295話 社長さん●
やる事がない。
ないというか、あるというか。インベントリに船を引っ込めて、周りを見る。
ゴブリンの死体が、細切れになって散乱していた。
「楽ちんでいいな。なあ」
「いいんだけど、戦ってないよね。これでいいのかな」
「監督は、もっと落ち着いてろよなっ。全員が帰ってきたら、中に突入すっぞ」
エリアスは、隣に妹を置いて洞窟の中といった場所へ水銀の塊を伸ばしている。
パーティーメンバーが、増えてすることがない。
探索も治療もやってしまえる面子だった。
「ねーさん。中へ入る方が良いのではないでしょうか」
「やっべ。中のゴブリン共、それなりに強えじゃん」
遠隔攻撃をしているエリアスが手間取っているようだ。四方に散開した味方は、大丈夫なのだろうか。
「そんなに強いの?」
「いや、ガードが堅いっつーか。焼いてくるから、体積が減ってくんだよ。だから、なんだつーのっていわれるとそれまでなんだけど」
水銀体の攻撃は、飲み込むか押し潰すかそれとも斬り刻むか。いずれかなので、単調になりがちなのかもしれない。燃焼系のスキルを持っていれば、ゴブリンでも対抗できない事はないのだろう。
と、魔物の死体が動く。ゾンビになったのか。或いは、ウィルスか。どちらにしてもと。インベントリから斧槍を取り出して、頭を落とす。噛まれると、ゾンビになってしまうのはお約束だ。
「死霊使いでもいるのかな」
「他の連中を呼び寄せた方が良いんじゃね?」
アリエスは、お人形で遊んでいるし。人形を何もしないで動かすのが、特技なのかもしれない。
他の連中を呼び寄せたら、戦う事ができないではないか。
いわゆる、社長さんになってしまう。思い出せば、それと同じ状況なのだ。
配下が強くなってしまって、本人が控えに入ってしまうという。
「そうしようかなあ」
幸いな事に、控えでいても関係がない。パーティーが6人までとかいう縛りがないので。
ただ、経験値の収入が減るだけである。
『戻って』
と、パーティーへメッセージを送れば最初に現れたのはティアンナだった。
いっそ、女の子たちだけでパーティーを組ませて派遣した方がいいのではないだろうか。
出る幕も増えて、ハッピーになれる。
経験値の方は、入らないだろうが。それはそれだ。
ティアンナに、怪我はないようだしゴブリンの残骸を更に細かくしていく。
言わずとも、洞窟へと向かって歩いて行った。
「ティアンナ様は?」
次に着たのは、桃色の髪をべっとりと額につけた子であった。たわわな胸は、鎧で見えない。
「入って行ったよ」
尋ねに答える。
「お前も、行かないのか」
「行くよ。でも、みんなの集合を待っているんだよ。でもって、さっさと行ってしまうんだもの」
すると、エリストールは駆け出す。
「あー、やべっ。全部ティアンナが倒しちまうんじゃねーの」
エリアスが、瞳を閉じて言う。水晶玉を持っているのは、アリエスでそこには映像が映っていた。
ゴブリンたちが、抵抗しようと盾を構えているのに盾ごと風の術で切り裂いているようだ。
その後ろへ程なくして、追いつくエルフはこれまた役に立っているようではない。
「別に構わないと思う。経験値が入らない訳じゃないでしょ」
「んだけどさー。このゾンビどもの相手ってのもなー」
炎で焼けば燃え落ちる。首を飛ばしてもいい。水銀の塊を戻せば、またやることがなくなってしまった。
エリアスを寝取られるなんて気もしたが、気のせいだろう。
この女は、ちょろいけれどガサツだし。他に、男ができるとは思えない。
というのは、油断で。ゼクスが、ヤリチンだとかいう男だと大変だ。
思い返すに、ずっと童貞だったのはブサメンだったからだ。
顔面がよくなったので、やりまくってもバチは当たらないのでないだろうか。
「何、考えてるんだよ。なんだか、寒気がしたんだけど」
「ねーさんの身体を舐め回すように見ていました」
「マジで?」
「なわけないよ。大体、そうだったら襲われていると思う。目的達成じゃないか」
「むー。キノコ食うか?」
「食わねーよ。それ、ねーからさ」
と、エリアスはキノコをアリエスに差し出す。妹は、妹でおかっぱの下に汗を作っていた。
激不味茸なのだ。どこで栽培したのか、星形の痣ができている。狙って作っているのか。
パワーアップするかもという事で、セリアが食ったら3日ほど寝込んだという。
「食うよな」
「い、いえ」
アリエスは、顔を青ざめさせた。茸の不味さを知っているようだ。
にやりと笑みを浮かべながら、死神が幼女へと近づいていく。襟を引っ張ると、宙ぶらりんになった。
「うっ、高い高いやめろーっ」
「その、茸さ。味見をした?」
エリアスは、顔をそむけて口笛を吹く。この幼女、昔から困ったら口笛を吹いて視線をそらす。
「さ、俺が食わせてやるよ」
「な、なにーっ。遠慮しておく」
手を前にして、エリアスは、後ろへ下がる。そうはいかない。
「いやいや、遠慮しないでくれよ。俺も、全力で食べさせてあげるからさ」
「お前、口調変わってるぞ」
「大丈夫だ。問題ない。意識がもうろうとして、そのうちに気分が良くなるかもしれんぞ」
たまには、お灸を据えないといけないだろう。飛びかかってくるゴブリンゾンビを風の魔術『エア・カッター』で切り裂きながら、茸を手にする。両手が塞がっても、魔術を使用する事は可能だ。
口に含むと。
「ふ、ふひひ」
らりってしまったようだ。口から、魂が抜けたようである。
「ねえさん? ねーさーん。しっかり」
身体を揺さぶるが、効果はない。しばらくは、勝手に戦闘不能というところだろう。セリアの胃袋を機能不全にする兵器なのだ。一体、どうやったらあのような効果を及ぼす茸が出来上がるのか。工房というけれど、エリアスの部屋には腐った布団でも有りそうだ。
想像して、げんなりした。
「おーおー。仲がよろしいこって」
「そんな事、言ったら駄目でしょ」
と、ゼクスとファムが戻ってきた。ザビーネとルドラは、未だに戻らない。
「ゴブリンが、ゾンビになるのは大丈夫でしたか」
「あー、噛まれたんだけど治癒頼めるかな」
「さっさとしないと、ゾンビなんだからね」
治癒の光が、ゼクスの患部に吸い込まれていく。すぐにはゾンビになったりしない。
が、抵抗力というのは人によるというか。レベルによるようだ。ゾンビになると、元に戻るかどうかといえば確証がない。
検証してみるべきなのだ。死霊王のジョブを持っているのだから、対象をゾンビにする事ができる。
「他の人は?」
「いや、なんだか生き生きしてたらから戻ってくるとは思う。けど、そのお嬢ちゃん大丈夫なのかよ」
ゼクスが覗きこむ。ちょっとだけ、ジェラシーを感じた。俺の物だ。触るな、という具合の。
こうも独占欲が強いとは。チンポ恐るべしである。
「茸を食べただけですから。そのうち、意識を取り戻すと思いますよ」
「どんな、茸なんだよ。あー。……とんでもねーのな」
茸を食う。食わないのルートを潜ってきたようだ。顔が、引きつっている。
有用なスキルではある。しかし、相手に悟られたら大変ではないだろうか。
飼い殺しにされそうであるし。
「中には、入らなくて大丈夫なんですか?」
「ええ。お茶でもしていましょうか」
ティーセットでも出して、洞窟前を開拓しておくのもいいだろう。ダンジョンを整備しておくのは、国にとって悪い話ではない。
「中に入らないか。ま、入らなくても入っても大丈夫なのがすげーよな。ふつー、迷宮には万全の面子で挑むもんだろ。あの人、どんだけよ」
ふふん。ちょっとだけ、いや、かなり嬉しい。ティアンナは、強い。いつの間に、強さを身につけた。というような感じではあるが、かつてというには未来からやってきた彼女の能力はセリアとタメを張るだろう。ルドラよりも、上の感じだ。
「まあ、くつろいでいましょう。外の敵を駆逐したら、ここへギルドの派出所でも作りますかねえ」
「えーと。そんな勝手な事が、できるのか?」
確約は出来ないけれど、冒険者を育成するには迷宮が沢山あった方がいい。何よりも、ゾンビになるゴブリンを退治していれば光属性が上がっていく。反対の闇属性もあった方がいいのだが、これは魔物が光属性で統一されているような迷宮だけだろう。
豆の樹の上付近だとか。
「多分、ですが」
「多分ね。死なねーっていうのが、こんなにも楽なんだな」
椅子を用意していると、樹の上から飛びかかってくる緑色の物体を叩き落とす。
首と身体が別れても、胴体が襲いかかって来そうだ。
「楽というと、死にまくっている感じなんですか」
「そりゃもう、死にまくりよ。角を曲がったら、そこに角材があって転んで頭をぶつけるなんて事が当たり前みたくあったりするんだぜ。最近じゃ、そういうの減ってきたんだけどなー」
興味深く。そして、ゼクスは相当におっちょこちょいのようである。
「ちなみに、死ぬと自動的に戻る感じですか」
「そう、それ。朝だったり、昼だったり。今までで、一番やばかったのはあんたくらいだぜ。マジで、勝ったらすぐ死ぬん。どうやっても、そっから先にいけねー感じに詰むし。やってられねーもん。パラドックスの問題なのかわかんねーけどさ。そもそも、勝ったら負けフラグってどうなのよ」
聞いていると、訳がわからなくなりそうだ。全員に、赤い茶を注ぐと。
風が、吹いてルドラが現れた。
「後、1人だね。その能力、強そうですねえ」
「いんや。面倒いだけで、さ。疲れるし。呼吸するだけでレベルが上がるチートの方が良かったわ。ついでに言うと、『強奪』を持っている相手に会ったらおしまいじゃんね」
羽を畳んで、樹を椅子代わりにする。風でばらして。
「元、強奪スキルを持っていた方が居ますけ…」
「やっぱ、いるんだよな。で、ミッドガルドに居たり?」
「いえ。ウォルフガルドがメインで活動されている日本人ですね」
アキラの事であるが、ゼクスと性格が合いそうだ。似た感じがする。怪しさは、感じなくなったし。
どうしてだろうか。
「絶対、会いたくないわ。転生者?」
「いえ、転移者ですね」
アキラの能力は、失われている。しかし、元に戻らないとも限らない。使えないからといって、ぽい捨てにするのは阿呆のする事だ。古にも、奇貨おくべしというし。
「ループできなくなったら、自殺もんだよ。マジで、無能ってレベルじゃねーから」
「そこまで、卑下しちゃだめだよ」
「ありがとう、ファム」
そうして、見つめ合うのである。熱いというか、愁嘆場のような雰囲気に周りは目をユウタへと向けてくる。何故、向けてくるのか。悪いのは、ユウタであるのかもしれないが。
責めているわけでないのに。
「うっ」
「あ、ねーさん」
エリアスが起きるのと同時に、洞窟の方から2人の妖精族が出てきた。
「あれ、チンポ食えねえ、あれ?」
アリエスが、目を剥いてユウタを見る。何をしたというのだ。何もしていない。茸を食わせたけど、股間のものじゃないし。食わせていたら、もげてなくなっている。
「…中の掃除は終わった。ゴブリンたちに、キングが生まれていたようだけど。それも、片付けた。撫でて欲しい」
そんなんでよければ、いくらでも撫でてやるところだ。しかし、頭が3つになった。1つは、羊の角が生えている頭で滑り込んでくる。もう1つは、桃色の髪をしている。そっぽを向きながら、3人して座るのであった。
「おい、お前ら何やってんの」
こちらのセリフである。




