286話 フィナルとセリアの関係● (集合挿絵有り)
さて、どうするかね。ユウタは考える。
既に、日が落ちているし。会議室から出ると、すぐにザビーネとルドラが待ち構えていた。
「師匠。私たちも同席したかったのですがっ」
顔を寄せてきて言うが、無理だろうに。羊人族で、獣人で女だし。
騎士ですらないので、城に入っているだけでも信用が減っていきそうだ。
ハイデルベルでも、獣人は少ないように思える。
「ん、と。うちに就職すると、入れるようになるかもしれないけどさ。現状じゃ、客人扱いだよ。入れないのも無理ないと思う。ほら、想像してよ。族長会議とかで、下っ端がそこへ参加できるかって」
「うっ」
納得するだろうか。しないと、困る。階段を下りていき、詰所へ差し掛かる場所では奇異の目が降り注ぐ。貴族たちだ。男が総じて多い。衛兵の数も。
「で、どうすんだよ。まさか、このまま攻略に向かうんじゃねーよな」
後ろを歩くのは、エリアスとルドラ。隣に、ザビーネだ。
「どうしようかなー。でも、負けるのはしゃくに障るし。ご飯を食べてから向かうとしよう」
「どこで、食うんだよ。まさか、また冒険者ギルドとか?」
「それいいね。ラトスクとハイデルベルのどっちかで、現状を鑑みつつ戦略を練ろうかと思うんだよ」
「ふーん。ウォルフガルドも魔物が蔓延ってるしなあ。ハイデルベルといい大変だぜ。俺、錬金術師ギルドでメリアの奴と打ち合わせしたり用事あるからさ。また、明日な」
これである。散々、付き合ったというのにぽいっと捨てられる気分だ。エリアスは、正門の方へと移動していく。こそこそ転移するつもりもないらしい。邪魔してやろうかという気分にもなる。
しないけどさ。
「師匠。さっそく、ご飯にしましょう」
ザビーネは、お腹を押さえて言う。ルドラは、何とも無いようだ。腹は、減らない体質なのだろうか。
「わかったよ」
右に曲がって、それから左に。廊下を歩いていると、やはり珍しいモノを見る目だ。
呼び止められないのは、幸いだろう。案内してくれたメイドは、見つからない。
貴族の対応で、忙しいのかも。
出入り口の衛兵と会釈をして通り過ぎる。
「待たれよ。君」
「はい、私に何かようですか」
訝しまれたのかな。顎に手を添えている。
「君が、アルブレスト卿で間違いないのでしょうか。念のため、ステータスカードを提示されたい」
どうやら、ステータスカードが運転免許証代わりになるようだ。衛兵も顔を覚えるのに、大変なのだろう。子供だし。差し出すと、頷いて返却してくれた。
そこを通り過ぎても、今度は門番だ。
「師匠。転移魔術で、移動してしまえばいいのではないでしょうか?」
わかってますとも。でもね。こういう魔術もなさそうな国で、転移魔術を使っていたら大変だよ。
外は、雪が降っている。城門も白くなりつつあって、視界が悪い。
「さっさと移動したいけど」
なんだか、違和感がする。門の外か。ざらつくような。『泡の園』を発動させると、壁に何かがいるのを感知した。『気配察知』スキルよりも、高精度な術だ。門の外へと移動して、それを見る。
白い。雪で、目視できない。空が暗くなっているし。灯りをつけても、やはり見えない。
「何か、いるな」
ルドラは、察知したようだ。
「風で、雪を遮れる?」
『浮遊』をザビーネと己にかけて、飛び上がる。何がいるのかわからないし。確認しておこう。
「見に行けばいい」
「ごもっともだね」
果たしていたのは、緑色をした顔の人型だった。壁にへばりつくようにしてよじ登っている。
既に上でごそごそしているゴブリンを投げ落とす。
「捕える必要は、なさそうですね。お任せください」
ザビーネは、おっかなびっくりで動いて着地すると勢いよくゴブリンを血祭りにあげていく。
出番を取られてしまう。壁には、縄が括りつけられていた。尖塔の中にゴブリンがいるかもしれない。
扉は、しまったままだが。
縄を引きちぎると、落下していく。ルドラは、何もしていない。
「手伝って欲しいんだけど」
「断る」
この娘、どうしてくれよう。ひよこを取り出すと、勢い良くゴブリンへ向かって降下していった。
封印が、とんでもなく怖いらしい。
「さ、寒いー」
金色のひよこは、ぷるぷると震えている。
「ごめん」
「焼き肉でいいよ」
見た目は、ひよこなのになんでも食べるのだ。
フードの中は、暖かいのだろうか。結構な厚みだが。毛皮つきにするべきかもしれない。
他の2匹は、暖かそうだが。毛が多いしね。
『泡の園』で中を探知するに、まだ中には入っていないようだ。『隠形』だって、見破れる性能だし。
黒い塊から、セリアが飛びかかってきても頭を捕まえる程度には探知能力と察知能力が高い。
頭を掴むと、ぶら下がった。無抵抗だ。放すと、足元にはフィナルがいた。
どういう状態なのだろう。
「どうしたの」
「いや、こいつがうっとおしくて困っている」
足に縋り付く様は、まるで捨てられる女の子といった様相だ。
フィナルを見れば、稲妻にでも打たれたかのように直立した。口元へ、手を当てながら血まみれになった顔をハンカチで拭いて笑顔を浮かべる。
「あ、あら。ご機嫌よう」
「エリアスは、どうした。あいつと一緒じゃなかったのか」
「用事があるってさ」
「使うだけ使って、ぽい捨てとは図太い奴だな」
お前も、そうだろうが。このわんこ。尻尾、引きぬくぞ。
「2人して、何かようなの」
城壁の下を覗き込むと、ゴブリンが肉片になって飛び散っている。雪でよく見えないが。
「うむ。こちらの用事は、あらかた終わった。ちょっとだけ、遊ぶというわけだ」
フィナルの後ろに現れたのは、盾と剣を背負った幼女だ。
「姉上。よろしいのですか?」
「お前こそ、ウォルフガルドを放っておいていいのか」
なんだか、戦いが始まりそうな雰囲気だ。しかし、セリアはアルーシュに勝てないというか。
戦わないというか。扉は、無理やりザビーネが開けようとしていて頭を叩く。
「で、寒いですわ」
「うん。ちょっと、ゴブリンを始末しているから待ってて」
音を聞きつけたのか。城門上の小屋から兵士が走ってきた。遅すぎる。四角い金属の箱を手に、反対側には槍だ。
「これは、どういった騒ぎでしょう」
「ふむ。ゴブリンが侵入しようとしていたようだ。成敗しておいたから、心配はいらぬ。なに、お前たちの手柄にするが良かろうて。後は、任せてよいか? 周囲の警戒を厳にするのだ」
「はっ」
王子の権力というか迫力に圧倒されたのか。アルーシュの犬になったようだ。ルドラを回収して、転移すると。
ハイデルベルの冒険者ギルドは、人が少ない。外は賑わっているようだ。
席に着くと、料理を注文する。
「まーた施しをしているのか。お前も好きだな」
木の戸が上に上げられて窓から、外が見える。雪が積もっているのに、人が減らない。
施しっていうか。普通に、やらないといけない状態だ。貧しさも極まっているようだしね。
誰かがやらないといけないのに。やる人間がいないのが、不思議だ。
アルーシュは面白くなさそうに、テーブルへ腰掛けている。ご飯を食べるという気分ではないようだ。
「この女は、知り合いなのか」
銀髪の下で、幼女は金眼を鋭くすると。セリアは、ルドラの方を見てから口を開いた。
セリアは、アルーシュの横。その隣にフィナル。ユウタの右に、アルーシュが座り左にザビーネとルドラが座る。
「そうだけど。なんだかんだあって、連れてくる事になったんだよ。迷宮形式の大会なんて、初めて聞いたんだけど」
「雑魚を振るいにかけたのだろ。決闘方式も、面白みがないからな」
というのは、セリアが闘技場で強すぎる為に相手が居なくなっているという。
もう賭けにならない。エターナルなチャンピオンになりつつあるようだ。勝負? 勿論しないよ。
怪我するしね。
「ふむ。竜種なのだろ。竜の叫びは、当然使えるだろう。しかし、DDの配下なのか? 家には、いない奴だな」
アルーシュは、口もとに手を当てて言う。
家にいたら、びっくりだよ。家に住み着いているチビ竜たちも人化してしまうのだろうか。大食いになったら、養いきれない。
「当然だ。封印されていたからな」
2000年くらいだそうです。可哀想に。刑務所に2000年入っていたと想像してください。
酷い仕打ちじゃありませんか。まあ、日本だと3食付きで快適そうですけど。
「ほう。それは」
給仕が持ってきたのは、鉄板に焼かれた肉だった。それに、パンとスープ。
両面は、焼かれている。3匹が目ざとくやってきて、食らいついた。想定の範囲内だ。
「相変わらずだな。DDが呼びつけた訳ではないということか」
「聖上は、人類を殲滅するをお望みだ。我は、その意に反して行動するからな」
「ふむ。居なくては、つまらない。が、増えすぎれば害悪。さじ加減が微妙な種族だからな。一定数を超えれば、自らが霊長の頂に立ったと勘違いする生き物なのだ」
アルーシュもそこはかとなく人類に冷たい。まあ、醜悪なところもあるけどさ。
ルドラの翼がやたら目立っている気がする。羽の生えた人間なんて、いないからだろうか。
冒険者が絡んでくる事はないようだが。隠そうにも、羽を広げそうな感じの子だし。
心臓に悪い。
「ともあれ、敵対しないのならば据え置くという事でよろしいのでは」
「ふぅむ。DDに従わない竜というのは、貴重だしな」
ひよこを見れば、そしらぬ顔だ。下へと皿を下げる。インベントリから、台を取り出しながら。
そこへ乗せると。頭を上げた。テーブルの上には、野菜しか残されていなかった。
スープもパンもない。
「食えない肉ではないな。味付けが薄すぎる」
「ふむ。ギルドの料理人を梃子入れする必要があるのではないか? さしあたっては、迷宮にでも行きたいところだ」
アルーシュは、ちょこちょこと肉を口に含んでいる。素早い。取られないように、ガードしているようでもある。セリアは当然として、フィナルもひよこたちが襲いかかればフォークを突き立てそうだ。だからだろうか。
やるべきなのだ。ひよこに、フォークを。
「まあ、厚みがないのはいただけん。オークでも狩ってくるとしようか」
えー。オークの肉なら、イベントリに入っておりますがな。しかし、今から行く場所にオークがいるのかわからない。先ほどであったのは、ゴブリンだった。何をしに城へやってきたのか。攻撃しにきたようにも見える。
ゴブリンマジシャンが、転移門でも開こうというのか。
持ってくるのが遅い。フィナルが、ナプキンで口元を拭いている。野菜だけを口にいれて、席を立つ。
「あれは、錬金術師が商売でも始めるのか」
アルーシュが示したのは、アルストロメリアが出す店のカウンターだ。彼女は、転移門が使えないらしいので転送器の設置を求めている。
「はあ。こちらでは、魔術師ギルドも小さいようでして。冒険者の育成に関しても口をださないといけないようです」
「ふむ。ほどほどにしておけよ。しっかし、寒いな。転移門で、跳ぶ事はできないのか」
外に出ようとして、コートを更に羽織る。ギルドの中は暖かいけれど、外は冷え冷えだ。
息も白い。
「残念ながら」
「では、『遠見』を使って現地まで繋げ」
わがままな王子さまだ。旅の風情もあったものではない。まあ、吹雪になりつつあるのだ。
しかたがないと言えば、仕方がない。
エリアスよろしく、テーブルの上へ水晶玉を乗せて精神を研ぎ澄ませる。
鷹だか鳥に視点を合わせられれば幸いなのだが。飛んでいくのは、擬似眼球だ。
鳥獣を人形使い系スキルで『人形化』してもいいし。召喚士系スキルで『使役』してもいい。
他の人間といえば、水晶球を覗くだけでその映像が見れるので楽だろうけど。
「西か。近いところか?」
鴉を捕まえて、それにを『使役』する。擬似眼球だと、目が凍り付きそうだからね。
目ががびがびになる感覚を味わっていたいマゾじゃないので。
「スピードがあるな」
鴉は、賢い。スピードだって、他の鳥に負けていないし。オデットが鴉を使うので、避けるようにはしているけどね。
町並を越えて、城壁を越えて。平地を西へ進む。途中、道なりに村があって、煙が上がっている。
畑が広がっているけれど、雪で種でも撒いているのかしれない。
林だ。林を飛び越えていく。道がないようだ。これは、大変だ。普通に進もうと思えば、草を刈って進まないといけないし。林の中では、何があるのかわからないのだ。
「ひょっとして、雪が降れば冒険者は外にでないのか?」
見当たらないから、当たらずとも遠からずかも。すると、禿げ男の声がかかる。
「そいつは、ちょっと違うのでさあ。今は、水汲みがホットなんだよ」
「ほう?」
「アルブレスト様が西の泉を解放してくれたおかげでねえ。新鮮な水が引けるってんで、施設を作ろうとかって話が出てたりするんですわ。なんでも、灌漑? 温泉とか言ってたな」
誰だろうか。なんとなく、話が見えてきたような。温泉に入りたいと思うのは、日本人だろう。
「誰が、言い出した?」
「ここに泊まっているタクヤって奴ですよ。駆け出しにしちゃあ、やる奴ですわ」
と、話が弾んでいる。林は、白い。視界は、雪で悪い。程なくして、沼と小屋が見えてきた。
迷宮なのだろうか。その横には古びた建造物がある。石を積み上げて作ったようだ。
入り口には、何もいない。外の沼が、毒々しいけれど。
「ちょっと、放してくださいまし」
「駄目だ。お前、席を移動しようとしているだろ。自重という言葉は、ないのか」
高速で、フィナルのお腹にセリアの拳がめり込んだ。汚いモノを吐き出して、テーブルに突っ伏す。
「さて、出発だな」
ゲロまみれになったテーブルは、さながら黄色い大陸地図。事も無げにフィナルを肩に背負うと。
「行きましょう、姉上」
「う、うむ。死んでいないだろうな」
「ご心配なく」
しかし、転移門へ入る後ろ姿。股間に変色した跡がある。これは。見なかった事にしよう。




