273話 黒い木の向こう側10
骸骨元奴隷は、勢いよく口に肉を放り込む。
テーブルの上にあった皿を食い尽くす勢いだ。隣のザビーネも負けじと、腹に入れていたが止まっている。替わりに、白い毛玉がでてきて食べだす。
なんで、ひよこは大人しいのか。人一倍食欲旺盛なのに。狐もだ。フードのなかで丸くなっている。
「どうしても、ダメでしょうか」
「即答は、しかねます。何しろ、ハイデルベルの都から始めているところでして」
敵を倒すのは、いい。問題は、その後。どうやって、維持していくかにある。仮に、もっと強力なオークやらゴブリンが攻め寄せてきたらどうしようもない。
「そうですの」「大変なんだねっ」
クラリスは、わかっているのかわかっていないのかわからない。天然だ。
引き受けたとしよう。だが、いつもバーモントにいるわけではないのだ。思い出すに、変身して攻撃した砦だとか町が近くにあるような気がする。
エリィの父親は、見たことがなかった。という事は、死んでいたのかも。また、歴史が変わってしまったようだ。
「でしたら、ミッドガルドかウォルフガルドから兵を出して欲しいです。兵隊さんが、沢山死んでしまってお給料も払えないのですけれど」
それは、問題だ。そんなに困窮しているのか。資料でも見せて貰わないと、納得しかねる。
骸骨元奴隷の萎びた髪の毛を見て、匂いが漂ってきた。鼻に、ツンと来る。
「さて。どの程度、入用なのでしょうか。商人から借り受けるとかいう話は?」
すると、エリィの薄い金色をした眉がぴくりと動いた。きつい質問だっただろうか。
「それは。お父様も、苦慮していると思います。できれば、500万ゴルほど用立ててはもらえないでしょうか。お願いします」
桁が、100倍くらい違うのではないか。500とは、また少ない。それでは、ミッドガルド兵1人前くらいだ。士官なら、それくらい貰っているはず。
「それで、よろしいのですね」
「はい、その。借用書は…」
この子、本気で言っているのか。とんでもない。アルーシュ辺りに見つかれば、腹パン案件。
ただ、顔は整っているから好みではある。部屋の隅っこに控えている少年とかいなければ。
「1つだけ教えてください」
金貨の詰まった袋を5つ。100万ゴルに分けてインベントリから出すと。
少女の目を見る。
「なんでしょう」
「このお金をどうするのですか」
「お恥ずかしい話なのですが、先の戦いで多くの兵士が死にました。その手当金に使おうと思っています」
なんてこった。焼け石に、水をまこうというのだ。やった金が、そのまま消えてしまう。
しかし、情に厚い子のようだ。不穏な感じがしたのは、気のせいだろう。
「足りますか。500万ゴルで」
「えっと。足りません」
800人でて、50人。残りが、どれだけ戻ってきたのか。増えたとしても、500万ゴルなんて雀の涙だ。通貨換算が、10倍だったかな。だとしても足りない。
エリィが、仮に身売りをして奴隷商人辺りに輿入れするとして。5000万ゴルくらいかな。
いや、もっと出す人間は出すだろう。しかし、
「もっと、がーっと行っちゃいなよー。お兄ちゃんなら、大丈夫だよねっ」
クラリスは、にこにこしていう。まるで、わかったような感じである。誰かに似ているような。
妹だ。シャルロッテに雰囲気が似ているのだ。恐ろしい悪魔がいた。
「5000万、ゴルでよろしいでしょうか」
ハイデルベル金貨で良ければ、とかせこい事が頭をよぎる。ドレスの胸元を開けられているが、気の迷いだろう。
更に、インベントリから箱を出す。5千で1つの箱を、テーブルの上に乗せた。
もう、乗るしか無い。
「ついては、私の意見をすぐにでも実行していただきたい」
「なんでありましょうか」
さっきから、にこにこ顔だ。かもと侮られているのかもしれないが。これで、ビッチだったらとんだ毒婦だろう。
「まずは、炊き出し。それから、兵士の募集です。さらには、兵士の駐屯を許されたい」
「ええ。でも、お父様に聞かなくてはいけません」
聞くもなにも、正規兵が50人しかいないようでどうするというのだ。他の貴族が、これ幸いに兵を進めてこない可能性はあるだろうに。あくまで、エリィは貴族の少女で見識というのは低いようだ。
演技かもしれないけれどさ。
「聞いてこよっか」
「止めた方がよろしいかと」
エリィは、壁に並んでいたメイドと若い男を呼ぶ。箱を持って行かせるようだ。
聞きに行ったら、きっとバーモント伯の命日になってしまうだろう。食い過ぎて糖尿病かやり過ぎなのかしれないけど。
「あっ、そうですわ。でしたら、私もお手伝いします」
ふぁっ? 何を言い出すのだ。この人は。戦闘経験もない人間を連れて歩くなんて、とんでもない。
「じゃ、早速用意しようよ」
帰ろう。しかし、勝手に帰ったら帰ったでどうなるのか予測が付かない。ひょっとすると、領地の事がまるでわかっていないとか。そんな風に見える。
骸骨元奴隷は、腹が膨れたのか。動きが止まっている。手が、水差しのところまでいかないようだ。
それを取って、硝子のコップに注いでやると。
満足したのか。急に、テーブルの上へ突っ伏した。ひょっとして、睡眠薬でも入っていたのではなかろうかと。そういう具合。
ちなみに、何も食っていない。そして、水も飲んでいない。何か入っていたとしても、効かないのだけれどね。
扉が、開いて入ってきたのは年配の執事だ。鋭い目つきをしている。目が開けば、実力者。みたいな。
「料理は、お口にあいませんでしたかな」
怪しすぎ。
『盾』を発動しておく。いきなり、不意打ちを食らっては堪らない。
「あいにくと、お腹は空いてませんので。お気遣い痛みい入ります」
ザビーネが、眠そうにしている。睡眠香でも、焚かれているのか。そんな感じで、急速に頭がテーブルを叩いた。
おかしい。
「2人とも、寝てしまいました。姫様には、私が帰ったとお伝えください」
「あいや、しばらく。お連れの方は、部屋でお休みになられるようお部屋を用意させました」
なんとも、用意がいいではないか。ひょっとすると、本気でエリィはその気になってしまった。なんてね。ないな。
主人が座る椅子の横に立つ執事は、直立不動だ。腰には、武器もないが。
立ち上がると、2人の身体を掴む。
「お待ちください。大変失礼しました。ですが、姫様は覚悟を決めておられます。どうか、お情けをかけて差し上げますよう」
姫と執事。
どっちが、仕組んだのかしれないが。そんな物を食うほど、童貞をやっていない。愛がなければ、駄目なのだ。しかし、愛ってどうやって生まれるんだろう。付き合いか。過程を経れば、自然と生まれるとでもいうのか。
転移門を開いて、骸骨元奴隷だけをラトスクへ送り出すと。ザビーネは、そのままにしておく。
それを、執事の男は片目を開いて見ている。細いんだよ。
「そういうのは、止めていただきたい。あたかも、私が身体を要求したようにしか見えませんよ。評判に関わりますので、それならば援助も致しません」
「…どういう方なのでしょう。私には、理解しかねます。貴方には、何の得もないではありませんか。貴族たるもの、欲得あってこそ名声も立つ。そのやり方は、失うだけではありませんか」
賢しげな物言いだ。そんな物は、糞にでもくれてやればいい。やり方がわからないのなら、教えるさ。
といっても、バーモントの領地を見てからの話だ。
南のデール村と以北の小さな村は、それはもう貧しかった。
なんていうの。草みたいなのが、主食っぽい。日本では、水飲み百姓なんてあったけど。
厚い葉っぱに、細い草。あわだったり、ひえだったりするのかね。
「それが、なにか?」
「何か? とは、否。この厳しい大地に、望むべくもない希望を。これみよがしに金貨を見せる。そのやりようが、姫様を惑わせるっ。小僧、商人の手先かっ」
「金は、金でしょう。人類が生み出した最古の仕組みです。誇りでは、食べていけませんから」
何に憤慨しているのだろう。執事の男は、拳を怒らせている。そこへ、ドアを叩く音がして。
「ヴァン執事長。そろそろお支度が、整いましたよ。お連れしてください」
ヴァンは、目だけで返事をしたようだ。刃物でも抜きそうな感じだ。
「姫様を汚すような事は。こちらへ」
怒りを目に湛えている。ザビーネを背中にかかえて後ろを歩く。柔らかい身体だ。
ヴァンを追って、部屋を出ると。無言で、進む。
そして、丁度部屋からエリィとクラリスが出てくるところだ。厚手のコートを着て、コサック兵のような丸く白い帽子をしている。
「いきましょう。ヴァン、後の事はよろしくお願いしますね」
「お任せを。しかし、姫様。無理をなさらぬよう願います」
「わかっているわよ。ねえ」
メイドが、先行してヴァンたち執事が頭を深々と下げる。そうして、エリィは横に立つと。
「ヴァン爺は、何か失礼な事を言っていませんでしたか?」
じいさんか。まあ、爺なんだろう。50台だと、爺のようである。正確ではないにしても。
「いえ。何も」
「んー。ほら、やっぱりやせ我慢してるよね。お兄さん、もっと発散しないと。お爺さんだからって、遠慮しないでやっちゃっていいんだよ」
クラリスは、物騒な事を言う。何か、見透かされているようで落ち着かない。いや、実際殴ったら死ぬでしょう。
「んー。早速、慰問してしたいと思っているのですが。それと、婚約を発表しませんと」
おふう。本気か? 本気じゃないよね。そんな事したら、フィナルとかが現れる。しかし、現れない。
どうしたのだろう。ちょっと、寂しくなった。
彼女との絆は、地獄の果てで結んだものだから。
「それは、気が早いでしょう。どこの馬の骨ともしれない子供と婚約なんて、姫様の気が狂ったとしか思われませんよ」
「そうでしょうか。私は、運命を感じましたけれど」
なんて言った。超犯されますよ。いや、脳が犯されているのかもしれない。
夢見る少女の顔だ。やばいよ。何がやばいって、そんな事を平然と言ってのけるエリィが。
ぐいぐいくる。肉食系女子なのかもしれない。見た目は、儚げなのに。
「ひゅひゅー。お姉ちゃん、本気だね。クラリスも、頑張らないと」
こんな女の子たちは、初めてではないだろうか。セリアは、殴るしアルーシュは斬りつけてくるし。
とかくこき使われることばかり。ヨイショされるのが、これほど心地良いとは。
外へさしかかり、兵士が整列していた。皆、真剣な表情だ。怪我をしている兵士まで。
「姫様のご視察であるっ。皆、傾注」
しかし、エリィは怪我を負っている兵士の側に寄って杖を手に呪文を唱えだした。
『光、あれ』という系列の回復呪文だ。治療を受ける兵士が、すぐに元気になって包帯をとる程だ。
腕すら生えてくる。
「皆さん。ありがとうございます」
「姫様」「いえ、俺たちが不甲斐ないばっかりに」「勿体無いお言葉です」
と、男たちは泣いている。そして、立ち上がると。顔色が、青い。魔力が、もう尽きかけているのだ。
「姫。無理をなさらぬよう。此度は、これまでにしていただこう」
仕方がない。いいのか? 見せてしまっても。城の中へ引っ込むと、素早く着替えて戻る。
『幻影術』で、ザビーネを変装させて。着るのは、違う色のローブと鉄仮面だ。ヤカン頭ともいう。
男たちは、不審そうな顔になった。
男の1人に近寄って、『回復』をかける。その男は、片足がなかった。付け根から、元の姿になろうとして筋肉が盛り上がっていく。
「これは、姫様と同じ? いや、それ以上だ。貴方は、一体」
『使役』を使ってザビーネの指で、口を閉じさせる。すごく怪しいだろう。
二人羽織をしているのだが、ザビーネに意識がない。
操るのも、大変だ。同時に、怪我をしている人間に『回復』をかけないといけないのだから。
「お兄ちゃん、背中に張り付いてナニをしているの?」
クラリスが、それとなく聞いてくる。エリィは、消耗して気がついた風ではないのに。
なんとか、終えると。にやっとした小悪魔は、
「やっぱり、凄いんだね。でも、どうしてそんな事をするのかなあ。わかんないよ」
そうかもね。でも、有名になると困るんだよ。わかって欲しい。
クラリスは、しゃがんでパンツが見える格好だ。股間が痛い。ザビーネの背中で、立てないのだ。
「でも、秘密にしておきたいんだ~。うん、内緒にしておくね」
速攻で、ばれた。なんで、クラリスってば勘がいいの。
時計を見ると、3時になろうとしていた。エリアスは、こない。やる気があるのだろうか。




