254話 こいつら、早くなんとかしないと9●(正眼に構えるアルーシュ挿絵有り)
馬車が、揺れている。
外は、樹で覆われていた。高い山が正面にある地点だ。右沿いに迷宮の入口があるという。
「エリストールは、中で待機だ。3人も、外へでないように」
馬車からでれば、また衝撃波と爆風が樹々の間から漏れてきた。
『桜火。敵は』
念話で、話かける。着弾する方角から察するに、北と北西から。東側からもくる。丘がある窪地だ。
襲撃するには、絶好の場所だろう。背後からも攻撃が来ておかしくない。
『マスター。機械の兵器が、地上に10空中に6と見られます。左右に分かれて、待ち伏せです』
樹は、桜火の能力だ。
風の壁を展開しながら、防壁、盾と重ねていく。周囲を覆う樹は、視界を悪くしていた。
敵は、接近してくるだろうか。頭上が穴だ。防御が薄い。包囲を狭めてくるなら、投擲攻撃もあるだろう。
樹の陰から見るに、ゆっくりモードが発動する。高速で飛来するのは、弾丸だ。それを弾きながら火線をお見舞いした。爆発するモビルアーマー。大きさは、5m程度。未だに、小型にする事ができないのか。左に5騎。
人の頭ほどもある砲弾を浴びせてくる。爆発させずに、受け止めて反撃だ。
連続した閃光魔術で、沈黙する。反対側の丘に隠れている相手は、一気に近づいてきた。頭上にヘリの姿。数は、3の3。黒く染めた機体に、赤い光が吸い込まれて爆発していく。如何に回避運動をしていても、光は避けようがない。
『援軍は、必要でございましょうか』
『問題ないね。すぐさ』
手応えのない。せめて、耐えて欲しい。もっと、耐えて、回避して近寄ってきて欲しい。もっと、多重構造の魔導シールドを持って接近してほしい。回避するにしても、隠れるにしても芸がないではないか。丘の向こうに姿を隠している兵に向かって、炎の塊を投げてやり。
赤い光と煙が立ち上る。叫び声が聞こえる。
『そっちには、敵が来ていない?』
『はい。マスター』
もっと、欲しい。こちらの読みを裏切って、攻め込んできて欲しい。残りの5騎とヘリが沈む。と、足元から生えた刃を掴んだ。即座に、引くと。下からの鋭い蹴り。躱しながら、上から降る手裏剣を掴み取っていく。忍者のようだ。
黒いマスクをしている。間髪を入れず、突きを放ってきた。前へ、前へと出てくる。自爆するタイプか。
周囲に、5人。拳で、沈黙した。動きのいい相手が、女声で。
「っおお」
気合を込めた連撃に、下がる。そこへ、爆発。爆遁が使えるようだ。手品は、それだけなのだろうか。
左に、魔道士姿の老人がでてきた。空間転移のようだ。火線を投げてみれば、光が四散する。2対1だ。
「うたかたの、生えざりしは」
危険な呪文だ。
盾をインベントリから取り出すと、投げつける。前には、黒い装束をきた忍者が迫る。弾こうというのか。サンダーを放つと。
「ぁああああ」
盾から刀を通じて、電撃が流れたようだ。そのまま盾を追いかけるようにして、横一文字に『空波斬』を放つ。縦に、もう一発。そして、転移門で移動する。真上に。
「べっ」
上に飛んだようだ。ちょうど、そこに拳が当たる。老人は、蛙が舌を噛んだような声をだす。地面に叩きつけると。横から飛んでくる刀。まだ、死んでいないようだ。走りながら、男は印を組んでいる。手刀に、雷光。投げつければ、飛んで避ける。
老人は、痙攣したままだ。転移術が使えるのに、転移しなかったのは予備動作が必要だからだろうか。歩いていくと、蹴りを入れておく。骨が折れる感触。手加減はしない。
命のやり取りだし。馬鹿にでかい手裏剣を投げてきた。人の背丈くらいは、ある。手で受け止めれば、忍者は、目を見開いて唸った。直後に、離す。男か女か。いずれにしても、腕が立つ。与作丸かそれ以上だ。
「逃げるのじゃ。こやつ、噂通りである。殿下に、この事をお知らせせねば。ごぶっ」
老人虐待の一撃。肺を圧迫された様子だ。
殿下と聞こえた。ウィルドか或いはアル。
アルという線がなければ、隣国のハイランド。もしくは、帝国の皇子。
他にも、北部連合という事も考えられる。老人の傷は、治す事もできる。忍者も捕らえたいところだ。
「招来!」
女の声だ。そうして、現れたのは大きな狼。火線を放つと、燃え落ちる。
「くっ」
少し高い声。見逃す手は、ない。女忍者だ。捕らえて、あんな事やこんな事を。しないけどね。
老人の足を踏みつける。
「おぐうぅ」
老人虐待だ。しかし、女の目が細くなる。怒りが、脳を焼いているのだろう。このような余裕を見せた戦いをしてはいけない。さっさと倒すべきだ。先の尖った棒が投げつけられる。女忍者は、飛び跳ねながら、器用に飛ばす。
ゆっくりと飛来する攻撃を余裕で、掴んではゴミ箱にしまっていく。爆発しようが、なんであろうがイベントリなら問題ない。時が止まっているようだし。
「飽きたよ。なんで、僕らを攻撃した? 誰の命令なの。どこの国からの刺客さんよ」
答えない。じりじりと下がろうとしている。炎上している機体が、火の粉を上げている。
全員止めを刺すべきだ。本来なら。
『マスター。そちらに援軍は、必要ですか』
『いや、いらないね』
ひよこたちは、肩で遊んでいる始末。もう少し、楽しませてくれてもいいのに。下がる忍者と間合いを詰めた。顔は、前を向いたまま。瞳は、赤い。鳩尾に、拳がめり込む。まだ相手は、視線が明後日を向いている。少し力を込めれば、身体に穴が開くだろう。
鍛えられた腹筋の感触を味わいながら、足を掴んで宙返り。そこへ、麻痺を見舞う。
捕らえて、尋問するとしよう。よだれを垂らした女の子は、切れ長の美形だった。良い拾い物だ。
いきり立つ股間は、びんびんに張っている。元気なのも困りものですわ。
「お、のれ」
爺は、いらない。しかし、なんらかのカードになりそうだ。空間転移を使えるのなら、高位の術者に違いない。それが、無詠唱であってもなくても有用であろう。顎を蹴れば、大人しくなった。
爺虐待だ。
2人を引きずっていく。殺しておいた方が、後腐れないんじゃねっていう考えもまだあるのだが。
「おかえりなさいませ。マスター。その者たちは?」
「あーうん」
馬車で待っていた桜火たちに、敵が接近した様子はない。接近していたら、生け捕りにする余裕なんてなかっただろう。ある意味、この人たちにとってはラッキーだったのだ。死んだ人に合掌してから、考える。
「とりあえず、領地の尋問官に送っとくかな。兵隊、どれだけ動かせる?」
「すぐに動かせる兵は、3000がいい所でございます。1日あれば、1万ずつは増やしていけるかと」
転移門で、シャルロッテンブルクをつなぐと女忍者と老人を投げ込む。そして、横に座るシルバーナに向かって。
「尋問してきて」
「え? あ、あたい?」
尋問は、お手の物だろうにきょとんとした顔。腑抜けになっている。
「慣れてるよね」
「そりゃ、ねえ。でも、今のってかなりの腕ききじゃないかい。逃がしたりしたら」
「そうだね。大変な事になるね」
ぎくしゃくした動きで、転移門で移動していく。尋問するにしても、女だ。上手く聞き出してくれればいいのだが。
「よろしかったのですか。マスターの命を狙った者を開放して」
「いいの、いいの」
どうせ、ヘマしたらお仕置きするだけだし。暗い喜びに目覚めてしまった。あの女忍者を責めたら、どれだけの快楽を覚える事か。性欲に目覚めてしまった獣になっている。メイドの整った顔と慎ましくも隠された胸に、興奮している。
やばすぎる。性欲が。
「さー先へ進もう」
図らずとも、女をゲットした。どんどん狙って来て欲しい。ただし、女に限るけどね。返り討ちにしてくれるわ。
馬車に入ると。
「お前、鬼畜羅刹なのか菩薩なのかよくわからん奴だよな」
エリストールは、紅茶の入ったカップを差し出す。気が利いている。馬車が動き出した。
「ええ。鬼畜ですよ」
「自分で言うなよ」
実際、そうだし。であった敵は、全殺しがモットーでございまして。捕らえるとか手加減とかしないのです。味方には、最大限に甘い顔をしているけど。限界があるという事を教えないといけないでしょう。信長と言われそうですけど、そんなに優しくないですから。
バシっと行くべきでしょう。かの信長公。世間では、鬼のようと言われておりますが子沢山でせっせと子供に武功を立てさせてやるなどしておられた様子。そして、松永久秀を筆頭に何度裏切られても許す寛容ぶり。身内の裏切りには厳しかったようですけど。
結論からすると、実は秀吉よりも甘かったんじゃないかという。そういうお話もあります。
「あの。俺ら、篭ったままでよかったんですか」
黒い機体の残骸が、残っている横を通過する。火がまだ燃えていた。
「ええ。それが、最善です。下手に外へ出ていたら死んでいたでしょうね」
「というと、そのハイデルベルの冒険者を狙っている魔王軍の攻撃ですか」
何か、勘違いしているようだ。魔王軍と帝国軍を取り違えているような気がする。
「ひょっとして、拓也さんたちは魔王を退治する為に呼ばれたとかいうんじゃ」
「え? 違うんですか」
美雪が、口元に手を当てて声を上げた。上ずった声だ。
「思いっきり勘違いしてますよ。魔王が地上に現れて、お姫様をさらっていくとかいうRPGを想像してたりします?」
「いや、だって。その、王宮で受けた説明だと、確か。そう、魔王の復活に備えて勇者を召喚したけれど迷宮攻略をしてくれっていう話じゃなかったっけ」
なんか違う。どちらかといえば、荒廃しているのは国内で魔王とか関係ない。ハイデルベルの場合、農業、工業、商業どれもこれも立ちいかなくなっている。
「おそらくは、現状を端折っていますね。今のハイデルベルは食料が足りません。では、どうして食料が少ないのかというと魔物です。魔王は、魔物を操るらしいですけれどね。率直にいって、迷宮の魔物討伐ができていません。ですから、耕作地が少なくなって苦しんでいるんですよ」
いちいち説明しなければならないとは。とはいえ、この世界に召喚されたばかりだ。訳がわからなくても仕方がない。
「じゃあ、迷宮を攻略すればいいんじゃね。その為に、冒険者っているんしょ。どうして、迷宮の攻略ができてないんよさ」
エリストールは、説明する気がないようだ。定子は、出されたサンドイッチを口にペロリと入れた。
腹減った。インベントリからカップを取り出して、紅茶を注いで喉を潤す。ちょっと眠い。
白い毛玉が、膝元にきたので撫で回すと「きゅきゅ」っと鳴く。
暖かい。チンコに接近してくるのは、危険だ。角が突き刺さる恐れがある。
「そうです。そこなのですが、先ほどの襲撃を鑑みるに」
「魔物とは、別の敵がいる?」
「ですね。敵は、おおよそわかるのです。確証が取れているわけではありませんけれど」
敵が多いのも考えものだ。魔人に操られていましたとか。帝国の本意ではないとか。
派閥でも違いがありそうだし。でも、美少女はたくさん送ってください。
セリアにバレないように。
「じゃ、じゃあですよ。魔物と戦うのと同時に、あんな機械とも戦わないといけないのかよ」
指をさしているのは、墜落して炎上しているヘリと二足歩行型兵器だ。
昔なら、逃げ出していただろう。強くなっても、まだまだ先がある。もっともっと欲しい。力が。
「ええ。RPGのように、序盤から弱いモンスターと戦って強くなっていく。という訳には、いかないでしょうね。いきなり、全滅クラスの敵に遭遇する。そんな国ですからね」
言っていて、彼らの顔が暗くなっていくのが見えるようだ。難易度が、しょっぱなから高いとはやる気も失せるか。だろう、といえばだろうだ。
「その、ヘリとかロボットですよね。あれ」
「ええ」
「異世界って普通にあんなものがあるんですか」
普通ってなんだろう。ヘリが飛んでいたりするのは、異常なのか。まあ、大体の異世界は未開で算数なんてなかったりする世界だが。
「あれは、日本人が関わっているとしか思えませんね」
「え?」
驚くのも無理はないだろう。しかし、召喚される人間は決まって日本人という。何故なのかといえば、信仰心が関わっているという。神族は、信仰心が力らしいのだ。アルーシュから聞いた話なので、今一信じがたいけれど。
神様を信じないっていうから、奇跡とか見せられるとコロッと転んじゃうところもあるけどさ。
なんでも信じちゃうのも日本人の特性というか、懐深かさというべきかねえ。
ある意味、本当に都合がいい民族だ。クリスマスに正月に仏滅、大安ありときたら。
「まあ。そろそろ、見えてきましたよ。ちょっとハードな国ですけど頑張りましょう。皆さんなら、やれますよ」
「あ、うん」
ヨイショしてみたものの、厳しく言いすぎたのか。生返事だ。
「マスター、そろろそ着きます」
魔物が、襲ってこないまま進むと。迷宮に到着してしまった。




