243話 スキルのない人たち●(アドルの挿絵有り)
馬車の中は、安全だ。
桃色の髪をした女の子が、殺気をアキラに向けていなければ。
日本から来た高校生らしい。防具も皮製の物を申し訳程度につけているだけ。
(こりゃあ、すぐ死ぬんじゃね。あ、でも。大将が、蘇生すりゃいいのか?)
アキラは、なんとなくそう思って金色の耳を兜から出している女の子に視線を移す。
外では、検分が始まっていた。獣人の兵士に比べれば、ハイデルベルの盗賊など赤子のような物だ。
特に、狼、熊といった獣人は身体が大きい。よくもコーボルトはウォルフガルドに攻め込もうと思った物である。
(まあ、大砲とか持っちゃったからかね。そこんとこ、よくわかんねーけど)
さっさと済ませてマールといちゃいちゃしたい。それだけが、脳裏を占めると。
「あの、いいですか?」
拓也が話しかけてきた。苗字は、杉本らしい。何のスキルもステータスもないという。それで、魔物と戦うというのだ。無謀というしかない。訓練したって、無駄ではないか。ユーウは、無駄を嫌う性格をしている。というのに、無駄な事をするのが解せない。
「何? なんでも聞いてくれ。ちなみに、戦闘が終わったぽいが外に出るのは危険だ」
何しろ相手は、暗殺者たちだ。隠密スキルを使う奴がいるはず。ドアを開けたら、ブスリとやられてあの世に行くなんて洒落にならない。
「外、駄目ですか。トイレに」
「あー。それなら、この奥にあるから扉を開けてすぐ右だ。男女兼用だから、入っているか確認しろよ。しないで、えらいことになったら責任取れねえから。マジだからな。首が飛んだりするから、な」
入っていないはず。そのつもりが、アルのそれを見ちゃったとか。そんな感じで、憤死してしまうのはいただけない。無事にトイレに入っていった杉本拓也。年下なので、優しくしてやりたい。が、それほど、アキラにも余裕がある訳でなし。
クエストを幾つもこなさないと、金にならないのだ。その点、ユーウのは金になるけど危険という。
最下層のランクから抜け出すのも、命がけである。
「お二人は、大丈夫なん」
「えっと、はい」
2人は、顔を見合わせて聞くなよという空気を醸し出す。チィチが、会話に混ざってくる事がなかった。
日本人なので、装備の都合などをしてやりたい。まずは、ウォルフガルドで調達した方が安くすむだろう。この2人は、冒険に乗り気なのだろうか。アキラとしては、止めたい。
大事な人は、冒険に出しては駄目だ。失ってからでは、遅い。
「ええとなあ。2人は、冒険者になりたいん? 正直、おすすめ出来ねえよ。ほんと」
「そうなん、ですか? たくちゃんが、その」
成る程。男は、乗り気で女たちが引きずられている訳か。アキラとしては、男を説得するべきなのだろう。しかし、年頃の男を説得するのには言葉がでない。いや、暴力で納得させた方が早いのかも知れない。アキラは、強い方だと思っていた。喧嘩だって、そんな弱くなかった。
しかし、異世界の暴力は桁が違う。漫画のようには行かないし。負ける事があれば、惨事だ。
「一緒に冒険するのは、本当に危険だぜ。あんたらじゃ、ゴブリンだって倒せるかどうか。ともかく、ステータスカードを作れないのなら諦めた方がいい。例えば、あんたらが偽装スキル持ちでステータスとか見えないようにしてたりするんなら。それは、それで後から問題になる」
「だよなー。やっぱ、難しいって。あたしら、全員レベル1らしいし。スキルないし。ステータスとかないしさー。拓の奴が、冒険しようっていうから…おっと」
扉が開いて、むっつりとした顔の少年が入ってくる。面白くないようだ。話を聞いていれば、そうだろう。面白く無いに決まっている。
(どうしたもんかねえ。外は、まだまだ時間がかかりそうだし)
ザーツとレウスは、まだ黙ったままだ。この兄弟は、複雑らしい。エリストールは、会話しないし。どうしてよいのかわからない。見た目以上に広い馬車は、寒風が吹いているようだ。
ともかく、話をする。
「仕方ねえ。んじゃ、試しに迷宮でも行ってみるか? まずは、盗賊たちを片した後になるからどのくらいになるかわからないけどさー」
おすすめできない。可愛い女の子を連れて、迷宮になんていく。年頃の男なら、憧れるだろう。
かっこいい所を見せたいのは、男ならだれだってそうなのだ。
しかし、魔物と同等かそれ以上に脅威がいる。同業の冒険者。現代と比べても、ひところのアムステルダムに匹敵するのではないだろうか。
ミッドガルドは、そんな事がないという。信じられない。魔物に襲われたとは思えない痕跡があったりするからだ。扉を開けて、ユーウの側へと歩いていく。敵の姿は、見当たらない。防壁と盾を使いこなす戦士ばかりで隊伍を組んだ兵士たちは、威嚇的だ。
盾と短槍というスタイル。それらが、行進していくのを横目に。
「大将。アジトは、掴めたんですか?」
獣人が、側に控えている。背の高く長いたてがみをした男だ。ロメルとは違う威圧感を持つ。
「問題ありません。ふう。それよりも、レウスとザーツは会話してますか」
そっちの方が気になるのか。ちょっとおかしな感性だった。周りには、テントも何もない。
何時襲われてもおかしくない場所だ。手には、板を持ちその上で紙に書き込みをしている。
写し書きをしていくのが書記官の様子。皮をなめして兜にしている黒狼族だ。女の姿は、ない。
「ええ。気まずそうですわー。あれ、なんとかしたいならイベントでも起こさないと、無理なんじゃないですかねえ。そう、命がけで助け合うような。例えば、部隊がピンチになって手を取り合って凌ぎきるとか」
「いいですね。早速やりましょう。何か、良い案は…あーでも。死んじゃったら元も子もありません。却下で」
却下されてしまった。それはそうだろう。言っているアキラだって、危険な賭けだと思う。あくまで、方策だ。何にもないようでは、底を見られる。最近わかってきたのだった。
「このまま、待機ですかね」
「どうかしましたか」
率直に言うか迷う事柄だ。英雄願望。これがあるお子様が、異世界にやってきました。それでは、どうにかして活躍させてください。というような難題でも押し付けられているような。
気のせいか。
「いや。うん。冒険者になりたいらしいんですけどね。防具とか武器とか揃えて、迷宮に潜るのはどうかと思いましてね。ほら、彼らレベル1な訳じゃないですか。スキルも無しに、迷宮に向かっていって死亡するとかいう事になったら困り…」
「ませんが、良いでしょう。レウスを死なせないように、潜ってください。ハイデルベルで活動するなら、ギルドに登録してからですね。勿論、アキラさんも登録しないとハイデルベルでは活動できませんから」
困るじゃん、と思ったし顔に出ているだろう。
そうなのである。ウォルフガルドとハイデルベルは、運営するギルドが違う。ゲームでは、どの国でも共通したシステムで運営だったりするのだけれど。考えてみれば、ギルドの中身が大陸で共通しているなんてご都合がある方がおかしいのではないだろうか。
日本でもゲームを運営する会社は、ゲーム毎に違うなんていう事は当たり前の話だ。
話が途切れたのを見計らったかのように、男がユーウに話かける。そのまま筋肉の壁で覆われてしまった。男ばっかである。ホモのようではないか。女の姿が、見当たらない。
矢も飛んでこなければ、魔法も飛んでこない。当たり前の話なのだが。一応、掃討戦のはずだ。
敵が何もできていない。何も。風が、不自然だ。地面に、落ちている矢や棒状の手裏剣とみられるそれ。一体、どうして攻撃が届かないのだろうか。防壁も壁も限界があるというのに。
おかしい。
扉を開けて、馬車に入る瞬間。風を切る音がして、雨が落ちるように地面に矢が落下した。つまり、なんらかの魔術だ。アキラは、駈け出しの魔術士もどきでしかなく。術の力がどう流れているとか経路がどうとかわからない。
階段を踏んで、中へと入る。明るい光に、黒いテーブル。その上には、肌色をした菓子と珈琲が入ったカップがある。匂いで、判断すれば美味そうだ。
緊張感のない乗客に、
「もうちょいかかるみたいだ。仮眠を取りたいなら、ベッドで休憩してくれ」
「え? ベッドなんて、ここにはないですよ」
そうだ。それが、普通の反応だ。そういう反応が欲しい。しかし、
「中に付いている。扉を開けて、左側から順に名札がついているだろう。名前が書いていない場所は、一番奥か。そこを使え。間違っても、名前の書いてある部屋には入るな。首が飛ぶからな」
珍しくエリストールがいう。どういう風の吹き回しだ。いや、人間嫌いの彼女に何が起こったのかわからない。きっと、目を大きく見開いて居ることだろう。
「アレイン。使い方を教えてやってくれ。セイラム姫もお願いいたします」
「はい」「わかりました」
拓也以下の子供。全員が、奥へと姿を消す。残されたのは、チィチとエリストール。それにアキラだ。セイラムとアレインは、ザーツとレウスに従って奥へ引っ込んだ。
赤茶色で、高級感を出した壁から湯気を立てるカップに視線を移す。エリストールは、胸元をおっぴろげて目に毒だ。拓也は、食い入るように見ていたし。今頃は修羅場にでもなっているのではないだろうか。さても、女の嫉妬というのは恐ろしい。
するすると、馬車が動き出す。ユーウは? 一緒に行かないのかもしれない。ティアンナが御者をしているのだ。彼から、何らかの指示があったのかも。アキラには、わからないがカップに入った液体を口に含む。苦い。
「どうした。溜まっているのか? なんなら、今すぐ帰るように進言するが?」
手で卑猥な事をやってのける。危ない。ちょっと前のアキラなら、棒が発射していただろう。しかし、今は大丈夫。枯れ果てている。立つ元気は、帰ってから使うのだ。それくらいに、疲弊している。ちょうど、コントロールされているとも言うかもしれない。
女の口と横に動く手を眺めて、
「やだなー。大丈夫ですよ。ていうか、どうして溜まっているんですか。俺ぁもうびんびんばんばんのあんあんさせまくってますって」
「ふん。だから、烏賊臭い野郎は困る。大方、あのゴミどもの世話を頼まれたのだろう? 乳臭い餓鬼のお守り。ご苦労な事だ。やりたくは、ないのではないか? お前も暇ではないだろう。替わってやってもいいぞ」
そうだ。そうに決っている。だが、そうはいかない。エリストールがそういう事を言うならば、裏が有るに決まっていて。それを飲んだが最後、アキラは僻地にでも追いやられて短い余生を送りかねない。いや、長いようで何の感動もない人生を。そんな事は、断じて認められない。小生といえど。
たわわに実って、垂れ落ちそうな物体を見ながら。
「丁重にお断りしますよっと」
「貴様には、荷が重いと言っている。ティアンナ様こそ、レウス様を導くにふさわしい。元強奪持ちの勇者さま。どうか、その力を存分に振るってくださいな。ぷーくすくす」
「ぐっ。あんた」
にやにやしている。チィチに援護を求めるが、金髪の下で表情は変わらない。奴隷なので、発言しないように教育されている。主を差し置いて、無礼だとかいう事もなく。ちょっと、した寂しさを感じていた。少しは、援護してくれてもいいではないか。
すると。
「アキラ様。敵です」
「何!?」
振動が、馬車を襲う。すさまじい揺れ。ついで、空中に浮いているような感覚。浮いているのなら、やばい。硬い石畳に叩きつけられれば、馬車とて持たないだろう。いや、持つかもしれないが。それでも、外は青い空。
からの、停滞。馬車は、建物の2階付近で浮いているようだ。ゆっくりと、地面へ降下していく。
「アキラ。出番だな? ここは、チィチに任せて、いいな?」
奴隷少女は、頷く。入って来られれば、それで詰みだ。扉を開けて、地面を見下ろせば。
「なっ。炎だと?」
割れた床が、とぐろを巻く炎蛇のよう。吹き上がる炎を術者が操っているに違いない。
毒、召喚。或いは、水の術。対策が浮かび上がっては、どれも有効な手立てにならない。
まごまごしていれば、敵の攻撃で馬車もろともだろう。
「風よ、聞け。そは、振動。大地の叫び。永劫に回り続ける風鳥の囀り」
飛んでくる攻撃は、矢だ。しかし、風に遮られたのか。落下していく。敵には、風の術とわかっていて炎の蛇を用意したのだろう。そこへ、
「水の渦持て巨瓶の傾き」
エリストールの髪から、淡い輝き。中空には、魔方陣。
水の術だ。
方陣から水が、降り注ぐ。方陣以外、何もない中空から。炎の蛇が、勢いをなくしていく。
「旋風。抉り、削ぐ、真空螺旋。掻き毟り撒き散らす驚風っ」
冷たい声だ。氷点下に凍てつく風か。青白い光の粒子を巻く。建物に隠れていた相手が、そのまま割断されていく。屋上を走っていた黒装束たちもまた、肉片となってぶちまけられる。恐るべき呪文だ。こともなげに、ゆっくりと降りていく馬車。
アキラにできた事といえば、見ていただけ。技を盗んでやろうと、常に他人を見ていても。
(レベルが違いすぎて、盗めねえじゃんよ)
盗めないのだ。せめて、強奪でスキルだけでも盗めるなら話も違う。しかし、その場合は追われる身になってジ・エンドだろう。ユーウが、逃すはずがない。ティアンナに追われて、スライスハムにされる未来しか見えない。
そこへ、肩を叩く女が。
「くっくっく。今、貴様に何が出来た? 何も出来ていないではないか。よって、レウス殿の警護はティアンナ様に譲るがいいだろう」
賢しげにいう。だが、
「さすが、ティアンナ様です。警護におられるなら、実に心強い。ですよね」
背後で、顔を出すレウスに声をかける。こくこくと、頷く幼児。全く状況がわかっていないようだが、この場を収めるにはレウスの立場が必要だ。
「うん。ありがとう。エリスお姉ちゃん」
!? 勘違いしている。守ったのは、ティアンナだ。しかし、何故かエリストールの功績になっている。これが、すれ違いという奴だろうか。目に見えるのは、エリストールなので、そうなったのか。レウスの目には、頼もしいお姉さまが映っているのかも。
だとすれば?
「ささ。ここは、まだ安心できません。奥でゆっくりとくつろぎください。万事、このアキラにお任せしていただければ粉骨砕身、懸命に働きます。飲み物と食べ物を用意させましょうね。さあさあ」
形勢逆転だ。御者台では、黒いオーラを放っているティアンナがいる。きっと、目は真っ赤に違いない。
「き、貴様…」
「何でしょう、エリストール様。私に指示を」
言葉に詰まった。どうやら、一撃やり返せたようだ。ここで引くのが賢明か。
エリストールは、ドツボにはまっていく。ウサギのきぐるみを着た痴女が、出現した。
(ふー、せーふだ。危うく、巻き込まれるところだった)
和を持って尊しとする。そんなことわざを思い出した。




