241話 アルルは頑張った
面倒な事に。
(馬鹿なのだ……。こやつら、異世界から勇者を召喚した、だと?)
いくら馬鹿でも首輪をつけずに、悪魔を召喚する術者がいるだろうか。
いや、いた。というよりも、ハイデルベルの王族がそうだった。
普通は、自分たちの能力でどうにかするものだ。
だが、
「困りましたね。いかがされますか」
どうもこうも、対策をする必要がある。ま、ユーウに押し付けるだけなのだが。
とりあえず、日本人だろうし。何故かといえば、他の国は獣性が高すぎる。欲望に素直で、ためらいがない。しかも、ほぼ一神教を信じている。
つまり、信仰心が得られない。よって、加護を与えるのも困難なのだ。
ついでに言うと、すぐに死んだりする。後は、使えないので送還されたり。
地下牢。その石壁に囲まれた場所に、黒髪黒目の少年少女が押し込められている。少年は、1人。少女は、2人。
首には、何もない。とすれば、力のない人間という事になる。魔力を封じる柵でもないのなら、そうなのだろう。
「こちらが、勇者候補でございます」
もっともらしい対応をするべきだ。しかし、スキル、ステータスが乏しかった者と豊富な者で分けているのだとか。危険な人間を召喚した愚か者だ。最初、弱くとも人は、成長していく。
だから、侮れない。かつて、オーディンも最弱と呼ばれてエルフの中でいびり倒されていたというのに。その歴史を学ばないとは。
歴史を学べば、自ずと解決策があったりする。
金属の擦れる音と見上げる視線に怯えが混じっていた。
「本当に、スキルがないのか? ただ、使えないスキルのようでもこの扱いはひどいのだ」
「左様で。であるのなら、王に進言を。我らでは、進言もままなりませぬ」
貴族が専横を利かせているのだろう。壮年の王は、勇者の力に頼ろうとしている。国庫の情報から察するに、経営状態が芳しくないのが見える。そもそも、ハイデルベルという国は人が住まうに厳しい雪国。冬ともなれば、積雪で歩く事もままならなかったりするくらいだ。
さらに、雪獣。不作。隣国からの難民。
これらが、王の判断を惑わせるに易く。
ひざまずいた案内役に、力は無さそうだ。
「ふーむ。シグルス、良きに諮らうように」
禿げ頭を見つめるシグルスは、視線を日本人に向けてから。
「わかりました。ギルベルト殿、食料の都合から話をしましょう」
「ありがたい」
ギルベルトなる者。隣国の官僚貴族だ。
王は、愚か。
しかし、配下は馬鹿ばかりではない。のが、救いか否か。日本人は、使える。割合的に、彼らが目立つのは死なないせいだ。他の人間であれば、奴婢か或いは殺されるか。なのである。異世界で文無しが、生きていくのは簡単ではない。
差別心に、満ち満ちていたりするからだ。
弱ければ、虐め。顔が良くても悪くても、虐め。
強さだけが、身の安全を保証してくれる。冒険者の男女が、割合的に偏るのも強さのせい。
力では、女が男に敵うはずもなく。労働力としても、耐久力の面ですら女は劣っている。
(ったくよお。私をなんだと思っているのだ。天界に、栄えあるランドグリース。夜明けの明星なんだぞっ。いつもいつも、馬鹿にしやがって。もう、許さん)
どいつもこいつも、馬鹿にする。ぽんぽんと気安く頭を叩くのだ。
真白い翼が、怒りで黄金化していく。眩いのか。日本人たちが、手でひかりを遮っていた。
と、鍵を叩き斬る。
「お前ら、出ていいぞ。飯が食いたいのなら、私についてくるがいい」
「え?」
顔を見合わせた。じゃらじゃらと動く鎖を指で示す。後ろに控える騎士たちは、不動だ。動いたら、折檻が必要だろう。足と腕の鎖を剣で斬ると。
「ついてこい」
「ちょ、ええ? アルル様?」
邪魔されるのも、困る。シグルスに、
「気が変わったのだ」
「全く、気が早いといいますか。わかりました。国王には、わたしから説明をいたしましょう」
「頼む」
シグルスが去っていく。寂しい。
召喚したのかそれとも拉致したのか。どちらでも、いいのだ。
拉致かどうかを尋ねるのが、先決だろう。
疲れきった顔の日本人を連れて、地下牢を抜ける。
城には、他の冒険者もいるだろう。
ミッドガルドの貴賓館へと案内するべきだ。
「あの、どちらへ行かれるのですか」
馬車へ向かう途中で、小姓役をするドレッドが訪ねてくる。後ろには、イープルとレィルの姿がある。アルルは、名前を覚えるのが苦手だ。だが、歳の近い人間は割りと憶えている。だから、なんだという話だが。馬鹿と言われるのは、その辺なのかもしれない。
わかりたくもないが。
「城で、ほかの日本人とこやつらが顔を合わせたら気まずいだろ。さっさと、距離を取るのがいいのだ。用意は、できているか?」
と、馬番に尋ねると。飛び上がった。眠そうにしていたようだ。
老人と青年の組み合わせで、青年の方が慌てている。老人は、帽子を取って一礼すると。
「はい。只今」
しゃがんで、片膝を付く。礼儀作法は、仕込まれているようである。老人だからか。
名前は、知らない。
「夜更けにすまないな」
「いえ。どのような事情か知りませぬが、4頭立てでよろしゅうございますか」
目立つのは、この場合にあっては不味い、かもしれない。目立った方がいいのは、いいのだが……。
「2頭だな。御者は、いるか」
「直ちに」
レィルがたたっと走っていく。気が利かなくとも、仕方がない。レィルが御者を出来なくとも、普通の事だ。冒険者なら、すぐにでも対応しなければ死ぬ事もあるのだが。彼らは、まだ9歳かそこらだ。ユーウと同い年だったはず。アルルの記憶力が、悪いのは自分でわかっているのだ。悲しい事に。
もじもじしている日本人が、馬車に乗ろうとしない。
「どうした」
「ええと、その、王子様、なんですよね」
わかりきった事を聞くのは、少女だった。御子斗と同じように童顔に、怯えた小動物の気配を放っている。闇の帳に、松明を持った男が息を荒げて走ってくる。時間は、有限だ。さっさと帰って風呂にしたい。どうするべきか。
マントの裾を掴んで、やや頭を下げる。
「いかにも。我こそは、ミッドガルド第2代国王候補たるアルである。あるあるとは、呼ばないで欲しいぞ」
ちょっとボケを入れて見たのだが、しらっとした間が空く。悲しい。
「いえ、その王子さまなのに、なんで私達に良くしてくれるんですか?」
? 意味がわからない。
「おい、ドレッド。いいことをするのは、悪い事なのか。答えよ」
「え? ……あ、あの。私め、です、か?」
何をすっとぼけているのか。ドレッドとイープルがいる方向で、明らかにドレッドへと向けた声だろうに。この幼児、王子の問いをすっとぼけようとしている。まさに、不敬罪。さっさと手打ちにするべきやいなや。すると、
「私は、えっと。良い事をするのは、良い事だと思います!」
イープルが返事する。問いかけたのは、ドレッドだというのに。日本人を無理やり、馬車に乗り込ませる。別に、先に乗せようが後に乗せようが気にしないのだ。アルーシュやアルトリウスは、格式を気にする奴らだけれど。そんなものを一々気にしていると、禿げるだろう。
アルーシュ禿げろと祈ってみるが、彼女の神力が許さないか。
あまり、意味のない事を考えだす。御者が、台の上へと乗れば出発だ。その前に、用意した老人と若者に手付けを渡すと。
平伏して、
「このようなお戯れ、誰かに見られでもしたら大変でございます」
「ふむ? そうなのか」
ドレッドに視線を向けるが、またしても答えたのはイープルで。
「アルさまぁ。下々の者に、戯れの褒美を上げるのはおやめくださいよー。シグルスさまに折檻を受けますから。ほんっとうにお願いします」
「考えが至らなかったようだ。許せよ」
「勿体無いお言葉。これ、バーモ。頭を上げるでないわっ」
バーモか。
老人は、青年の肩を押さえて姿勢を低くする。ユーウがいれば、口やかましく言わない女も今はいない。それほど、気にしなくともよいのに。白く塗られた扉を閉めると。
そこは、沈黙だった。
気まずい。全く、ハイデルベルクの王は碌な事をしない。召喚したのなら、大事に扱うべきだし。どんな人間かなんて、最後の最後までわからない物だ。特に、異世界人の場合は。
「お前たち、どういう風にしてこちらに来た?」
単刀直入に、言う。少女の方が、
「あたしたち、いきなりこの世界に居たんです。学校に通う途中で、穴に落ちてしまって」
「足元にな。お前が、もっと足を広げれば落ちなかったんだぜ? まあ、スカートの中が見えそうになるっていうのはわかるけどよう」
セクハラめいた物を感じる。この男、女の敵ではないのか。
「た、タッくんひどいもん。わたし、そんなんじゃないんだからあ」
「あーあつあつ。あたしまで、引きずりこむなんて最低よねー」
「そりゃ悪かったって。だから、機嫌を直せよ。お前は、こっちについてこなくても良かったんだぜ?」
「あんたに、美雪が食われるかもしんないじゃん。そんなの駄目だし。性獣なんかと、一緒にさせられないっての。わかる? このド変態!」
どうも。何もしないでも、話が盛り上がるタイプのようだ。アルが場を整えずとも、彼らだけで城を脱出していたのかもしれない。そんな雰囲気を放っている。本来ならば、アルルはウォルフガルドの攻略戦をしているか。或いは、アルカディアと戦っている最中であったはず。
何か時間が早い。違和感。と、既視感。気のせいかもしれないが。
「アルさま。この人たち、全然、緊張とかしてないんですけれど! こうミッドガルドの恐ろしさとかぐいっと教えて置く必要があるんじゃあーねーでしょうか」
ねーと思った。脅かすと、反抗心を持たれそうだし。
「私は、そんなせこい真似はしない。やりたいのなら、イープルの裸踊りというのはどうだ? 皆に受けるかもしれんぞ」
「ひっ」
固まって、ガタガタと震えだす。本気も本気だ。冗談では、言ったりしない。
「あのー。俺たち、禄なスキルを持っていないんですけど」
「それが、どうかしたのか?」
「えっ、いや、だって、判断基準って魔力量とかスキルの種類とかじゃないんですか。城の人って、そういう風にしか見てませんでしたし」
どうも、異世界人と見れば土人とでもみなしているのか。いや、その通りであるが。ユーウを知らなければ、或いは一緒にいなければ騙されている所だ。何も無くとも、相手を厚遇してみるというのは人を測る物差しになる。相手がどのような返し方をするのか、まで含めて。
魔力量は、微量だ。だが、それが今後もそうだとは限らないし。ましてや、かくしていたりする人間も多い。日本人の特徴として、実力を隠したり少なく言うのがスタンダードなのだ。それで、騙されているようではミッドガルドの王子なんて務まらない。
単純に、計算のできる人間だけでもいい。
「魔力量が凄いから、役に立つ。とは、限らないのだ。それ以外の部分で、力を発揮する人間もいたりするからな。私の屋敷が見えてきたぞ。それは、そうと道には座り込む人間が多いとは思わないか?」
少年タッくんと美雪は、頷く。黒髪黒目の少年は、適当に切った髪型をしている。ちなみに、美雪は黒髪に三つ編みをした少女だ。前髪のサイドが虫のような触覚になっている。
もう一人の少女は、名前がわからない。髪の毛を茶色にしている。赤みがかかっていた。適当に切ったように見える長い髪の毛だ。会話から、察するか或いはステータスを鑑定したい所である。
「この国、ハイデルベルクは。何?」
衝撃だ。すこすこと音を立てて、突き立つ。矢だろう。魔力が、伴っていないせいか。貫通しない。
が、貫通しないだけで御者の男は死んでいた。馬を扱う者がいなくなってか止まる。ピンチだ。誰を狙って、攻撃を仕掛けている。ミッドガルドの王子であるアルルか。それとも、逃げ出した勇者候補か。その両方かもしれない。
エリアスがいれば楽なのだが。ドレッドとレィルは、まだ戦える歳ではない。広い馬車の中が狭く見える。
「話は、後だ。タッくんと美雪、それに某を守れよ」
「え? 王子?」
扉を開けて、出れば。そこで待ち構えていたのは、黒装束に身を包んだ大人だ。
手には、剣。屋根の上には、弓を構えている。進むべき場所には、土壁が盛り上がっている。降り注ぐ矢を斬り払いで、防ぎつつ数を把握する。単純に、多い。
普通なら、絶体絶命の死地だろう。だが、
「我が名は、アル。ミッドガルドの王子よ。なにゆえ、このような真似をする!」
集団は、黙していた。1人、仮面をつける男がいる。
「闇鴉にございまする。王子、そして、勇者たち。そのお命、頂戴仕るっ」
頭上にも地上にも、影が一斉に舞う。ならば、手加減などできない。
刹那に、広がる火炎の鳥。
「顕現せよっ。不死鳥の舞い。いざ、轟け火の理。悪を飽く、邪の魔、正義を求める光輝燦然。闇を切り裂き輝く剣! 受けてっみろっ」
次いで、光の束が剣に宿る。
「ひっ」
目の前に接近した男は、輝く剣を受けて炭化した。受け手の武器は、溶け落ち。背から伸びる光は、馬車に投げられる物体を包む。
「化物めっ」
「水の術だ! 一斉に、水遁を放て!」
「各自、散開っ」
逃げようというのか。
散ろうとする。だが、そんな甘くはない。反対に馬車へと、突進する影たち。そこへ、
「じゃっじゃじゃーん。正義の従者、エリアス様の降臨だぜ☆」
「ううっ。わたくしまで、どうしてこのような夜更けに」
馬車に降り立ったのは、2人の幼女。レオタードなる物を履いている。
変態にしか見えない。
「おっとー? 耳寄りな情報を聞きたくないんかー? んー?」
アルルの火と光で倒しにくい相手を殴り倒していく。ちょうどいいタイミングだ。
ユーウにべったりな2人だが、おいしい所を持っていく。
ユーウと違って、アルルは巻き込む系統の術だから助かった。
しかし、2人。倒して、戻ってくると頭がちりちりになっていた。
「鳥の巣のようだな」
「そのツッコミは、ないですわー」
「ひぐっ。ユーウの前に出られませんわ」
崩れ落ちる2人。敵は、全員死んでしまったようだ。捕らえておいても、自殺しただろうし。
問題ない。
「この髪に、再生魔術をかけたらどうよ」
「や、やってみましょう?」
もっと、ひどい入道雲になった。風呂には、行けそうもない。
残念。
(そうだ。アルーシュの奴を行かせておけばいいのだ)
そうすれば、少なくともエリアスには遅れを取らない。
負けそうなので、仕方がない。
HPの計画があるんですよね。5月くらい・・・できるかどうか
期待していただけると(*´∀`*)




