271話 黒い木の向こう側8
おかしい。
戦いに来た訳ではないのに、男たちに囲まれようとしている。
骸骨の顔をした幼女の手を引くと、骨が折れてしまうのではないか。
栄養が、身体に足りていないようである。
「貴様ら、この方をどなたと心得る。ミッドガルドにあっては、貴族の子弟アルブレスト卿にあらせられるぞ」
ザビーネが、国の権力にものを言わせようとした。しかして、手は剣にかかっている。
囲もうと動く人間に、拳で突く。横に回ろうとした人間が倒れて、かかってくる男をまた1人と。
5人ほど、地面に転がって男の方が前へ出てくる。
「貴様ら、本当にミッドガルドの騎士か? 羊人がミッドガルドの騎士など聞いた事がないぞ」
「それは、そうだ。こちらの方に決っているだろ」
男は、ユウタを見てそれからザビーネへと視線を戻す。どうみても、信じていない。子供と獣人の言葉。説得力に欠けるようだ。
後ろに居るでっぷりとした男の背後に回り込むと、そのまま脇腹を軽く叩く。
胃液を吐いて、膝をついた。
「どうしてくれようかねえ。とりあえず、土下座が必要なんじゃないかな。こいつは」
「な、後ろ、だと?」
女が、後ろを向く。駆け寄ってくる男たち8人を、指弾で足を撃ちぬくと。地面へと転がった。
「ぐぅう。こんな真似をして、只で済むと思うなよ」
どうしよう。このデブ。めっちゃ殺したい。というか、貴族らしくない格好をしているから説得力がないのだろうか。アルーシュたちのように、キンキラ金と着飾っておくべきなの? なんで、喧嘩を売られるのかというと知名度の問題かもしれないし。
いや、全部が駄目なのだ。女騎士が、槍を構えながら。
「仮に、貴様らがミッドガルドの客人だとして、奴隷を連れていくのは違法ではないか。ここは、バーモント領であるからその法に従っていただく」
「従えないと言ったら?」
法だとか言い出した。どうせ、無理たくりに奪っていこうとしていた癖に。貴族とは、そういった側面がある。下のものは、全て従うべし。みたいな。そうは、いかない。
折れそうな身体で、今にも死にそうなのだ。どうして、見捨てられようか。
「力ずくでも、従わせるまでだ!」
女騎士は、やる気のようである。
「まあ、待て。サー・ベネディクト。本当に、ミッドガルドの方であれば何かしらの証明でもしてもらわねばならん。その証明は、できるか?」
やろうってのか。そんな物は、簡単に立てられるのだ。ここまで、因縁をふっかけておいて水に流すとか。震える子供? の手が、苛立ちを加速させる。
転移門を開いて、先程のアイスマンとゲルラッハを引きずり込む。目を白黒させて、立ったままだ。
「サー・アルブレスト。これは、一体。なんの、どういう状況なのですか」
「私の身の証を立てて欲しい。らしいのですよ。まさか、アル殿下を引っ張ってくる訳にも行かないでしょう。フィナルでも良いのですけれど」
「それは、止めてください。絶対に」
男と、ベネディクトと呼ばれた女騎士が固まっている。逃げようをしているデブの腹を軽く蹴る。
また、デブ奴隷商人は、悶絶した。
「ふむ。証とは、紋章でも納得が行かないのですかな。アルブレスト卿の家門は、鎧の品があるとか聞きますが」
持ちあわせていない。というよりも、父親は旗を持っていたりするのだろうが。戦場でも、立てた事がなかった。
「おい。失礼しました。そちらの騎士。事を荒立てれば、バーモント伯爵の改易、接収もあり得る所業をしているのがわかっているのだろうな?」
長身の騎士が、雰囲気を出して間合いを詰めた。頼りになる。危うく、殺戮の宴が開催されるところだった。
「何を言っておられるのか。我々は、職務を全うしたまでの事。奴隷を勝手に連れていくのは、違法だと言っているのだ。そこに、間違いなどない」
「ふむ。ゲルラッハ卿。本当に、何もわかっていないようだぞ」
「わかっている。我々だけで、話をしよう。アルブレスト卿は、先に行かれよ」
黒い鎧に身を包む騎士は、腕で促す。いかつい面に、少しの変化もない。
アイスマンと同じタイプか。
「ありがとうございます。もう少し、兵を呼んでおきますか」
そのまま、転移門を開いて兵士を10人ばかり呼び寄せると。
城へ向かって、歩き出した。
人の輪が、さっと二つに分かれる。
「師匠。成敗、なされないのですか」
「んー。他人の奴隷っていうのは、確かかもしれないしね」
にしても、がりがりになった奴隷に一体どんな価値があるというのか。凹んだ眼窩は、澄んだ眼差しだ。
まるで、変な物でも見ているかのようである。『回復』と『浄化』をかけるが、変化は見られない。
みるみる内に変わったりとかしないようである。残念。
通りは、異変があったせいか視線が集まる。人通りが、少なかったのだけれど騒ぎを聞きつけたのだろう。
ザビーネは、鼻息を荒くして。
「私は、あの者たちを斬るべきだったとおもいます。なんですか、あの無礼な態度は。あのような人族ばかりです。私は、行く先々で身体を要求されるし。腐っていると思うんですよ。どう思いますか」
己に言われても、困る。
身体を要求されるとは。また、獣人だからなのかもしれない。寒いし。娯楽もなければ、セックスだけが楽しみになってしまうだろう。実際、ウォルフガルドは漫画やらゲームやらないし。山田が持ち込んでくる雑誌に模写本というのは、実に貴重だ。
更に、音楽がある。学校には、資料という形でも音楽があるし。PCを利用して、音楽を石に入れて販売するなんていう計画があるのだ。
錬金術で、録音する石を作るのが本題だ。決して、育毛剤が高いからアルストロメリアに作らせようなんていうのではない。
拓也たちが、異世界で速攻セックスに励んでいるのも娯楽がないせいだろう。夜に、やることがないのだ。そりゃあもう、猿になって然るべきである。
では、少子化を防ぐには文化を無くせば良いということか。テレビを取り上げ、インターネットが出来ないようにして、音楽もなく、雑誌、漫画、小説、アニメその全てを奪えば。
AVやら3次元と2次元を封印すれば、もっと完璧になる。犯罪率も跳ね上がるだろうけど。
「いけないとは、思うんですけど。ザビーネさんが、魅力的なせいですね」
「え? 師匠。もう一度」
なんで、もう一度も言わないといけないのか。
「ザビーネさんの美しい髪に、艶やかで立派な角。決して、物珍しさではなくて女性としての魅力が溢れているからです。勘違いされない程度に、対応されればきっと楽しく過ごせますよ」
「美しい、ですか。この髪、いえ、ありがとうございます」
なんとも、チョロい娘だ。この調子では、あっさりとアヘ顔ダブルピースする事になってしまいそうである。悪い男に引っかかりそうな女の子が、心配になった。
身体と顔が良ければ、男は寄ってくるものだ。ましてや、異世界。その日の内にも、毒牙にかかるだろう。なんせ、宿屋なんてラブホテルのような物であるからして。
昨日は、お楽しみでしたね、だ。
宿屋の親父になってみるのも、一興かもしれないな。
雪が凍って、道が歩きにくいもののなんとか領主の城へと辿りついた。
正面には、兵士が立っていて篝火を前に緊張した面持ちだ。
入れるだろうか。近寄っていくと。
「止まれ。何用で、この城に来た」
また、なのか。紹介状をもらっていないので、もう帰っていいかもしれない。
しかし、手間だ。せっかく来たのだから、すぐに帰ってこれるとはいえ。
バーモント領の心象は、マイナス276度くらいになっている。
いいんじゃない? このまま回れ右で。
「バーモント伯からの呼び出しに、従ったまでです。私の名は、ユークリウッド・アルブレスト。ミッドガルドでは、騎士を勤めます。こちらは、従者のザビーネ」
騎士の証といえば、黄金拍車だが。持っていない。簡素なブーツだ。
「そんな話は、聞いていないが。確認してくるので、しばし待たれよ。お前は、丁重に応対しろよ」
「了解。ご苦労様です」
兵士の男は、大股で城の中へ入っていく。城門は、開けっ放しだ。これでいいのか。
仮に、召喚系のゴブリンだかが潜入してきたら大変な事になりそうである。
何しろ、結界が張られているようではないし。転移もしたい放題だろう。
インベントリを開いて、暖かい飲み物を用意しよう。そのうちの1つを、兵士に渡すと。
「ありがとう。こいつは、変わったお湯だな」
茶というのが、わからないらしい。香ばしくある茶だ。アルカディアが、原産地。ルイボス茶に似ているので、そのままルイボス茶にしてしまった。
鉄分やら入っているので、健康にもいいはず。ただし、水の摂り過ぎでデブになる恐れもあるだろう。
質問してもいいのだろうか。大敗して、兵力がどの程度残っているのかが気になる。
全く残っていないとしたら、やばい。今日にも、滅んでしまうような感じでやばい。
「君は、魔術師なんだな。初めて見る魔法だ」
見たことがないようである。更に、テーブルを出して椅子を並べた。
「座ったら、いかんよ。これでも、門番なのでな」
真面目な門番だった。骸骨奴隷さんは、ちょこんと座っている。回復は、していないのか。
顔に肉が急についたりする様子もない。しかも、全くしゃべらない。
敵が来る気配はしないが、ここをゴブリンやらオークに襲われたら一気に落ちそうな気がする。
「南のデール村が、ゴブリンたちに襲われていた話は知っておられますか」
「ん? 君らは、デール村からの使者なのか。まだ、持ちこたえているんだな? そうなんだろ」
急に、門番の男は興奮したように詰め寄る。
「援軍は、送れそうなのでしょうか」
「それが、なあ。皆、満身創痍だ。生きて帰ってきた兵が、10分の1にも満たないらしい。800人でて、50人くらいって話だ。それで、王都にも援軍を求める伝書鳩をってな。これは、他言無用で頼む」
ふむ。もう一押しかな。
「デール村のゴブリンは、ミッドガルドの援軍が退治したらしいですよ。ぎりぎりで、間に合ったとか」
「本当か? 俺の、故郷なんだよ。頼むよ、ほんと」
「では、信じていただきたいのです。面会の手助けをしてくれませんか」
無理やりに入る事も可能だ。しかし、追い返されそうな気もする。
しかし、城門に現れたのはドレスを着た少女だ。血色の良くなった少女に、何故だか頭はくらくらする。
悪い意味で。
その格差が、許せない。
持つものは、与えねばならないのだ。勝ちすぎては、ならぬ。分け与えるからこそ上に立つ資格を得る。どんな称賛も、賛美も、なんの意味もない。食うに困らぬ者が出ぬように、最大多数を幸福に豊かにする。それが、政を行う者の責務。
1人、勝つって皆貧しければ徳無し。ひとでなし。努力した者が、利益を得る。それも、限度がある。
1人、利益を得てもその腹に入る飯は知れている。10倍、20倍は良いだろう。
100倍、1000倍にもなれば使い切れないではないか。
なので、できるだけ給料を気前よくやる。権力と結びついて、やり方を知っているだけで唸るように金が入ってくるのだ。
「いいんだが、姫様だ」
勢いよく裸足で走ってきて、ひっくりかえって地面へと頭を叩きつけるところを受け止めた。
この人、馬鹿なのだろうか。
「あ、ら。ご、機嫌よう。アルブレスト様。大丈夫です」
「はあ」
更に続けて、クラリスが走ってくる。なんだ。この状態。
立たせたのに、また体勢を崩して倒れてくる。微妙な胸が、柔らかい。
けっこういい匂いがした。帰る気だったのに、クラリスがタックルしてくる。




