308話 シャチョさん猛る ●(ランテ)
また、元の場所に戻ってくればトランポの姿を探す。
ギルドの中へ入ると。
人の悲鳴だ。金属をすり合わせるような音が響く。
入り口では、戦闘があったのか。
死体が、大胆な切り口で放置されていた。
そして、
「また、派手にやりったなあ」
黒い三角帽子を被った幼女が、鞄から四角い箱を取り出して魔力を込めた。
居ないはずの人間がいて、居るはずの男がいない。
クレスは何処かにいってしまったようだ。
すぐに追って来そうな相手だったが、追ってこないのは援軍が着たのだろう。
ベアトリスと戦えそうな相手は、限られそうだ。
「どうして、この場所がわかったのかな」
エリアスは、眉を寄せてどうしてわからないのかがわからない。というような顔をする。
非常に、遺憾だ。
「だって、シグルスさまからの援軍を要請されたんだぜ? そりゃもう、すぐにでも駆けつけますとも。例え、試験中だろうがよー」
転移門を使うとすぐに、へばっていた子も成長したものである。
エリアスは、やれやれといった感じで手にした箒を背中にかけた。
箱は、四角い箱が回転するようにして変形する。玩具として日本では、有名な代物ではないか。
「試験って?」
「学校で、試験があってんだよ。あーめんどくせー」
著作権が心配になる玩具を勝手に使っている。異世界なのでいいのだろうか、不安だ。
白のタートルネック。黒の外套を羽織っている。艶やかな肌と金の髪だけで人目を引くことだろう。そこに、己の居場所はきっとないのだ。可愛いというのは、それだけで価値がある。
女の子なのだから、すぐに男が寄ってくるだろう。
敵の姿を探す。崩壊した家屋の下から、悲鳴が聞こえてきた。
争うような、逃げ惑うような。盗賊ギルドの1階は、通路からいくつも部屋があってそこを抜けてから奥へと進むようになっている。
青空が見えるけれど。
「ていっ」
石から、魔方陣が中空に出現してそこから女の子がでてきた。
アルストロメリア、それにエッダだ。うるさい猫が、じっと見つめている。
人が一気に増えた。セリアはいないようだ。
ベアトリスと戦って欲しかったのだが。
「フィナルは、用事があるから遅れるって。セリアは、面白いのを見つけたから戦ってくるみたいだぜ。アルさまは、着ているんだろ」
着いているといえば、ついている。音がする方向から現れたのは、魚だった。足が生えて、口からは人の手が見える。トランポは、魚にくわれてしまったのだろうか。魚の頭を、殴って破壊すると赤い血が壁に付く。
魚の魔物だ。手が生えている。
「こいつら、どっから」
やってきたのか。1階には、魔物が出てきそうな場所は限られている。
「下からだと思うよ」
広間に入れば上は、破壊されているので青空が見えるのだ。瓦礫の山が壁の方に築かれている。正面は、階段があって2階、3階へと上がれた。上から人が顔を出している。まだ生きている人間もいるようである。1階の奥は、何があるのだろう。
のそのそと胴体に手足の生えた魚の魔物が出てくる。
「あのよう。帰っていいか?」
「着たばっかりじゃないの」
アルストロメリアに、銃を構えたエッダが反応した。魚の魔物は、青色をしているものもいれば緑色をしているものもいる。銃声が響いて魚の頭に火花が散った。銃弾は、命中したようだ。しかし、銃弾では魚の頭を破壊できない程度に硬いらしい。
駆け寄ってくる魚の魔物を殴りつけて押し戻す。潰れた頭部と回転する身体が、後方にいる対象に命中した。
「こいつら、深淵に棲む連中かも。油断するなよ」
油断も糞もない。剣で闘気を刃にして飛ばしてくる相手からすると、虫を潰すようなものだ。前へ進んで、怪異が寄ってくる度に魚肉が出来上がる。緑色のものも青色のものも等しく赤い血を流す。面倒だが、前へ進んで廊下へ入ると。
「やばい、後ろからも来たぞ」
「後ろは、エリアスがなんとかしてよ」
「あいよ」
アルストロメリアは、本を手にして魚の肉を摘んでいる。やばい、と言っておきながら好奇心は旺盛なようだ。そのまま進んで階段を降りていく。下からは魚に手足が生えた魔物が上がってこようとしている。口を大きく開けて飲み込もうとするのだ。
盗賊たちは、魚の魔物にやられてしまったようだ。
エッダが銃を撃つけれど、その弾丸は弾かれている。矢も弾くのかもしれない。
「気をつけろよ。酸を飛ばす攻撃が得意技だ。舌を伸ばして捕らえてくるのだっているかもしれないぞ」
本を手にした幼女が、苛立ったように叫ぶ。魚の魔物は、口を開いて間合いを詰めてくる。が、飛び上がって頭を踏んづけると。鈍い音と骨を砕く感触が伝わってくる。奇怪な魔物だが、飛び乗れば良いようだ。伸ばした手の平から電撃を放てば、ばたばたと倒れる。
「これは、これは。子供ではありませんか」
人の言葉だ。
見れば暗がりに広がる魚の集団に、一際大きな魚がいた。足が巨大な魚だ。だらりと伸びる手も足ほどに長い。
他の魚と違って人語を操っている。
【青魚海魔】と【緑蛙人魔】のどちらから成長したような。
「魔物が、喋ったぜ。こいつは、驚きだろ」
「ふふん。この高尚なる姿がわからないとは・・・子供だけにたっぷりとなめまわして差し上げまショウ!」
魚は、口を開ける。ぱかっと開いた口には、鮫のように鋭利な歯が並んでいる。
突っ込んでくる魚と蛙に、電撃を浴びせると同時にエリアスの操る灰色の刃が手下ごと魚を2つに分けた。止めに青白い光線が、2本伸びていく。
「これでも食らいやがれ!」
「ぷぅおっ」
避けようとする間もなく魚の身体は裁断される。地下には、牢屋だったのだろう。鉄格子の嵌められた部屋がある。そこには、魚の魔物が大量に入っていた。
鑑定をかければ、魚はトランポと表示される。頭の痛い話だ。商人が、魔物になったのだから。どうして、魔物になったのか。どうして、盗賊ギルドへ逃げ込んだのか。不明なまま倒してしまった。地下にある鉄格子の部屋は、多くて中にいる魔物も多い。
元は、人だったのかもしれない。だが、エリアスは容赦なく裁断していった。
「これで全部か? とんでもねえな」
「人間に戻す方法は、無かったのかな」
魚になったのか。元に戻せるかわからないが。
「無理だろ。もともと、そいつらが繁殖用に人間を使ったっぽいし。盗賊どもが、どうして魔物と手を組んでたのかもわかんねえけど。どう見たって、変化が解けねえじゃん」
時間が経とうとも、死体は魚のままだ。という事は、元から魚だったという話になる。
「用事は、済んだのかよ。だったら、さっさと帰ろうぜ」
アルストロメリアは、帰りたそうである。トランポだったものを死体置場へと入れながら、辺りで動いているものがいないか確認する。たまーに、小さな身体へと変化して逃げる相手だっているのだ。魔物が残っていないか確かめるべきだろう。
油を撒いて、火を放つ。
「油、もったいねー」
「けち臭い事を言ってんじゃねーっての。こんくれえの油くらいいくらでも用意できんだろ」
アルストロメリアの勿体無い発言には、同意だ。しかし、ファイアでは広がらない。
炎嵐では、自分が焼け死んでしまう。一気に広がるので、酸欠待った無しだ。
「そりゃあ。そうだけどね」
炎にあぶられて、魚臭くなりそうだ。焼き魚が今夜は食べられそうもない。戦闘をすると困った事に、チンポが元気になってしまう。エリアスのほっそりとした手足と美しい首筋が、欲情を唆る。寝取られる前に、「襲ってしまうのはどうだろうか」と。
悪魔の囁きが聞こえてきた。
「研究対象には、持ってこいだな。で、ここで何をしてたんだよ」
麗しい紅顔だ。手に汗が出てきた。このままベッドインしたらどうだろうかと。
嫌がるかもしれない。無理やり合体してはいけない。だが、愛など存在しないのだ。
なら、気にする必要もないのではないだろうか。
思うがままに生きて、思うがままに勝手をする。みずみずしい肢体を蹂躙し、己の性欲を満たす。
それでこそ、男として生きている意味を感じるのではないのか。
幼い彼女を組み伏せ、欲望のままに。1晩中楽しむ。朝が来たら朝も。学校に行っても、休み時間も。
快楽に堕ちるエリアスを想像して。
チンポ、やばい。
「どうしたよ。熱でもあんのか?」
いい匂いがする。ミルクの。
無防備な顔だ。不意に寄せられた身体に、女を感じると。このまま押し倒してしまえと。
誰かに取られるなら、恋愛など不要と。青い瞳の君は、何もわかっていないようである。
「かー、熱いね。あっちあっち」
本をめくる幼女は、ちらちらと視線を送ってくる。バレているようだ。恥ずかしい事に。
「は? 熱くねーぞ」
「すっとぼけてますねー。でも、盗賊さんたちはいいんですか?」
エッダが尋ねた。
顔を向ければ、盗賊たちは驚いたように身体を引っ込める。襲ってこようという気もないようだ。
ユーウなら、皆殺しにしているだろう。許してやろうではないか。弱い彼らを。
襲われても、大丈夫なくらいに警備は張ってある。
「行きましょう。領主と会う前に、アル様へ報告をしなければなりませんからね」
忘れるところだが、任務を達成している。トランポは死体になってしまったが。
トランポの屋敷へと転移門を開く。
そこには、ふんぞり返っているアルルと兵士に指示を出すシグルスの姿があった。
アルルは、椅子に座ったまま頬杖を付いている。
視線が合うと、ぱっと笑顔になって口元をへの字に変えた。
そして、手招きをする。兵士たちは、歩いて行き来をしているのだが。
「呼んでるみたいだぜ」
行くしか無い。残念だが、トランポは行方不明。クレスの姿もない。
「臣、ユークリウッド。ただいま戻りました」
「ん。で、トランポは?」
アルルが、小首をかしげた。死んでしまっている。正直に白状するしかない。
「こちらです」
イベントリから死体をたぐり寄せると。中年の男がでてきた。頭は、ちりちり。
M字禿げが頭部に広がっている。
「んー。死んでしまったか。仕方がないな。後は、お前に任せるぞ」
と言って、シグルスを伴って光と共に消えてしまった。
領主との話は、どうなっているのだろう。
残された兵士たちは、各々で命令を受けているようだ。
「どうすんだ?」
「どうするったって、イアンソーはどうなったんだろ」
「誰だよそれ」
ベアトリスに勘違いされている男だ。それを晴らさないと動けない。
迷宮に潜る必要もある。
そうしていると、1人の男が女を連れてやってきた。
「貴様が、ユークリウッドか」
じっと値踏みするように、見つめてくる。男は、金髪をかきあげながら歯を見せる。
気持ち悪い。顔は、痣だらけだ。
「イアンソー・イオルコス・ダ・ハイランドだ」
自らの腕を押さえている男を記憶から消し去りたい。女は、
「ランテだ。こいつとは…魔物を倒し、金毛羊皮を得るためのパーティーを組んでいるだけだ」
「つれない事を言う。クレスは、戻ってないのかい」
普通に、会話を仕掛けてくる。どういう事なのだろう。
「知りませんね。それよりも、牢にぶち込んでおかないと」
「無礼な。貴様、王族である私に向かって口の聞き方がないっていないぞ」
周囲には、兵士の目がある。注目が集まってきた。
「ハイランドっていったら、ハイデルベルの東にある国じゃねーの。そこの王族かー。アル様に黙って、牢にぶち込んで大丈夫なのかよ。下手すれば、外交問題だぜ」
土壁を出す。隔離して、貧民窟で奉仕活動をさせよう。それがいい。
王族だかなんだか知らないが、道徳の授業が必要だ。
いつもは、さっさと殺すところだが考えた。
ばれても問題ない権力がある。それは、どこか。領地に決っている。
鞭で打たれて、牛馬の如く働かせるのだ。
人生の厳しさを知ってもらうとしよう。
「問題ありません。ね」
目を細めると、
「お、おう」
エリアスのこめかみから漫画のように汗が流れた。
つまり、それは日本人のように働くという事である。
ちなみに、大抵の領民は根を上げる。




