287話 アルーシュは、煽る●(セリアアイコン)
出た場所は、敵の姿が見えない。永続光を灯すが、明るい光に敵影は無し。
黒っぽい沼は、ぼこぼこと泡を立てている。毒の沼に見えるが、
「さっそく、浄化しておけ。臭くてかなわん」
「仰せのままに」
沼に、『水』を放つ。と、同時に『聖化』を使って聖水へとするのだ。
沼の異常が、魔物であるにせよ環境であるにせよ効果があるはず。
果たして、沼を割って出てきたのは巨大な頭だ。
「でりゃあああっ」
裂帛の気合を込めて、ザビーネが頭へ切りかかれば胴体が衝撃で吹っ飛んでいく。
胴を攻撃したのは、セリアで活断された頭が沼に落ちていった。それと同じように落ちるザビーネに『浮遊』をかける。スキルだと一瞬だ。魔術だと、若干のタイムラグがある。魔方陣を出して、発動するからで。
「なかなかやりますわね。でも、空を飛べないようでは三下からやり直すべきではないのかしら」
フィナルが、けったいな事をいう。人事だから、他人の内心を鑑みないのか。
「お前だって、最初は飛べなかっただろうに。しかも、お荷物だったではないか」
「それは、昔の話でしてよ」
セリアと突っかかるようにして話すフィナルは、焦ったような感じがする。いや、実際、焦っているのだろう。何に? を自問すれば、色々なものが浮かび上がる。着地したザビーネはといえば、硬直したままだ。色々と。
「沼は、ああ。大蛇の類か。沼を毒していたのだな」
沼の色が変わっていく。魔物に汚染されていたのか。黒から透明へと移り変わっていく。地面には、白い雪が積もっていて凍りつきそうなくらいに寒い。
先を越されたのかな。入り口に魔物の姿が見えない。ひょっとすると、蛇に食われるせいかもしれないが。
「よし。これで、中へと入れるな」
アルーシュが、前へ出る。
石を積んで作られた建物は、いまにも崩れ落ちそうな感じだ。年代はわからないが、古い建物のような気がする。
「アル様、先行しては危険です」
「ふふん。何を怯えているのだ。前進、制圧あるのみだ。進むぞ」
どこの聖帝さまだろう。
中に何が居るとも知れないのに、王子が先陣を切って扉を開けて滑りこむ。セリアが、後を負った。
続くのは、ザビーネとフィナルだ。階段だ。
ルドラは、ユウタを見て。
「あいつは、ひょっとして」
何か危険な発言をしそうだ。口の前で人指を立てる。
「む。そういう事か」
恐ろしく察しがいいらしい。魔物の姿は、見えない。綺麗になった池と雪が積もる森があった。
扉をくぐれば、灯りが必要だ。開ければ、カビ臭い。中の空気を入れ替える必要があるだろう。
恐ろしい事に、どうもカタコンベのようだ。土葬していて、ゾンビで溢れかえっている様子。
炎で、燃やし尽くすしかない。階段を降りて通路を通る。
「中は、死体置き場か」
アルーシュが、通路から広間へと張り切って火葬している。炎を帯びた剣を手に、熱くもないのか群がってくる死体を相手取っていた。
前衛がアルーシュとセリアでは、まずやることがない。その後ろに、フィナルがいて浄化の手助けをしているのだ。
「ここは、結構離れているのにね。墓地だったんだろうなあ」
「カビ臭いですわ。さっさと進みましょう」
ザビーネも加わって、地面には死体の残骸が転がる。なんてことはない相手だ。
「うん」
「ところで、エリアスとはどのようなところへ行かれたのですか」
知りたいのか。知ってどうするという気もするが。
「なんだか、まとまりがない迷宮だったよ。ベイグランドっていう場所から行ける迷宮だったんだけどね」
「ベイグランド。聞いた事のない迷宮ですわね」
そりゃあ、そうだろう。最近発見されたみたいな事を言っていたし。しかし、難易度が高かった。
普通の冒険者では、途中で脱落してしまうだろうに。ましてや、魔術師。外へ、出ない人間も多そうである。
「ま、終わった迷宮だしね。もう行くことないだろうけど」
「そうですの。でしたら、明日は本戦という事ですわね。応援にいきますわ」
蕾が咲くような笑顔だ。にこにことして、機嫌がいいらしい。
が、それも怪しい。攻略できた人間が、1組だとすればどういう事になるのか。トーナメント方式なのか。それすら、わかっていないのだ。サプライズで、他の予選上がりと決闘方式とかされれば涙目である。
ないよね?
「こらっ。お前ら、さぼってないで援護しろ。そこの竜種もだ」
話をしていたら、アルーシュがお叱りの言葉を飛ばしてきた。といっても、やることないよ。
フィナルと顔を見合わせて、苦笑した。
アルーシュは、一面を炎の海にしたりするのだ。戦うよりも、味方の方が危険だった。
奥に進むにつれて、大型の魔物がちらほらと出てくるのだが。
セリアが殴って死体に変わるかザビーネとアルーシュの斬撃で細かく斬られるかだった。
真っすぐ行って、すぐ階段。分かれている道を『風流』で探知して、奥へと進む。
5つに分かれていると、やはり風系の魔術は便利だ。
「あなた、寒くはないのかしら」
フィナルは、ルドラを見て言う。ルドラは、薄着というか。胸を覆う服と薄い腰布といった風体。
「問題ない。我に、寒さなど感じぬ。むしろ、心地いいくらいだ」
長身の竜人は、すたすた歩いていく。
「薄着よね。ちゃんとした服を見繕って上げましょう」
「いらぬと言っている」
そんな事で、構うのを止めるフィナルではない。彼女、かなりお節介焼きだったりするのだ。
まあ、それが表面上のものだとしても。
アルーシュが、すぐに飽きたようだ。弱い相手だと、すぐに戻って板に座りたがる。
インベントリから、板を出して椅子を用意すると。
「うむ。カビ臭いし、カタコンベタイプの迷宮はパスしたいところだな」
なんとも贅沢な事をいう。紅茶を注いだカップを置くと。
「あの、ザビーネとか言ったか。羊人は、いつまでパーティーにいれて置く気だ? そろそろ、距離を取るように」
何が、気に食わないのか。そんな事を言い出した。
「はあ」
「全く、油断も隙もないやつだ。ん、いや、待てよ」
なんだか、嫌な予感がする。最近のアルーシュは、良くわからない。昔は、毎日のようにユーウと決闘をしていたものだったのに。
「ザビーネの奴は、部下なのだな?」
「いや、仲間でしょう」
どうも、勘違いしていないだろうか。何かにつけて、女の子を性奴隷だのという基地外王子である。
「仲間とは、対等な者の事を言う。師匠とか言っているではないか」
師匠じゃない。弟子をとってもいない。
「師匠って、柄じゃないですよ。剣だって、教えていません」
教えられるようなものは、ない。せいぜい、なんちゃって剣道くらいだ。しかも、戦場を経る度に我流になっている気がする。魔術ぶっぱが使えない時とか、そういう必要がある局面だけだ。更に言うと、ひょぉうと叫べば相手がばらばらになるテレビを見たせいでもないのに手刀で斬れるようになってしまった。
「ふむ。それよりも、アルと言えというのに頑固な奴だ」
聞こえないふりをしよう。背中が寒くなるし。見た目に騙されてはいけない。
「それは、そうと。コーボルトの方はよろしいのですか」
アルーシュが、膝を抓ってきた。痛い。ローブに爪立ってるよ。普通の皮膚なんで、つねられたら相応に痛いんですけど。
「良いと言っている。所詮、他国だしな。それほどに、資本を投下したりしないものだ。つまり、ウォルフガルドに梃子入れしすぎるなよ」
「しかし」
セリアに頼まれているのだ。おいそれと、手が抜けるものでもない。魔王も狙ってくるし。魔族だって暴れまわって、復興しないといけないのだ。人口は、半減して泣きっ面に鉢である。蜂どころでない。
顔面がぐしゃっと行ってしまっているくらいダメージを受けていると見ている。
「あくまでも、本国を優先しろ。これは、命令だ」
「は」
なんてね。納得してないからね。無駄だっつーの。
「その上で、余分を回すのは止む得まい。だが、どうも見ていれば際限ない資本投下をしているようだからな。気になるではないか」
何が気になるのだろう。
また、おかわりの紅茶を求めてきた。腹いっぱいまで紅茶を飲むのだ。途中で、小便したくなるまでが目に見えるようである。
余裕すぎる戦いに、緊張感も糞もない。煮えたぎるような灼熱を感じなくなったのは、いつだっただろう。ユーウも、最初の頃は焦っていた。だというのに、襲い掛かってくる敵が居なかったせいか。順調に伸ばしていった職がほとんどの脅威を台無しにしている。
果たして、強くなるという事は良い事だったのだろうか。未だに、強敵がセリアとアルたちだけという。
ひょっとしたら、魔術師ギルドに隠れた強敵がいるのではないか。期待しているのだ。
「わかりました。気をつけておきます」
「うむ。これからも、頼りにしているぞ」
頼りにされて悪い気は、しない。しかし、なんといっていいのか。結局は、上から下である。
金を持っている貴族は、強い。商人が、ああだこうだと言ってみたところで徴税権を持っているのだ。
そして、王族ときたらその上前をはねていく。
迷宮では、誰もが平等である。彼女も、またそれを知る時が来るのだろうか。
「ん、どうした」
「いえ。それよりも、階段のようです」
奥に進めば、広間。そこに居たであろう大きな身体をした人型が地に伏せている。身体には、足がなく頭が割られている。セリアとザビーネの仕業だろう。フィナルは、何もしていないようだ。顔の前に、口元を隠す布をつけてフードを被っている。
セリアは、すいすい進んでします。まるで、出番がない。
「奴め、寒くなってきたから急いでいるのか?」
どうなんだろう。急ぐような時間ではないが、今日は早めに風呂へ入って寝ておきたい。
寝不足で負けましたとかいうのは、ちょっとねえ。
「3階もそんなに広くないようですね。ただ、降りた先に固まっているようです」
『風流』で、だいたい数がわかる。風の魔術が使えないと火も使えない。使いすぎれば、酸欠で死ぬのではないか。試してみた事はないが。
「ほう。楽しませてくれるといいのだがな」
アルーシュは、頬杖を付きながら口角を上げる。
ルドラは、戦う気が無いらしい。アルーシュの隣で、胸を強調するように歩いている。前を見ればザビーネとセリアが、動く死体と骨兵を始末していく。大きな人型は、猿人間だったのか。骨格では、判別しずらい。頭に眼窩が3つとかいうのなら、わかるのだけれど。
「もう少し、骨のある場所が良かったがな。任務では仕方がないか。まだ、他のところを回る時間は、あーないのか」
時計を見れば、7時を回るところだ。家では、ご飯も終わってくつろいでいるところだろうし。
5時6時には、ご飯になる。7時というのは、遅い。
「大会がなければ良かったのですが」
「ふむ。私も、見に行くとするか。ん、明日は駄目か」
よかった。アルトリウスの番なのかもしれないが、助かった。アルーシュが来て乱入したら、大会とかぶち壊しもいいところである。
「残念だ。優勝すれば、賞金が出るそうだしな。エリアスが、どこぞの男にとられるのも面白くあるまい。応援しているぞ?」
どこぞの男に取られる。それを聞いた瞬間、目の前から地面が消えたような。そんな気分になった。
なんで、そんな衝撃を受けているのかわからないが。確かに、足から力が抜けてきたのだ。
「くっ、ふっふっふ。せいぜい、あがく事だ。エリアスの祖父は、それなりの術者。そして、かの大会には魔術王の門下も参戦しているとか。気になるところではある」
魔術王。そんなの初めて聞きました。凄そうですね。ええ。
「そう、怖気づく事もあるまい。お前もそれなりの魔術が使えるのだ。びびっていては、勝てる戦いも勝てなくなるぞ」
これは、励ましてくれているのだろうか。それとも、煽っているのだろうか。わからなくなってくる。
「なんとか、上位に食いつきたいですね」
「我の風を退けるほどの相手が、いるのは興味深いな」
茶々をいれないで欲しい。ルドラは、見下ろしてくるし。さらに、もう一杯の紅茶を飲むと。
奥にいた棍棒を振り回す巨人の足が、破裂する。
狼神拳穿ち。
ただ殴っているように見えるが、体内に伝わった振動が骨と肉を破壊する。
その奥には、何もない。ただの死体置き場だったようだ。フィナルが、浄化で忙しく動いている。
地下3階で終わりか。
「ま、魔術王の弟子如きに負けるようでは職が泣くなぁ?」
「ははっ」
「お前、こういうときは五月蝿え馬鹿野郎くらい言う気概が欲しいぞ」
まったく。励ましているのか、煽っているのか。しかも、言ったら言ったで泣き真似をするのだ。
どういう事だよ。そして、寒い。3匹は出てくる気配がなかった。




