279話 黒い木の向こう側16
広場には、人の姿があふれている。
迷宮を攻略すればいいのだから、パーティーでも組むのだろうか。
情報が欲しいところだ。
通りに面する場所では露店が並んでいる。四角い台に、売り物が置いてあった。
「じゃ、進むか。他の連中は、ここで仲間を揃えたりするんだよ。金が物を言うんだよな」
なるほど。立て看板が立っていて、募集の声が上がっているのはそういう事なのだろう。
ベイグランドにようこそ。なんていう看板も見える。
「これから行くところって、どこなの」
「歩いていく方向見りゃいいだろ。一つしかねえっつーの。あと、誘導する連中も立っているって。ま、そこから試験を兼ねてるってのはあるけどさ。工房からでねえ連中には、厳しいだろうなー」
露店の傍を通って、歩いていく。丸い並びに、出口は4箇所だ。北側に向かって山が見える。
高い山だ。
「居留地っぽい。前衛が欲しいとこだけど、雇わないよなあ」
エリアスが、召喚体を使うなら必要ないではないか。
「うん」
現地で雇い入れる方式とは。見知らぬ人間を信用できるのか。ザビーネをアイテムにできればよかったのだが。残念な事に、インベントリに入れる事は躊躇われた。時間停止効果が作用して、動けなくなるのだ。インベントリに入れた生きた人間は、歳を取らなくなるっぽいけど。
肌色の地面を進むと、左右に草が生えた場所に出る。見下ろすのは、傾斜になった地面だ。
山までは、距離があり谷なのか吊り橋がある。ゴブリンやら魔物が隠れる場所は、山側の岩場くらいだろう。そして、そこを魔術師たちが行進している。ゆったりとした歩みだ。
「情報を集めなくてもよかったの?」
「まー、ほら。なんていうの? 全部わかってたら、攻略する気も失せるじゃん? ユーウがいるなら行き当たりばったりでもいいっしょ」
また、これだ。確かに、なんとでもなるけど。転移石を使えば、失格だからして。転移で味方を呼び寄せるとかいう事ができない。オデットとルーシアの姿を探すけど、見当たらない。違う場所なのだろうか。
「景色は、いいんだけど」
「いいのかよ。禿山に、高い所は苦手なんだよ」
嘘だろ。箒に跨って飛んでった方が、早いだろうに。
ともかく進む。吊り橋の箇所では、『浮遊』を使ってもいいだろう。妨害してくる人間がいないとも限らない。後ろにも、人が居るのでいきなり落とされたら大変だ。
「飛んでいけば、早くないかな」
「おま、それな。全員箒とか絨毯で飛び出したら、あぶねえだろ。しかも、連れている前衛とか飛行できなかったりするとぐっちゃぐちゃだぞ。歩いていくしかねえって」
面倒な事だ。入口が見えれば、転移してしまいたい。吊り橋は、縄で出来ていてぎしぎしと鳴る物だからおっかないではないか。幅のほどは、200mはあろうかという距離だ。しかし、縄でできているにしては揺れが小さくていい。
魔術が仕掛けられてあるのだろう。板の下に棒が通されて、それが補強しているようだ。足を踏み外して落下しないように隙間がないのもいい感じだ。
「これは、魔物が襲って来ないように祈るしかないね」
「ハンターが待機してるし、大丈夫っしょ。やばいときには、飛空船もいるし」
どこに飛空船が隠れているのか。見たところ、見当たらないけど。
「魔術師は、いいとしてさ。戦士とか落ちるしかない場所って、怖いよねえ」
「ま、本来、前衛とか雇ったら試験になんねえじゃんて思うけどな。これに参加しただけで、泊が付くってんで参加している連中も多いし」
なんて大会なのだろう。何日にも渡って試合が行われるのかもしれない。面倒な事だ。
飛行型の鳥獣が襲ってきてもおかしくないのだが、飛空船がいるのか渡りきるまで姿はなかった。
「ふいぃ。やっと地面についたぜ」
あからさまにほっとした幼女は、首を鳴らすとまた歩き出す。
前を行く集団にしたがって、山道を進んでいくと。曲がりくねった道の向こう側に、入口らしきものが見えてきた。兵士たちが屯している。
山は、けっこうな傾斜がついていて先にもつながる道が見える。
「あそこが入口みたいだね」
「あー、こりゃ、新規ダンジョンの探索員替わりに使われるんか。そんな感じがしてきたぜ」
「新規ダンジョンって、新しく見つかったって事?」
「たぶん、未攻略で魔物が残っているんだろうな。んで、経費の削減とか開発の手間を省くのに使われるって訳よ。なんとも、阿漕だよな」
その割にどんどん迷宮へと魔術師たちのパーティーは、入っていく。
ついて行っていいのか。進む以外に道もない。
「2人か」
「心配するなんて珍しいな。あれか、他の連中が前衛に斥候に回復まで揃えてるからか?」
そりゃね。多い方がいいじゃん。賑やかだし。でも、見知らぬ野郎とかお断りだしなあ。
「気にしない方がおかしくないかな」
「大丈夫、大丈夫。なんとかなるって。罠は、ぶち壊してすすめばいいだろ」
中へ入ると、ぞろぞろと人が進んでいく。魔物が、殲滅されているのだろう。数が、多すぎる。
「一方通行なら、魔物が全滅する方が早いんじゃないか」
「そんなに単純かよ」
どういう作りになっているのか。進んで行くと、くねくねと曲がりくねっている。魔物の死骸が転がっていたりする。蜥蜴タイプだ。山に蜥蜴が住んでいるのか。散らばった骨を見るにスケルトン系もいるようだ。後から入った方が、これは有利かも。
敵の数は、知れないのだ。
大きな広場では、魔物を倒したパーティーがくつろいでいる。かなりの数だ。
休憩して進もうというのだろう。
「ちっ。こいつは、後から来た方が有利だな」「様子を見ていては、先んじられるのでは?」「これだけの魔物がいるんだぞ。そう簡単には、突破できるかよ。今回の大会も、荒れそうだな」
なんて、声が聞こえてくる。わざと言っているのかもしれない。ともかく、進むとしよう。
「大部屋で、休む人が多いみたいだね」
「いいんじゃねえの。その方が、進みやすいぜ」
同じ年頃の魔術師は、なかなかいないようだ。背丈が違うので、奇異の目を向けられる。
出口は、2箇所あるようだ。右へと進む。特に理由はない。
人の通った跡がある。『風流』を使用するに、大部屋がまだ4つある。
進むと、魔術師たちのパーティーが戦闘している場面に出くわした。魔物がぽっと現れるようではないようだ。待ち構えていたのは、鈍色をした大きな鎧にコウモリ型の魔物だ。鎧の中から、手でピンク色の肉塊を投げつけている。
魔術師たちの攻撃は、鎧の顔と胴体をつなぐ部分に火の玉をぶつけてなんとかしようという方針らしい。
進もうと思えば、進めるのだが。手を結ぶべきなのだろうか。
飛行するコウモリが焼け落ちる姿を見ていると、
「んー。どうするんだよ。協力する?」
「するしかないけど、近くで戦っている前衛の方がね」
邪魔だ。下手に撃てば、巻き込んでしまうだろう。しーらね、で撃ち込むのも気が引ける。
「邪魔かあ。しょうがねえな。俺ので、さっくり倒しておくか」
協力するのはいい。しかし、数も減らないまま奥へ進んでしまっていいのだろうか。何かを取ってくるとかいうタイプであれば、迷宮の攻略は達成しても予選落ちになりそうだ。
肉塊が飛来して、魔術師が下がり始めた。前衛が、肉に飲まれると助からないようだ。
いかに鎧を着て、完全武装をしていても取り込まれると死んでしまう。
火の玉で倒せない事に、魔術を変える魔術師たちもでてきた。エリアスといえば、術を用意している。
しかし、進める場所がない。
「弱ったぞ。これは、味方が邪魔っつー」
入口からは、後続がやってきて前が迫ってくる。このままでは、サンドイッチになってしまうだろう。
味方で、圧死なんてごめんだ。
「飛ぶしかないよ」
「チッ、しゃあねえな。んじゃ投げてくれよ」
水銀が幼女の身体を覆っていく。酸欠で死ぬのではないだろうか。穴が出来上がって安心した。
拾い上げると、それなりの重量。持てなくはない。
構えて、肉をぶん回す鎧へと放り投げる。
大きな鎧にぶつかる寸前で、エリアスは形態を解くとそのまま空中に浮かぶ。水銀の玉が解けるようにして、鎧に取り付くと。水銀体が、鎧を飲み込んでいく。溢れ出る肉を消化しているのか。銀色の召喚体が、縮んで行く。
歓声が上がって、座り込む魔術師パーティー。いくつものパーティーが、ここで足止めをくらっていたようだ。大きな鎧を下したエリアスは、奥へと歩き出す。手招きしていた。早くこいという事なんだろう。
「早くこいよな」
「わかっているけど、座っている人とかいるし。すぐには、無理だったんだよ。天井は、柔らかそうだもの」
「ふーん。よっしゃ、こっちはトップかもしれないぜ。進もう」
すると、もぞもぞと普段は何もしない狐とひよこと毛玉がでてきた。毛玉は、頭の上に。フードに角が突き刺さりそうだ。狐の背中にひよこがのって歩いている。
歩いているのすら、珍しい。
「お、こいつらやる気なのかよ」
いや、どうみても散歩のつもりに違いない。というか、何をしにでてきたのか。前を歩いていく。
「それより、前を」
エリアスは、前へと駆け足だ。通路の穴は、鎧が通れるくらいに縦が広くて横が狭い。どうにか通れるくらいだろう。
「わかってるって。ただ、これだとふるい落としになってんのかね。多いだろ」
全員で行くようだと、前の方ほど疲れる。そして、後ろほど有利になるではないか。
大部屋は4つで、2つ目に差し掛かる。鎧の中に肉が入っていた魔物の姿はない。
代わりにいたのは。小型の蜘蛛だ。
小型といっても、人間サイズほどあってしかも奥に巨大な足が見える。
5mの高さは、あろうか。赤く輝く瞳に、胴体は黒と黄色の縞々。ジャイアントスパイダーよりもさらに大きい。小型の蜘蛛を『指弾』で仕留める。すると、子蜘蛛が腹からぶわっと這い出してきた。
背筋がぞぞっとなる。
『火線』を弱めに撃つと。火が付く。ついで、『火雨』。鼻とか耳とかから入られたらと、恐怖を感じているのだ。生理的に、恐ろしい。やられそうで、怖いというのとは違うというか。受け付けないものだから、怖いというか。
足元にめがけて、子蜘蛛たちが津波のように押し寄せてくるのだ。
「おほっ、爆発したっていうか、やべえ」
蜘蛛たちは、横からも上からも移動して迫ってくる。捕まれば、餌になってしまう事、請け合いだろう。
奥の方へ薄暗いあかりが差している。左側へも敵の姿が伸びていく。
「きりがないな」
水銀が、どんどん蜘蛛を飲み込んでいくのだが、それすら覆い隠す勢いだ。
かといって、後ろは冒険者の姿がある。
部屋に入っていくと、親蜘蛛が迫ってくる。蜘蛛が埋め尽くす方が早いのか、それとも焼き払うのが先か。
火が足元でもどこでも起きていて、熱い。そして、焼ける蜘蛛と蜘蛛の糸やらで刺激臭がする。親蜘蛛は、糸を吐きかけてくるので、それを燃やすのに忙しい。
前足での攻撃は、踏み潰さんと狙ってくる。左から、右から。風を切って動く足でも、簡単に人間なら潰すに違いない。巨体で、押しつぶしを狙ってくるのなら殴って終わりなのだが。
弱めで『火線』を当ててみても爆発したりしないのだ。
「めずらしーな。ユーウの魔術で、倒せないなんて」
上を指差して。
「天井が、やばくないかな」
「あー。だなあ、これが対策なのかね。派手な魔術を使うと、天井が崩れてきて生き埋めとか。ぞっとするよな」
全力で撃てば、倒せない事はないと思う。しかし、蜘蛛がどれくらいで倒せるのか未定で。生き埋めになるかもしれないリスクを冒してまでも、やるべき事なのか。
「んじゃ、細かいのは任せる。あのでかいだけの巨体だから、なっ」
蜘蛛にエリアスの使う術が突き刺さる。火で温めるとそのまま蜘蛛を焼き殺す凶器に変身だ。
細かいのから、大きいものまで器用に絡め取っている。大型の蜘蛛は、糸を利用して間合いを狭めてきた。そこに、槍となった水銀体が突き刺さる。
数だけは、圧倒的だった。火が身体に移っていないか。確認しておこう。火だるまは、ごめんだ。
エリアスは、そのまま大蜘蛛を水銀体でばらばらにしている。
「なんか。拍子抜けだったぜ。もちっとできるボスかと思った。魔石、ゲットだぜ」
身体から、紫色の卵っぽい石を拾った。エリアスは、鞄にしまう。
こいつ、自分の物にする気が満々だ。とはいえ、寄越せとも言えず。
できるボスというか。大きい蜘蛛だっただけに、足を使った攻撃だとかあっただろう。普通のパーティーだったらそれだけで、全滅必死だ。拳大のファイアボールとかファイアとか効きそうにない身体だし。巨体は、解体されているけど足やら皮に火が付いていない。
「どうなるの」
「たぶん、監督官が別の場所に誘導するか。それとも、ここでバトルロワイヤルってのはないよなあ」
奥の方に台座が見える。石か。近寄っていくと、六芒星が描かれていた。
「おっと、転移装置っぽい。どうするの?」
「乗るしかないだろ。ボスの所につながっているのなら、ラッキーだけどなー」
壁をみると、下の方には穴が空いている。火があちこちに残っていて、入口から入ってくる魔術師たちはおっかなびっくりの足取りだ。
装置の使い方なんてわからない。エリアスが、パネルを見ていると。
「2かねえ。次に行ってみようぜ」
2なのか。とすると、1はここか。
狐は、速攻で石の上に乗っている。試しに転移させたいくらいだが。
「どこまであるのかな」
「さあ。最後までいけない奴とかじゃねえの。これ」
ひょっとすると、ひょっとしなくてもクリアできないタイプの方式なのかもしれない。
説明が、ほとんどない。




