309話 シャチョサンの煩悩 ●(ソル、挿絵)
「師匠~、置いて行かないで、あっ」
ザビーネが、ルドラと共に現れた。と思ったら、イアンソーに走り寄ると。
「死ぃねーーー!」
と、拳を棒立ちしている男の腹に叩きつけた。誰も止めなかったため、拳が突き刺さる。優男は腹を押さえた。そこへ追撃の拳。ボォグゥと音が聞こえてくるような。そんな打ち下ろし型のストレートが顔面に炸裂する。死んだのではないだろうか。
それほどの一撃。
巻き角をした少女は、怒気を纏っている。崩れ落ちた王族に跨ると、左右の拳で血が飛ぶ。
「こらっ。おいっ」
奇しくもザビーネを止めようとするのは、アルストロメリアとエッダだった。
両腕を押さえられたザビーネは、振りほどこうとして止まる。
「どうしたの」
ルドラは、倒れた男をしゃがんでつつく。
「この男は」
怨恨がありそうだ。ジュースでも飲んで、落ち着いて欲しい。
回復をかけていなければ、イアンソーは息絶えていただろう。
「イアンソーさんですが」
「イアソンでしょう? 間違いないです。私の国から金毛羊皮を盗みだした外道に違いありません」
盗むとは、穏やかな話ではない。イアソンは神話の世界で語られる存在だ。
間違っても現実には出てきたりしない。
しかし、ザビーネは顔を赤くして興奮状態にある。
「イアンソーさんが、金毛羊皮を盗んだってことですか」
「正確には、盗んだ奴の子孫に違いないです。ここで会ったが1000年目。ストレイシープの汚名、晴らさせていただきますっ!」
どうも、子孫だというだけのようである。ストレイシープとは? なんなのだろうか。
少女は、憤懣やるかたないといった様子だ。肩を上下させて、息を荒げている。
倒れたイアンソーに、ランテは何もしない。
仲間ではないのだろうか。
「助けないんですか?」
「こいつは、いつか女に刺されると思っていた節操なしだ。こうなっても当然だろう」
どうも、イアンソー氏はどうこうするまでもなくリタイアしそうだ。
ミミズのようにくねくねとのたうち回っている。
「師匠。こいつは、私に殺させてください」
「駄目だよ。簡単に殺しちゃ」
どんな因果があるかしれたものじゃない。刑務所にでも入っていてもらうとしよう。
かなり待遇の悪い刑務所を用意する必要があるだろう。
いや、ここで殺しておいた方がいいのかな?
⇨
殺す。
殺さない。
隣国の王族であるからして、殺しては不味い。本来なら、暴行罪でザビーネを捕らえなくてはいけないはずだ。そうでなくては、秩序が保たれない。そして、金毛羊皮なんて持っていないではないか。これでは、いくらなんでも処刑できない。
限りなく不快な男だけど。エルフの件で、処刑してしまえばいいと思うのだ。
イアンソーを転移門でシャルロッテンブルクの留置場へと送る。
「あっ」
残念だが、ここで殺させてはいけないだろう。
「さ、片付いたんなら迷宮へ行こ―ぜ」
「師匠、奴はどこへ送ったのですか」
「何時でも処刑できるところかな。ランテさんは、どうするの」
弓を背負ったランテは、
「金毛羊皮を求めて集ったのだ。そこの女は、勘違いしているのかもしれないが。金毛の獣を倒そうというわけじゃない。私は、去らせてもらおう」
退去するようだ。どこかで会う事もあるかもしれない。クレスは、何処へ言ってしまったのだろう。
冒険者ギルドの可能性もある。
ランテが去っていくのを見て、西側の迷宮を攻略することにした。
転移門から出た先。バーモントの町は、曇天であった。そして、降ってくる雪が肩につく。
「さみー。これ、天候を操作する魔術でどうにかなんねーの」
馬鹿だ。エリアスは、馬鹿な事を聞いてくる。これでは、いきり立ったチンポもふにゃふにゃだ。
「雪をどうにかしても、意味がなくないかな」
実際には、意味があるのだろうけれど。雪かきとかしなくてよくなる。家の上に雪が積もれば、それだけで潰れてしまうかもしれないのだ。
だが―――
「ぐだぐだやってねーでさあ。さっさとその迷宮に向かわなくていいのかよ」
アルストロメリアは、本を見ながら四角い透明な箱に入った魚の肉を見ている。
なんか忘れているような。そう、ベアトリスだ。彼女は、どうしているのだろう。
死んではいないはずだ。
「うん。まず、ギルドで情報を集めようよ」
「つっても、2、3日だろ? 状況が変わっているとは思えんけどな」
本と標本を見る幼女は、歩きながらしゃべる。
不意に悪寒がした。
ひよこがいない。ひよこがいないとピンチがわからない。大変だ。
ひよこレーダーとひよこ予報がないと、危険がわからない。
ひょっとすると、デール村が襲われてて全滅しているとかいう最悪の事態が起きているとか。
『遠見』の魔術で確認しながら歩く。
「ん、どこを見てんだよ」
エリアスは、歩きながら魔方陣を出す己に呆れた声を出す。
「一応ね。確認の為にね」
確認は、必要だ。術を使うと、鳥俯瞰図のように視点を動かす事ができる。
歩行と同時に使えば、頭が痛くなってくるのだが。止む得ない。
デール村は、至って普通に生活が営まれているようだ。
「飯がくいてーなー」
アルストロメリアが、せっかちな事を言い出す。
「そうだぜ。食うんだぜ」
エッダの猫もどきがアルストロメリアに同意している。この2人、呼吸があうようだ。
ハイデルベルの冒険者ギルドの入り口はどこも一緒に見える。
中に入れば、人が僅かにいた。
昼間だからだろうか。夕方には、冒険者で賑わうに違いない。そう思いたいものだ。
不躾な視線が、舐め回すよう。嫌な気分だ。
「俺ら、飯にすっから。あとは頼んだぜ―」
なんて、エリアスが言うのだ。少しは、気を使って一緒に並ぶとかしてほしい。
ルドラもザビーネも座ってしまう。
「ところで、魚の魔物を調査する必要は無かったのでしょうか」
エッダが尋ねてくる。
「気になりますよ。錬金術師の目から見て、あれは召喚された魔物だと思いますか?」
トランポ自身が変身していたように見える。であれば、魚は眷属とでも言うのだろうか。
系統的には、その上だと蛸頭の怪人だとかそういうのが潜んでいる可能性がある。
川が流れているから、だとかそういうのでは根拠が薄いけれど。
「眷属でしょう。魔物の眷属化で、手足が生えるなんて事例もありますから」
「弾、効かなくてエッダびびっちゃうもんなー」
猫が凄いツッコミを入れて、そのまま地面へと叩きつけられる。
なんだかボケとツッコミを見ているようだ。猫が、へろへろになる辺りでがらがらの受付へ向かう。
受付は、丸メガネの男だった。双子ではないのだろうか。
「ようこそ、バーモントの冒険者ギルドへ。本日は、どのようなご用件でしょう」
男の他には、受付に人がいない。どうやら、暇をしているようだ。
「バーモントの町、周辺でゴブリンかオーク討伐の依頼なんて出ていませんか?」
男は、くるりと回って後ろの冊子を手にすると。
ステータスカードを求めるように、手の平を見せてきた。
エリアスに向かって、
「エリアス、ちょっと来て」
言葉を投げる。ステータスカードが必要なのだ。己では、受けられない可能性があるので。
「んだよー。俺、注文をしてるとこなんだぜ」
注文は、あとでもいいだろうに。飯なんて、何時でも食える。
「ほらよ」
「お手数かけます。あなた様の物もよろしいですか」
本来なら、全員のギルドカードを提出させるべきなのだ。
アルーシュが、自分ので一括管理するなんてやっていたのでこのザマである。
利益を独り占めしたいのはわかるんだが。それにしても、やり過ぎてユウタのランクはDとFランクを彷徨っている。
「更新されていないようですね。王都の本部より通達がありまして、貴方様のランクをAで扱うようにとの事です」
本来、そうあってしかるべきなのだ。エリアスを見ると、
「うっわ、きめぇ。鼻の穴でかすぎだっつーの」
思わず、ヘッドロックをかけてぐりぐりする。じたばたするが、逃さない。
「で、どうなんでしょうか」
メガネを指で押し上げる男職員。
「私の見解としては東にある森にあるはずの巣。その破壊を依頼したい。如何でしょう」
「位置は?」
「残念ながら、特定できておりません。ですが、ここを破壊できればオークからの脅威はずっとすくなくなりエルフたちの奴隷狩りから守る事もできるかと思われます」
ほう。いいね。それなら、迷宮を後回しにしてもいい。エルフは、ブサメンの希望だ。
なんとなれば、オークたちを殲滅するのも止む得ないだろう。
彼らが、繁殖して増えるだけブサメンは地獄をさまようことになる。
ティアンナを見てもわかる通り、森妖精は美しい。であるなら、保護するべきであって玩具にしたりするべきではない。この世に愛がないとしても。
「びぃええ。息が、ゔぉおお」
エリアスが、痙攣しだす。苦しそうだ。さっと放せば、髪がざんばらばら。酷い有様である。
「あんまり、嫁に酷い事をしないほうがいいんじゃねえかい」
猫が、たしなめるように言う。残念ながら、嫁ではない。その隙を狙って、金玉をめがけた必殺の下段振り上げ蹴り。甘いのだ。がっしと足で挟む。細い足だ。靴を脱がせて、ぺろぺろするのもいいだろう。しかし、そっと擽る。
足から力が抜けて、白いもっこりとしたかぼちゃパンツが見える。涙と笑いで一杯だ。
今日も、エリアスは元気だった。
ぐったりとしたエリアスを抱えたまま。
「わかりました。オークを駆除するクエストになるんでしょうか、それとも巣の破壊に?」
「巣の破壊。及び、魔物の駆逐ですね。成果物による報酬となります。オークの耳1つで、2000ゴルほどになります。よろしいですか」
巣の破壊。面倒な予感がする。この地にいる冒険者たちは、腕利きがいないのだろうか。
「了承しました。依頼書は…」
「すいません。今から作成致しますので、おかけになってお待ちください」
丸メガネの男は、落ち着いている。他に、高ランクの冒険者はいないのか。気になる。
テーブルに戻ると、飯を食べている。
「おう。待ちきれねえから、食ってるぜ。ごめんな」
「うん。困った」
エリアスが、戦闘不能になってしまっている。ごろりと転がした幼女は、汁を顔面につけて酷い表情だ。
「困ったって、そりゃ、お前が使い物にならなくしちまってんじゃん」
なんてツッコミだよ。その通りなので、反撃しようがない。
「ごめん」
「まあ、そいつは本望だろうけど。オークの睾丸採取か? 金になりそうだな」
金か。
オークの金玉が、金になるのだろうか。時に、このままエリアスを連れて便所にしけこんでしまったら犯罪者まっしぐらである。
天涯孤独の身であれば、後顧の憂いもないのだが。
さすがに、家族がいるのでできっこない。
テーブルの上に乗せられていたのは、丸い鶏肉を炙った物だった。
丸い肉に細い棒を通している。丸い肉が気になった。
手をお手拭きで洗って1つ取る。
油で焼いたのか、柔らかく味がある。ギルドの癖に、料理人がいるようだ。
厄介な事に、この世界には【料理人】のジョブが存在する。
ゲームでは、おなじみの職だ。これがあると、異世界のメシマズ事情が全然違ってくる。
辺鄙な町のギルドだというのに、マスタークラスでもいるようだ。
戦闘でも、生産でも大活躍できるジョブだけに侮れない。
「どうしたよ」
「いや、この肉、美味いなって思ってね」
串をもう1本とって口に含めば、衣が取れて柔らかい肉が舌を喜ばせる。味付けがすでにされているようだ。肉とくれば、エリアスの胸は全く無い。揉みごたえもない。揉むわけにもいかない。いくらなんでも寝ている間に、もみもみするなんて。
皆、見ているし。
「あー、あるある。日本人も料理が得意みたいだけどなー。ここのコックは、結構有名らしいぜ。冒険者ギルドにしちゃマシな飯を出すからよー」
と、食べている間に扉が勢いよく開けられた。
「大変だぞっ」
大きな叫び声は、恐怖を振り払うような感情を乗せている。
煩悩だらけだ。




