306話 シャチョサン、肉体言語で訴える。●
ああ、終わった。
と、思ったら土壁が壊れて男がでてきた。
クレスと呼ばれた男だ。土壁は、厚みがある。
ヴォォオオ。つんざく声が、周囲に響き渡る。
普通では、破壊できないほどだ。
周りでは、凍った地面で倒れている兵士ばかり。
白い大地を見てか、足をつきたてるようにして突進してくる。
大地の鉄槌。
地面から、土の杭を作り出す術だ。
最初の一撃は、男の腹に突き刺さった。臓物を貫通する土の槍。赤い血潮が流れる。
そのまま男は、槍を剣で破壊して突き進む。再度、土でできた槍を男の足をめがけて伸ばすと。
「むんっ」
槍が、足で砕けた。正確には、当たると硝子か砂糖菓子のように崩れたように見える。
距離は、一定だ。相手が近づけば、離れるのだから。
敵が、接近戦用の剣しか持っていない。なら、離れてちまちま削ってやるのがいいだろう。
土の槍が利かないなら、斧ではどうだろう。
地面から、薙ぐようにしてそれを出す。が、やはり男は何事もなかったかのように詰め寄ってくる。
背筋に冷たいものを感じた。
これでは、神話の英雄ではないか。幸いな事に相手が、間合いを詰めるだけで遠距離攻撃を持っていないという点だ。弓でも持っていたなら、裸足で逃げ出すところである。
隠形を使うと、また見失ったようだ。土の術が効かないのか、それとも魔力が足りないのか。
わからないが、近寄るのは危険だ。右に移動すれば、右に寄り。
左に寄れば、左に。そして、一気に迫ると。
獣の叫び声を上げてくる。狙いやすい。
従って、多重に球体をした電撃を浴びせて見せると。クレスは、片膝をついた。
「くっ、貴様は。一体何者だ」
名乗るべきだろうか。悪いが、何も知らないまま倒れてもらった方がいい。
女弓手は、起き上がってくる様子ではない。イアンソーは、電撃の余波でも受けたのか泡を吹き出した。
時間稼ぎのつもりなのかもしれない。
もう一度、岩をぶつけてみるが原子が解けたようにこんもりとした土の山を作った。
どういう仕組みなのかわからないが、土の術は効かない。
という事は、次に電撃を浴びせれば電撃も無効化するのだろうか。
手から、閃光が男へ伸びて直撃した。
「怪しげな手妻を。稲妻に大地の術、神殿の手の者か? イアンソーを狙っての事か」
全く関係がない。しかし、塵芥には理解できないのかもしれない。
エルフは、保護するべき対象であって性欲のはけ口ではないという事を。
クレスは、強い。魔術をものとしない能力は、脅威だ。
「違いますが、貴方には死んでもらいましょう」
「姿を隠し、こそこそと立ちまわる小僧がぬかしたな」
クレスには、回復能力があるのかもしれない。会話をしている時間だって惜しい。
火線を放って見ると。
男の身体が、半分になった。血を吐き出して、倒れる。これで、身体がくっついたりしなければ終わりだ。
「これが、神の試練だというのか」
倒れたまままだ息が有るらしい。見れば、血が筋肉を元通りに戻そうと引っ張っているようですらある。
男の手を砕いて剣を奪うと、回復をかける。すると肉が盛り上がり、元通りだ。
敵の回復が通る。これは、不思議だ。
「何、どういうつもりだ」
どうもこうも、剣で男の肩口に斬りつける。反応は、遅い。そのまま、斜めにずり落ちた。
それでも、クレスは生きている。これは、いい。
いい練習台だ。セリアではできない事を、容赦なくやれる。
普通の人間なら、肩から斜めに腰まで斬られれば即死するし。
また回復をかけると、男の傷は元通りになった。
「これは巫女の技」
巫女が使うのか。ミッドガルドでは、魔術師も治癒術師も使う。僧侶だって、神官だって使う。
見ての通り、肉体損傷を回復させる術である。拳士系のそれとは違う術だ。
相手の肉体を元通りにする術は、普通に使えるようである。
だとするならクレスの持つスキルか技能は、非常に便利な能力だろう。
クレスの能力は、敵対した相手の魔力を消化して取り込んでいる様子ではない。
さて、どうするべきだろうか。
⇨ 捕える。
殺す。
相手は、もう無力だ。殺すまでもない。
再度、剣を使った物理攻撃を試すと、今度は斬撃が弾かれた。
こういう相手をどうするかといえば、紐が良いだろう。
魔物を縛り上げる糸を束ねた錬金術師ギルドで製作されている物がある。
インベントリから取り出すと。
座りこんだ相手をぐるりと巻き上げる。
動いてくれれば、縄術なる代物で縛り上げるのだが。諦めてしまったのか。
観念したのか。クレスは、巻かれるままだ。
「1つ、教えて欲しい。私は、クレス。旅をしている戦士だ。貴方の名前は、なんというのだ」
「ユークリウッドと申します。戦士さん」
「そうか。このような場所で、最強を目指す俺が敗れるとはな」
がっくりしたようなそんな感じだ。しかし、男の内には熱を感じる。まるで、火山を内包したような。
「ふはっ。これでは、ヘラクレスを継ぐなんて笑い話にしかならんな。ああっ、子供に負けたなんてなあ」
ヘラクレスね。そんな感じの能力なのかもしれない。肉体系なのだろう。
神に与えられた加護なのかも。魔力を打ち消すとか。そういう類の。
イアンソーとは、どういう関係なのだろう。
「それでは、失礼しますね。運が良ければ、また会うかもしれません」
「このまま放置なのか? 時間が経てば、仲間も復活するぞ」
「それで、この街から出られますかね。大人しく降参した方が、身のためだと思いますけど」
時間が惜しい。逃げたトランポを追って、緑色の糸を辿って走る。
弓手の女は、アタランテでも目指そうとう感じなのかもしれない。
正確には、わからないが。
後ろでは、縛られたままの格好で走ってくる戦士クレスの姿がある。
走ってくるというか飛び跳ねていた。芋虫のように転がるはずなのに、元気なことだ。
裏手から出ようとしていた馬車から、兵士が降りていて土壁を叩いている。
まとめて電撃でなぎ払うべきだろうか。それとも、麻痺させるに留めるべきか。
後者を選んで、スキルを放つ。見た目的に青い糸のように細い電気が、敵兵へと向かう。
止まって、詠唱するまでもなく移動しながらそれで兵士たちが倒れていく。
手加減がうまくなった気がした。
「大した、腕だな。ユークリウッド」
赤銅の身体に湯気を上げている男は、紐が解けないようだ。
それでも追いかけてくるのは、見上げた根性だろう。
己がこうなって動けるかどうか怪しい。
土壁で覆われていた出口の壁を、元に戻して接近したクレスに向きなう。
瞳には、争う意思がないように思えた。
「そのままの格好で、ついてきますか」
「解いてくれると有り難い」
さっきまで、殺しあっていたのだが。なんでであろうか。
即死しない男は、付いてくる。
紐を解いても、戦闘になるような気がしない。引っ張って、元に戻すと。
「どこへ行く気だ?」
「トランポ氏を引きずってこいという主さまからの、ありがたーい命令を拝命しましてね。追いかけている訳です。どこへ行ったか、ご存知ですか」
「わからん。イアンソーならば、当てがありそうだが」
イアンソーは、死刑になりそうだ。というか、殺しておいた方が良かったかも。
あれで、無駄に弁舌が立ちそうだし。取り入るのは、上手いかもしれない。
止めに、戻ってもいいような気がする。
緑色の糸は、通りを中央に向かって伸びていた。
が、太い線はそこから領主の館へ向かってではなくて真っ直ぐだ。
中央には、一際大きな館が見える。
人通りの多い場所だ。馬車が行きかい人の往来も多い。
そのまま人の隙間をぬって移動する。
それほど多くない人口のはずだが、時間が時間なのかもしれない。
真っ直ぐ進んでいく。
「こっちには、何があるんですか」
「む。聞いた話では、闇市から貧民窟ではないか。闘技場も近いぞ。私は、そのためにきたようなものだ」
闘技場か。身を隠すなら、森の中、木の下。しかし、スキルが教えてくれる通りに辿ってみよう。
町から出ている可能性もある。人の歩いている姿が少なくなってきた。
道行く人は、何事かと見ていたし。
クレスが、子供と話をしている。ひょっとして情報収集だろうか。
「こちらで、間違いないようだ。先へ進むのか?」
「ええ」
日が登ってしまっても、肌寒い。糸を辿っていくと、そこはなんてことない石造りの家に着く。
隠形を使うと。
「瞬時に姿が見えなくなるか。私は、どうすればいい?」
「もしも、トランポが出てきたら話をして引き止めてください」
扉に、糸が吸い込まれている。
赤い粘土を焼いた壁に、力を込めれば壁は内側に崩れる。
敵が、待ち構えていようが関係なしだ。
トランポを殺してでも連れて来いと言われているのだ。
崩れた壁に、クレスは後ろへ下がった。その壁を駆け上がりながら、2階を目指す。
木戸がある。閉まったままだ。
拳を叩きつけると、内側へと木片が飛び散った。
中へ入れば、半裸の男と女が抱き合っている。やっている最中だ。
緑色の線は、男にくっついていない。
ハズレだが。
「んだ。こらっ」
無礼な。目を剥く男の顔面を殴りつけると。室内を歩いて、扉へと向かう。
後ろに女が刃物を構える気配。
「止めといた方がいいよ。死ぬ事になる」
住居不法侵入で礼状もない。現代社会なら、捕まっている事だろう。
警察だって、このような真似をしない。手荒に過ぎるが、中世王権風の社会構造だ。
アルルが、白といえば黒も白である。
震える女を後ろに、隠形のまま扉を開けると。目の前が爆発した。
後ろに下がって、右の壁を撃ちぬく。
壁は、崩れてまた男が目の前に。布切れを履いていた。手には、剣だ。
間髪を入れず、腹を撃ち抜き剣を奪う。1人だけのようだ。
更に、前の壁を撃ち抜き進む。人の姿は、ない。
ちらと振り返れば背後から、女が伺っている。
「だらっ、なにもんだぁ」
男が、出入り口から飛び込んでくる。手には、短剣。2刀だが、姿が見えていないのか。
別の方向へと斬りかかった。
電撃を手加減して浴びせれば、数歩前に歩いて倒れる。
きりがない。壁を抜けども、男しかいない。糸は、扉の方へ向いている。
次に撃ちぬいて、いかつい男の姿があった。
「てめえは」
立派な木の机に、女と男が2人。その向こうに、禿げ上がった頭をした格闘家風の男が椅子に座っている。濁った瞳に、悪相。問答無用で、電撃を飛ばす。反射か。
薄い笑みを湛えた黒髪の女は、腰に持っていた剣で斬りかかってくる。
自信ありげだ。が、遅い。
しかも、狙いは腹だ。男の方は、反対側へと周りこもうとしている。
女の剣を指で受け止めて、引っ張った。
「あ”あ」
びぃっとなった女の腕から、剣を奪うと。女は、そのまま倒れてしまった。
無防備な腹に蹴りを入れると、くの字を描いて痙攣する。
男は、水平に短剣を伸ばしてきた。
見事な連携だが、クレスよりもずっと遅い。また、地面を破壊するほど威力も無さそうだ。
蹴りを伸びた肘に見舞う。両手が、付け根からは上に。その先からは、下に垂れ下がる。
日本でなら、傷害と暴行で懲役15年コースを貰うところだ。
腕なんて、元に戻りそうにない方向への暴力であるからして。
腹を撃ちぬくと、山から赤い滝が降ってくる。
「うぉおおおお」
座っていた禿げ男が、机を蹴り飛ばしてきた。
屈めば、入り口から丁度入ろうとしていた男たちに当って悲鳴が上がる。
この男が、首領だろう。
「よくも、やりやがったな。ぶっ殺してやるよっ」
威勢はいい。斧を手に、そのまま突進してきた。
床を蹴ると、天井を掴む。そのまま、腕を伸ばして禿げ頭を踏みつけると。
首が曲がったのか。柔らかな感触と、赤く見難い噴水が出来上がる。
室内は、いい装飾がしてあった。これが頭なら、あとは話も速い。
入り口を見れば、向かってくる者もいない。根性は、無さそうだ。




