289話 魔術大会前●(テッド、アリエス、ラムサス、ダン、レイナ)
空は、曇天。『暴雨瞬雷』を行使した魔術の影響で、霰が降っていた。
ゴブリンたちの姿は、南東へと続いている。
上から魔術で掃射しているだけで、戦いは終わりそうだ。
「師匠、魔術を教えてください!」
また妙な事を。ザビーネは、馬を寄せてきて言う。下には、動かなくなったゴブリンと逃げ惑うゴブリンがいる。
南東には、町がある。そちらへ行かれては、損害を被るだろう。
「ジョブを増やすのはカンストしてからがいいと思うよ」
まあ、悪くないけれど。他の人間は、どれもこれも上がらないらしいし。取った職が、どんどん上がっていくのもチートだろう。倍率補正は、『冒険者』が持つ。『冒険家』になれば、もっといいモノがあるし。
「ですが、その、遠隔魔術はずるいと思います。私は、何もできない」
その通りだろう。しかし、別に悔しがる必要もないと思う。むしろ、こういう人間が新鮮だった。
「剣撃があるじゃない。極めれば、山を斬る事だってできるって」
「そう、でしょうか」
その前に、空を駆けるくらいできないといけないし。ザビーネの先は、長そうだ。
今は、剣士でしかない。拓也よりはずっと腕が立つだろう。しかし、ロシナ、アドルと比べれば頼りない。
ゴブリンの列は、南東の町まで続いているようだ。追っていくと、町の前に黒い塊が見えてくる。
「軍勢のようです」
「そのようだね」
降りて戦う必要性を感じない。常時発動させている『盾』『防壁』があるし。空へ上がってくるゴブリンもいないようだ。
小手調べに、赤い光を放てば爆発とともに土煙に飲まれた。町の壁に取り付いている大きな人型がいる。
「ザビーネは、町の壁に取り付いている人型をどうにかしてほしい」
「お任せ下さい!」
壁に魔術を放つ訳にはいかない。『火線』は遠距離攻撃手段として便利な術であるけれど、壁の上にいる味方を巻き込む。味方と接近した場合、使い勝手が今一だ。
雪に火線を当てると、水蒸気爆発が起きる。それを見越して放てば、ゴブリンたちは何が起きているのかもわかっていないように消し飛んでいく。
壁に取り付いているゴブリンの兵を駆除すれば、掃除も完了だろう。
ザビーネが、巨人を倒している反対側へと向かう。『雷光剣』を手に灯すと。青白い光が、緑色をした巨人の身体を裂く。電撃無効とかいう事はなさそうだ。
1面だけを攻撃されているのだろうか。
ゆったりと、町の上を飛べば町の中では空を指さしているようだ。鳥馬を飼っていないのかもしれない。
空中戦力がいないのが不思議だ。7年後には、それらが揃っているのに。勇者たちの成果なのかもしれない。なぜか、戦う羽目になっていた。
理由もわからず、国の命令で殺し合うというのは恐ろしいものだ。理由を調べておく必要があるだろう。
以前は、言われるがままに殺戮兵器とかしていた。今は、時間があるのだ。何も、殺し合う必要なく話し合いで解決できるならそっちの方がいい。
巨人さえ、どうにかできれば後はなんとかなりそうだ。鳥馬からゴブリンと斬り合っている兵士に近寄って、拳の一撃を見舞う。後ろからつんのめって、兵士の一撃が首を落とした。
若い兵士だ。
「君は、一体何ものだ? どこから来た? 味方なのか」
「ミッドガルドのもので、ゴブリンを見かけまして。一応、味方のはずです」
「その鳥は、空を飛べるのだな。私は、テッド。この町を守る兵士だ。協力してくれるのだな?」
テッドの脇には、うつぶせに倒れている兵士が見える。頭から白い物が見えるので、手遅れだろう。
「ええ」
「では、頼む。門の…」
男が指差すところは、門に丸太を括りつけた戦車が走るところだ。本隊が、爆発しても攻撃している。
鳥馬に乗って、『火線』を放つ。丸太が爆発して、それを持っていたゴブリンたちもまた四散した。
門が開いて、馬に乗った兵士が駆け出してくる。
状況が、変わったと見たのだろう。ここまでくれば、手出し無用か。
低空飛行で、ゴブリンに襲いかかっているザビーネは嬉々とした表情だ。
鳥馬を寄せるよりも、
『そろそろ帰ろうか』
『もう、ですか』
不満そうだ。
雑魚刈りになってしまっているのは、否めない。が、兵士に任せていればいくらでも被害が出ただろう。
それでは、困る。勲功は、残った兵士に。
『おい』
エリアスの念が、割り込んできた。
『どうしたの』
『そろそろ、時間なんだけど? 俺が迎えにいったら、いねーってどういう了見だよ。あ?』
あ? じゃねーよ。ひん剥くぞ。お尻ぺんぺんではすまないよ?
『今、戻るから』
空中でも、転移門は可能だ。複数の術を行使する必要があるけれど。まず、ザビーネに浮遊の術をかけて維持しながら鳥馬をインベントリに収納して。それから、転移門を開いて家へと帰還する。
玄関に、黒い三角帽子をかぶった女の子が立っていた。そして、脇には見知らぬ女の子が立っている。
おかっぱに、金髪でカチューシャをしているがフィナルではない。髪の毛が短い。
「はっ。こいつが、ユーウだぜ。こっちは妹のアリエスってんだ。よろしくな」
陽気にいう魔女っ娘に対して、アリエスはにこにことした表情でいる。けれど、違和感がある。
この違和感は、なんなのだろう。嫉妬か殺気か。
首筋に、ちりちりとした熱を感じるほどだ。
「よろしく」
「噂は、聞いてます。姉さんの婚約者候補なんだとか」
仲良くする気は、ありません。なんて、言いそうな感じだ。残念な事である。
「でさ。あ、そろそろ行くか」
戦闘の余韻もそっちのけで、飯もそっちのけ。エリアスがアリエスを連れて、転移門に入る。
玄関から、ルドラが出てくると桜火が弁当箱を渡す。ルドラもついてくる気のようだ。
3匹の姿がない。シャルロッテの玩具になっているのかも。
出た先は、魔術師ギルドだった。中へ入るべく足を進めると、アリエスの足が伸びてくる。
引っ掛けようというのか。
そのまま歩くと、足が当たって涙を浮かべている。
「痛っ」
「もー、変な事をしたら駄目だろっ。足が折れちまうぞ」
「ねーさん、この人がっ」
「見てたし。お前が、足を引っ掛けようなんてしなきゃそんなことならなかったし。見せてみ。なんともないじゃん。これに懲りたら、妙な事は止めろよな。俺が、とばっちり受けるんだから」
わかってんじゃん。仲良さげなのに、アリエスによって家を追い出されそうになっている。
真っ直ぐに、入口から入って受付へと向かう。
「でもですね。この方と婚約するのですか? 本当に」
「はー。んなのわかんねーじゃん。セリアとかフィナルと殺し合いなんてぞっとするわ。速攻で、脱落よ」
だろうね。しかも、本人は乗り気ではないみたいだし。寝取られというよりも、無理ゲーというような感じみたいだ。
受付に並ぶと。ラムサス爺が、普通によってきた。ユウタには、厳しい眼光で。
エリアスとアリエスには、相好を崩してどこにでもいる爺さんになった。
「おお、エリアスにアリエスや。よう来たのお。本選が始まるようじゃよ。はよう、並ぶのじゃ」
「受付してからな。爺ちゃん、一回戦の相手が誰だか知ってんじゃないのかよ」
途端に、ラムサスは難しい顔になって笑顔を浮かべる。
「ふむ。知っておっても喋れんのでな。それは、可愛い孫なので喋ってしまいたくなるの。じゃが、抽選じゃ。儂にも、未来はおぼろげにしか見えぬ」
ほう。普通の対応だった。漏らしそうになると思ったが、意外である。
「そっかー。ま、行こうぜ。アリエスは、また後でなー」
「はい。姉さんも頑張ってください」
しかし、ぼそっと「負けたら、殺す」なんて言うのは止めて欲しい。爺と揃ってキチガイなのか。
「まー、あいつの事を悪く思わないでくれよな。俺たちが、負けたら次の婚約者候補はあいつなんだからよ」
すごいやる気が沸いてきた。あんな女と一緒にいられない。一時間もいたら、頭がおかしくなるか。
はたまたレイパーになってしまうだろう。なったら、地獄行き確定だが本気でそう思うくらい嫌われていそうだ。
ツンデレとか勘弁して欲しいものだ。かといって、フィナルのように泥沼なのも勘弁して欲しい。
整列していると、ブロックごとに抽選が行われるようだ。一回戦の相手は、誰なのだろうか。
気になるところだ。見ていると、クジ引きのよう。
「実力で、シードとかあるのかな」
「んなもん、こいつにないぜ。たまーにすげーとこの弟子が混ざっててて配慮するってのはあるだろうけど」
「殺し合いなんだよね?」
「んや。そう思われがちだけど、実際には魔力が尽きた方が負けを認める感じだぜ」
撃ち合いだなんて、興味もわかない。丁々発止だなんて、時間の無駄だ。
殺し合いだと思っていたのに。これでは、手加減した攻撃しかできないではないか。
ユウタの攻撃は、基本的にオーバーキルで相手を即死させるものが多い。
であるなら、手段が限られてくる。
どんどん読み上げられて行って、やがて順番が回ってきた。空いているパネルは、どれもシードではない。
自信満々で、エリアスがクジを引いた。そして、難しい顔で帰ってくる。
「どうしたの」
「やべえ」
何が、やばいのだろうか。周囲を見れば、オデットが手を振っている。残ったようだ。
パネルでは、正反対の場所だ。幸いな事に。セリアやフィナルの名前は、ない。
てっきり妨害してくるとばかり思っていたが。
「何が、どうやばいのさ」
「優勝候補だ。相手、オッズが一番たけーやつだぜ。まいったなーダン、レイナのペアかよ」
わくわくしてきた。そんな強敵なら、地面を這わせてくれるかもしれない。
オークと戦っていた頃より、ゴブリンと接敵した時のようなぎりぎり感を感じ取れるだろうか。
もう、ずっとピンチになっていない気がする。
「なんか、楽しみにしてねえ?」
控え室へと歩いていく。全体で、64名32組ほどに絞られたようだ。
ペアになっている意味がわからないが。
「あー。そりゃね。どんな力を見せてくれるのかね。楽しみじゃない」
邪眼だとか邪視だとか。見ただけで相手を殺すなんていう魔眼を持っている相手がいるかもしれない。
「お前は、いいよなー。別に、家を追い出される訳じゃねーし。俺、家なし子になっちまうんだぜ? そこんとこわかって欲しいわー」
わかんないよ。追い出されるって、そんなにも重要なのだろうか。魔術師の家に、事情というものは付き物だというが。
控え室には、飲み物も置いてあるが誰も手をつけないようだ。下剤など入っていては大変だからか。
移動するに、場所は集合場所になっていたところに近い。
普段は、ここで修行をしているのだろうか。A側とB側で分かれているようだ。
「ところで、相手がどんな術を使ってくるとかわかっているの?」
「知らないぜ。情報収集したりするけどさ。相手がどんな術を用意してくるなんて、土壇場にならねえとわかんねーもんじゃん。ただ、家門によって得意な系統とかあるけどな」
敵の情報くらい収集して欲しいものだが、残った相手すら昨日決まったような感じなのだろう。
対策を打とうにも、今日練るのは難しい。もっと、時間をかけてもいい気がするのだが。
視線を感じる。
見ているのは、貴公子然とした少年だ。金髪を真ん中で分けている。隣には、メイド服を着た少女だ。
「知り合い?」
「んあ? あ、あー。一応、婚約者候補だったかなー。でも、歳が離れてるじゃん。俺は、自分以上じゃねーと認めねーよ」
なるほどね。でも、相手はそう思うかどうかわからないものだ。これが、寝取られなのか。フラグが立っていそうだ。ルドラとザビーネは応援席なのだろう。控え室には、パートナーしか入れないようである。
「レンダルクさまーアルブレストさまー。出番でございます」
「おー。ま、当たって砕けろだぜ」
細かい事を気にしない彼女らしい。案内されるようにして、通路を歩いていく。




