~。今すぐ、抱いて既成事実を作る、あぺっ」
セリアに殴られて、気絶してしまった。アルーシュは、暴走しているようだ。
ひよこが、狐な美女の頭に乗って近寄ってきた。
「ユウタが悪いよね」
ひよこは、呆れた声。
「なんで?」
「男らしく、受け止めるべきじゃないかな」
「それ、男らしいって言わないからね」
「頑ななじゃのう。据え膳食うてもよいのじゃよ」
幾重にも重なる傘のよう。金色の尻尾がくるくると回っている。
ルドラが、庭に住み着いている青い竜に近寄っていく。
知り合いなのだろうか。飛び跳ねる白い毛玉をキャッチして、
「婚約って、大事だよ。一生の事だもの。ましてや、ただの下級貴族の小倅じゃ分にあってないよ」
「ま、そうじゃの。妾は、いつでもオッケーなのじゃ」
どきっとするような視線。魅惑のスキルでも使っているかのようだ。
「わっ、抜けがけ」
何がいいのだろう。おのれに、そんな価値はない。命を助けたから惚れた、なんてこともなく。
「飯を食うぞ」
と言って、セリアは家の中へと入っていった。
命を助けたくらいで、女の子が惚れてくれればいいのだが。
そんな事は、ないって知っている。そんなのは、創作の中だけだ。
力があるから。金があるから。顔面がいいから。女の子が寄ってくる。
悲しいけれど。だからなのかもしれない。
そして、それらを捨てられないでいる。結局そうだと、認めているのだ。
この世に、愛など存在しないと。




