307話 シャチョさん、強敵と会う ●(ベアトリス)
床に降りると。
赤いものが絨毯を濡らしている。
死体となった男と、倒れた男女。
そして、入り口からは人の足音がする。さて、どうするべきだろう。
隠形を使って、身を隠すと。
「頭っ、か、あ?」
入り口に立ったのは、剣を抜いた男たちだ。頭というからには、盗賊ギルドのマスターなのだろう。
いささか弱い男だったが、男たちもできるようには見えない。
相手も盗賊だ。隠形が使えてもおかしくない。
気配を殺すのは、得意だろうし。壁歩きを使って、天井に張り付く。
「誰が、こんな事をしやがったんだ。畜生、探せっ。まだ、どこかに隠れているはずだ」
「いや、でもよ、頭領がやられたって事は、俺たちで勝てるのか?」
「あ?」
間抜けな顔をしているところに、飛び降りて柔らかい感触を踏みしめる。
次いで、もう一人の男の頭を蹴り飛ばす。頭がもげて、壁に叩きつけられた。
後続にいた男は、固まったまま。それも蹴ると、入り口から中へ飛んでいく。
(んー。このまま、全員倒してしまうかね)
降参するようなら、剣を持ってやってこないだろう。
3人の死体が出来上がった。飛び降りて、また隠形。
かかっているのかわからないので、そのまま歩いていく。
廊下には、走ってくる男たちの姿があった。
1,2,3。10できかない。一列にならんだなら、丸太で串刺しの刑だろう。
反対側には、通路がないようだ。
行き止まりの部屋が、ボスの部屋というわけである。
「どうした?」
走り寄ってくる男たち。倒れた男に声をかけるが、そこへ丸太を投げつける。
一列に並んだまま、贄が出来上がった。
まだ、駆け上がってくる男たちの姿が見える。
土弾でも連射してやる方がいいだろう。スキルを連射すると、ばらまかれる土の塊で死体が出来上がっていく。下を見ると、土弾を剣で弾く女の姿があった。
見るからに、剣士らしからぬ格好だ。
反撃とばかり、剣波を放ってくる。互いに、避けながら攻撃しあう内に建物が無くなっていく。
「できるな、少年。面白い」
女だてらに、剣を持って飛翔してくる。
飛んでくるのは、剣気をまとった空気の塊。
普通ではない。石でできていた壁が、バターのように切り裂かれて崩れていく。
商人であるトランポなのだろうか。それとも、トランポの仲間なのだろうか。
或いは、盗賊ギルドの食客なのか。情報がないまま突っ込んだが、それが悪い出目を見せた。
「無口な子供だな。だが、それも面白いぞ」
どこかセリア、ルドラといった手合いを思い出させる。
下手に攻撃して、肉塊に変えてしまうのは勿体無い気がした。
いけない考えだが、相手は女だ。先ほどの女盗賊も手加減して、殺していない。
頭の方は、死んでいると思うが。
「ちょこまかと、避けるっ」
いや、避けるでしょう。縦横無尽に、隙間なく攻撃を放ってくる相手に手加減している余裕があるのか。
そんな事を考えながら、敵が間合いを詰めようとしているのが気になる。
近い間合いは、苦ではない。
土弾を飛ばしているのに、その全てを剣で弾くのだ。
尋常ではない腕前である。セリアを彷彿させる剣捌きに、脅威を感じていた。
英雄王ではあるまいし、近寄って接近戦をしてやる気にもならない。
きっと、そこなのだ。鎖か紐で縛ってしまえば、生け捕りできる。
生け捕りか。生け捕りするだけの価値があるだろうか。
相手は、殺す気で剣撃を放っているのだ。
近い間合いなら、必殺の技があってもおかしくない。
光を放つ剣だとか。炎を放つ剣だとか。
追いつかれなければ、敵の攻撃を食らう気もしないが。
建物から外へ出てしまうと、町の上空に出る。
「どこまで、逃げる気だ? 魔術師。隠れても、気でわかるのだぞ。尋常に勝負しろ」
これは、正統派剣士なのか。にしても、色鮮やかな白い布の服だ。
腰には、魔道書らしき分厚い本。首には、青い首巻き。
手袋も白い。そして、濃い青色をした髪の毛。
双眸には、赤い輝きが星のよう。
「ふう。私は、うん。このような戦いで名乗る事もほとんどありませんが。あえて、名乗りを上げましょう。私の名は、ユークリウッド。ミッドガルドの貴族子弟にして騎士です。お嬢さんは、一体どこの何者で盗賊ギルドへいらしたのか。戦う理由がお有りですか?」
剣は、青い燐光を放って等身に魔術の呪句が浮かび上がる。名のある剣なのだろう。
セリアかルドラがやってくれば、押し付けたいところだ。
DDでもレンでもいい。盗賊ギルドの前にいるはずのクレスがいない。
女は、赤い眼を細めて。納得したかのように、
「思っていたよりも若い。しかし、これほどの腕前。貴様が、イアソンで間違いないな。外道が、死ね!」
はいー? イアソンって。そりゃ酷い。アルゴー号の船長で、女たらしではないか。
少なくとも、人を騙して使おうだなんて思ったこともないのに。
人違いではないだろうか。結婚した覚えもない。
「ユークリウッドと申しました」
「ふん。騙されん。我が名は、べアトリス。軍神の名を継がんとするものなり。勝負!」
勝負したくない。なのに、相手は、やる気でいた。
真一文字に振られる剣から、淡い燐光を帯びた空気が飛来する。
触れれば、真っ二つなのだろう。しかし、転移門で避けてしまえる。
或いは、相手の方へと繋いで。その場合、どうなるのだろう。
ベアトリスは、死んでしまうかもしれない。
まず、誤解を解いた方がいい。よりにもよって、イアソンと思われたまま殺されるとか。
幾重にも重なる剣の波を躱しながら、輝く魔術の方陣を見た。
敵は、素早い。空も飛べて、剣撃には隙がなく。放つ土弾は、限定される。
困った。敵を一定方向に固定しても相手が避ければ、地面の家屋にあたってしまうだろう。
避けるしかなくて、しかも氷槍は危ない。
火の玉だって、町の上で使えば火事になってしまう。
「当たらん。しかし、そちらも打つ手がないようだな」
あるに決っている。町の中でなければ。耕作地帯でも魔術をぶっ放すのは、ためらわれる。
どや顔をするベアトリスの顔に、グーパンを入れたい気分だ。
なんであろう。いつぞや感じた近寄れば、真っ二つにされる感覚がある。
相剋なのだろうか。剣士に魔術師が劣るとは思えないが、逃げの一手で町の端まで飛んできた。
「どうした。観念したのか?」
「いえ。そのイアソンさんだとすれば、一体、何が悪いのかなと思いましてね。こちらとしては、出会いが悪かったと謝って水に流せれば幸いなのですが」
魔の輝きを帯びた方陣が、くるくると足元で回転している。
あれに、秘密がありそうだ。近寄れば、真っ二つにされかねない直感のようなものが教えてくれる。
両側に浮かんだ岩。
水瓶座を意味する文字♒が輝いている。水の属性なのだろうか。
それでいて、凍気を扱うとか言われれば近寄りたくない。
「ふん。どう言い繕うが、貴様の顔が気に入らん。ここで、始末してくれる」
よりにもよって、顔とは。変えようがないではないか。
とんでもない基地外のようだ。関わりあいになってはいけない方だった。
盗賊ギルドに居た事といい、話を聞こうとしない態度といい。
縛って、殴らないとわからないのだろうか。こんな事は、初めてである。
世の中には、話してわからない人が居ることを知っていたが。権力とは関係ないと、言わんばかり。
強気な人間だ。
間合いを詰めてこようとするので、更に町から距離を離す。
相手は、眩い等身を伸ばしてきた。
距離を詰めるまでもなく、青白い光を放つ剣で斬りかかってくる。
斜めに振り下ろすのを避ければ、横。縦と。
黙ってやられたりしない。容赦なく土礫を下へと向けて、放つ。
光に触れれば、蒸発してしまうようだ。
火線を放ってみれば、それも吸収するように刀身が輝く。
一方からでは無理なようだ。ベアトリスを倒すには、何らかの策を講じる必要がある。
まるで、セリアやアルたちと戦っているような気分だ。
土槍を飛ばしながら、そこから礫が飛び出るようにと。
針のように、ベアトリスへ飛ばすのだが。ガードが崩れない。光を一瞬で、向けてくる事も可能だろう。
術者なのか剣士なのかわからないが、剣の腕前は本物だ。
音速を超えている礫を捌く動体視力といい。飛行能力といい。
火線の数を増やしても、剣で受けられるだけで相手からは氷の矢が飛んでくる。
このままでは、矢で貫かれて死んでしまうかもしれない。
矢の数ときたら、どんどん増えていく。
剣で防御しながら、矢で攻撃。とにかく、攻撃の撃ち合いになっている。
空中を飛翔しているのだ。眩く輝く方陣は、目立つだろう。
長く戦っていれば援軍がくる。
剣の輝きが、次第に収まっていく。チャンスだが、誘いのような気がした。
何も近寄らなくていい。ひたすら、速い火線で攻撃する事にしよう。
太極曼荼羅。
足元に浮かぶのは、白と黒の方陣だ。同時に、インベントリから水晶玉を引っ張りだすと。
文様が浮かぶ。相手の技を封印するのに使う術なのだが、吸収したりもする。
アルたちくらいにしか使った事のない術だ。
(なんなのだろう。この人は)
凡そ、盗賊ギルドに所属しているとは思えない戦闘力。
ベアトリスは、剣からも剣閃を出してくる。手数に切り替えたのか、息切れしたのか不明だ。
が、火線を剣で受け止めるという腕前だ。光の速さなのだが。
まるで、見えているようだ。
発動する瞬間を見切っているとでも言うのか。
雨あられと、片手から出していた石つぶてを風の刃へ切り替えても効果は同じようだ。
避けられるか青い燐光を放って、闘気に衰えが見られない。
相手の裏を転移門で取って攻撃する手段もある。
が、開けば相手もそれが使えてしまう。
逃げまわっているが。
火の玉も一体、いつまで出せる事やら。火の玉も斬られるし。
氷の槍も一緒だ。礫にしてみても斬られる事に変わりない。
こうなると、持久戦で相手の被弾を待つしかないような気がする。
(あ、やべえ。忘れてた。トランポを捕まえないといけないんだった)
持久戦は、無理そうだ。秘術を使えば、殺す事は可能な気がする。
しかし、そうなると誤解されたままだ。
ベアトリスに疲れた表情は、ない。
剣を振り続けている。殺す気でいるようだ。
(イメージは、放出し、拡散する。そして、戻ってくる)
玉からも、遅い礫からの速い礫を。放出する角度を変えて、飛ばす。そんな事は、普通やらないが。
これは、人形使いの能力である。魔術師と併せて、非常に使える。
セリアのように、やけに避けてきて、やけにしぶとい相手にはこれだ。
誘導するように、礫をばらまく。どこまでも避けるのだ。いい加減、食らえよと。
電撃を放つと。ベアトリスの衣が、明滅しだした。
火には、耐性があるようだ。しかし、電撃を狙って射てば予測射撃で当たる。
その上、剣で受けても僅かながらダメージを受けているように見えた。
時間がない。なので、雷球を扇状にしてばらまくことへ切り替えると。
直撃したベアトリスがくるくる回っている方陣の上で片膝をつく。
それなりに当たったが、誘っている気がする。肉体への損傷は、見当たらないしね。
彼女は、タフだ。やられたフリくらいするような女のような。
死んだふりだってする。一目で、そこまでわかってしまうのもどうかしているのだが。
目が、顔が、寄ってこいと語っているではないか。
なので、近寄らずに町へと転移門を開いて戻る事にした。
36計逃げるにしかずって言うし。
ベアトリスと話せば、話すほどこじれて行きそうだから。




