246話 こいつら、早くなんとかしないと●(エリストール挿絵有り)
一言で言って、何もできない普通の少年少女たちだった。
剣を持たせても、ゾンビを斬るのにすら苦戦するという。
アキラのパーティーに入れてみたが、その成果ときたら3階しかない迷宮の入り口付近で停滞しているという。
「はあ? 剣? 弓? 魔術? ばっかじゃねーのか。んなもん、初心者にははえーんだよ。槍だ、槍。おめーらには千年はえーよ」
アキラが、叱っている。とかく、短剣やら弓やらを持ち出すのは阿呆の所業。槍と盾を持って、敵を突くのが初心者の戦法である。でかい魔物が出てきたら、構わず逃げるしかない。迷宮の床は、湿っていたが水没は免れたようだ。
ひょっとすると、迷宮の中に川と繋がっている部分があるのかもしれない。風の術で探索すると、程なくして一部が繋がっているのを発見した。つまり、ボスはそこから外へと出て襲いかかって来たと。そうなのかどうなのか。
底へと向かっていけばいいのだが。
「もっと、自然体にしろ。床を槍の柄で叩いて確認しろよー。落とし穴にかかってからじゃ、おせーんだかんなー」
アキラは、先輩風を吹かせていた。それは、まだいいのだが。悩みは、レウスとザーツだ。セイラムとアレインが話を振るのに、ザーツが反応しないのである。稀に、セイラムにザーツが反応したりするくらい。しかし、そうなればアレインとザーツの三角関係が発生するのではないか。
これまた、悩みである。妙な事にならなければいいのであるが…。
「ちょっとちょっと、大将。あんたも、指導してくれよ。拓也に美雪、定子のさあ。レベル上げ。どうにかなんないのかよ」
「さて、どうしましょうね。俺が混じる訳にはいきませんし。火力のエリアスは、遅いですねえ。頑張ってください」
ティアンナは、浮遊板の上で爪を削っていたりする。なんというくつろぎ具合。そのまま、寝っ転がると。
「ユウタ。寝る」
「いいけどさ…」
エリストールは、エリアスたちを呼びに出ていったきり戻ってこない。どうなっているのか。
灰色の壁は、動物の血だか何だかで生臭い。ネズミが魔物になっている。ゾンビを食って大きくなったのか。そこは、不明だ。
「せんせー。質問です」
「んだよ」
「このゾンビって、どんくらい経験値があんの。どんくらい倒せば、レベルアップすんのよ」
死体を安置しておく場所に、魔物が繁殖しているという。定子が、アキラに尋ねている。一列に、並ぶ格好だ。セイラムが後衛になっている。魔術を使ってくる魔物や大型のネズミが出てこないだけマシというべきか。
「んなもん、カードに数字が乗ってるだろ。そいつを逆算すればって」
カードを作る事なく、外の迷宮に来ている。ハイデルベルの首都ハイデルベルクは、盗賊狩りで混乱している。それに乗じて帝国の間者を処分したりと、アルルは忙しいようだ。午後になっても、やってこれるかどうか。
ユウタだって、配達で忙しい。にも関わらず、やらないといけないのは。失敗できないからだ。
拓也にしろ、美雪にしろ。定子にしろ。戦わせるのに、異論がある。特殊なスキルもないのなら、無理に戦う必要などない。むしろ、有用なスイーツでも作ってもらった方がハイデルベルに対する貢献になる。戦闘は、城にいるであろう勇者たちにでも任せるべきだ。
「まだ、上がんないんだけど。ひょっとして、相当な数を倒さないと駄目なん?」
「あー。確かに。何しろ、ひのふの8人パーティーじゃんか。そりゃ、もう山のように倒さねーと駄目よ」
「ですよねー。標準的なパーティーって、どんな数なんですか?」
美雪は、苦笑しながら尋ねる。数は、1人で倒せるなら1人がいい。しかし、火力、壁、回復、探索系は必要だ。となると、最低は。
「4人だなー。でも、俺のとこは2人だしな。応援もらったりして、賄うけどさ。一番いいのは~」
「ストップ」
「駄目?」
この男、また寄生を増やす気だ。そうは、行かない。
「駄目に決まってます。真っ当にレベルを上げて貰わないと。それに、冒険する必要ってあるんでしょうか。普通に商売した方が安全だと思うんですけど」
「そりゃ、そう、なのかな」
拓也が眉を寄せた複雑な顔をする。歩みの止まったパーティ。後ろにいるメンバーが気になる。
「チート能力を授かったり、してないんですよね」
鑑定すれば、わかるのだが。してしまいたい誘惑がある。アキラの時は、確信を得ていたから。どうしてだかわからないが。不安そうな前衛たち。交代で、進んでいく。
「この、でかいネズミを刺す感触が」
とか。
「ゾンビって、臭いね」
とか。
「お宝とか、ないの? ゴブリンとか装飾品を持ってたりしないのかな。ネズミの肉とかさー」
売れるっていうか。買う人間が居るのだろうか。しかも、死体置き場に住み着いていたネズミだ。妙な病原体を持っていないとも限らない。とある小説では、ネズミの病原体が元で不幸になるイベントが発生するくらいだ。前歯に注意するべきだろう。
一応、拾ってイベントリ行きだ。
気持ちの悪い色をしていたら、即焼却に限る。
「お前ら、ファンタジー小説の読みすぎだっつーの。一番最初に剣を選ぶとか、俺みたいな事しやがって。戦闘を舐めてんだろ。つか、結構可愛いのに迷宮になって潜ってたら速攻で強姦されっぞ」
言えないような事を言う。アキラは、ずけずけとよくも。並んでいた美雪と定子が、顔を見合わせる。
よくあるような可愛い子がゲーム世界で活躍する。
ありえない。だから、面白いのだ。
ヒキニートが異世界に転生して、もてもて。
ありえない。だから、面白いのだ。
銃で武装した集団が、土人を相手に無双。
ありえない。だから、面白いのだ。
「だそうなんだけど。拓也」
「うっ。でも、迷宮に潜らないと」
何故、迷宮にこだわるのであろう。生産系を極めれば、また別の世界が見えてくるというのに。
「迷宮じゃねーと、稼げねーっていうのは、嘘に決まってんじゃん。というか、ね。特別な能力を持ってねーような可愛いねーちゃんたちが、迷宮やら森やらでゴブリンを狩る? はっ、速攻で人狩りか悪党に襲われるわ! どこの日本からやってきたのかしんねーけどさー。日本の犯罪率なんて、当てになんないんだぜ? 新聞で見かけるやつの百倍は有ってるわ。動画だって、ごろごろ上がるくらいだしな」
強姦されるだろう。異世界ならずとも、難民によるレイプ事件などが起こったりするくらいなのだ。それも表面化したもので、1000人の難民によって500オーバー。しかも、数字は上がっていっていた。
日本人は、枕を濡らして泣き寝入りする。従って、表面に出てくる件なんてほんの僅か。警察は、無能だしスピード違反を適当に捕まえるのがお仕事だ。刑事事件になっても、捜査なんて身辺しか洗う事なんてできない。あまりにも後手過ぎて、役に立たないのだ。
ましてや、異世界。
どれだけの悪党が、いると思っているのだろう。日本のように一般人からして、犯罪に対する抵抗がある人間は多くない。一部の人間が、捕まらないか軽い事を良い事に数を重ねているだけ。それだけ、童貞が大量に生まれる訳なのだ。
ちなみに、最近の領地ではレイプ犯を去勢して国外追放か永久労働か。酷ければ処刑している。
ここは、ハイデルベル。彼らの第二の故郷となる国。司法は、基本的に王様の裁量だったはず。
中世未満なら、大概の国で王様が処刑といえば処刑なのであるから。
「なあ」
「ん?」
アキラが、よってきて屈んだ。前衛ばかりのパーティーだ。並んでいる人間が疲れたら、交代で休憩している。後ろがレウス、ザーツ、アレインに並び替えして。前が、チィチ、拓也、定子。セイラムと美雪をバックアップにして置いて進む。
「本気であいつらを鍛える気は、ないんだよな」
どういうつもりだろうか。やる気があるのなら、鍛えてもいい。しかし、そんな暇がないのも事実。ハイデルベルで訓練所に通う。というよりも、訓練所があるのかどうか。ギルドは、酒場と隣接してい。宿も近くにあったはず。
資料を見る限り、人口が10万人とある。その内の1000人がレベルを持つ冒険者。それでは、勇者召喚に頼りたくもなるだろう。ハイデルベル内の迷宮は、数が多いのに冒険者が少ない。それには、寒さが影響しているのかもしれないが。
防寒用に、厚い革のコートを配っている。外は、なめされていて中は羽毛を魔術で暖かくなるようにしてあるのだ。
「ないこともないよ。ただ、この国に登録するって事だからね。山田さんみたく好きには使えないかも」
「あの人、出張してんの?」
「そりゃそうです。出張して、工事してもらう感じですね。ウォルフガルドで、電気工事をできる獣人なんていませんよ。ロメルとかにそういった技能を教えるにしても、電気とは何かから教えないといけないでしょうし。何より、人を選びます」
そんな事は、ない。しかし、電気について造詣が深まれば電撃の効果が増す。それは、イメージだったり術式に組み込む能力があがるからなのか。不明だけれど。
「…つまんない」
背中に文字を書く。かまって欲しいのだろうか。
「つまんないって、のんびりしてていいんだよ」
「…ユウタ、ホモになった」
「なってないわ! けど、相談できる相手が」
アキラくらいなのだ。
ロシナは、忙しいし。アドルは、クリスとべったりだし。
セリアに話をすると、さあ殺ろうになる。なんで、殺ろうなのか。
意味がわからない。
このままでいけば、16歳になるまでに殴り殺されてしまう。
胸を張るティアンナは、唇に人差し指を当てると。
「…外で戦闘しているみたいだけれど。いいのかな」
シルバーナと与作丸たちを呼び寄せた。それに、エリアスとフィナルもいる。終いには、オデットとルーシア。挟み撃ちにして、闇鴉を助けにきた援軍を始末するという。レウスとザーツは、まだ戦わせられない。日本人の3人も同じだ。
アキラがそそくさと離れていく。やばい。並んで歩くと、階段だ。
このアイスラットがメインの迷宮は、途中にボスの部屋がない。簡単な作りで、一方通行という。
かび臭い空気は、湿っている。
「大丈夫でしょ。それにしても、空気が悪いね。臭いし」
売れるのかわからない白い毛皮をしたネズミの死体を拾って、イベントリに押し込んでいく。並んで拾っているティアンナは、輝く玉を取り出すと。
「…じゃあ、空気を入れ替える」
手を玉にかざす。途端に、輝きがまして緑色の燐光が吹き出した。風が、内へと向かって流れていく。どうなるのであろうか。行き止まりなら、風が跳ね返っていく。循環させないといけないのだが? 常には使っていられない。
会話に困る子だ。何しろ、何も話さないまま時間が過ぎたりする。本を読んでいても、そのまま寝ていたりと。黙っていれば美人だ。しかし、口を開くとセックスなので困る。
「きみのとこの森、大丈夫なのかな」
「ん、盗賊を倒してくれると助かる」
そうなのだろうか。盗賊と人狩りが、奴隷商売で繋がっているのか。そういう事になる。
いつもつれている子が、いない事に気がついた。
「雪城は、事務所においてきたんだ」
「…雪城、にゃんいわない。面白くない」
にゃん、を言わせたいようだ。しかし、個人の勝手だろう。語尾がそうだと、力が抜けるという者もいるし。
「やっぱり、貴族が駄目なのかな。この国は」
「…人間を皆殺しにするといい」
「それは、駄目だよ。生きているんだし」
「森を荒そうとする人間が、悪い。自分たちの領有権とかいうのを主張してくる。ゴブリンと同じ扱いをする人間、嫌い」
もっと困った事に、ティアンナは人間が嫌いだった。では、どうして事務所に姿を見せたのだろうか。深く考えれば、なんとなく想像する事になる。
「こんなに寒い国に、エルフが住んでいるっていうのが理解できないよ」
前をいく戦士たちは、槍でゾンビを突く。すると、押し出す風にして倒れる。そこにアキラなりチィチが火を撃ち込んでいた。段々と、上手くなっている。そうでなくては、日本人ではないだろう。そして、アキラは兄貴風を吹かせていた。
年上だからだろうか。なんとなく頼もしい感がした。
「温暖な場所は、人間が開拓するから砂漠になったりするから。ダークエルフが、多い」
行った事はないが、ダークエルフが中緯度付近に住んでいるらしい。寒い場所に、いる方が辛いだろう。ダークというからには、黒い肌を連想して歓声を上げる前衛を見守った。経験値が等分に入ってくるように分けている。
アキラとチィチは、分けておかないとレウスたちが成長しないのだ。
「…エリストールは、嫌い?」
「いや、そんな事はないよ。でも、どうしたの」
「最近、距離を取られている気がするっていってた。お風呂に入ろうとしたら、鍵がかかっていたり満員で入れないって」
潜って、それなりの時間が経つというのに残してきた面子がやってこなかった。
「うん。だって、おっぱい見えちゃうからね。駄目だよ」
「セリアとか一緒に入っている。おかしい」
また、鋭い突っ込みだった。普通は、入ってきたりしない。女の子は、もっと慎みを持つべきだ。
入ってこない方が、正しい。
「うん。だから、セリアを入ってこれないようにブロックして」
「…それは、断る。私も一緒に入る」
同じだった。頭がおかしい。女の子の風呂を覗く事にロマンがあるのであって、ばばんと見せられても困るだけなのだ。それでいて、覗こうとする人間はいない。どうして、アキラは覗こうとしないのだろうか。
とうとう、行き止まりの部屋に入る。
宝箱だ。結局のところ。ボスはいなくて、その中には紅く染められた革の鎧が入っていた。
いかにも、初級ダンジョンだ。
「他の人に見られたらどうするのさ」
「…目玉を抉って、蛆をいれてやるもの」
青い髪を指で弄りながら、反対の手がユウタの手を取る。冷たい。
ホラーだった。怖すぎる。




