276話 黒い木の向こう側13●(てかてかアルトリウスヴぁー)
下層の探索は、あまり進んでいないようだ。
そこかしこに、へばりついた死体が残っている。
オークたちは、下層にも立てこもっている。別に出口があるとなれば、厄介だろう。
「寝るまでに、最下層に行きたいものだな。どうだ?」
風を操る『風流』衝撃まで与える『旋風』これらが使えるなら、経路を辿るのも容易い。
魔方陣で、移動する迷宮だと困るけどね。
「セリアが、どんどん進んでいるようです。扉があったりするので、終了までの時間は計算できませんね」
「ふむ」
パーティーを2つに分けた結果。セリアたちの方が、アイテムを稼いでいる。経験値は、等分になるはずなのだが。何が、彼女たちを急かしているのだろう。
隣にいるアルストロメリアは、つまらなさそうだ。
「安全で、いいなっ。こうじゃねえと、安心して素材を集められねえ。助かるわー」
いやいや。戦闘していないから、スキルの熟練度が上がらない。となると、どういう戦士が出来上がるのか。ステータスだけは立派な戦士になってしまう。
幼女なのに、オークの死体を剥ぎ取る神経。ばらばらになった器官を袋へ平気で入れている。
アルストロメリアは、小さい身体なのに背中には大きな袋を背負って大変そうだ。
「それ、持ちましょうか」
「おう。頼むわ。俺も腰が、やられそうだからな。重い荷物は、そのインベントリだかに入れといてくれよ」
袋ごと受け取って、インベントリへと入れておく。替りの袋を渡す。何が入っているのかというと、ガラクタというか。素材というか。そんな物ばかりだ。イベントリに入れといた方がいいんじゃねえの、と思うのだが。
「大将、この国を立て直す余裕ってあんの?」
アキラが、階段を下りながら言う。
限界ではないだろうか。やるのは、簡単じゃない。敵をぶっ飛ばしてハイ終了ならいいのだけど。
問題は、寒い。魔物が出る。ついでに、どうして隣国を助ける必要があるのか。という点だろう。
「ふむ。そいつは、な。俺が答えてやろう」
アルーシュが、横から口を出す。疲れるだけで、利益はないし。持ち出しばかりだ。いや、女の子は可愛いけどさ。普通だったら、縁もないような子たちと知り合いになれる。というのは、大きい。
広間に出ると、そこでもオークたちとサイクロプスもどきな巨人の死体が転がっている。
壁と扉が、矢で一杯だ。武器は、回収されたのか。死体は、手に武器を持っていない。
が、回収する。
「まずは、アルカディアとブリタニアを落とした。次は、ウォルフガルド。ついで、コーボルトときたな」
ウォルフガルドは、ちょっと違うのではないか。コーボルトについては、何もしていない。
アルーシュは、顎に手を添えて自信たっぷりだ。完全に、侵略者なのだけれど。
「結構な数の国だよなあ」
アキラは、感心している声音だ。普通は、否定しそうなものなのだが。迎合しているように見える。
ミーシャは黙ったまま。フードの3匹は、全く動かない。
「だが、まだまだ強敵が残っている。南にロゥマ。東に帝国。南東に、獣人連合。西にアスラエル王国。上には、飛空島がある。更に、ブリタニアの西。ロゥマを超えた南にも王国があるからな。オリンポスさえ越えていないからには、まだまだというしかないな。ある程度を超えたら、一気に勢力を拡大できると思うのだが…。いっそ、ヘラとアテナでもコマしてくるか? そうすれば、南に進みやすいのだ」
何を言っているんだろう。スケールがでかくなりすぎてついていけないわ。
首を振って、否定する。が、アルーシュは真剣な目で見つめてきた。本気で言ってるよ。どうするの。
「戦争、戦争で大丈夫なのかよ。兵隊とか、結構減ってんじゃないのか?」
アルストロメリアが、しゃがみながら言う。下に気になる物でもあるのか。
「いや? どちらかと言うと、人口は増えるばかりだ。夜は、セックスを推奨しているからな」
未だに、避妊具が開発されない。全部、国策だったりするから大変だ。少子化をなんとかしたいのなら、避妊具の値上げとか販売禁止も視野に入れるべきだろう。避妊具なんてものがあるから、不倫なんてされるのである。
堕胎とかは、犯罪の絡みがあるから禁止できないとしても。何がいいのかねえ。
「避妊させた方がいいんじゃねえの。どこまで増やす気だよ」
アルストロメリアが、ちょろちょろと動いて拾っている。アイテム拾うのが、好きなのか。
アキラに手伝わせている。進んで扉を開けると、追いかけてきた。
「ふふん。養えばいいではないか。地に満ちよ、人の子ら。と、多くの神族は肯定的だ。何しろ、神族ですら転生する時代だからな。枠が少なかったら、困るだろ」
「そんな理由で、いいのか?」
「いいに決っている」
神さまも凄い適当っぽい。下に降りる階段。下っていくに、箱型の形態だ。セリアたちは、どんどん進んでいるようでまだ追いつかない。扉を開けると、大型の猿が横たわっている。見れば、腹にぽっかりとした穴がある。さらに、大量の血。腕も根本からない。
「エイプマンかあ。こいつ、ちょっと時間を取ってもいいか?」
「回収して、ハイデルベルの研究室に運びますよ」
「おう。ありがてえ」
なんだか、話題がころころ変わっていく。猿の死体をイベントリへ入れていくと。
「回収している鞄に限界がきたようだな」
「そうなのかよ」
「アキラが、普通に喋っているようにユーウも話せばいいのに」
「結構、気兼ねする奴だよなあ。迷宮に入っちまえば、みんな同じだぜ」
「お前は、気兼ねしろよ」
アルストロメリアは、けらけらと笑っている。手は、魔物の血でカラフルな事になっていた。
いろんな色をしているので、何色だ。と言われたら困る色合いだろう。
最下層までは、扉が邪魔してよくわからない。セリアたちは、走っているし。
鎧袖一触で、魔物を沈めている。対するユウタたちのパーティーといえば、すぐに幼女が立ち止まるので進まない。アルーシュといえば、文句をつけないでいる。
「先へ、進まなくて大丈夫でしょうか」
「進んだところで、味方が邪魔だろ。ゆっくり行くぞ。どうせ、アルの奴が手間取る。隠し扉とかは、ないのだろうな」
この手の迷宮では、壁の裏に隠れていて敵が背後から来るというのが恐ろしい。
なので、ゆっくり進もうというのだろう。下へ降りても、似たような敵の残骸があるだけだった。
敵の死骸を回収するのが、仕事になっている。
魔石とか採っていたら、結構な時間になるしね。回収してからの、解体は幼女にお任せしましょう。
仕掛けらしきものはなさ気である。
「出たとこ勝負ですね。壁の石を押すタイプだと、見破り難いですし」
「まあ、言われてみればそうだな」
その為の配置で、後ろから来る相手をする。アルーシュと一緒に最後尾だ。
広間をさらに、3つほど抜けて真っ暗な場所へと出る。下が見えない。
明かりが、階段に見える。ぐるぐると、下へと降りていくようになっているようだ。
次第に、緑色の燐光がにじみだしてきた。
「こいつは、やはりアル様のものですか」
「ふっふっふ。まあ、そうだ。地脈に力を注ぎ込んで、負の魔力を退ける。という訳だな」
後ろから、オークたちが仕掛けてくる事も起きない。隠し扉は、ないのかな。
光が、下へと真っ直ぐに落ちていく。セリアが、面倒くさくなって一気に降りて行ったのか。
魔術は使えない訳でもないので、降りるのも有りだろう。壁にある部屋の入り口らしい扉は、一々開けているようだ。でも、前を歩くアキラはゆっくりだ。
アルストロメリアも、ゆっくりと足を進める。というか。
「なんか、下へ降下した奴が見えたけど。正気なのかよ」
「面倒だったら、そうするだろ。アルも、少しは能力を磨け」
「んな事言ったって、俺の魔力は知れてんの。知ってんだろ」
「また、卑屈になる。やれば、できるだろ。いい加減、研究ばっかりしてないで外へ出ろって言っているんだ」
どうも、アルストロメリアは引きこもりがちのようだ。そして、アルーシュが気にかけているのが気になる。傍若無人を地で行く奴なので、タメ口だって許さないようなタイプだからだ。
「お前らみたいなのと、一緒にすんなよな。オークに殴られたら、死ぬわっ。つか、まあ、レベルが上がるのは嬉しいけど。なんなんだよ、こいつ」
人を指で差すんじゃない。とっさに、指を握ると。下へ持っていく。
「少しの無礼くらい、多めに見てやってほしい。かりかりするのは、良くないぞ」
よくも言う。短気のくせに、人がやると文句をつけるのだ。手を放すと。
「人の指をいきなり掴むなよ。落ちる、だろ。落ちたら、ぺちゃんこだぞ。俺は、飛行魔術なんて使えないんだからな。この頭脳がやられたら、育毛剤も興奮剤も作れなくなるんだぞ! こら、ニヤついてないで援護しろよっ」
アルーシュは、ニヤついていた。アキラは、笑いを堪えている。扉が空いていて、中では骨が散乱していた。頭蓋骨とか。押し込められるようにして。
「まあ、許せ。お互い様だろ」
「漏らさないように、飲んできてねえからなっ。お前、狙ってないよな?」
「ええ。勿論です」
「本当だろうな」
アルーシュの視線が、気になる。狙ってやってたら、そっちの方が怖いわ。
アルストロメリアは、高いところも怖いようだ。のんびり進んでいたが、最下層に至った。
戦いは、終わっていて肉塊が転がっている。
巨大な骨と破かれた巨人といったところか。巨大猿に巨大スケルトンと巨大ジャイアントといった組み合わせの骨兵。それと、謎の肉。持って帰りたくはない。
そして、壁には槍だとかが刺さっていて。足元は、人骨で埋まっている。スケルトン作りたい放題だ。
中央にあるのは、上にあった物とは違う水晶石。
黒い光を放っている。禍々しい。
「ようやく来たのか。人骨は、こっちでなんとかする。ユーウは、『浄化』を頼む」
セリアが、声を大にして叫んだ。足元からして、人骨で埋まっているのだ。歩くのも、気分が悪い。
中に、何かいるような気がしてしょうがない。
「うぁ~。こりゃまたオーク共、やっちゃってるな。『浄化』できるのか? なんだったら、聖水の量産でもすればいいじゃないの」
「まあ、待て。人骨をどうにかしてからだろう」
セリアの吸い込みが終わる前に、『水』と『聖化』で聖水を放出する。そして、洗い清めると。
幼女から伸びる影に、吸い込まれていく。
影に吸い込まれたら、どうなるのか。知らないが。
イベントリで良かった気もする。ただ、吸い込み機能はないので手作業になったことだろう。
「そういうやり方もあるんだな。なんつうか、宝物であった気もするぜ」
「影だけに相性がいい。というか、負の想念に満ちたあれを取り込んでいくと魔狼になるのだがな。早速、始めるとするか」
アルーシュは、普通の木を取り出して水晶石の前に置く。
「ユーウは、こいつにさっきの奴をかけてから『補給』をしてくれ。それで、取り除ける」
木に、聖水をかけて育てるつもりなのだろうか。かけた後で、『補給』してやると。
黒い靄が、木に飲み込まれていく。緑色の燐光で、靄が消滅していくようだ。
「オーク共め、危うく魔界との門が開くところだったぞ」
なんで、魔界と繋げるのかが疑問だ。オークたちは、魔界の尖兵なのだろうか。
魔族という風では無さそうだというのに。魔物では、あるけれど。
「魔界と此方側を繋げて、どうする気だったんでしょうね」
「そりゃ、お前。決まってんだろ」
オークと聞けば、人間にも混ざって暮らすように描かれるのだ。良い奴もいるのではないかと思う。
「破壊と殺戮だ。オークは、古来より人の悪しきが転生した姿。畜生道の成れの果てよ。そこに間違って転生するという事もあるまい。神族が間違えたりしないからな。もしも、もなく因果によってならあり得る話ではある」
オークに、そんな話があるとは。いいオークなんて、この世界ではいないような。思い込みではないのだろうか。
「それが、魔界の門を開いて魔族を引き入れる事に繋がるという事ですか」
淡い緑色をした蛍のように木から、光が溢れだす。石にそれが吸い込まれていった。
同じような輝きを放ちだすと。
「放っておけば、大地は枯れ果て、砂漠と化していただろうな。そこから、塩の大地になれば回復が困難だ。砂漠も大変だが、その上に塩まで出てきたら生きていけないからな。他の連中ときたら、適当にやって言うこときかないようだと放置するし。飽きるのはわかるが」
やがて、緑色に染まる水晶石から水が溢れ出てきた。アルーシュは、植木鉢を持つと木は消えてしまう。
「エリストール」
「何か、御用でしょうか」
「森妖精は、どれくらい残っている? そもそも、ここの管理は森妖精の仕事だろう」
「里には、1500人ほどです」
少ない。少なすぎではないのか。
「他の里は?」
「連絡を取らない事には…ティアンナ様も忙しくありますので」
「ティアンナが、忙しい、が。そういえば、エルフ狩りの退治をしているとかいう話を耳にしたな」
さいですか。つまり、狩っている相手を暗殺して来いという事なのか。証拠を集めて、裁きにかけろという事なのか。
「興味深いよなあ。こいつ、どうやって水が出てくるんだよ」
石から出る水を掬う幼女は、空気を読んでいない。奴隷商人といえば、ザーボンなんていた。あれから、探って始末するのもいいだろう。足元が、水に浸かり始めた。
「あまり詳しく考えても、答えはでないぞ。さあ、ここは水に浸かる。外へと上がるぞ。全く、どうしたらここが干上がるのだ。人間どもめ、いい加減な事ばかりしやがって。頭にくるな。ああ、エルフの件。しかと、頼んだぞ」
いやはや。考えて、行動しろとは。投げっぷりに、涙が出てきそうだ。
敵を倒すだけなら、簡単なのにな。




