262話 こいつら、早くなんとかしないと17●(マール)
ドメルの話は、簡単だった。
城を作りたいという。簡潔で、それでいて大変な問題だ。
街の中心部に作るというのだ。
「んで、お前さんはそいつの話に乗ることにしたんかよ」
アルストロメリアは、紺色のフードを被っている。坂で、道すらない。邪魔な草木は、攻撃で更地になっている。
「城は、必要なんですかねえ」
足元の雪をさくさく踏んで登っていく。木が邪魔だ。
「ん。セリアと話をしたんじゃねーの」
幼女2人が、矢継ぎ早に話かけてくる。山の麓へと転移門で移動して、歩いているというのに。
月が、落ちて暗い。森の中では、魔物が襲ってくるのだが。
「ブライトリングソード!」「はあああ。はっはっ」「潰れろっウィンドランスっ」
前衛が、木ごと切り倒している。アルルの光る剣とザビーネの剣撃。それと、痴女の魔術が道を作っていた。補助をするのは、セイラムとアレインだ。
「はあ。それが、連絡を取れなくてですね」
「念話をしたのか」
したら、今は忙しいと言われたの。彼女も都合があるという事だよね。なんで忙しいのかわからないが、結局のところ「検討しておきます」という返事で終わった。前向きには、返事できない。予算もあるが、中央に城を作るとなれば交通網がつくりづらくなってしまう。
真ん中にエッダを含む日本人たち4人。拓也と美雪、定子を配置している。
「しましたとも。忙しいみたいだったので、また今度ですね」
「ふーん。山の上かー。さみー。やっぱ、やめときゃよかったか」
アルストロメリアの格好は、毛皮のコートを被って重装備だ。錬金術師というよりは、白いパンダのような感じである。
「じゃあ、ついてくるとか言うんじゃねーよ」
エリアスが、口元のマフラーを引き上げながら言う。フードの中で、丸くなっているペットたちが温い。
「正直、後悔しとるわ。しかし、おめーの魔力が増えまくっているのをあばかねーとなあ。おっかしーだろ」
そういう事なのね。アルストロメリアの狙いをバラしていくスタイル。嫌いではない。
アルストロメリアとエリアスに差ができたのか。
それは、まあ。エリアスのレベルを上げた結果だ。どうにも、気絶する度に魔力が増えているようで妬ましい。
ユウタの魔力といえば、領地が増える度に空間結界器を設置するので減っていく。
使える魔力と回復する魔力が追いつかなくなった時が、破綻する時だろう。
「へっへっへ。まあ? キノコでも食うか? 魔力が、増えるかもしれねーぞ」
「わらない。それ、怪しすぎじゃない」
泡を吹いて倒れる事必死。
そんな毒々しいキノコだった。
どうみても、食ったら死ぬ感じだ。フィナルが、右側から寄ってきている。
彼女の拳が淡く輝けば、山肌が削げ落ちていく。環境破壊だろう。注意しても止まらない。
「やりすぎだよ」
「ちまちまと、オークだとゴブリンだのを倒している手間を省いただけです」
隠れている魔物ごと、葬り去っているのは彼女だけではなかった。山が、すぐにも禿げ山になってしまうのではないだろうか。迷宮の入り口を探して登っているのだが。
「派手なパーティーですね。ねーねー、魔物の素材とかほしーんだけどぉ」
「死体、どうよ」
「こんなの採れるわけないじゃない」
白い雪でわかりにくい狼と見られた肉片。それに、白い皮か。寸断された巨大な虫の足が、転がっていた。スノースパイダーやマンティス系の魔物だろう。
「羽とかさー。もっと丁寧な倒し方って、あるよね」
うわぁという感じで、羽か何かを持ち上げて放り投げた。斬り刻まれて、元がなんだったのかわからない具合だ。
「素材とか、こんな糞みたいなのいらねーもん。ユーウが1人なら、もっと綺麗なの出すよな。先行しているアル様が、なあ」
適当に攻撃して、適当に蹂躙しているのだ。ザビーネも似た毛色をしている。似た者同士が集まったというべきか。
「ところで、前衛に回復担当がいないんじゃないの」
魔物の棲む山の中だというのに、明かりをつけて歩いている。アルストロメリアは、知らないようだ。
「ピンク色の髪をしたエルフが回復を使えますから」
セイラムは、微妙だ。
「あー、そうなのね。おっぱいねーちゃんが、使えるんだ。どの程度まで、回復魔術を使えんのよ」
フィナルもエリアスも顔を向けてくる。さて、どの程度だっただろうか。適当に流しておこう。
「腕くらいなら、くっつけられるんじゃないですか」
「まぢかー。フィナルは、蘇生も余裕なんだよな」
急に話しかけられて、フィナルは目をぱちぱちとした。
「おーっほっほ。なんですの。…そうでしてよ。錬金術士ごときでは、到底辿りつけない境地ですわっ」
エリアスとアルストロメリアが、「こいつはちょれえ」という顔をしている。実際、そうだろう。
「ならさー。私、賢者の石っていうのを作りたいんだよね。強力してくれないかなー」
賢者の石というと、血か何かで作られた代物だろうか。色々な小説やゲームに出てくる。一瞬で、人の身体を癒やしたりホムンクルスの材料に使われたりと。すごく、有名だ。
フィナルは、前を行くエッダと見て。
「貴方、どこまで知っているのかしら」
止まる。どうしたのだろう。
「おっと、教会の秘密とかに触れちゃったか。そうだとしたら」
「待て待て、ここで殺り合ってもフィナルが悪もんになるだろ」
エリアスが、真ん中に入った。
「それも、そうですわね。賢者の石は、ご禁制の品。錬金術士が、それを作ろうというのならまたも検閲が必要でしてよ」
もっと慎重になるべきだろう。自称天才錬金術師は天災になる。
山は、煙を吐いている。火山のようだ。雪が、その周りにあると見られる。
その中腹に入り口があり、そこへ向かっているのに仲間割れしそうです。
「けちくせーなー」
「びっくりさせんなよ。いきなり殺し合いとか、勘弁だぜ。なあ」
フィナルの雰囲気に、エリアスがびびってる。しかし、賢者の石とはそれほどに禁断の代物なのか。人間の魂を固形化させた物だったりするなら、気になるところだ。
アイテムとしてのそれが、ドロップしたり宝箱から出てきたりという事がない。
隠語のような物だろう。
「ユーウもいるので、お教えしておきますが」
「わー。わー」
エリアスが、フィナルの口を閉じようとしてヘッドロックされた。格闘では、彼女に勝てないようだ。
「古より、禁断の秘術あり。その名を黄金錬成と。人は、富を追い求め欲深き物。ついに、天上をも目指さんと黄金の塔を作りたる。その名を天を貫く塔。神の怒りに触れたる塔は、雷を受けて崩落せり。また、人の都も地に埋められたる」
「……」
アルスマグナ。ソドムゴモラ。
なんだか聞いたことのある話だ。聖書だかに記されていたのではないだろうか。思い違いだろうか。
「そして、その指輪を」
エリアスの反撃で、バックドロップが決まる。白いパンツが見えてしまったが、見えないふりをしよう。
「きしし。お前も、好きだなあ。ええ?」
幼女は、悪い顔だ。口元に手を当てて、三白眼を作っている。
「さて。何のことでしょう」
また、2人の争いが始まった。
後ろでは、打撃を飛ばし合う戦いで山の木が、雪が下方へと流れていく。
そんな2人を見て、エッダが寄ってきた。
「あのー。あの2人を止めなくて、良いんですか? ここは、魔物が出ますよ。もっと、真剣に」
「いいんだよ。あいつら、お目付け役がいるんだからよ。それよか、寒いなー」
アルストロメリアが、腕にしがみついてきた。何のつもりだろう。短剣でもぶっ刺しにくるなら、お仕置きができるのだが。
「えっと、何をしているのかな」
「何って、温まるんだよ。おめーの方がでけえしー。薄着の癖に、あったけー。もしかして、魔術を使いっぱなしにしてんのか。これ」
当たり前である。これを見て、猫までくっついてきた。
「おっ。こいつは、やべえよ。ぬっくぬくだぜ。オイラも、こっちでいいかも」
猫もまた、人を湯たんぽ替りに使おうというのか。頭を引き剥がそうとすれば、
「やー。アル、寒いのー。死んじゃうー」
こいつは、なんなのだろう。かつて、これほど明け透けな子が居ただろうか。胸がないので、邪な気分にもならない。冷てえ。
「2人とも、離れた方がいいと思うの」
そう思う。鼻水が出そうだし。
「ふー。こいつは、あったけえ。暫く、このままでいるぜ」
仕方がない。魔力を持っていかれる訳でもないし。でも、風邪を引きそうです。
前を歩く拓也たちに追いつく。寒そうだ。前衛の姿を見つけると、後ろで戦っている音が遠くなっていく。
「お前ら、遅いのだ。って」
「えへへ。睨んじゃ、やーなのー」
アルルが、遅れてきたアルストロメリアをまじまじと見ている。腕から、離れると。
「暖かかったー。また、よろしくっ✡」
「自分で、温度上昇の魔術を使えばいいでしょう」
「けちけちすんなっ。男だろう? そんくれーは甲斐性だぜぇ?」
何が、甲斐性なものか。錬金術士とは、こういった手合いが多い、と思うのは偏見だろう。
アルストロメリアは、召喚獣を呼ぶのか。本を取り出すと、ページをめくった。魔方陣が輝いて出てきたのは、青い蛇だ。
「…まーいい。さっさと進むのだ」
アルルは、いなくなったフィナルとエリアスを計算に入れたようだ。
「また、幼女に手を出すとは基地外の上にロリコンか。しかも、2人も。まさに、性欲の塊だな」
「……」
ザビーネは、さっさとアルルと歩き出すし。エリストールが後を追っていく。拓也の後ろを歩いていく。
入り口には、狼を連れたオークが立っていた。即座に、肉塊へと変身する。
やることがない。パーティーを分けようにも、フィナルとエリアスが抜けてしまっている。
「なんか、俺たちする事がないんですけど」
「ですよね」
ないんです。後ろで、肉塊を拾っていたり。使えそうな素材を集めているのがお仕事で。
「んな事は、ねーと思うぜ。ねーちゃんたちが、しっかり素材を集めりゃあ一財産になるなあ。おっ。この角は、使えそうだぞ。ラッキー」
幼女は、嬉々として角の生えた狼の死体から剥ぎ取る。しかし、切断できないようだ。
使い魔は、後ろで待機している。
「あ、オイラねてっから。ご主人、よろしくー」
「えっ。ちょっと、バンー。働いてってばー」
仕事をしない猫に、おっとり幼女は困ってしまった様子。素材を集めながら、後ろからついていくのが仕事になりそうだ。
「あの、俺たちも素材を集めればいいですか」
「いえ。それよりは周囲の警戒をして進んでください。油断すれば、矢やら罠で一発ですよ」
「わかりました」
実際には、一発でないかもしれない。しかし、ありえるのだ。絶対に、頭やら心臓に矢なり罠が刺さらないなんて事は。
「やさしーじゃん。てっきり、使い潰すつもりだと思ってたよ。知らない名前だけど、ひょっとしてアル様付きの従者だったりする?」
「さて。どうなんでしょうかね」
この懐への入り方。馴れ馴れしい。なんとも自然な動きに、防げない。あたし、かわい~。が、鼻につくけれど。
「んー。ここは古い迷宮だな。鉱石が掘れるようなら価値がありそうだけれど、魔物がいるんじゃあねえ」
フィナルたちが、追って来ない。そして、振動が響く。外側だろう。
「また、何をしているんだか」
「いつも、あんなんなのかよ」
「ええ」
通路は、3つに分かれている。風の術で感知すれば、真ん中が正解だ。エリストールも同様の術が使える。両側を『土壁』で塞いで、先へ進むとしよう。
死体は、綺麗な切断面を見せている。狼から、虫だったり、大きな人型だったりする。
「いつも、こんな簡単な狩りをしているの?」
「そういう時もありますが、これはまた」
部屋に入ったところで、待ち構えていたオークだったものたちが血になっている。綺麗にスライスされたお肉といった感じだ。
「バンは、食わねえんだったな」
青蛇は、肉塊を食うのに忙しいようだ。猫は、フードの中に入りこんでいる。
「オイラ、出番なさそうだし。寝てるよ。あ、桃とか林檎をくれるんなら起きてるぜ」
駄目猫だ。こんな使い魔は、要らないだろう。すると、
「もー、それは、そうなんだけれど」
エッダは、押しが弱い。というか、頼まれたら断れない性格なのかもしれない。
血で覆われた部屋を抜けていく。途中で、3つ叉の交差点がある。仕掛けが有りそうだ。
『土壁』を張っておく。分かれた先には、薄い扉があるからだ。中に敵が潜んでいないとも限らない。
生きているものは、入った人間くらいだ。
「この分じゃ、ボスも出番なしかあ? 俺様の出番なしで終わりそうだな」
剣の音が、する。追いつくだろうか。進んでいった先には、オークたちが囲んでいる姿があった。
「あっ」
セイラムが、盾で矢を受ける。中は、乱戦だ。
攻撃は、下から生える槍のようなものか。地面を変化させても飛び出すのか不明だ。
むしろ、攻撃が外に来ないのが不思議である。
殺しの間だ。オークたちによる罠。しかし、手に力を込める。飛び出して攻撃してくるオーク。それを殴れば、弾けた。
左からは、矢が。下からは、槍が。右からも矢。前は、アルルたちがオークと切り合っている。一際、大きな骨の兜をかぶり大盾を装備していた。魔術の光が、攻撃を防ぐ度に輝く。
なかなかに堅いボスのようだ。
「おい?」
「入ってこないでくださいよ」
ゲームなら、助太刀もできない。しかし、左右から迫る敵を前にして飛び上がる。天井に張り付きながら火線を放つ。上下左右に、飛びながら。黒い縄が飛んでくる。敵の攻撃か。溶解する左右の入り口に、土壁を出すと。思い切り引っ張った。
「おおっ」
引っ張られたのは、オークの巨体だ。『壁歩き』によって、重力を逆さまにした天井に引っ張られるようにして体勢が崩れる。
「よしっ。光輝燦然! ブライトリングソード!」
伸びる光の剣が、防御の合間に入り込む。鈍色の鎧が、明滅して攻撃を防ぐ。
「はっ」
ザビーネの剣が、オークの後ろにいた杖を持つオークを切り裂くと。
「止めだ。風、穿ち縫い止める。ウィンドスピア!」
不可視の槍が、淡い輝きを放って盾を戻そうとするオークを貫いた。
後ろにいるオークが、逃げていく。
「全く、遅いぞ」
「申し訳ございません」
「いいタイミングだった。壁に張り付くスキルを教えて欲しい。私は、最強にならねばならないのだ」
口を尖らせたアルルが、剣を収める。ザビーネは、最強にこだわりがあるようだ。
「おいっ。大丈夫か」
アルストロメリアの声がする。後ろで、何かあったのか。




