291話 ギルバルド家門ゼクス、ファム、ローエングラム家門ラインハルト、ローズ、バーミリオン
ネット小説大賞1次予選に通過いたしました。
皆様が読んでくれるおかげだと思っております。
今後もご贔屓のほどよろしくお願いします。
黒髪の少年は、杖を手にして凍りついている。
固まったままだ。
横にいる少女は、おろおろしている。
先手必勝だ。だが、様子がおかしい。エリアスが、肘で脇を突く。攻撃していいのかなと。
隣の幼女は、
「どーなってんだよ」
質問してくる。
「知るわけないよ」
まだ、少年は動かない。それを見てか。審判役の男が、腕を組んだまま言う。
「青ギルバルド、やる気はあるのか? それとも戦わずして敗北を認めるのかね」
ペナルティーでもあるのだろうか。そうだとすれば、ゼクスが動かないのは解せない。
鑑定すると、彼から『術理』『ループ』という珍しいスキルが出てくる。
ひょっとして、転生者か転移者か。どちらなのかもしれない。
人間ではあるようだ。
「まいった。こっちの負けでいい」
ループさせていたのかも。やってもいないのに、結果を見る事ができるとはなんとチートな。
「えー。ちょっと、ゼクスってば戦ってないじゃん」
「ふっ、ざっけんなこらー!」
外野は、またしても瓶が投げ込まれる。外で賭けをやっている人間なのか、入り込んできて警備員と思しき人間に拘束されて引きずられていく。しかし、壁を越えてくる人間が多い。まるで、そちらが戦闘しているような状態である。
『ループ』危険だ。勘が囁いている。戦って、潰しておく方がいい。
「よかろう」
審判役の男は、手ぬぐいで片眼鏡を拭きながら言う。
このまま逃がしていいのだろうか。囲い込んでおくべきだ。でなければ、殺すしかない。
或いは、手を出さなければ大丈夫かもしれない。わからないが、様子を見るべきだろう。
「ちょ、ちょっと待ってってば。ゼクス、棄権なんてしたら家の面目が丸潰れだよ。戦わないと、ねっ」
「冗談きついぜ。どんだけやっても、0パーな相手に勝目なんてないって。わかってくれ」
元来た道を戻りながら、意味有りげに頭を下げてくる。関わらなければ、交わらないのか?
いや、『ループ』しただけ経験値を増しているはずだ。
であれば、いつか倒しにくるかもしれない。
「おいおい、ラッキーだな。戦わなくて済んじまったぞ」
エリアスは、把握していないのだろうか。ゼクスが持っているスキルは、どれもこれも有用な物ばかりだ。しかも、『魔力炉』まで持っているようである。転生者だとしかいえないようなスキルばかりで、アキラとは比べ物にならない。
日本人なら、日本語に反応するかもしれない。が、この少年。慎重だ。隠すっぽい気がする。
「ちょっとー。戦お? ねっ。年下の子供に負けたなんていえないよー」
「いいから、こいって。では、失礼する」
おかしい。普通は、調子にのって戦闘を吹っかけてくるのだ。天狗になりそうな物である。
『ループ』の能力が、どのような物か把握しておきたいのに。
「棄権か。勝者赤、レンダルクとするっ」
少年と少女はさっさと下がっていき、やがて姿が見えなくなる。
「いやー。ラッキーだったな」
「いや、あいつのスキルを見たか?」
「見れるわけねーじゃん。『鑑定』は冒険者のスキルだけどさ。冒険者レベルに依存するし。魔術師メインだし。召喚師と錬金術師上げてるからさー。小隊とっときゃ必要ないじゃん。インベントリは代用可能だしさ」
めんどくさがりというか。鑑定にも物品鑑定から人物鑑定に魔術を使った鑑定まである。事細かに知ることのできる魔術鑑定に比べるといかにも、『鑑定』は頼りない。
3回戦が、戦わずに終わってしまった。
「次は、準決勝じゃん? さっさと飯食っとこうぜ」
エリアスは、なんでもないように言う。
が、気になる。ゼクスがさっさと逃げたのが。会場にいるのなら、また会うかもしれない。
とかく、出会った強敵をすぐに殺そうとするのは性癖なのだろうか。
或いは、病気かもしれない。医者には、正常だと言われるのだが。
歩いて控え室に向かうと、貴公子の姿がない。負けたのか。
「さっきの相手、気にならなかった?」
「どこが、気になるんだよ。降参する相手だろ。んなのいちいち気にしてられねえってば」
そんなもんでいいのだろうか。気になって仕方がない。何度となく繰り返し攻撃をされていたのなら。
明日にだって殺されかねないだろう。いや、これはただの被害妄想かも。
エリアスが、腰に下げた鞄から袋を取り出す。袋は、ビニール製のようにつるつるしている。
「こいつでも食って、がんばろーぜ。次のも、弱いといいんだけどなー」
全然、試練でもなんでもなかった。こう、苦戦に次ぐ苦戦を期待していたのに。
自分から棄権するような相手だったりするし。
相棒は、弱いのこいと願っているようだし。面白くない。負けたら、負けたで悔しいし。
「こんなのでいいのかな」
「いいじゃん。何か不都合なことでもあんのかよ。マジでラッキーだぜ。このまま魔力を温存して、決勝まで乗り込んじまおう」
結局、魔術王の弟子とかラムサス爺の刺客はどうなったのだろう。まさか、速攻で負ける相手をぶつけてきたとしたら役不足も甚だしいのだけど。
「レンダルク家のユークリウッド、エリアスさま。準決勝がまもなく開始されます。入場してください」
女が現れて声をかけてきた。見目麗しい女だ。
「なにだらしねえ顔してんだよ。いくぞ」
だらしない顔などしていない。だというのに、エリアスはずんずんと前を行く。
控え室には、2人しかいない。となると、4組が残っていることになる。
真っ直ぐ進んで、右へ曲がる。そして、入口に立つと。
「ここで、お待ちください」
地面が浮き上がって、空中へと上がっていく。
舞台は、下だ。手に汗がじっとりとしている。『浮遊』もかけていないのに浮かんだからだろうか。
「ここでやんのかよ。落ちたら、死ぬんじゃね」
「ご安心ください。受け止める役の方がおられます。複数の術者が控えておりますので」
前にでると、舞台の端に乗ると。反対側には、グローブをきゅっと握る金髪の少年と杖を支えにする褐色の肌で黒い髪をした少女が立っている。
暴動を警戒しての、浮上ということなのだろう。
見物人の方が殺気立っているくらいだ。
「青、ローエングラム家ラインハルト、ローズ。赤、レンダルク家ユークリウッド、エリアス。用意はよろしいか」
ここまで、男女のペアばかりだ。そして、年齢も同じようである。何か、条件でもあるのだろうか。
相手が頷き、
「それでは、始めっ」
最初は、グーとばかりに『火線』で頭の上あたりを薙ぐ。緑色の燐光が破片となって、金髪の少年に降り注いた。
速さこそ全て。と、思うような一撃である。当てないように撃った攻撃に、反応しきれていない。
相手が何かする前に倒す。鉄則だ。
「…勝負ありっ。これは、実力差がありすぎるな。これでは、賭けになるまい」
光線だけに、光速だ。避ける暇なんて、ない。呪文を悠長に唱えようとしていた少年が、目を見開いている。
「一瞬ってのは、残酷だろ。もうちっと相手に、余裕を見せろよなー」
「余裕とかないって。いつだって全力だよ」
負けるではないか。舐めプは、ない。負けたのに、実は強いとか冗談でしかないよね。ほら、設定上は最強だとか。ギャグだっての。無敵じゃないから、負ける事もあるだろうけどさ。
「このまま、決勝を開始するとしよう。例年になく異様なことになってしまったが、ね」
降りていく男女と、休む暇もないようだ。空は、澄んでいてどこまでも青い空が広がっている。
少々、肌寒い。
「大会って、こんな物なの?」
「いや、俺だって出るの初めてだからわかんねーよ。負けたら、面汚しって感じで放逐されそうだし。やー、よかったよかった。首がつながりそうだわー」
この幼女。また、楽観視しているようだ。一日中、大会で潰れると思ったがそうでもない様子にほっとした。配達だってあるのだ。迷宮だって、攻略しないといけない。それに、レウスの面倒も見ないといけないのだからやることはてんこ盛りである。
入れ替わりに上がってきた人間から、
「ふっふっふ。ついにこの時が来たでありますなっ」
明るい声がする。決勝というから、とんでもない相手を予想していたのに。
なんでも有りな魔術師同士の死合ではなくて、術比べでもないという。
むしろ、森に入ってゴブリンキングでも探した方が有益そうだ。
「げっ。おいおい、これは、反則だろ。審判、女同士ってのはありなのかよ」
「片方が男装していれば、可とするものである。儀式は、所詮儀式でしかないのですからな。伝承では、シグルスもまた女だったという説もあるくらいです」
ジークフリードの女体化なんて。日本人でもあるまいし、女にしてしまうのはどうなのか。
ファッション眼帯をした幼女と幼女の組み合わせだ。
槍を構える見知った顔に、
「んー。拙者らとしては、どーでもよかったのでありますが。セリアとフィナルが、どーしても妨害しておけと言うのでしょうがないのであります。エリアス、覚悟するであります」
「いやいや、ちっと待てって。俺の事情を聞けって」
エリアスは、戦いづらそうだ。
「知り合いかね? そろそろ、開始してもよいかな。青バーミリオン…。オデット、ルーシア。赤、レンダルク家ユークリウッド、エリアス。用意は、よろしいか?」
「待った。まった、待って」
待てとは。おかしな事を言う。
「まだ、何かあるのかね」
「決勝が、これでいいのかよ」
エリアスは、腕輪を示す。時間稼ぎをしたいのかな。
「なんの問題もあるまい? 確かに、セーフガードだが栄誉に死と事故はつきものだ。さあ、この盃が落ちれば試合は、開始だ」
まだ、エリアスは本を開いて前の相手に戸惑っている。
「やべえ、やべえよ。ちょっと、俺じゃオデットに勝てねえ。頼んだぜ」
まあ、そういう風になるだろうね。オデットの投げ槍は、驚異の一言だ。必ず手元に、槍が戻ってくるなんてチート。投げれば、相手を刺し貫く。障壁なんて、紙切れも同然だ。
「それでは、決勝戦を開始するっ」
ルーシアの身体から、黒い墨が溢れでる。瞬時にそこへと姿を消して、エリアスは空へと飛んだようだ。 赤い光を軽く打ち込んで見るも、効いた様子がない。『浮遊』で空を駆け回る。
黒い手が伸びてきて、空を埋め尽くしていく勢いだ。
「おいで、闇よ。降りよ、帳よ…」
やばい。奥義を使うつもりだ。先手必勝なのは、言うまでもない。
相手のペースで戦えば、敗れるのはユウタたちだろう。キノコを撒いているエリアスの攻撃も、一見すると派手な爆風なのだが。
『止めろ、あれ、暗黒不城じゃねえか!』
不浄なる黒。禁断の術である。闇を生み出す魔王の力にひどく近しい。
ルーシアの術が先に発動して、腕と足が伸びる。
「この手は、光。闇を払う希望」
腕は、鳥でも捕まえるかのようにぐんぐんと伸びていく。
「しかして、絶望の中でこそ燦然と輝きける最果てで灯す火。一人、叫び続ける祈りよ」
エリアスの方へ何本も伸びていく。と、同時にユウタの方にも来る。
「誰にも理解されず、無視されようとも。余人を脅かさず消えていくだろう。なれば、愛など存在しない。恋など性欲」
どす黒い物を感じると同時に、それを溶かす。
「ああ、この世に救いなどない。ゆえに。曙き光に輝く曼荼羅、遍く招き奉る。来たれ、何処にもない光よっ!」
手と手の間に眩い光が。その前に魔方陣。背後には、曼荼羅が描かれている。
槍が、迫ってきた。曼荼羅と方陣を破壊しようというのだろう。だが、そこで止まった。黒い液体が、そのまま崩れ落ちていく。虹色に見えるそれは、どんな色にでもなる。セリアに言わせれば目が潰れる光だといい、アルーシュに言わせると身体が焼け落ちるという。
液体から、槍を突き出しているのはオデットだ。その額を指で弾くと、赤い光が溢れでた。
落下しそうになる幼女を受け止めると。視線を下へ向けた。
舞台の上で倒れているのは、ルーシアで。エリアスは、布をかぶせる。
光が、天上へと登っていくと。次第に輝きが薄まって消えていく。
「う、むぅ。この術は」
白髪が生えた男は、涙を流している。なぜ、涙を流しているのか。理解できないが、美しいものを見ると、人は涙を流す事があるらしい。そう思っておこう。
「いきなり、秘術の撃ち合いとか度肝を抜かれるわっ。まったくよー」
「俺の方が、びっくりだよ」
ルーシアが、全力できた事に衝撃を受けているのだ。黙って見ていれば、ユウタとエリアスを殺しかねない力を使うとは。
「で、いつまで、裸のオデットを抱えているんだよ。変態だぜ」
そそくさと、エリアスに任せる。
「…勝者、赤、レンダルク家。今の術は、他言無用とする。レンダルク家には、先ほどの術を使う者が他にいるのか?」
「まさかー。あんなの、こいつだけだって。おかしいでしょ、あの光」
「ああ。そうだな。まるで、世界を満たす輝きがあった。言葉にできない感情が、胸を撃つなど、な。ついぞ、感じぬものとばかり思っていたが。存外に、世界は広い。このような子供が世に知られずにいたとは」
「そりゃ、なー。多分、それも憶えていなくなると思うぜ」
そうなのだ。無理に知られようとは思わないが。だれでも知っている英雄になっててもおかしくない。
だのに、魔術師でも知る人間は少ないようだ。
エリアスは、上がってきた女たちにルーシアとオデットを抱えさせる。
「賞品を渡そう」
何もない場所から、1つの箱を取り出してエリアスは受け取る。
「うーん。指輪、だけど力が有りそうじゃねえな」
「それは、あくまでラインの黄金へ至る手がかりと言われている。ジークフリートとシグルスをつなぐ線で、謎だとか。持っていれば、色々な勢力に狙われるだろうな。願いを叶える指輪。呪いと古の人間は、言ったという。ラインの黄金を望むは、アルベリヒの虜になるであろうと」
「へっ。望むところだぜ、なあ」
願望を叶えるね。何かで叶えるなんて安直な。
どーでもいい。願いを叶える喜びがなくなってしまう指輪に魅力など感じないし。
それでも、人は叶わぬものに恋い焦がれるのだろう。きっと。




