290話 期待していた(ベルティース家門ダン、レイナ。アルヴァンテ家門リチャード、カァナ。ギルバルド家門ゼクス、ファム
期待していたよ。
だって、魔術師同士でやりあう大会なんだよ。
そりゃもう、興奮と神秘で満ちた術が繰り広げられるだろうって。
魔力炉を全開にして戦えるって。思うじゃん。
しかし、両腕につけられたのは2つの結界器。
左が、デッドストッパー用。右が、ダメージ計測器かつシールドメーター。
正直、死合いではないよね。殺しちゃだめっぽいね。
「どうみても、これは術比べに見えるんだけど」
まず、立つ間合いが遠い。開始位置は、30mはあるだろう。
武闘大会なんかよりもずっと狭いが。
一足飛びで、斬りかかるには広い間合いだ。呪文を唱える側と、防ぐ役に別れるのだろうか。
短い赤毛をした男が、ダンだろう。レイナは、青い髪を後ろに束ねている。
「んー。こんなもんじゃね? やっぱ年少部の子供を殺すわけにもいかないんじゃん。魔導の家門だと、後継者を失うのは痛手だろうしさー」
夜毎に殺し合いをする7日間。そんな魔術闘争物を読みふけってしまったせいだろうか。
魔術師が術比べをするなら、それは死合い以外にないと思っていた。
「青、ベルティース家門ダン、レイナ組。赤、レンダルク家門ユークリウッド、エリアス組。用意は、良いな?」
手を上げている。ラムサス爺ではない初老の男だ。むしろ、興味はスーツを着た男の方にいく。
ぴっちりとした服に鍛え上げられた筋肉が収まっている。魔術師にしては、肉弾派なのかもしれない。
ホモではないので、そういった視線ではないが。
「おいおい、どっちを見てんだよ。正面見ろって」
「さすが、レンダルク家のお嬢様は余裕のご様子だな」
「いや、こいつがおかしいだけです。あ、あはは」
使う呪文とか、わかっていないのだろうか。下調べは、重要なのに。
ダンは火の属性値が、高いようだ。対するレイナは水といったところだろう。
代々魔術師ともなれば属性で、髪の毛が決まったりするらしい。
「両組、離れて。シールドが破壊、もしくは赤いストッパーが発動した段階で敗北とする。なお、場外に飛ばされても敗北だ。命の危険を感じたらすぐに舞台から降りる事。いいな?」
頷く。術比べだと、魔術が当たった方が負けだろう。どちらが、攻撃してくるのか。
テニスのように前衛、後衛に分かれるべきなのか。そこが、肝になりそうである。
「それでは、始め!」
初手は、牽制のサンダーかウィンドカッターがいいだろう。風の刃が、突進してくるダンへと触れて。
赤い燐光を放って、血が噴き出す。と、彼の腕が落ちた。
「それまで!」
ええ? 今ので終わりなの? 嘘でしょ。ねえ。嘘だと言ってよ。
「馬鹿な、ぐぅ。俺の火炎衣が」
「しっかりして。今、救護班が来てくれるから」
エリアスが近寄っていくと、落ちた腕をダンにくっつけてやる。
「腕で、良かったぜ。危うく、真っ二つになっちまうところだった」
ダンの手首を見れば、結界器が2つとも壊れていた。手加減したのに、これは反則負けなのだろうか。
腕の接合部が、エリアスの手で淡い光を放つ。
「ふむ。威力があり過ぎるようだな。勝負は、レンダルク家門の勝ちとする」
「わかりました。ダン、大丈夫?」
「ああ。なんて威力だよ。糞っ」
レイナに手を借りて立ち上がると、そのまま元きた場所へ戻っていく。
「勝者、レンダルク家ユークリウッド、エリアス組」
観客は、静まり却っている。白けてしまったのだろう。そして、
「ふざけんなーっ。俺の金を返しやがれっ」「ざっけんな、こらー!!!」
瓶が投げ込まれる。障壁は、どこへ行ったのか。
怒号が飛び交い。ポップコーンか白いお菓子が投げ込まれて、会場が罵声に満ちていく。
「んあー。雑魚だったなー。しっかし、相手の防御を貫通するってどういう事よ」
結界器を返却した後。一礼して、退出する。
そんな事は、知らない。相手に何もさせないのが、いいに決まっている。
パターンとしては、ダンが接近して火魔術を放ってレイナが水球なりで援護すれば非常に苦しい展開になったかもしれなかった。
「ま、相手が弱くて助かったぜ」
「次は、エリアスだけでも倒せそうじゃないかな」
「ばっか。これは、どうもタッグマッチみたいだから片方がやられたら負けっぽいぜ」
なんともはや。説明がないので、そんな事はわからないではないか。
入れ違いに金髪を分けた貴公子が、メイドを連れていく。
「次の相手は、どいつなのかわからないのがネックだね」
「だなー。中継くらいやってくれてもいいのになー。相手の知識があったら、対策だって立てられるっての。でも、それだと手の内がばれちゃうからなー。難しいぜ」
この調子だと、午前中に決着が付いてしまうのではないか。
貴公子が戻ってくるのに、15分ほど。順を追って、試合が消化されていく。
控室の人間が、減っていった。
「結界器は、あれで限界なのかな」
「まさかー。多分、子供用にしていたんだと思う。でなきゃ、一撃で破壊されるとか普通じゃねえもん。次は、普通に戦っても大丈夫なんじゃねーの」
心配で仕方がない。サンダーを撃ったら、相手が感電死しましたとか。冗談のような。
雷は、ほぼ光速なので見て避けるとかできないのだ。
「本当に大丈夫なのかな」
「次の相手が、オデットたちだったらどうする? 大丈夫だよな」
それは、やばい。エリアスが狙われるだろう。ひょっとして、セリアに言われて参加したのかもしれない。
「レンダルク家のユークリウッドさまーエリアスさまー。出番でございます」
こちら側が少ない気がする。すると、どうなるのだろうか。
「よっしゃ。やろうぜ」
本をインベントリにしまうエリアスは、立ち上がって先行する。
真っ直ぐいって、すぐ曲がれば会場だ。『遠見』で見ている術者も居そうな気がする。
細い通路が、伸びていて舞台に立つと引っ込んでいく。
「今回は、ストッパー用を特別製にしております。会場のシールドクラスなのでご安心ください」
女性の職員が、腕に取り付ける。これが、魔力封じだったらまた面白い。
肉弾戦で、戦うしかないのも一興だ。だが、魔力を封じられている感じはしない。
「青、アルヴァンテ家門リチャード、カァナ。赤、レンダルク家門ユークリウッド、エリアス。用意は、よろしいな?」
相手は、金髪をオールバックにした少年と丸メガネをした少女だ。栗毛で三つ編みの上に小さな帽子を被っている。良いのだろうか。横を見れば、エリアスも頷き、
「それでは、始めっ」
1回戦の時と同じ男の合図で、手が振り下ろされる。相手は、どうでるのだろうか。
牽制で、今一度風の刃を飛ばす。すると、丸メガネの少女が杖を光らせて土壁を出してきた。
エリアスの水銀が、伸びていく。
「そんな物っ」
リチャードが、杖で地面を叩けば地面から赤い物体が飛び出してくる。溶岩か。
水銀を溶かしてしまおうというのだろう。『水球』を投げつけると、同時に飛び上がる。
「浮遊だと?」
リチャードは、手をクイッと上に上げる。危ない。足元から、溶岩が吹き出してきた。
オーバーキルな威力ではないだろうか。地面系の家門なのか。それならそれで、やりようがある。
エリアスも、空中へと逃れていた。というか逃れていなかったら、尻叩きの刑だ。
「水瓶よ。満たせ。湧き出るは、清流なる山水。その水は、太威もて大河の如く流出せよ。泰山瀑布」
中空から、ほどほどの水を流す。といっても、必殺のコンボだ。
電撃から逃げられるだろうか。どうか、逃げおおせてほしい。土の魔術師さん。
「こら、そいつは」
赤く丸い物体を上空へと飛ばしてくる。水から離れながら避けて。
土壁を同時に展開していく。壁があっては観客から見えなくなるのが難点だが、水でもって相手に土の術を使わせないようにするのだ。
すると、土の魔術師2人は同じように『浮遊』してきた。判断は、いいが。カァナの方が、鈍い動きだ。サンダーを見舞うと、三つ編みをした少女が赤く光って墜落していく。
「それまでっ。勝者、レンダルク家」
土壁の上に乗っている男は、冷静に手をかざす。観客側からでは、何が起きているのかわからなかったのか。
「今のは、どうなったんだよ」「また、有力候補が負けたぞ」「ひょっとして、やっぱりレンダルク家のお嬢ちゃんの方が強いってことか?」
なんて、声が聞こえてくる。見た目、子供だしね。賭け率も、ぐっとユウタたちが上なのだろう。
賭けに参加しておくべきだった。そうしたら、ボロ儲けではなかったか。
勿体無い事をした。
「君は、一体、何者だ。ユークリウッド・アルブレストなんて魔術師を聞いた事がない」
リチャードが、話しかけてきた。カァナを抱えたままだ。
「しがない魔術師ですよ。何処にでもいる」
「はっ」
悔しいのか。一瞬、顔を歪めて反対側へと歩いていく。溶岩の術は、やばかった。
飲まれたら、死んでいたのではないか。惜しむらくは、それだけというような。
リチャードは、背を向けたまま。
「そう、か。まだ、死んでいない。また、再戦するチャンスもある。その時には、もっと腕を磨いておく。ああ、世の中は広いんだな。1つの術だけで、勝てるほど甘くなかったかあ」
そうして、2回戦が終わってしまった。溶岩を乱れ撃ちしてくるのは、脅威だったが下から撃つのだ。
スピードが減殺されて、しかも観客の事を考えたのだろう。手加減していたような気がする。
全力で戦ってみたいものだ。
やはり、上を取った方が有利ではないだろうか。相手が、風を使う魔術師ではなければ。
「よっしゃあ。残り8組だからー、あと3戦だぜ。これなら、余裕だなっ」
「そうなんだね」
魔術王の弟子とか何処へ行ってしまったのだろう。午前中で決勝戦まで終わってしまいそうだ。
もっと余裕を持ってやっても良い気がする。
「なんか駆け足で進んでいるけどさ。長く戦ったりしないんだね」
「そりゃあ、だって子供だぜ? 少年の部だってあるけど、危ねえからなー。んな剣士みたいに長引いたりしねーもんよ」
剣だと睨み合いが続いたりするものだ。実力が伯仲しているとか。でも、この世界だとどうなのだろう。
下がっていくと、一礼して退出する。舞台が溶岩で無茶苦茶になっているが、土の魔術で綺麗になるようだ。会場から通路へ移って、廊下を歩く。すれ違いで、貴公子が目を見開いた。
そんなに、驚きだったのだろうか。
「いやー。溶岩だしてきたのには、焦ったなー。あれ、想定してた?」
「なわけないよ。いつだって、魔術師ってびっくり箱じゃない」
中には、星空から星を降らせる魔術師だっているだろう。それが、速いか遅いかで。
控室には、3組の男女がいる。どうやって、分配しているのかしれないが。青と赤で分けているようだ。
オデットたちは、勝ち残っているのかな。皆、年若そうだ。13歳は越えて居無さそうである。
という事は、下は6歳くらいからなのだろうか。
小さな子は、居なくなってしまっているけれど。
「んー。勝ち抜き表でも見れればいいのになあ。不親切だぜ」
1戦辺りの時間が短い。昼飯無しで決勝まで突っ走ってしまうのだろうか。
見事な縦ロールをしたお嬢様然とした少女と下僕といったコンビ。
ローブで顔を見せないように座っている男女。まだ細い体に不似合いな杖を持つ短髪少年少女。
この子たちとは、当たらないのだろうか。
「水銀、だしっぱにできりゃ良いんだけどなー。出すまでに時間がかかって、出した瞬間を狙われかねねえ。あと、やっぱ上を取るのが基本ぽい」
地面に足を付いているのは、不利だろう。なら、空を飛んでいた方がいい。エリアスも、次はと箒を手にしている。そういえば、サイコキネシスとかどうなるのだろう。念動力の類は、魔術に入るのだろうか。
「レンダルク家ユークリウッドさまー。エリアスさまー。出番でございます」
出番のようだ。貴公子は、戻ってこない。負けたのか。
「さっ、さくっとやって飯にしようぜ」
朝飯もまだなのだ。飯が足りないと、イライラしてくる。
舞台の袖では、入り口が回転していた。ゆっくりと伸びていって、整った四角い石の縁に立つ。
前へ進むと。相手は、黒髪の少年に金髪の女の子だ。
まさか、転生者じゃないよね。
「青、ギルバルド家門ゼクス、ファム。赤、レンダルク家門ユークリウッド、エリアス。用意は、よろしいか」
腕には、しっかりと結界器をはめている。異常は、ないようだ。
どういう術を使うのか。ゼクスもファムも杖を手にしている。ただ、手甲が大きい。
それが、気になる点だろう。
わくわくさせて欲しい。それだけが、頼みだ。だんだん、手加減して負けてもいいかななんて思い出している。いけない兆候だ。
「両組、位置について」
魔力は、十分。できるだけ、長く持って欲しい。それだけ、力を試せるという事だから。
一礼をした後、
「それでは、始めっ」
魔力か。風が、吹いてきた。




