283話 黒い木の向こう側20
空は、赤い。
ゲームと違って敵がいつ出てくるかしれないのだ。飯は、取れる時に食っておきたい。
しかし、女の子が5人もいる。女の子を守りながらの戦いは、厳しいだろう。
というか、死んでしまう予感さえある。1人として、欠かさずに守ろうとすれば。
傍に女の子がいるだけで、勝ち組だ。そんな事を思い出す始末。
「帰ろうか」
「どうやってよ。もとの場所から戻れるって保証は、ねえよ?」
転移門が開けないのだ。どういう訳か。
「じゃ、俺が先行するからさ。後から来てよ」
保証は、ない。それはそうだ。そして、洞窟ではない。敵の根城らしき構造物が見えている。
林と城の2つに『強化』『倍化』をかけて『火線』を放つと。派手な音を立てて、燃え上がった。
めんどくさい。ぶっ壊せばいいじゃん。
建物の中に、敵がいっぱいいそうだし。
「おいおい。マジかよ」
マジもマジ。手加減する必要がなければ、火力を上げていけばいい。『浮遊』して、乱射すると。ほどなくして、更地になった。
爆風すら、『風』で放った方向に流す。飛び出してくる相手もいないようだ。
「じゃ、転移門を出してみようか」
と、輝く門が出てくる。空は、赤いままだけど。妨害者がいなくなったと見るべきだろう。
「帰ろう」
「いや、でもそれじゃ失格になっちまうんじゃねーの」
しかし、そんな事を言っている場合ではないようだ。
女の子たちを転移門でラインベルクに送りながら、空を見上げる。
そこには、鎖を巻き付かせながら飛翔している蜥蜴がいた。
伸びてくるのは、竜巻だ。真っ直ぐに向かってくる。横へ走りながら、『火線』を放つ。
風? なのか。赤い光が、またしても逸らされる。相手は、飛んだままだ。
エリアスは、箒に乗って飛び上がっている。
『やれるの?』
『はっ、誰に向かっていってるんだよ。この、俺が、倒す!』
勇ましく念を発するけれど。竜巻が、地上にまで被害を及ぼしている。
エリアスは、竜巻を避けながらファイアを放っているのだが。
あまり、効果を及ぼしていないようだ。相手の『風』が、強い。
『やろー。これでも、くらいやがれ!』
火系統の『火蝶殲』だ。火の蝶が、散開して青白い蜥蜴に寄って行く。しかし、相手は羽ばたき一つでそれを消してしまう。どうにも、エリアスにとって手に余る相手のように見える。
『手伝おうか』
『黙って、見てろ。こいつを倒してフィニッシュだぜっ』
威勢だけはいいのだ。竜巻を防ごうと水銀塊を使って、鎧を纏う。フィナルが使う『聖鎧』の対となる『魔鎧』を。身体能力が、著しく上昇して戦士系にも勝るとも劣らない能力を発揮する。いわば、魔法戦士に一時的になるようなスキルだ。
上級魔導師なら、大概は持っている。
手に持った箒から、炎が吹き上がる。箒を燃やして、相手に大ダメージを与えようというのだろう。
対する相手は、水銀塊から逃れようと飛び回っている。羽を生やして水銀の塊が追いかけてくるなんて思いもしなかったろう。
エリアスが、振りかぶると。蜥蜴が、人型を作る。やばい。『飛行』を使う。
『うぐっ』
飛び上がって、腕を捉えた時にはエリアスの腹に突き刺さっている。
「うりゃあっ」
「温いわ、小娘っ」
蜥蜴は、人語を話す。引き抜いた腕に雷を浴びせれば、ちぎれて落ちていく。
エリアスが、放った箒の攻撃は外れていた。と、同時に落下していくのを支える。
相手は、待ってくれないようだ。間合いを詰めてくる。
離しながら、『回復』をかける。腹は、ぽっこり穴が開いていたのに死んでいないとは。
「大丈夫?」
腕の中で、鎧が解けていく。顔色は、健康そのものだが。
「大丈夫じゃ、ねえ…」
ショックを受けているようだ。渾身の一撃を躱されて、殺されそうになったからか。
「なんで、俺は勝てねえんだよ。なんて、いつも守られてばっかなんだよ。おかしいだろ。なあ、教えてくれよ。なんで、そんなに強いんだよ。ふざけんなよ。おい」
「まあ、そうだなあ」
必死さが、ない。絶対に勝つ、死んでも勝つ。そんな気概が、薄いのだ。貪欲に、ひたむきに、犠牲を払ってでも勝つ。そんな想いが、見えないから。
迫ってくる蜥蜴女の拳を横にして躱しつつ、左膝を突き立てる。もろに入った相手は、吹っ飛びながらくるりと身体を回転させながら風を放ってくる。
速い。そして、狙いが正確だ。それだけに、避ける事ができる。
「立てる?」
傷は治っているはず。身体に開いた穴は、塞がっている。
「誰に言ってんだ。このくらい、屁でもないぜ」
なんていっているが、魔力はほとんどないようだ。鎧が解けているいるのが、その証拠。
生きているのが、不思議なダメージだったし。次は、死んでいるかもしれない。
雨のように風の刃を降らしながら、蜥蜴女は叫ぶ。
「そこに、隠れていないで出てきたらどうだっ、聖上」
誰に言っているのかピンときた。しかし、ひよこは動かない。
「私を封印して、人間と馴れ合うっ。おかしいではないか。それでは、何のために私は封印されたのだっ。答えてください!」
もぞっと、ひよこが肩に狐の口にくわえられた格好で出てくる。エリアスと手をとってのダンスで忙しい。風の刃は、降り止まないし。
「んとね。君、昔っから邪魔くさいんだもん。というか、なんで攻撃すんの。ボクを怒らせたいの? ねえ、なんなのよ。潰されそうなんだけど、君のせいで」
動きが止まって、風の刃もまた止まる。チャンスだ。が、エリアスの魔力は底をついているようだ。
『補給』すると、びくんびくんと痙攣している。
「それは、あんたが封印したせいじゃないか! どれだけ、封印してたんだよ。ふざんけんなっ」
「そういえば、1000年くらい?」
「糞野郎、2017年だ。ざけんなよ。もういい、殺す」
そう言われても、2人でやりあって欲しい。
「あー、なんで封印が解けたのかって、守護者が死んじゃったせいかー」
なんだと? そんな話、聞いていない。
「では、どうするのじゃ。あれ、なかなかに強力な個体じゃぞ。方策はあるんじゃろうな」
「セリアを呼んで、ぶっ殺せばいいじゃない。さすがに、ボクも同族殺しはごめんだよ。あっ、そうだ。ユウタの便器にどう? いい体してるよね」
いや、さすがに顔が憎しみで染まっているような人は勘弁してもらいたい。しかし、なんだって封印されていたのだろう。聞くと、2000年近く封印されていたらしいし。ちょっと、かわいそうだ。
「それ、どうなの。封印をもう一回する事は可能なの?」
「簡単だけど、チラッ」
青白い羽に、真っ白な肌だ。白すぎる顔が、真っ赤になった。
地面に降りてきて、土下座する。
「止めて、止めてください。お願いします。その、ごめんなさい。ひとりぼっちで、放置されるの、いやです」
ふむ。あまりにも長い時間が、彼女の精神をへし折ってしまったようだ。
「なんていってるけど、この女、人間と馴れ合おうとか言うんだよねー。マジきもい」
いや、すごくいい子なんじゃ。しかし、だとしたらナーガとか何をしていたのだろう。
狐の口からひよこを奪うと。じぃっと見た。
「ぴっ? し、失言だったなり。あばば」
「あばばじゃないじゃろ。お主、ルドラに対しては実に厳しい。妾も同情するぞ」
ふーむ。これは、いよいよもってひよこの毛をむしる事を考えなければならないようだ。
青い頭髪に青白いコウモリの羽を生やした女の子は、戦意を失っている。
「まー。戦闘を止めてくれるなら、ついてくる?」
「えー? そりゃないよー」
ぎゅっと握ったら、汁が口から飛び出してきた。汚い。
「ぎ、ギブ。たんま。わかったよー。でも、他のが黙ってないだろなー。荒れるよ。間違いないね」
てめーがなんとかしろや、と言いたい。このひよこ、ことあるごとに人間を殺しまくる。
という事は、このナーガたちはDDの手によって操られていたのではないだろうか。
「んー」
「謝った方がいいんじゃないじゃろうか。妾とて、人間どもを許す気にはなれぬがの。それを言っては、御終いぞ」
「ぷ、ぷんぷん」
これである。もう、ひよこの脇をくすぐると。逃げようとして、上へ上がるのだが。
「わかったよー。でもなー。人と竜は、けっして相容れないんだよ」
そこをなんとかするのが、神様の役目ではないのか。DDが、率先して抹殺しにくるので質が悪い。
「えっ、こいつも連れて帰るの? 危ないんじゃねえの」
「むしろ、こいつが味方かも」
「えー、ほんとかよ。信じられねー。けど、まっいいか。よろしくなー」
エリアスは、ルドラを見上げた。よく見たら、おっぱいまるだしである。
幼女の手には、ゴスロリ服が握られていた。
「ちょっとサイズがあわねーかもしれないけど。やるよ」
「む。かたじけない」
「俺、エリアス。魔術師な」
「私は、ルドラだ。ふむ、どこかでみたような顔だ」
悪くないようだ。さっきまで戦っていたのに、ひよこというと手の中でくたっとなっていた。
「主様よ。こやつ、手でプレイしておるぞ」
フードの中へ慌てて突っ込むと、白っぽいのがべっちゃりと手についていた。フンしやがった。
『水』で手を洗いながら転移門を潜る。
もう、失格だろう。
だが、予想に反してユウタたちのいたグループからの合格者が1だった。
転移室から、受付へ行くとそんな事態。
どうみてもおかしい迷宮で、難易度の設定がおかしすぎる。
嬉しいやら、悲しいやら。
ユウタとエリアスだけがあのグループでの合格者というわけだ。
「どーなってるんだよ」
どーなっていると、聞かれても困る。魔術ギルドでは、他のブロックで多数の合格者がでているというのに。
このままでは、不公平感が否めない。
「師匠! ご無事でしたか」
ザビーネが寄ってきて、ルドラを睨みつけている。喧嘩を売っちゃいかんよ。
エリアスですら、歯が立たないのだ。ザビーネでは、一瞬で肉片にされてしまうだろう。
受付の横にあるソファーに座りながら、腹が減っているのに気を取られる。
「せ、2000年ぶりの空気。みなぎってきたぁあああ! はいっ、空を飛んできてもいいか?」
ルドラが、叫ぶ。人目を集める竜角女だ。
駄目に決まっている。都市だし、転移門でどこかへ跳んでからなら。飛んでいって貰うのもいいだろう。
「君、便器だから。他所いったら、許さないからね」
かわいそうに。しゅんとなってしまった。ひよこ、厳しいんじゃない。もっと、緩くいこうよ。
「ああ、そういう事かの。主様よ。こやつは、ルドラの手下がまだいるのを気にしておるんじゃろ。後、人間融和派という奴が目障りになってきておるのじゃ。という、諸々の事情があってのー。くひっ」
人間融和派がいるのか。ルドラが、融和派なのだろう。黒龍は、何派なのか気になる。
「あー、こいつ、ぶっちゃけやがった。マジ、ゆるさr・あb」
ひよこを握り締める。今度は、うんこできないように手袋をして。ついでに、足の裏をくすぐってやると。盛大な汁を撒き散らした。汚いにも、鳥の糞。固まると、取れないのですぐに拭き取らないといけない。
おとなしくなったひよこをフードに納めると。
「他のグループが、試験続行らしいぜ。俺らは、飯にしようかね。ふぃー首の皮が繋がったぜ」
エリアスは、合格者になって気が緩んでいるようだ。先に送った女の子たちは、どうなったのだろう。
首を動かすと、近寄って来るところだ。
「あの」
「どうかされましたか」
行くあてがないのかもしれない。攫われてきたのなら、丁重に送り返してやるべきだろうね。
「ミッドガルドなら、送る事ができますよ」
「あの、私たち…」
「あー。行くあてがないんだろ。察してやれよ。ラトスクで、面倒みてやればいいんじゃねえの。あっちなら、いくらでも仕事があるだろうし。人手が足んねえっぽいしなー。あと、大変な事が起きてるみたいだぜ。ハイデルベル」
なんなのだろうか。
「わかりました。一旦、ラトスクという町へ行くことになると思いますが。よろしいですか」
ぺこりと、頭を下げる。いいのか、そんなに簡単に頭を下げて。悪い奴だったら、売り飛ばされるところですよ。いいの? ついてきちゃって。
「よろしく、お願いします」
「まっ、しょうがねえよ。この人ら、ザンクトガレンってとこの出身って話だからな。調べてみたら、ゴブリンに支配されかかってる国らしいじゃんよ。これは、帰した帰したで大変だぜ?」
どうして、こうも厄介な事が立て続けにやってくるのか。
頭、痛い。
「頑張りましょう! 師匠」
んな事言われても、人の身体、一つしかありません。




