265 黒い木の向こう側2●(エルザ挿絵)
石像が、動き出す。そんな気がする。
後ろを見れば、穴がふさがっていた。
「お、おい。こいつは」
帰れなくなった、か。そんな事は、ありません。と、転移門を出そうとしたがでない。
妨害を受けているフィールドなのだろうか。
入ってきた左側にも、石像が立っている。振り返ってみても動かない石像だ。
「帰れなくなっちゃいましたねえ」
「ばっ。バカ野郎。そんなに、落ち着いてられるかよ」
アルストロメリアの蛇が、その背後で警戒しているかのようにとぐろを巻いている。
「扉は、開かないようだ」
巻き角をした少女が、手で扉を押したり横に引いたりしている。何か仕掛けがあるのだ。
もしくは、そのまま閉じ込めて置くタイプの物かもしれないが。
と、四方で音がする。盛り上がってきた石をすかさず破壊した。
「おい?」
説明している時間がない。時間式の罠だったりすると、全滅だ。
天井からも、四角い石が飛び出してくる。何かの装置だ。ガスか。或いは、そういう類の。
そして、石像が動く。左右だ。左を見れば、鋼鉄の鎧といった趣をしている人型。
鑑定すると、オークタイプアイアンソルジャーなんてでてくる。
斧を手に、している。先手必勝だ。駆け寄れば、相手の反応は鈍い。殴ると、足からばらばらになった。
「うあ。なんだよ。すごい音がして、眠れないや」
今頃起きたんかい。猫は、浮遊して主の元へ向かう。奥には、灯りがある。気配がしないので、1体だけなのだろう。反対側からも出てきて、ザビーネが相手をしている。入ってきた側の動きの鈍いオークは、アルストロメリアとエッダを追い回していた。
ひょっとして、戦えないのだろうか。
「じゅ、銃っ。撃てって」
「はじかれちゃって、弾がっ」
錬金術士の2人は、のそのそと追いかけるオークを相手に必死だ。見ていたら、死んでしまいそう。
「おいっ。こらっ。助けろっ」
いらっとする物云いだ。助けてくださいと、愛らしく言えないのか。それならやぶさかじゃないのに。
小走りに近寄っていく。
鋼鉄の腕が振り下ろされる。鈍足に強肩のようだ。腕は、そのまま幼女2人を吹き飛ばす手前で止まった。
「ちゃ、ちゃ」
自称天才錬金術師の幼女は、前のめりに倒れている。仰向けに倒れるオークは、中身があるようだ。
再生する様子は、ない。
「ちゃ?」
「ふ、ふぃー。よくやったぞ下僕」
おお。神よ。この幼女をぐりぐりとしたいです。
立たないアルストロメリアに、エッダが手を伸ばす。銃を持っていたようだが、それは意味がないようだ。
「いで、いでで。こ、腰が。お前、火線が使えるんだろ。ちゃっちゃと、それで倒せよ」
よくも言う。室内では、強力な術を使うと味方を巻き込んでしまう。状況次第だ。
相手が、水の術で対抗してくると自爆しかねない。わかっていないのかな。
「それは、状況を見て使いますので」
「今がその時だったんじゃねえの。錬金術師に戦闘は、辛いんだぞ。まったく」
評価が下がっているような気がする。ザビーネの方は、剣で斬れないようだ。斬撃が、鋼鉄の鎧に阻まれているのか。威力が足りないのか。その両方かもしれない。淡い光を放っているのは、オークアイアンの方だ。その攻撃を避けている。
「手を出さないで欲しい」
援護しようとすれば、このセリフ。背中越しに、気配を感じとったのだろう。
「おい。無視して、援護した方がいいんじゃないのか」
アルストロメリアの言は、もっともな意見だろう。扉に触って引いて見ると、内側に扉が動く。
というよりも、握った部分から曲がっていった。
「すげえ。力持ちなんだなっ。こう一気に開けちまおうぜ!」
猫が、ぷかぷかと浮いて叫ぶ。気を良くして、さらに引っ張る。すると、壁の方が崩れ出した。やばそうな感じだ。
「やめておきますか。中を探索してからにしましょう」
「だな。なんか、崩れそうだしっ。ともかく、オークを倒しちまおうぜっ」
戦っていないマスコットが、拳を握り締める。
そして、オークは、斧と拳による攻撃する。さしたる相手でもないのに、ザビーネは手こずっていた。
攻撃が通っていかないので、汗が浮かんでいる。後ろで、応援するべきなのだろうか。
「くっ」
「やばいって、やばい。ほら、殴って倒しちまおうよ」
幼女は、そういうけれど。ザビーネが、手で制する。剣には、闘気もなく。ただの斬撃で、鋼鉄の鎧を切り裂こうと頑張っているのだが。終わらない。それに飽きたのか、幼女2人は、開いた場所へ向かおうとする。
「終わるまで、待っていた方がいいですよ」
「そ、そうだな。そうしよう、なっ」
エッダが、意外に元気だ。アルストロメリアの方は、もじもじとしている。漏らしているんじゃないだろうか。それで、見えないところに行こうとしたのかもしれない。
しかし、今更だ。
と、斧が飛んできてそれをキャッチした。オークの攻撃に変化があった。交わした体勢で、動けないザビーネの足をすくうと。
「しまっ」
のしかかるようにして、飛び出す。そこを拳で殴りつけた。鋼を突き破って、柔らかい肉に接する。めり込んで、そのまま押し戻した。ザビーネは、血まみれになってしまった。その点は、しょうがないだろう。
「うわー。えぐいパンチだなー。っていうかー、なんなのその威力。おかしいよね」
手をまじまじと見て、触ってくる。小便もらしているとは思えない幼女だ。
「大丈夫ですか」
「あっ。…ああ。助かった」
そのまま起き上がると、豊かな胸が目に入る。コートがはだけて形ある胸だ。
見上げる格好が、いい。
「よし。さっそく奥を調べようぜ」
まずは、近いザビーネが戦っていた奥へと向かう。石でできたしっかりとした通路。
その奥へ進むと、部屋があった。粗末なベッドと暖炉。それに、水瓶があった。そして、白骨化した人間の骨が首輪をかけられたまま転がっている。首輪には、鉄鎖が伸びていて壁に繋がれていた。
オークが、人間を飼っていたのか。そんな感じで、怖気がする。
「んー。何も、ないかー。仕掛けっぽいのは、これかねえ」
レバーをアルストロメリアが指差す。まあ、それしかないだろう。弄ろうと、手が伸ばされた。
「か、かたいな。これは、動かない。ちょっと、引いてみて」
背の高いザビーネが引くと、一発で動く。扉が閉まったようだ。他にレバーらしき物は、なさそう。
「単純に、獲物を仕留める待機部屋かあ。鉄のでっぱりがあやしいな」
鉄でできたボタンを押してみるが、なんの音もしない。という事は、きっと石を作動させる為のボタンなのだろう。
「めぼしい物は、ないようだな」
隣の出入り口へと向かったザビーネとエッダが戻ってくる。そのエッダは、懐から瓶を取り出すと。
「冥福をお祈りします。どうか安らかに」
と、祈りを捧げて火を投げた。煙がでてくる。迷宮では、炎を使うのなら風を確保していないといけないのだが。そんな事を勘案しているとは思えない。
戻って、きた道を引き返して探索するも似たような感じだ。しかし、アルストロメリアは一つの部屋で日誌らしき物を手にしていた。
「なんだこれ」
「読めるの?」
ミミズが走ったような殴り書きだ。急いで書いたのか。それとも、迷宮について書いたのか。
「もちよ。オークのじゃねえな。ちと、血で滲んでいるから読みにくいかもしれない」
「ここのオークを討伐する為に送られた人たちなんだね。骨は、生贄が混じっているみたい」
エッダが、先んじて言う。
「それはいいとして、出入り口については何も残ってないみたいだぞ」
中に何かしらあるのなら、そちらを調べてからで。でるのなら、壊してでるしかないようだ。
ひしゃげた部分をさらにひっぱりながら、魔術と使用。石壁を出して補強する。
「崩れる? やばいんじゃないか」
ツンツン幼女は、エッダにしがみついていた。どっちが、肝の座っている事か。
扉を崩すと、通路が見える。オークが駆け寄ってくる。緑色の肌ではなくて、黒っぽい。ザビーネが斬りかかる。盾で防ぎ、反撃するオーク。ザビーネの剣を避けて、脇腹を殴ると穴が空いた。
「くっ…お前」
「時間をかけられませんので。失礼」
風の術で、探査すれば正面に通じていた。
さらに増えるオークたち。駆け寄ってくるそばから、殴り倒す。
オークたちが逃げる間を与えず殲滅だ。広い場所へ出ると、オークの姿はない。水が湧き出る通路が4方に見える。
「なんだろう。あれは」
中央に石があり、黒い燐光を放っている。祭壇のようだ。天井がないのか。雪が石の天辺に積もっている。上からは、夜なのに真昼のような光。
「あれは、ハイデルベルの守り石だな。という事は、ここは西部という事だね。あの石があやしいぞ。行ってみよう」
幼女2人が駆け出す。危ないのだが。念のために『風の壁』と『防壁』を使用する。味方がやられては、立つ瀬がない。
オークたちの根城なのだろうか。人間の姿が見えない。遠目には、出口の向こうに月明かりで森が見える。
「こりゃあ。女の子だ。まだ、暖かい」
「脈はあるみたいだよ」
「オークの生贄ってかあ? ぶちのめしちまおうぜ! あんちゃんいれば、全部やれるんじゃねえの」
猫は、親指を器用に立てて言う。しかし、ちまちまと潰すのはけっこう大変な労力だ。
魔術をぶっぱするのは簡単ではあるけれど、その後を維持していく必要がある。魔物は、倒しました。でも、元通りでは意味がない。
黒い燐光を帯びているそれに、エッダが水をかける。淡い光を放ってそれが消えていった。
「聖水かよ。奮発したな」
「こういうときに使わないとね」
ナイスです。錬金術師さん。何もできないんじゃ、とか思ってたけど。意外だ。
女の子は、目を覚ます様子がない。
「あー。こういうときは、王子さまのキッスが必要なんじゃねえの」
鼻をほじくりながら、言うセリフじゃねえよ。お前が、やれ。
「いえいえ。ここは、アルストロメリアさまにやっていただくしか」
「ちょっと、待て。俺には、そんな趣味ねえよ?」
ザビーネに目で合図を送る。首を振っているが、幼女は少女と口づけをした。
激しく抵抗を見せるが、strのない錬金術師と前衛ではまるで戦いにならない。
「ごめんね。アルちゃん。がんばってね」
涙ながらに言う彼女の口元では、舌が出ていそうだ。
「むごぉおお」
何とも言えない叫び声を最後に上げる。
「ひでえぇ。こんなひでえ目に合わせるなんて鬼畜、外道、鬼、悪魔ぁっ」
耳をふさぐ声。そんなにも、嫌だったのだろうか。少女は、白いドレスに赤いネックレスをしている。
頭にはティアラが乗っているので、どこぞの貴族令嬢なのかもしれない。年端もいかない子供を生贄にするとは。
何かが、爆発する音がした。
「め、覚めねえけど。つれてこうぜ」
叫び声がする。外だ。夜空に、巨大な月と星が輝いている。ザビーネが、手を握ると。
「うっ」
少女が、呻く。目がゆっくりと開けられた。目が赤い。髪は、薄い金。白金という奴だろう。胸は、それなりだ。そのままザビーネが、少女を腕に乗せる。
「あなたは」
「旅の者です」
「そうですか」
移動して外へと向かう。高い場所だ。石の神殿といったところだろうか。そこへ向かおうとする人間とオークが戦闘している。
馬に乗って攻撃を仕掛けているのが、人間たちだ。
しかし、オーク側は堅実に盾で防ぎ隊列を組んでいる。数の上でも人間が劣勢とは。
三方に円月陣をとって、人間側の兵を削っていく。
「どうするんだ?」
「どうするもこうするも、やるしかないでしょう」
上がってくる階段からオーク兵がくる様子はない。封じるのは簡単なのだが、上から来られた場合逃げ込む事もできなくなる。
「では、お願いします」
「まて。お前、1人でいくのか。私も連れて行け」
駄目に決まっている。ザビーネがいなければ、潜んでいたオークに2人がやられるかもしれない。
それに、混戦になれば守るどころではない。
「駄目です。ザビーネさんは、ここで3人を守ってください」
「嫌だ」
なぜ、ここで駄々をこねるのか。2人を見れば、猫が。
「なあ、ねえちゃん。ここは、オイラに任せろってのがいい女じゃねえのか? かっこよくいこうぜ」
「…では、弟子にしてくれ。それが、条件だ」
なぜ、弟子に。こんな戦闘狂は、セリアにお任せだ。しかし、そうこうしているうちにも倒されていく。
オークたちは、重装甲。対する人間は、槍こそ持っていても士気が目に見えて下がっている。
いいオッパイだ。手に入れておくのもいいだろう。悪い師匠になれば、逃げ出すに違いない。
「わかりました。それでよければ」
「じゃあ、あの鉄をも砕くパンチを」
そこまで聞いて、『隠形』と『壁歩き』を使用して移動する。いくらなんでもど真ん中に突っ込む勇気は、ないよ。




