284話 後ろに乗った代償● (オヴェリア)
「これ、待たんかっ」
風格はあるのに、残念な老人がエリアスへと近寄っていく。
「じいちゃん。なんだよ」
「あ、いや、うむ。良くぞ、無事だった。流石は、儂の孫じゃ。じゃが、このままその子供との婚約を認める訳にはいかん! そもそも、魔導を極めんとする家門に魔導貴族でもないモノが混ざろうなど。なあ、わかっておるのではないか?」
わかっていないようだ。エリアスが、その場で食い止められるならさっさと移動したいところである。
「うー、あっ。ユーウ、本気の魔術を使おうぜ」
何を言っているのだろう。魔力は、すかすかですよ。なんでって、面倒くさいから。
ユーウがやり過ぎて、ろくでもない事に巻き込まれているというのに。
魔術師の世界なんて魑魅魍魎がいるところでしかない。有象無象が寄ってきて大変な事になる。
「エリアスが、どうにかしないと。力は、貸しますけど。どうしたいか。どうなりたいか。というのは、切り拓くのは己の才覚ですよ」
「ぐああぁ、こいつ、真面目な事を言いやがって。どうせ、他人事なんだろーなー。あー、ひでーよ。見捨てられたわー」
なんだろう。この泣き真似。ちらちらと様子を伺っている。対面していたじいさんは、置いてきぼりだ。
「どうしろっていうんですか」
いや、わかってるけどさ。
「じいちゃんが、用意した婚約者候補をぶちのめしていいんだぜ? なっ」
「エリアスや。それは、失礼じゃろ。ここに呼んだ術者たちは、予選を見事に乗り切った者たちばかり。不足は、無いと思うのじゃがのお」
老人は、顎の髭を撫でる。後ろに控えているのは、歳の頃を14から18くらいか。少年たちが並んでいる。
いずれも、容色に優れた貴公子然とした風体だ。さっさと立ち去るのが、正解だろう。
「なら、さー。決勝まで、勝ち残ったのと勝負って事でどうよ」
「ふむ。そこまでこだわるのなら、仕方がないのう。じゃが、勝ち残れるかの? 楽しみじゃわい」
快活に笑う老人は、少年たちを引き連れて去っていった。彼らの目が気になる。
石ころを見るような目だった。そんな風に見られて気分は、良くない。
「おっしゃ、行こうぜ」
「長い」
ルドラは、苛立たしげだ。暴れたりは、しないのね。ひよことは大違いだ。
ラトスクへと転移門を開く。
変わらない場所へと出てきた。灯りがあって、警備兵が立っている。
監視カメラでもあれば、便利なのだろうけれど。『遠見』の術かスキルでも持っていないといけない。
しかし、その術を使用していると周囲が見えなくなるという欠点があるしなあ。
「おかえりなさいませ。ハイデルベルはよろしいのですか」
「いや、ちょっと寄っただけです。アキラさんは?」
「クエストに出かけましたよ。セイラムとアレインたちと一緒です」
ミーシャにミミーの姿もない。チィチとネリエルもいないので、一緒に付いていったのかも。
「この子たちを預かって欲しいのですが」
5人の女の子だ。頭の色は、カラフルで統一性がない。わかっているのは、ザンクトガレンという町の名前だけ。どこにあるのかわからない。
「どこの方ですか。獣人も混じっているようですが」
頭に兎の耳がある子も、混じっていたりする。
「ザンクトガレンという町を知っていますか」
「ザンクトガレン、ザンクトガレン。ああ、ミッドガルドの南西にある小国の国境にあったような。兎人族と人間族が混じっている国ですね。最近、恐るべきゴブリン軍団が現れたとか。国中が戦闘に巻き込まれる事態になっているようですよ」
とんでもない話だった。兎人か。しかし、ケモ度は低いようだ。うさみみが生えているだけなら、バニーガールとなんら変わらない。目が赤いのが特徴なのだろう。うさみみが、女の子に付いていなくても目が総じて赤い。
「そうなのですね。知りませんでした」
「ふーん、それよかさっさとハイデルベルに移動しようぜ」
「何の連絡もないけど? 何が起きたっていうの」
転移門を開くと、ザビーネとルドラがすっと入っていく。エリストールとティアンナは森の事で忙しいようだ。
「行ってみりゃわかるって。それよか、あいつらどうだったよ。やれそうなの、居そうじゃなかったけど」
いやいや。わからない。手札を隠している人間は、いるものだ。下限と上限を見せないのが人間であるからして。
「わからないさ。戦ってみない事にはね」
今日は、弱くても明日戦えば違うとか。あり得る話なのだから。
抜けた先は、ハイデルベルの冒険者ギルドだ。転移室は、形ばかりでなっていない。
外だったので、寒い。雪が降っているし。
扉は、木製でぎいぎいと音を立てる。中では、エッダがちょこんと座っていた。
「あっ。ようやく来たよ~」
と、たたっ音を立てて地下階段を降りていく。改造しているようだ。中から、勢い良く少女が出てくると。
「待ってたぞ、このやろう、ばかやろう」
エリアスに詰め寄る。
「ちょっと、遅れただけじゃねーか。そんなにかりかりすんなよ。シワが増えるぜ?」
「あ?」
アルストロメリアの顔面が、変形する勢いだ。
「だ、れ、の、せいでこうなってんだよおぉおお。てめー、迎えにくるとか言ってこねーし。もう夕方よ? 冒険は? ねえ、冒険! 採取! 研究に必要な機材も拡張も全く進まねええ! ふかしこくんなら、手引くかんな。わかってんのかよ」
きれっきれだった。どうも、約束があったらしい。
「そりゃ、その、悪かったぜ。でも、さー。俺だって、首がかかってんのよ? そこんとこをわかってほしいぜー。あ、なんだったら、今日のアイテムでも見てくか? ちょっとだけなら分けてやってもいいぜ。タダで」
「ふーん」
と、いいながら、木製の台に並べるのは魔物の死体と石ころ。怪しげなキノコだ。キノコは、どこで栽培していたのか。蛇の変なキノコではない。
蜘蛛の死骸に、興味津々だ。
「ほう。こいつは、またいいものを手に入れたじゃねーの。よし、俺が早速作っとくわ」
「ちょっと待て、これで何を作るんだよ」
ハゲ職員が、視線を向けている。気になっているようだ。
「んー、服とかな。耐刃防護服を作るのには、こいつが要るもんよ。だいたい、鎧の中には蜘蛛糸を加工して作られるんだぜ。おめーは、魔術ばっかで基礎を疎かにしてるからなー。キノコ研究しすぎだろ」
「キノコ、いいもんなんだぜ」
「まあまあ。キノコは、後で粉末にしとくからね。お城に用事があるんじゃないの」
拓也の姿がない。という事は、城でなにかあったのだろうか。
「あ、そーだった。城に行こうか」
「ていうか、また見知らぬ奴が増えてんな。大丈夫なのかよ」
アルストロメリアは、ルドラが気になるらしい。見た目からして、蝙蝠の羽が付いているのだ。
刹那に竜巻を起こしてくる奴を心配するのも、無理なからぬ事。
「大丈夫、大丈夫。挑発しなきゃ、心配ないぜ」
「そうか。って、俺らをちゃんと送迎しろよな」
エリアスが、転移門を出す。そこへ、素材をかばんにしまった女の子が入っていく。
「ここの管理は、誰がするかな」
「そいつは、ギルド職員が見張ってるから安心してくれ」
禿げ職員が声をかけてくる。職員からしたら、中で窃盗などあったら信用に関わるだろうし。
安心感は、あるだろう。鍵とかなんにもしていないような気がする。
「馬車で行く?」
「あー、そうしようか」
走っていくのは簡単だし、そっちの方が速い。外へ出ると、配給に列を作っていた。
そこへ、見知った顔が立っている。アクアだ。それに、男が寄り添っていた。
顔を良く見れば、親子のような。
「おい、これじゃ、馬車は無理だな。聞いているのかよ。おーい」
あれは、しかし。なんとも言えない気分だ。手を引っ張られた。
「時間がねえって。このままじゃ5時回るぞ」
城の開門時間がと関係しているのだろうか。
「ミッドガルドの城は、何時でも入れたけど?」
「それ、お前だけだから。他の奴がやろうもんなら、死刑だぞ」
知らない事実だった。死刑というのは、やり過ぎではないか。
「乗れよ」
えっと、思った。が、箒の後ろに跨る。そのまま、空中を飛んで行こうというようだ。
後ろを見れば、ルドラは羽でザビーネは屋根の上を飛んでいる。
「へんなとこ触んなよ」
へんなとこって、ここですか。1回、やってみたいけど。掴むところは、箒だった。
重力が、足にかかっていないのも不思議だ。
横に一回転しそうになって、手で肩を掴んでしまう。
「こ、こら。バランスが崩れるだろ」
「ごめん」
「ごめんじゃねええ、ぎゃあああ」
手が腰に行ってしまった。でないと振り落とされてしまう。というよりも。『浮遊』で移動した方がいいではないのか。しかし、ぎゃあぎゃあと煩い。
スピード出しすぎて、城に着くまで30秒とかかっていないのではないだろうか。
「おい。胸、触りすぎ」
「ごめん」
「ごめんって、言えばなんでも許されると思ってんだろ」
そ、そうですよね。ごめんで、許されないよね。というか、
「着いたし、さあ中へ入ろう」
「有耶無耶にしようなんて、そうは問屋が卸さねえ。出すもんだしてもらおうか」
手を出してくる。金だろうか。金持ちのくせに、金を要求してくるとは。仕方がない。
インベントリから、金貨の詰まった箱を取り出すと。
「んなもんじゃねえ。俺を馬鹿にしてんのか?」
すっかり、ヤクザな言いようだ。
「師匠、どうされたのですか」
城の前で着地したので、人通りは少ないが。ルドラが、服と相まって城門の兵士にガン見されている。
「どうもしてないよ」
「おら、出せよ」
「だから、何を?」
手は、下から掬うような握りだ。目は、股間に行っている。まさか。
「チンコに決まってんだろ。かあちゃんが言ってたぜ。胸を触られたら、チンコを握り返せってな」
かんっぜんに間違えている。誰にでもやったら、それこそ風紀に関わるではないか。
「いやいや、無理でしょ。というか、誰にでもするの? それ」
とんでもないビッチになってしまう。ビッチ魔女っ子の爆誕だ。
「はっ、おむこさんならおっけーだって言ってたぜ。それは、俺のおいなりさんだってな。よくわかんねーけど。さーだせ」
ルドラは、興味津々にやり取りを見ている。ザビーネ他は、関わろうともしない。
間違いない。エリアスの黒歴史になるだろう一幕。
「あ、アル様だ!」
「何っ」
チャーンス。脱兎の如く、城門にめがけて走り出す。
「こらー、胸泥棒ー。返せー」
なんとも人聞きの悪い言葉を言っている。
「君は、見た事があるな。後ろの、獣人たちも仲間なのかな」
「ええ。そうです。身分は、ミッドガルド王国アルブレスト家です。ステータスカードを確認しますか」
『偽装』しなくても低ランクだし能力値が弄ってないのに低い表示になっている。
誰の仕業かって、アルーシュかそこらだろう。どうのこうの言うつもりもない。
「ふむ。少し待っていてくれ。確認を取れたら、入城してもらうからな。今、城では大変な騒ぎなんだよ」
どうやら、本当に何かが起きているらしい。
「お、追いついたぞ。さあ、払え」
「ここじゃ、まずいよ」
「じゃあ、城に入ったらすぐに支払ってもらうぜ」
なんだろう。この違和感。あべこべではないか。普通は、男が迫る方だ。
ありえない。ルドラは、地上を走ったのか。白い顔を真っ白くさせている。
「師匠。エリアスとは、どういう関係なのです?」
「どうもこうも」
「婚約者候補だぜ。貴族なら、複数居るのが当たり前なんだよな。羊人族は、どうなのよ」
話題がそれた。これは、良い流れだ。
「婿を取るなら、夫は一人です。嫁が複数いる戦士も居ない訳ではなかったのですが、子供が沢山できるので養うのが大変そうでしたね」
「親は、どうしてんの」
エリアスは、気になるようだ。門番の男が、戻ってくる。
「親は、死にました」
「そ、か。ごめんなさい」
すごく、重たい雰囲気になった。なんで、こんなになった。下手人もしゅんとしているので、責められない。
「や、君たち。お待たせしました。中へお入りください」
「そこで、チンコってわけだな」
まだ、諦めてないんかい。怪訝な顔をする門番。振り返れば、雪が降りだしてきた。
凍傷になっちゃうよ。




