245話 ガンドルフ●(ふさふさアキラの挿絵有り)
闇鴉が依頼に躓く。
プロという物は、そう失敗したりしない。
王族とて、暗殺してのける。こつこつと頭を叩く。
(解せん。ミッドガルドの兵が如何に強兵といえど、闇鴉もまた強者と闇に知れた者たち。何故だ?)
セプテントリオンにして、帝国12将に数えられるガンドルフ。回りには、指示を待つ兵が控えている。ハイデルベルは、ガンドルフが駆ければすぐそこだ。広い帝国と違って、大した距離ではない。ハイランドの首都からでも30分で着くだろう。
「この報告は、何時頃の物だ」
「昨晩の出来事のようです。突如として、ミッドガルドの大規模な盗賊狩りが始まっているらしく。以後の情報は、断片しかありません」
もしも、このまま草が全滅すればどうなるか。ハイランドの調略すら危うい。ブリタニアとアルカディアを手中にしたミッドガルドが西へ向かうか東へ向かうかで、帝国の命運が決まってしまう。それもこれも、有翼人たちが魔導機の技術を渋りだしたせいだ。
小型の魔導機を量産する。その為には、優秀な兵が必要だ。そして、技術者が。このままでは、ミッドガルドの巨人兵に敗れ去るだろう。小型で、それに匹敵するだけの火力を持たせねばならない。だが、巨大である事と防御力は比例するもの。小さい口径の砲弾が、まったく効かないなんて事は予想できる。
「如何が致しましょう」
「でるぞ。支度をしろ」
こんな時に、グレゴリーがいてくれれば。と、思わずにはいられない。しかし、彼は女である皇女に仕えている。如何に、トール神の現身と言われようとも所詮は、女。男と同じように覚悟があるわけがない。石の壁に設えた扉を開ければ、そこは一面の雪。
馬車とて、歩みを止めるほどの降雪だ。ハイランドも帝国も降ってくる雪が兵の歩みを止める。鍛え上げられたガンドルフの兵とて、わずかな者しか付いてこれない。走りだすと、みるみる内に景色が横に流れていく。
「閣下」
「どうした」
追いすがる腹心の部下。名前は、何だったか。顔で判断できない。髪型で判断するのだが、あいにくと皮の被り物をしている。
「このまま、国境を超えるのですか。応援の兵は、よろしいので?」
「ふっ。誰が、一体ついて来られるというのだ」
同じセプテントリオンが1人ハイランドに潜伏しているけれど、仲がいいとは言えない。グレゴリーとゴルドフは、新参者のキースを上手く使っていると言えよう。雪を踏みしだきながら、音を立てないように移動していく。爆音をわざと立てる者もいるが、潜入だ。
正規の手続きで、ハイデルベルに忍び込む事は難しい。帝国の軍人が他所の国に入るというのは、いうなれば侵略のように捉えられる。
「しかし、わずか40人足らずでは。せめて、飛行船を動かしては?」
「王族でもなし。他所の国に許可を取っている間に、事が終わってしまうわ」
そういうガンドルフは、狩人の姿だ。どこかで、狩りをしていたように見せかける為。そんな風に、部下たちもバラバラの格好をしている。黒いスーツが支給されていても、大事にとっておいたりする。死ぬ時は、それで正装する訳だ。
スパイと言うものだから。
「それに、このまま走っても警戒網には引っかかるまいよ」
「ハイデルベルの魔導は、古代級の遺物がすでに遺失しているのは聞き及んでおりますが。最近召喚された勇者というのは、一体、どのような能力を持っているのでしょうか」
「それだ。情報を移動させようとした武官が捕まって、暗中模索になっている。本来ならば、ハイデルベル駐在の大使館員たちが処理する案件よ。不甲斐のない事だ」
「といっても、旋風のガンドルフ様に匹敵するような者もおりますまい」
全くだ。なぜ、ハイランドからハイデルベルまで突っ走らねばならないのか。闇鴉の件と捕縛された武官の件。そして、始末できなかったミッドガルドの王子とハイデルベルの勇者候補。これらをガンドルフ1人で片付けなければならない。
国境線には、見張りの姿が見えない。いや、見つけたられないだろう。雪にまぎれて、双方が見難い。
(ここを抜けて、すぐか)
ガンドルフは、レベルを持つ者だ。そして、苦渋を舐めてきた者でもある。貧しい武家に生まれて、コネもなく実力で敵を排除してきた。ライバルも多い。大将軍への道は、未だ遠く。セプテントリオンの中にあっても、真ん中くらいでしかない。
他が強く、そして、功績を上げてきたからだ。
雪の降り積もる木々を抜けて、凍れる川の上を走っていく。『俊足』『浮遊』『軽身』これらのスキルが可能とする。帝国で、台頭する日本人たちが全体を引き上げているが為。部下の全員が、それらのスキルを習得するのに至っている。
伝書鳩から、情報を得て。すでに、朝を迎えている。闇鴉たちが、黙っているはずがなく。なんとしても、彼らは依頼を成功させようとするだろう。その気持ちは、わからなくもないが。世の中には、化け物が存在する事を知るべきだ。
(ウィルド殿下は、確かにずば抜けた魔法適正をお持ちになる。しかし、グレゴリーよ。所詮、女なのだ。皇帝位は、継げぬ)
帝国の皇女が、黒い竜の生け贄となってから。いや、それ以前から女は帝位を継げぬ定め。何をどうあがこうとも、女帝エカテリーナのようには行くまい。日本人たちがもたらした知識は、何もキロ、メートルだけではない。ミッドガルドが支配していた頃には、有った物を次々と復活させている。
(万世一系男子継ぐべし、か。おかしいと思わぬでもないが)
違う血が、混じってしまう。
そうであっては、誰が仰ぎ見るだろうか。敵は、すぐそこ。
川を渡り、ハイデルベルの王都は古の名をワルシャワだとか。歴史など、そうそう知らない。日本人は、ハイデルベルの事をポーランドというし。西へいけば、川がある。
「閣下。対象は、城の外へ向かったようです」
伝書鳩は、優秀だ。魔術によって、誘導されているとはいえ。移動する兵の中継点となっている。日本人たちは、携帯電話という物を開発しようと躍起になっているけれど。残念な事に、念話があるので必要としていなかったりする。
吹雪を抜けて、移動する人間の姿は見当たらない。魔物が、追いかけてきたりするけれど。そうなるように、ハイデルベルを仕立ててきたのは帝国であった。ハイデルベルの王がその圧力に屈するのも、間近と思われた矢先に、これだ。
計画が、全部おじゃんになりかけている。
「外、外とはどこだ」
連絡を取っているらしい。このまま外を彷徨く訳にも行かない。休憩を取るか、はたまた野宿をするか。城外は、ひどく危険だ。
「街を覆う壁の西に、川があります。そこから、北へいくと魔物が溢れる迷宮があるとか。そちらへ向かいましょう」
「敵に、見つからないように」
と、言ったところで水が襲ってくる。まるで、洪水だ。何も耕作されていない荒れ地になっている場所とはいえ。逆流してくる水に驚きを隠せない。それを飛び越えて、移動するだけでも危険だ。自然な水ではない。部下の安否は、
「どうだ。何人やられた」
「今のところは、1人も。しかし、これは只事とは思えません」
そこで、腹心の名前がカニスキーだった事を思い出した。髪型が見えないのでわかりづらい。白いコートと相まって、なおわかりずらいではないか。ガンドルフが悪いわけではないだろう。きっと。
水の上を走って移動していくと。やがて、
(しまった。もう、決着がついてしまったか)
林に隠れて、見つけたのは鴉丸と呼ばれた男が地に伏した姿だ。そして、ばらばらになったピンク色の臓物が大地にばらまかれている。馬車が迷宮へと歩を進めていて、残っているのは幼児と土下座した忍者。そして、
(娘の方が、やられているのか。どうやって救出した物か)
敵に違いない。そして、手練の忍者である鴉丸を倒したのは幼児という事になる。黒髪の下に仮面をつけた小さな人。コビットにしては、大きい。手には、忍者の足を持って技をかけていた。手で合図をする。
(一斉射撃だな。それで、倒せるはずだ)
距離にして、150mはある。気付かれるはずがない。矢を射掛ければ、倒せるはず。
だというのに、鼓動が段々と高まっていく。
『どうされました』
『待て。ちょっと待て』
イメージがわかない。射てば、死ぬはずだ。だというのに『危険察知』『本能』が警戒を鳴らしている。敵に鑑定をかけたい。しかし、それも危険だと思われるくらい。相手は、気がついているのではないか。それでいて、攻撃を待っているような気がしてきた。
普通は、そんな事を思わない物だが。第一目標は、鴉丸を救出すること。
もしも、すでに彼らが軍門に降っていたなら?
ガンドルフの無駄骨である。それに、魔力を感知しない。グレゴリーの言う化け物とは、目の前にいる幼児か少年ではないのだろうか。
『いつでもいけます! 将軍』
『待て待て。相手をよく調べるのだ。もしも、あれが例の小僧だとすれば返り討ちにされてしまうからな』
『将軍でも、倒せない相手ですか』
ガンドルフは、弱くない。と、そう思っている。大抵の魔物なら、倒せるし。若い頃は、黒い狂戦士と呼ばれていた。大剣を握れば、天下無双と。しかし、ウィルドの電撃であっさり気絶したり。そんな不名誉を味わったりと。
強くもない。
(わからん。魔力がないのなら、雑魚ではないか。一斉に攻撃すれば、相手を倒す事は可能なはずだ。どうして、迷う)
しかし、スキルは絶対だ。相手とのなんらかの差を教えてくれる。つまり、
『観察に、徹しろ。周囲に、気をつけて、だ』
『了解しました』
だからといって、部下が勝手に攻撃しないとも限らない。その場合は、斬り捨てるしかない。
すると、女か。黒い空洞から、人が出てきた。2人。白いローブを着た女と黒い三角帽子を被った女だ。 なにがしかを喋っている。
「おっちゃんら、帝国の兵なのであります?」
誰だ。わからない。見えない何者かに、ガンドルフは問いかけられている。
「ハイデルベルク公国の巡視隊だ。迷宮に向かったという話を聞いて駆けつけたというわけさ」
嘘だ。これで、騙されるのならいいのだが。相手が見えない。『隠密』スキルか。『看破』できないのなら、つまり格上だ。相当なレベルの差があると見てよい。
嘘にもスキルがあれば良いのだが。
「けど、なんで白い格好をしているでありますか。まるで、隠れているようであります」
声から、大凡の位置はわかる。しかし、攻撃すれば気が付かれるだろう。黒いローブを着た仮面をつけた人は迷宮へと向かっていく。
残されたのは、2人。いや、増えている。4人。忍者と軍服を着た幼女。
鴉丸と娘は、肩に乗せられた。
何処かへ移動させるつもりか。このままでは、作戦は失敗だ。いや、姿の見えない相手に見つかった時点で失敗している。
『やむえん。全員、撤退。各自、脱出せよ』
『了解!』
了解といっても、厳しいだろう。敵ならば、こそ。その動きに反応して、土が盛り上がる。
「ぬんっ」
「いやあ、逃がさないであります」
女の子だ。違いない。しかし、術を使ってくるのに詠唱がない。詠唱を省略しているにしろ、破棄しているにしろ強敵だ。
地面の土を握ると、上へとばらまく。位置が知れればいいのだが、そんな事を確認する間もなく転がる。槍の穂だ。それを手甲で受け流し、下がる。
「子供、だと」
「子供じゃないであります。戦士であります。名は、オデットであります。いざっ」
速い。閃光のごとき突きに、下がるしかない。どんどん下がっていく。隣を伺う暇も、声をかける間もない。一瞬だけ、銀色の腕で掴まれた部下が玩具のように地面へと叩きつけられている様が見えた。反撃の間を、探しているのに。
「ぬあああっ」
「…」
黙ったまま。斜めに構えて、突くばかり。
「あら、まだ始末していないのでして? オデット様にしては珍しいですわ~」
のんびりとした声が後ろから聞こえてきた。1人でも手に余るというのに、後ろを取られるとは。
剣を道具袋から取り出すと、同時に召喚する。黒い水晶が、地面へ叩きつけられて光を生むと。
「ぐぎぎ。俺を呼ぶとは、苦戦しているようだな。貧弱な人間よ」
会話している余裕は、ない。その肩に飛び乗って、言う。
が、
「ぬ、足が」
「へっへっへ。捕らえたぜ。馬鹿野郎」
魔女の攻撃か。間一髪だった。足元に土壁を生み出して、足に取り付いている水銀色の物体を取りのぞこうとするけれども。
「逃しませんわよ? 死になさいな。お馬鹿さん」
「んー。千殺砲牙であります」
次の一歩目で。
(槍王のスキルを使うとは…ありえんっ)
鈍色の穂先がぶれて、そのまま下僕の肉体に突き刺さる。ゴリラよりもなお巨躯の肉に、突き立つ槍。呼び出した魔族は、強靭な肉体であるけれど。腕で遮ろうとしたのに、肉片となってそれが飛び散る。
(やむえん。脱出だ)
金髪の女児は、有名だ。黒いローブの女児もまた魔導の世界では、知られたる者とか。そして、それを護衛する者は選りすぐりの人間だろう。ミッドガルドでは、女児を女神と崇めている者も少なくないという。それが、どうしてハイデルベルのような田舎に現れるのか。わからない。
肩から『強脚』『空歩』『瞬動』を発動させて、飛び上がった。
「おい、てめえっ」
蝙蝠の羽が下僕には付いている。飛ぶのも容易だ。しかし、そうはさせじと水銀色の召喚体がとりついていた。それでは、駄目だ。悠長に構えているから、そうなる。魔族といえど、魔導師を舐めてはいけない。魔術だけでなく、科学を取り入れたそれは別物になる。
飛び上がったところで、同じように飛ぶ相手が追いかけてきた。護衛もなく。
しかも、
(これは、追いつかれるっ。糞が、見逃しやがれよ。つか、護衛もねーでよくも、舐めたなっ)
女伊達らに、追いすがるとは。土産物にするには、ちょうどいい。
街の北側へと皆して逃げたが、ガンドルフ以外には見当たらない。
着地する。間近まで追いすがって来られては、逃げようにも逃げられないし。
しかし、
「私は、ただの巡視隊なのにどうしてこうも攻撃されたりしなければならないのでしょうか。わかりませんよ。本当に」
鑑定のスキルか。探られる感覚が、教えてくれる。
「ガンドルフ・フォン・ジルコスキー様でしょう? 無駄でしてよ」
「そうか。そうだろうな。聖女さまよ。貴方を我が国にお連れするとしよう」
と、言ったところで雪の上に並ぶ騎士たち。追いかけてきたのは、部下でなく敵の味方だった。
しかも、10、20ではない。30を超えたところで、数えるのを諦めた。
1騎当千と言われる聖堂騎士。
「できるものならば、どうぞ。ですが、チャンスを差し上げましてよ。わたくしに勝てたのなら、見逃しましょう。部下も返して差し上げますわ。ですが、負ければどのような事になるのか。お分かりになるでしょう?」
負ければ。いや、既に負けたような者。まさか、伏兵がいるとは。部下が全滅している可能性まで出てきた。
「ははあ。しかし、戦う理由があるようには思えませんが…」
「いいえ。貴方たちは、貴方は許されない事をしましたわ」
何であろうか。ガンドルフは、偵察をしていただけだ。フィナル・モルドレッセ。モードレッドの子孫。ブリタニア、ミッドガルド、アルカディアにまたがって女神教の代理人を務める。味方にできれば、形勢は逆転するだろうに。
目が、真っ赤な胞子を垂れ流す。怒りを湛えた手に、握られた雪が水晶の棒へと変じている。
「故に、マッパの刑でしてよ」
「なんだそりゃ。お嬢ちゃ…」
腹に、打撃を感じる。立っていられない。子供の力とは思えない一撃に、口からは鉄錆の元が溢れだす。
頭を掴まれた。至近距離だ。『体衝』『剛力』の寸打。まともに入った。
しかし、
「なんですの。それ。全く、効きませんわ。それでは、わたくしの愛を受けなさい」
(なんだそれは。ぶっ)
返事をするよりも、張り手がガンドルフを襲う。顔に、ひたすら左右から。一撃で、意識が揺らいだ。
回復の術を、行使できない。
「駄目ですわ。全然、駄目。セリアの足元にも、爪の先にも及びません事よ? そんな攻撃で愛しい人を害するなんて」
次に、腹へ一撃。鼻から血が噴き出る。鍛えたはずの筋肉が、ゴムか何かのように柔らかく。
そして、顔を掴んだ女の子は容赦ない。耳が、痛い。
「あら、千切れてしまいましたわ。治して差し上げますわ~」
淡い光が、襲う。
(だ、誰か)
助けて。無限に続く恐怖に、ガンドルフの精神は脆くも崩れた。何しろ、腕が千切れても足の、腕の骨が砕けても癒やすのだ。吸血鬼どもと対決してすら、なかった。全部が、元通りにされる。肛門を破壊され、中身がでてきても。許されないほどの事。
「ああ、どうしたらセリアに愛で上回る事ができるのでしょうか。聞いておられますか?」
そんなの知る訳がない。愛。愛、あいあいあいああいあいあいあいあいと。延々と続く愛の言葉に、頭はおかしくなりそうだ。誰も、止めない。それどころか、微動だにしない。
股間が潰れてしまった。また、元通り。睾丸が、内側に消えて。また元通り。
激痛に次ぐ、激痛。
生きているのが、不思議だ。出血多量なのに。
遠のく意識。かつて、宙吊りにされた拷問すら生易しい。
誰も助けてくれない。
「ところで、お聞きになります?」
舌と肝が震える。鼓動は、初恋のように高鳴っていた。
「帰る場所のなくなるガンドルフ様。再就職の支援を致しますわ」
もう、こくこくと赤子の如く丸まって頷くしかない。




