275話 黒い木の向こう側12●(エッダ挿絵)
ハイデルベルには、西と東に冒険者ギルドがある。
南側は、日当たりのいい貴族街。その南に沿って商店街が並ぶ。
だいたい、同じ作りだ。北半球にあるので、北側が日陰になって暗いからである。
「なあ。なんで、私はここでエプロンなんぞを着ている?」
「似合ってますよ。とっても」
「ふん。次の皿を寄越せ。さっさと終わらせて、狩りに行くぞ」
アルーシュは、無理たくりに皿を奪ってスープを入れる。しかし、直接渡す事はない。
間に立つのは、ヒロだ。ひと回りも2回りも身体の大きさが違う。
目立つのは、そのエプロンとコック帽だろう。セリアは、斧で木を叩き割っている。
料理は、苦手なようだ。
「お前、こんな事ばかりしているのか。もっと他の事をした方がいいと思う」
狩りに行きたいらしい。薪が、どんどん生産されていく。アキラが、それを綺麗に並べている。
人心掌握といえば、結局のところ食料にしかいきつかない。
他に、何か手があるのか。というと、思い浮かんでこないのだ。金を配るとかだと、本末転倒というか。
それは、違うんじゃないかという気がする。
「狩りに行きたいの?」
ザビーネは、宿で寝ているし。配達を済ませて、いくつかの町に寄って帰ってきたのだが。
フィナルもエリアスも痕跡がない。家にいるのだろうか。
「行きたい。今日は、その森にある迷宮を探索しよう」
もう行き先は、決まっているようだ。しかも、よくご存知の様子。
どうしようかね。アキラは、疲れているようだ。
「疲れた。もうやらん。後は、ヒロに任せる」
アルーシュが、お玉をヒロに手渡す。そして、寄ってきた。
エプロン姿で、替わりに立った騎士と部下たち。災難だろう。しかし、必要なのだ。
民心を掌握するのには、食料配布が1番と大和武書房の本にも書いてあった。
「中で、休みますか」
「うむ」
ハイデルベルのギルドは、酒場同然だ。多少変えては、いるが。騒々しい。
アルーシュが、歩けば酒場の声が止まった。
「アルストロメリアの奴が、出てきているとはな。珍しい」
「かかっ。俺が、どこで何をしていようと俺の勝手だろ。で、何の用だよ。王子さま」
挑発的なアルストロメリアの言葉を無視して、アルーシュは手前の椅子に座る。人が座っていたのだが、視線を浴びてかそそくさと移動したのだ。傍目から見ると、強烈な圧迫感があるとか。
その目に宿った眼力でも使ったように見える。
「狩りに行くが、お前も来るか?」
「ばっかやろう。俺が、どうしてやばいところに行かなきゃなんねーんだよ。死ぬわ」
非戦闘員だが、戦闘向きのスキルでも取ればいいではないか。
錬金術師が戦えないというのも、不思議だ。両手を合わせて、魔術を発動させるイメージが強い。
なんだかんだで、用意もあるみたいだし。無理を言っても拗れるだけだろうに。
「ユーウが守るから、安心だ。どうせ、アイテム拾いくらいだぞ。美味しいとは思わんか?」
すごく、優しい言いようだ。珍しい。
「チッ。…しょうがねえなあ。そこまで言うのなら、ついて行かんこともない」
嫌な予感がする。テーブルに座ったままで、足を組みかえると。紅茶を作って出す。
「うむ。そうするがいい。今宵は、門の下だからな。気合を入れろよ」
門の下とは、なんなのだろう。狩りに行くのも、時間は少ない。普通は、終業時間だ。
子供は、寝る時間よ。
「おーし。んじゃ、準備してくっから。明日から、ここも開店できるかねえ。ギルドの職員も暇そうにしてるから、なんとかなんねえ?」
「どうなのだ」
ユウタに振ってきた。あいも変わらない対応だ。錬金術師ギルドに、人は足らないのだろうか。少し、頭を回転させると。
「では、物品の補充だけをするようにしたらいかがです? これならば、研究に打ち込みつつフィールドワークも兼ねられるでしょうし」
「おお、それだ! そいつでいくぜ」
満面の笑みを浮かべる幼女に、悪くないという顔をする王子様。なんてことはない、薬局の補充方式だ。使った分だけを計算して、請求するという。盗まれるという事を考えれば、難しくあるようだが。そこは、ギルド内である。
見つかれば、あの世に旅立ちかねない。禿げの職員を呼んで、相談すると2つ返事であった。
権力とは恐ろしいものだ。
弟は、どうしているだろうか。気になるが、今日はおやすみでもいいだろう。というよりも、毎日戦わせたらレウスとザーツが仲良くならないだろうし。
「で、場所に転移門を出せるのであろうな」
「それは、もちろん。皆を呼んできます」
エッダが、ちょうどやってきたので捕まえると。
「拓也さんたちは、どうされました?」
「それなら、上に上がられたようです。疲れたみたいで、寝るとかいってました」
ああ。そういう事ね。まあ、美雪も定子も可愛いからね。やるよね。デスヨネー。
「そうですか。わかりました」
さすがに、上へ上がっておらおら開けろや、とかできない。まあ、早すぎるとは思うんだ。
だって、2日? 来てから何日になるのかわからないけどさ。ドッキングしてるんですよ。
稼ぎもろくにしてないだろうに。ねえ。
いや、部下ってわけじゃないけど。それに近いもので、いろいろと便宜を図るつもりだけどね。
扉を開けて、セリアとアキラを手で呼ぶ。
人の通りが、夜だというのに絶えていない。それどころか、灯りがついている。
雪化粧に、ロウソクの火がとっても綺麗に映える。
「行くのか?」
「待ってたぜ」
ぞろぞろと、ついてくるのはネリエル、ミミー、ミーシャとチィチだ。
多すぎる。これに、フィナルとエリアスが入るのだ。誰が、誰だかわからなくなるだろう。
「よし」
しかし、集まったのはエッダとエリストール。構成的に、すごい偏りだ。回復が、いない?
エリストールを回復役にしないといけないだろう。セリアとかは、自動で治る。
「おかしいですね。フィナルとエリアスの姿が、見えないんですけど」
「奴らは、ちょっとヘマをしたので明日までこれないぞ」
そうなのか。道理で、待っていても来れない訳だ。しかし、一体、どういう失敗をしたのだろうか。
思い返しても、おかしい。
明日は、まさに前日になるのだけど。
「気にするな。死ぬようなお仕置きではない」
転移門を開くと、森に飛ぶ。
松明がそこかしこに建てられて明るくなっていた。魔物避けに、石で魔塔が作りかけで置いてある。
「それと、だな。今日は、こいつを渡しておく。受け取っておけ」
と、アルーシュの手には4つの小さなチョコが乗っていた。形が崩れたのかそれとも、そうだったのか。
崩れかけたチョコである。普通は、もう少し大きいのではないだろうか。
「ありがと。しかし、時期が合っていないよね」
「ふん。季節感という奴だ。察しろ!」
異世界にバレンタインデーなんてないのだが。しかし、そういうのを考えるのは山田だった。
正月とかも画策しているらしい。フィナルの領地には、神社なんてある。しかし、力は弱いようだ。
チョコを貰うと、そのまま風を解いて4つ口に放り込む。
「なっ」「げぇっ」
アルーシュとアルストロメリアが、同時に声を出した。パーティーのメンバーは、その声の主を見る。
なにか、おかしかっただろうか。
味は、普通だ。苦いというか。濃いと言っておこう。
「さあ、行きましょう」
「いや、お前、それ、平気なのか? ほら、おかしいところとかないか」
なにか、変なものでも混ぜていたのだろうか。だからといって、アルストロメリアの頭を殴ったり、ちぎったりしない。紳士で行こうと決めているのだ。
最近は、あまり殺していないような気が、オークさんたち虐殺がありましたっけ。
いや、捕らえてどうすんのという話ではある。
「平気ですが?」
毒に対しては、耐性があるつもりだ。
「そうか。ま、そうだろうな。ふふふ」
何が面白いのか、アルーシュは肩を揺すっている。頭でもイカレタのかもしれない。
「では、私の隊が先行して進む。いいな」
セリアは、さっさとチームを決めてしまっていた。横には、ネリエル、ミミー、チィチ、エッダ、エリストール。
ユウタの方には、アルーシュにアルストロメリア、アキラ、ミーシャ。
バランスで組んでいるようだ。
「どんどん、先には行かないでね」
「いや、進まないでどうする。足でまといは、いないだろ」
アキラが、けっこう心配だ。ミーシャは、見た目に反して狩人として性能が高い。他は、言わずもがなだ。
駐屯している人間が、増えているような感じがする。飛空船が2隻も地面に降りていた。
スルーパスで、塔の内部に入ると。
「上にあるのに、寄っていくぞ。今日の目的は、それと。地下だ」
何をするのだろう。上には石碑がある。上層にいたオークたちは、殲滅されているようだ。
進めど、すれ違うのは聖騎士と魔導騎士のパーティー。
「上で、何を?」
「聖水だけでは、不十分だ。ここは、元々下僕である森妖精たちが管理していた施設なのだ。したがって、やるべき事は私の力を注ぎ込んで活性化させる事にある。まったく、人間たちは大地を干上がらせるばかりだからな。本来なら、森で覆われているはずの国だぞ。まったく」
まったくまったく、言い過ぎではないかなと思う。森妖精が管理していたとか初耳だ。
エリストールは、そんな事を言わないし。アルーシュは、なにかを知っていそうな感じだ。
魔術やら戦闘スキルやらの事は勉強しても、歴史を勉強していないという。
だって、畑を耕すとか金儲けで忙しかったんだよ。そこまで手がまわらないっての。
「左様でございますか」
「だから、その気持ち悪い言葉を時と場合で使い分けろと。まったく」
まった、くまったく。アルーシュのわがままぶりには、困ったものだ。子供は、寝たほうがいい。
身長が伸びなくなる。ほら、成長ホルモンは寝ているときに分泌されるからね。
ほら、一つ賢くなったね。
16歳までらしいよ。身長が伸びるのは。あと、おっぱいが成長するのも。なんて言ったら、アルーシュに顔面パンチを食らうので止めておこう。
「うわ、これは酷い」
下に行くセリアたちと上に行くアルーシュで別れてしまった。そして、石碑の周りには血と異臭がしている。
「水で洗っておきます」
「うむ。出しっぱなしで頼むぞ」
ええ? っと思ったが、口には出さない。頼まれれば、やりますとも。意味があるのかないのか。
魔術で、水を垂れ流すと。アルーシュの手をつけた石碑にかかって湯気が立つ。熱いのか。淡い燐光に包まれて、緑色の輝きを帯びた。
「ふむ。あれだな。やったぞ、ミッションクリア。的な感慨深いものがある。この国を攻めなくとも、石碑さえ確保できるなら問題ないかもしれん。問題は、他所の土地だな。北とか東の帝国とか」
そこまで、攻めるのか。いや、そうだろうと薄々思っていたけれど。
「よし、さっそく下へ降りるぞ」
というよりも、良い事なんだから大使かなにかとして行けばいいのではないだろうか。
まあ、勝手に人の土地の物を動かしているのであるけれどさ。
急に、建物全体が明るくなってくる。光苔でも生えているような感じだ。
内部が明るくなり、永続光のカンテラも要らなくなった。
「まー、すげーもんだな。あの光。この光ってのも、建物が力を取り戻したってことなのかよ」
「ふふん。その通りだ。アルは、知っていたか? ここが地脈の通り道だという事を」
アルストロメリアをアルって呼んでいる。知っている仲なのだろうか。階段を下へ降りているが、セリアたちの姿はない。
一直線には、上がったり下ったりではないのだ。面倒な事に、広間を通らないといけない様式になっている。
建物なのに、迷宮の様式で戦闘用なのかもしれない。
「地脈、ああ。なるほどな。じゃあ、下は何に使っているんだ?」
「霊脈とも言うからな。魔界の門にされやすい。活性化したらしたで、問題がでてくるんだよ。魔物は迷宮で肥えるだろうし。大地を豊かにしようとすれば、反動も起きる。その為の冒険者なのだからな」
めんどくさい事だ。魔界といえば、ウォルフガルドで蠢動している連中がいる。
さっさとパーティーメンバーを強化して、駆除しないとな。
身体は、1つしかないんですよ。




