311話 バーモントの魔物殲滅、ヨーグルティン
地面には、虫だとか犀だとかいろいろな動物型の魔物が横たわっている。
動かないから、死んでいるのであろう。
落雷を受けて、木が燃え上がるように火がついている魔物の死体さえある。
「ひぇー。前から思ってたんだけどさ。お前って、なんで軍に入ってないの。ロシナって赤騎士団の連隊長だろ」
それは、そうだ。だが、自由に行動できなくなる。と、同時に補給がメインのお仕事だった。
正面からの激突か1人で特攻とか。
「一応、正騎士にしてもらっているんですけどね。所属がどこかって言われると、困るのですが」
アルカディアでの戦争では、糧秣担当官の扱い。転移が非常に便利だったらしい。
「ふーん。じゃ、シャルロッテンブルクに騎士団とかねーの? 領地があるんだろ」
領地は、ある。しかし、自警団とかそんなレベルだ。騎士団を作るとなれば、金がかかる。
アルーシュに相談してもいいが、なんやかんやと難癖をつけられそうだ。
反抗する気か? とか。やんのか? とか。黙って金を稼いどけや! という感じで。
「騎士団は、ですねえ。お金がかかりますからね。それと、自前のを持つと隣接する貴族たちが心穏やかにできないでしょうし」
単純に金の問題だ。もしも、軍隊を持てば経済の発展は停滞するだろう。
軍隊を持つよりも、己が戦った方が早かったから、だ。
これからもそうでいられるか、というのは難しいかもしれない。
なおわかりやすい例を上げると。日本から米軍を撤退させるとなれば、その防衛費の上昇額は20兆とも30兆円とも言われているのだ。
ついでに、日本は建前上で軍隊を持たない事になっている。自衛隊は、自衛のためで不法漁船や侵入した他国の潜水艦やらを破壊したりしない。精々、警告だったりするくらいだ。しかし、ミッドガルドは違う。容赦なく攻撃して、始末する。
貴族なんかが、他所の所領との境界線を巡って決闘だってするのだ。
「2000万だっけ。奴隷の数」
違う。正確な領民数ではない。
魔物の身体で、埋め尽くされた道を浮いたまま通り抜ける。門の中では、まだ戦闘が続いていた。
「数は、正確に計れていないんですよ。密入国する人が増えてまして」
悲しいかな壁がないのだ。魔術で、壁を作ればいい。なんて話もあるが、維持が面倒だ。
「お前ら、戦闘に集中しろよな」
エリアスは、そう言って魔力光を敵に向ける。水晶でできた球体から光線が放たれる度に、魔物が倒れていく。後ろを取った形なので、好きに攻撃ができる。後ろから、魔力弾を放つ。味方に当っても、問題ない属性は光だ。
薄いレモン色の弾が、魔物に衝撃を与える。建物を破壊しない便利な術だ。
「そういうけど、俺ぁ役に立たねえし。むしろ、エリが巻き込まれたらどうすんのよ。蛇だかんな。マジ死んじまうじゃん」
「じゃ、敵の召喚師だけでも探せよな」
割って入られたせいで、話が飛んでいる。背後に敵が迫るという事はないようだ。
見渡しても、敵の姿が増える事はない。死んでいるのではないだろうか。
壁の上にいる腕の太い猿型の魔物を始末しながら、魔力弾を雨のように降らせる。
またたく間に、魔物は地面へ倒れ伏した。
「半端ねえ花火だぜ。召喚師は、居ねえっつうかさ。もう、死んでるんじゃねえの」
ちなみに、ゴブリンは魔物だ。妖精が変じたものらしい。魔素と光属性弾が反発してか。魔物に一定量の属性値が溜まると、動きが鈍くなる。倒れた魔物を鎧兜を着た兵が、止めをさしていく。
「かもね。上から見ると、魔物の姿は見えないねえ。念のために、泡の園を使っておくかな」
「結界型の探査術? 俺も教えて欲しいわー」
「馬鹿野郎、なんで、俺が教わってないのにおめーが教われるんだよ。巫山戯んなよ、こら」
エリアスが、アルストロメリアと掴み合いをしそうな距離まで近寄っている。止めて欲しい。
潜り込んで、動いている魔物はいないようだ。
「いーじゃん。減るもんじゃねーし。だいたい、おめーと付き合ってるわけじゃねーべ。錬金術師だって、荷車引いて商売してんの大変なんだぞ」
「そんなのそっちのつごーだろ。店出せるように、口聞いてやっただろ。ふつーは、恩に着るじゃんか。それ無視して、なんなんだよ。叩きだすぞ」
と、アルストロメリアはエリアスを避けるように回りこんでくる。戦場なのに、仲間割れだ。
「きゃー、こわーい。鬼みたいな形相だしー。許してえ」
「お前、喧嘩売ってんだろ。しばくぞ、ああん?」
多面体の金属体を握って凄むのだ。実に可愛らしい。2人で、喧嘩するなら2人だけでやってほしいものだ。魔物を召喚するサモナーの個体は、見つからない。城の中の混乱も治まってきたので、城壁の外へ出ると。
貝のようにも見える頭に、牙だか歯のついた虫がザビーネと戦っていた。
周りにいる魔物たちは、死んでいるようだ。頭を振って、ザビーネを食らわんとする。
羊娘が構えた剣から、薄い緑色の輝きが飛んで頭がずり落ちていく。
「ひゅー、やるじゃん。全然、役に立ってないお前とは大違いだなあ?」
「はっ、これからだかんな。だいたい、こいつと組んでるなんてずりーんだっつーの。おかしいと思ったんだよ。どーして、そんなに強えのかよー。そりゃ、そうだ。他じゃ、替えの効かねー野郎じゃん。自分の才能で強くなってねーのに強気に出れる意味がわかんねえよ」
確かに、アルストロメリアがエリアスのようにくっついてパーティーにいたらそれ相応に強くなっていた可能性がある。しかし、今はぽんぽこぴーでいいところがない。精々、魔力薬だとか精力剤だとか毛生え薬を売るくらいである。
魔物の嫌がる匂いを発する芳香剤の開発は、需要があるだろう。喧嘩は、良くない。気が滅入ってくる。
「師匠。ご無事でしたか。北側へ行って参ります。師匠は、どちらに行かれますか」
「南かな」
「わかりました。ご武運を」
そう言って、立ち去ってしまう。風のようだ。
「あの女も愛人なのか?」
幼女が、とんでもない事を言い出した。南へと向かうが、ぽつぽつと見かける緑色をした蟷螂の魔物だとか暴れている茶色の毛並みをした熊だとかを魔力弾で動けなくすると。寄ってたかって民間人の攻撃が降り降ろされる。
「愛人、じゃありません」
「じゃあ、こいつはなんなの」
エリアスを指して言う。友達だろう。友達。ちょっと、スケベな事を考えてしまう女の子の友達。
凄く貴重だ。まず、かわいい。この時点で、希少性と云ったら天井知らずである。
戦闘ができる魔術師であるというのも。
「友達だよ」
「ふーん。じゃ、俺が愛人に立候補するから。手とり足とり教えてよ」
ぶりっこするかのようだ。愛人とか言い出す子は、なんとなくビッチ臭がする。
気のせいかもしれないが。悪巧みが得意な気がしてならない。
「そんなの駄目に決まってんだろ。おめーじゃ、便器にもなんねーよ」
いやいや、失礼な事を言ってはいけないだろうに。戦闘をそっちのけ。魔物を見つけ次第、適当に魔女っ子は連射し始めた。アルストロメリアは、けっこう可愛い。平均以上だ。むしろ、エリアスよりもぶりっ子という点では愛らしさがある。
「言うけど、将来はわからないだろ。突然、性欲に目覚めるかもしれないし」
「うーん、愛人はちょっと」
「つっても、貴族だばい。子供が必要じゃん。能力のある子どもは、うちも欲しいからなー。ホムンクルスには、限界があるしさー。なんつーの。地獄から生還して、汚染されてねぇのってそうはいねーよ? 今は、弱いかもしんねーけど。契約愛人なら、後腐れねーじゃん? セックスだけして、ぽい捨てでもいいんだぜ。子供ができるまで、でさ。どーよ」
いやいや、子供を作る為だけの愛人とか。とんでもない。
愛のないセックスなど、童貞道には不要である。この世に存在しない愛など求めるから童貞なのだが。
仕方のない事である。
「愛人は、お断りします」
すると、エリアスは目に見えてホッとした息を吐く。ひんむいて突っ込むぞ、この野郎。
小便漏らさせちゃうよ?
「えー。貴族ってのは、寵姫くらい作ってこそ貴族だろ。大所領の跡継ぎなんだべ。側室なんて、いくらでもあっていいじゃん」
それは、そうかもしれない。しかし、いらない。チンポは、一本しかないのだ。
忙しいし。
「おめーさー。そいつの側室になりたいなんて言ってたら、アルさまに消されるぞ。庇いきれねーからな」
「なんで、アルさまがそこで出てくんの。王子様でしょ、ホモなの?」
いや、ホモにしないで欲しい。だから、嫌なのだ。
人からは、きっとこれからもホモ扱いされるのだろう。
「ホモっていうか。あー、面倒くせえ。ともかく、掃除だ。掃除」
南側へ通りを進むに、魔物の数は少ない。敵は、城へ戦力を集めていいたようだ。
どうやって、町の中へ忍びこんだのかが謎だが。壁が登れる魔物、或いは空を飛ぶ魔物を使って召喚する術士タイプを中へ送り込めば不可能ではない。
もしくは、地面を掘って中へ入るなら。魔物は、熊だとか猿だとか虫だとか。バラバラで統一が取れていない。オークよりもゴブリンの死体が多いので、ゴブリン主体の攻めだったように見える。
「けっこう、やられてんのな」
「3年もしたら、愛人になってくれって頼ませて見せるぜ」
「お前、まだ言ってんのかよ。マンコ破壊されて、使い物にされなきゃいいけどな」
女の子が言ってはいけないような言葉が飛び出した。
エリアスの家は、どういう性教育をしているのだろう。
「なんで、そんなに愛人になりたいの」
「なんでって、そりゃ、お前、ロマンだろ。ヴァン・ホーエンハイム・パラケルススとか目じゃねーのが出てくるかもしんねーよ? 召喚師の中の召喚師ソロモン王だって負けねーくらいの術者になりてーってのは誰だって思う事なんだよ。なりてーべ? 最強って奴によー。誰にあやつけられたって突っぱねられる力ってのはさ。良いもんだぜ。そいつが、俺だったら最高だし、餓鬼でもまあ満足できる。最低なのは、何にも成れねえままマンカスで死ぬ事だけだ。わかんねーかなあ。この気持ち」
わからない。パラケルススなんて、両手から物質を作りだす人しか想像できないし。
ソロモン王なんて72柱の魔神を使役したと言われている存在だ。
愛人が、10人いたとか。とんでもない連中と比較されても困る。
「そういうのって、寄生っていうんだぜ」
「おめーが言うなよ」
「んだと、こら。もういっぺん言ってみやがれ。その立った髪の毛引っこ抜くぞ」
煩い。道に人が居たら誰しもが視線を送ってくるのである。恥ずかしいし、危ないではないか。
町を囲む壁は健在で、門もそのままだ。上へと上がれば、下で取っ組み合いが始まっている。
「無事なようだな」
お留守番をしていたルドラが翼をはためかせて、飛んできた。風で押し飛ばされそうなくらいだ。
「ええ。どうしました」
「風が、騒いでいる。西の方向を見ろ」
視線の向きを西へと向ければ。
「おっきいですね。あれ、なんの魔物でしょうか」
「わからないが、竜族ではないな」
ルドラもわからないようだ。巨大な山が動いているといった風である。
それが、黒っぽく土だかを混ぜて作られたようなゴーレムのように立ち上がると。
歩き出した。
「我は、知らぬ。お主がどうにかするがいい」
落ち着こう。ここは、このドラ子ちゃんの調教が必要だ。決して、暴力で言うことを聞かせるのではなく。自ら自発的に動いてもらう。・・・言う成れば、・・・煽り。
「確かに。僕がやれば一瞬で終わるでしょう。ですが、ルドラさんはどうですか」
「ふん。そのような見え透いた戯れ言に乗せられる我ではない」
チィ。このドラゴンは、簡単ではないようだ。下に居る2人は、いよいよ殴り合いを始めた。
マンコとかチンポとか言ってる。関わりあいになってはいけない人たちだ。
「然り。ですが・・・人を竜が守る。美談になりますね。もったいない」
「むっ」
「感謝される事でしょう。ルドラ様も一躍、町の守り人になる機会だったのですが」
「むむっ」
一々、反応してくれる。もう一押しだ。立ち上がってスピードを増した土塊の巨人。
「そうですね。壁を破壊されそうになったところで、現れるというのもオツです。しかし、壊されては間抜け。さっさと壊して、人知れず町を守るというのもいいかもしれません。ええ、知っている人は知っている善なる竜を」
「ふっ」
さっと、翼をはためかせて人型をとる竜は土巨人に向かっていく。
なんて、チョロいンなんだろう。我ながら、悪知恵がまわるようになった気がする。
下では、ごろごろと取っ組み合いが続いていた。どうにもならない。
バックから、腹いっぱいのヨーグルトを飲ませる必要がある気がした。




