242話 ハイデルベル掃除しよう●(大人っぽいアクアの挿絵有り)
時間が来ると、メイドが身体を拭き髪を透き整える。
目覚ましなんてない。夜も遅いし。7時には、寝るのが子供だ。
ちなみに、6歳。0歳で、ユーウにぼこられたって仕方がないと思う。
(眠い~。子供を働かせるって、ブラック王国なのだ…子供労働反対なのだ…)
アルルとて、何もしていないように見えるが働いているのだ。
それもこれも、本来なら国王である親がサボっているせいだ。
なんとかして、働かせようと試みるのだが。
「ん? アルルちゃん、頑張ってね。お母さん期待してるからね」
などと、煎餅を齧りながらいう。0歳児をこき使うという暴君だった。
0歳児なのか怪しいけれど。
もっとこう、勞ってもいいのではないだろうか。そんな事を考えながら、朝食へと向かう。
闇鴉なる不埒ものを斬り捨てたばかりだ。
鶏やら雀の声がする。廊下を歩きながら。
「殿下。今日の予定でございます」
メイドの1人が、紙をよこす。そこには、面倒なことばかりが書いてあった。
だれそれと会食とか。だれそれと会うとか。面倒な事に。重要な事だけならばよいのだが、そうでなかったりするからめんどくさい。アルーシュに投げてしまいたいのに、彼女はコーボルトで忙しい。
では、アルトリウス。彼女も、またブリタニアで蛮族と遊んでいるようだ。
面白くない。ハイデルベルは、元をハイデルベルクという。ミッドガルドが支配していた頃の1つの州であった。何を考えたのか親が、その支配権を今の王族に譲り渡したからこの有様。
いや、そうでなくともユーウがいなければ大して変わらないかも。金髪の幼馴染がやってこない事に、不満を抱きつつ部屋に入る。メイドに紙を渡して、日本人の姿を見つけた。男が1人、拓也というらしい。女2人は、美雪と定子という。調書を見た内容を反駁する。
忘れてしまいそうだ。
特に、女の名前が逆に言いそうなところが。名前と、見た目がなんとなく合っていないような。
であるから、
「おはよう。良く眠れたか」
「王子さま。おはようございます」
立ち上がって、頭を下げる。それを手で制しながら、言うべき事を言う。
座るように手で示しつつ、
「それはよかった。ここの物は、日本人が作ったレシピを元にしているからな。なかなかに美味いはずだ。私は、脂っこい物が大好きなのだ。カロリーがうんちゃらとか、ぜんぜん気にしないのだ」
すると、3人は顔を見合わせた。ちょっと、駄目な発言だったようだ。
「そうなのですか、あ、っていうと他にも日本人がいるんですか?」
本来なら、王族の許可を得てから発言するというしきたりがあったりする。しかし、アルルは全然気にした事がない。むしろ、臣下である貴族たちの方が守っているという。面倒な事だ。
「うむ。ミッドガルドには、1000人ほどの日本人が暮らしているな。1つの箇所で、だが。高等学校、えーと、高校だったかな。あと、ウォルフガルドという場所にも、数人いる。ここで、冒険者をやるのも良いし。魔物と戦う事ができなくとも、仕事を見つける事はできよう。どうしても、ゴブリンやらオークと戦いたいというのなら止めないがな。スキル、ステータスがないままでは、厳しいと思うのだが?」
ちょっと、長い事を話して疲れた。アルルも、皿に乗ったサラダにフォークを突き立てる。
そうこうしているうちにユーウが来るはずだ。彼の日本人に対する嗅覚というのは、異常だ。
困っている日本人だと、特にその傾向が強い。
3人の後ろでは、レィルとドレッドが立っている。イープルは、時間がかかっているのか。
女の子というのは、身支度に時間がかかるのがいけない。
アルルは、メイドに任せっぱなしだが。
3人がこそこそと話合う。
「その、武器とか防具は…」
「自分たちで揃えるしかないだろうな。それに、いきなり戦っても死ぬぞ。女2人抱えて、ウルフ系に追われたら逃げ切れん。あれら、素早いし。まずは、訓練所、あー」
メイドを手招きする。名前はなんだったか。ナベルだったか。そんな感じのキリリとした女だ。
シグルスが、よく相談している。ランドグリースとかいいながら、笑されるのも記憶力が曖昧なせいだ。なんで、忘れやすいのか。わからない。
三角の眼鏡が似合いそうな女を見上げ。
「ハイデルベルの訓練所、あったか?」
「殿下。そのような物が、この国にあるはずがございませぬ。ギルドを一度見せてはいかがでしょう」
「ふーむ」
ギルド。もしかしたら、日本人たち3人は冒険者ギルドがどこにでもあって、清潔で立派な建物の中にあると想像しているのだろうか。そんな事が当たり前だと思っているのなら、厳しい現実を突きつけるのも一興だ。ハイデルベルで冒険者稼業をする。それが、どれほど困難なのかを知らしめてくれるやもしれない。
そこで、こんっこんっと扉を叩く音がする。朝から貴族が来たりなどしない。
予定は詰まっている。ナベルが、一礼して外へ出て行くと。
「お前たち、冒険者になりたい、でいいのか?」
「えっと、魔法とかあるなら。やっぱり、その、憧れますし」
スキルは、偽装しているかどうか調べてはいない。相手の了解を取るのが、礼儀だからだ。
勝手に盗み見るのは、外道のする事であり、殺されてもおかしくはない。無礼だからだ。
故に、
「この国ハイデルベルは、かなり厳しい国だぞ。一言でいって、外に魔物、内に野盗。盗賊どもの争いは、日常の事だし。日本人を勇者として召喚しているようだが、お前たちを含めてどこまでやれるのか怪しいくらいだ。貴族同士でも、血で血を洗う争いをしているようだからな。魔物を狩りにいくつもりで、外に出たら人間に襲われて全滅など…」
そこで、またも扉を叩く乾いた音。入ってきたのは、金髪ではなくて黒髪に髪色と髪型を変えたユーウだ。頭を変えると、雰囲気まで違って見えるから不思議だ。
「と、まあ。ここまでにして、紹介しよう。そこのメイド長は、ナベル。なべさんいったら殴られるかもしれない」
ダメだった。アルルは、ギャグのセンスがないようだ。
「で、隣の生意気そうな貴族の子弟がユーウ。仮面をつけている時には、ユウタと呼ぶように。今は、いいのか?」
忘れていたのか。違う。アルルに会うから、仮面をとったのだろう。いくらなんでも、仮面をつけたままでは、無礼にあたる。
「はい。日本人の方々、どうぞよろしくお願いします」
これが、着たという事はセリアやエリアス、フィナルがオマケに付いている可能性が。
しかし、後ろには誰もいなかった。チャンスである。
見ると、首筋には歯型がついていた。セリアの牙だ。殺す気なのか、はっきりとした傷になっている。
ユーウは、無敵ではない。ダメージを受けるのだ。
(あの女、人の物に傷をつけやがって。犬鍋にしてくれるぞ)
かっかっとなってきた。
「殿下?」
言われると、手にもったフォークが飴のようになって地面に落ちていた。ささっと寄ってきたメイドが片付ける。手からは、湯気が出ている。それを見た3人の少年少女は、顔を引き攣らせた。
驚かせるつもりは、なかったのだが。
「ふむ。そうだ。弟やらと一緒にこの街を大掃除するのは、どうだ? 盗賊どもで、街は酷い有様だ。昨晩も闇鴉と名乗る下郎に狙われたばかりでな。アキラを呼び寄せて、この3人のお守りをさせながら」
と、話を遮る手。ユーウは、眉間に指をやりながら。
「待ってください。この国は、ハイデルベルですよね。殿下の国ではないはず。そのような越権行為をなされるのは、いかがなものかと」
もっともな事だ。しかし、ディバインドラゴンは言った。アクアという少女を出汁に使えば、不可能はないと。何故か。全く、縁も縁もないはずなのに。ティアンナと名乗る精霊帝の出現。エリストールという妖精族の守護騎士。蠢動している貴族たちも纏めてなぎ払うのがいいのだ。特に、ティアンナとは戦うのを避けた方がいいと勘が訴えている。
だから、
「このまま、放っておいていいのか?」
「……」
沈黙した。あまりいじめるとアルーシュから殴られるのだが、言う事を言っておかなければいけない。常識にとらわれる気がある幼児に。
「確かに、この国は私のものではないがな。しかし、だからといって悪党が野放しにされているのを見過ごすのはいけないのだ。幸いにして、世継ぎはいない。2人とも後宮にいれる事を要求したからな」
凄い悪い顔だろう。そして、対するユーウと言えば喜ぶどころかこめかみを押さえている。流石に、手に余る範囲だし。他人を使う事を覚えないといけない。それが、領主という物だ。自分で全部をやろうなどと、未だに抜けないのである。
ウォルフガルドは、ドメルがいる。ウォルフガングに任せるよりもずっと上手くやってみせるだろう。
天運の尽きていた男なのに、いつの間にか蘇っていた。将来に渡って、強敵になる可能性もあるが。今は、考えるよりも取り込む方針だ。
全部をユーウにおっかぶせないように、フォローしているのだ。それとわからないように。
「殿下、その話、本気、ですか」
「昔もあったようだし、接収するより、よかろ。直轄というわけだ。破綻した財政、蔓延る悪徳貴族ども、くくく、見ておれよ。目にもの見せてくれよう。そうだ」
拳を握っている。怒っているようだ。勝手に後宮を増やすと、ちん○が持たないとかいう奴だった。
エリストールに言わせると、性欲魔人で服を着た肉棒だというのだが?
「アクアちゃんのおねーさんを狙う盗賊…」
身を乗り出してきた。
「闇鴉という連中が絡んでいるやもしれん、という事だが、情報」
目がぎらぎらとして、熱線を放つかのようだ。氷だって溶かしそうな。
もったいぶるようにして、茶色と薄茶の焦げ目のついたハンバーグを切り分ける。
汁が、出てきた。黒髪の少年は、立ち上がったままだ。咀嚼して、飲み込む。
「欲しいか?」
「はい」
「後宮、人が増えちゃったけど、仕方がないとは思わないか?」
また、拳を握った。この男、性欲が強いはずなのに、反対の事をするから面白い。
普通は、嫌がる女を組み伏せる事に快感を覚える男が多い、と。そう教えられてきたのだ。
完全に空気となっている3人を連れていく、それが条件だ。
「それと、関係、なくないですか」
「多いにあるだろ。ともかく、この話はもう済んだ話だ。ええと、男が拓也、三つ編みが美雪、茶髪ヤンキーが定子だ。3人とも、死なないように導いてやるのだ。男なのだ、すえ、据え膳食わぬは男でなしだぞ!」
きりっと、表情を作ると口元を布で拭く。ユーウは、この世の終わりかのような顔をしていた。
なんとも、嘘くさい。女が嫌いな男は、いないというのだ。親が言っていたので、間違いない。
ナベルが鋭い視線をユーウに送っている。
(嬉しがっている様子じゃないぞ。どうなっているのだ! DDの奴、私を騙したのか?)
天井を見上げて目が泳いでいた。
残り4日しかないのに。エリアスは、やってこない。
そして、
「よろしくお願いします。ユーウさん」
「ユーウでいいです。えーと」
「杉本拓也15歳、こっちが真城美雪15、上条定子15です」
刈り上げイケメン。三つ編み少女。茶髪ヤンキー。普通に、相手したくない。
しかし、相手をしなければいけない。なんという不条理。モヒカンおっさんなら、普通に相手できるのに。前世を思い出させる相手は、苦手であった。ユーウは光輝を苦手にしないけれど、ユウタは違うのだ。
イリコ入りの味噌汁は、健康にいいとわかっていても苦手である。エビも嫌いだったりするから、好き嫌いが激しい。それでいて、ハンバーグは大好物だ。
何が言いたいかというと、選り好みするという事。
「うーん。じゃあ、ついてきて」
アルルのめんどくさがりが伝染したのか。めんどくさくなっている。
冒険に行きたいという話なのだ。アルルが、勝手に婚約者、肉奴隷を増やしていく。
もう、面倒にならない方がおかしくはないだろうか。わかって欲しい。
ウォルフガルドだけでも、魔物が一杯なのに。
転移門を開くと。光る門を見て、三人は固まった。
「すげっ、ていうか。これ、なんですか? どら○えもんのあれですか」
とんでもない事を言い出す。いや、日本人だと、そんな物なのかもしれない。
しかし、青いたぬきのような便利道具ではない。海の底へ行って開けるのかどうかわからないし。
「これの中を覗いて、大丈夫なら入ってくださいね」
一応、確認させてからだ。安全第一。移動しようというのに、面食らった2人が門を潜るのに時間がかかった。怖いらしく。引っ張られて入っていくのは、微笑ましかった。
暗い転移室のドアを開けて、でればラトスクの事務所だ。アキラに会わせて、パーティーを作る事にしよう。そこには、青い髪の少女が当然のように丼飯をほおばっていたり。半裸の痴女が、酒瓶を片手に歌を歌っているというカオスな光景があった。
「こちら、ティアンナ。あっちがエリストール。痴女の方は、相手にしちゃだめだ。頭がおかしくなってしまうからね」
3人とも頷いてくれた。服から、胸のぽっちが見えそうなのだ。
とことこと歩いて給仕をしているのは、ミーシャ。
挨拶を交わして、栗毛を掻いた男と会話しているアキラの元へ向かうと。
「おっす。大将、朝っぱらから出勤かい?」
「ええ。貴方も。一緒に、ね。ふふふ、盗賊の根城をたたきつぶしに行きましょうか」
「おーけーおーけー。地獄の底でも、いいんですけどね。ほら、出るもんだしてもらわないと」
これである。最近のアキラときたら、銭にご執心だ。金を貯めて、領地を買うとか言っている。
が、そんな事は問屋が卸さない。
(馬鹿め、地獄を見せてやるからな。ふっふっふ)
にこやかに、笑顔で挨拶する男女。
そこは、普通の家屋に見えた。
走り回って、逃げているのは男たちだ。悲鳴と共に、殴り倒されて蹴りの連打。
鍛え上げられた筋肉が違う。
率いてきたのは、獣人兵500。ハイデルベルの人口も200万程度である。
王都は、10万を切っている寂れようにため息が白く塊となって宙に消える。
数は、力だ。
コーボルトが勝利を確信したのも無理はない。
見つけ次第、武器を取り上げる。まずは、それからだ。
「どうですか? これでも、戦いに身を投じますか?」
「……魔物、と戦うのではない、という事ですか」
冒険者は、魔物と戦うのが第一義だけれどウォルフガルドは兵士も兼ねる。ミッドガルドもそうだ。
ともすれば、兵隊の盾替わりにされたりもするだろう。それを跳ね除けるだけの権力と戦闘力があればいいのだが。現実は、簡単ではない。寝ているところを襲われれば、死ぬだろう。大事な物を持っていれば、それを人質にされるだろうし。
無敵のスーパーヒーローに憧れつつも、そうでない人間ならば。
「拒否できるだけの功績を積んでおけば、どうにでもなると思います。ただ、ゴブリンに苦戦する。或いは、ギルドからの依頼がなくては生きていけないようなら。難しいでしょうね」
勝手きままにやっていけるだけのチートをもって入れば。小説のような生活もできるだろう。しかし、この世界にいる神はちょろくない。むしろ、人間を蟻くらいにしか捉えていないし。与えたチートでやられる事もなく。神殺しなんて事は、文献にすら載っていない。
あくまで、この世界では。
神を倒したという前例がない。
神族もまた同じ。
アキラが、裾を引っ張る。仮面をつけている事を確認して、
「どうしました」
3人から離れる。馬と車の部分にて待機する格好だ。中で、見学である。
「大丈夫なのかよ。あいつら、レベル、ないんだろ。ステータスカードなしって、そりゃ」
「ひょっとすると、ステータスオープンな人たちなのかもしれないですね」
「マジかよ。説明とか、してねえの? ギルドの器具を使ってねえじゃんよ。それって、やばないか」
やばないって。やばいに決まっている。馬車は、頑丈だし。レウスは、ともかくチィチが一緒だ。
ハイデルベルの盗賊に、とんでもない相手でも混じっていなければ楽勝だ。敵が、闇鴉とかいうのであって暗殺者でも抱えていなければ。
獣人兵の警護もある。大概は、臭いで判別できるという。悪臭を使った攻撃が予想されるだろう。
屋根に、影がでて。黒い塊は、赤い花を咲かせた。
「……風葬穿刺」
御者が、呪文を発動させる。と、同時に、
「おいおい、これは、大将?」
諦めていない。相手の攻撃が、馬車に炸裂する。自爆技だ。爆風が、馬車の真下で炸裂した。
だが、無傷。敵は、投げた爆発物が無効化されたのに加えて降ってくる風の針に痺れを切らしたのか。
屋根から消える敵と棒状の爆発物を放ってくる敵とに分かれた。
(エリストールとチィチが中で防壁を張っているからな。効かないぜ。こういう時に、エリアスがいればいいんだけど)
撤退の判断が、早い。相手は、何度でもくるだろう。本来なら、セリアも来るべきだったのに。
やることがあると言われた。
どこの手の者か吐かせる必要があるのだ。電撃で十分か。放たれる青白い光が、爆発を引き起こしてついでに対象を転倒させていく。
「出番がねえんだけど?」
「捕らえるお仕事があるじゃないですか」
アキラは、所在なさげに黒い剣をひゅっと下にする。
殺すのなら、簡単なのだが。敵であっても生かすとなれば、難易度が跳ね上がるのだ。
1人では、できない事であるから。味方がいる。




