240話 魔族は逃げ出した。しかし、回り込まれた (ユウタ)
場所を変えて、逃げる。得意な技は、分身を作る事だ。
やられたように見せるのも、お手の物。幾度か、撒けそうな場面もあった。
(しつこいな。人間どもを餌にするべきだが)
体液による噴霧。面を作って、行方をくらませようとする。
それでも、それら爬虫類は追いかける。
てらてらと輝く鱗。忌々しい事に、魔弾を弾く。魔力の込められた球体は、赤い蜥蜴に弾かれてしまった。
(いかん。やつら、どこから)
蜥蜴たちは、的確に追跡してくる。
青い蜥蜴は、口腔に青白い輝きを宿す。直後に、電撃だ。
触手で防ぐも、溶け落ちる。逃げる方向を誘導するやり口。
魔族といえども、逃げ切れない。そんな追跡能力を持った蜥蜴がそうそういるはずもない。
では、この蜥蜴たちは?
「お前らは、やりすぎたんだよ。聖上は、貴様らの死をお望みだ。さあ、死ね。今すぐ、死ね」
黒髪の男。いや、竜王だ。竜人たち、竜を束ねる王。混じりっけのない黒。
黒龍だ。手は、細く柳のよう。しかし、鱗が生えた腕になっている。
人ならば、八つ裂きにできるのに。竜が相手では、分が悪い。
魔に障壁あり、竜には無し。おかしいではないか。
「黒王よ。なぜだ。なぜ、竜が人の味方をする」
竜は、人を食う。弱肉強食にあって、人は食料のはず。
だというのに、守ろうとは。解せない。
すると、手を顎に当てて。反対の手は、待ての仕草。
「知らんよ。だが、我々にとって聖上は絶対だ。我らの世界には、あのお方なくしては保たれない。それは、貴様ら魔人がよく知っているのではないか?」
臍を噛む思い。しかして、魔を統べる神の不在。これは、いかんともしがたい。
デスピエロが消滅した今、援護にくる者もないだろう。
地上に出てきている魔界貴族の数は少ないのだ。
直近の主たる魔王は、やる気があるのかないのか。保護、援助もなく死に向かって行進中だった。
何のためにでてきたのかわからなくなってきた。
機動力のあるエ・ガルゴは、とっと逃げ出しており。
足の遅いザーカァードがとっつかまっている。
腐肉の主は、死体に寄生して逃げの一手だ。
単純な殴り合いで、竜に勝てるはずもない。
ただの歩く蜥蜴の人型すら魔人と同等だった。
音速を超える機動力とブレスは、人間など殲滅する事も容易かろう。
だというのに、
「嬲るか。くくくっ。我がこのような死を迎えようとはなぁ!」
いくつもの分身体を生み出す。力は同等だが、魔力が減る。作れば、作るほど劣勢だ。
そして、それらは時間稼ぎにもならなかった。掴まれ、ちぎられ。燃やされて、灰に変わる。
人間とは比べ物にならない能力だ。足を何本も作って伸ばす。だが、捕らえきれない。
ただの一匹も。竜王の連れた兵だ。精鋭に違いない。でなければ、魔人としての誇りを保てそうになかった。
鮫を思わせる頭に剣山じみた歯が、がちがちと音を立てる。
何か、手はないのか。毒も麻痺も電撃も氷雪も熱線も効かない。
そんな話があるのか。それほどの強敵だ。
包囲されて、攻撃されれば魔人であるザーカァードとて持たない。
「やれ」
頭を膨らませて、全周へ溶解液を振りまく。だが、それを相手は炎で蒸発させる。
直後に、胸の位置を鋭くかつ燃え盛る爪での打撃が襲う。
取り込む。だが、できなかった。
取り込むはずの細胞が、燃えて崩れる。
人の何倍もある太い腕。膨れ上がった胴には、びっしりと生えた鱗。
体重は、余裕で牛や馬を超えるであろう。だというのに、恐るべき速さ。
うねる足が、欠片しかなかった。再生が、追いつかない。
「貴様の考えていそうなことくらい、お見通しだ。消滅せよ。魔の裔よ」
「きさまら、これで勝ったと思うなよ。いずれ、魔神は復活なされる。その時こそ、九重を統べし基幹世界は魔の物となる!」
「どうでもいいことだ。それは、な」
竜王は、無表情。人と変わらぬ肌と顔。止めに、すまし顔と言葉である。
驚きと怒りが湧き上がるが、ザーカァードの肺は燃え尽きていた。ならば、わずかな空気だけで喉が震えたという事だろう。再生の魔術を使う余裕もなく、頭が溶ける臭い。
(せめて、魔力が万全であったなら。詮無きことか)
相手が、悪すぎた。たかが、魔人に竜王が出張ってくるなど。ありえぬ話なのだが。
ぷっつりと、音が切れた。エ・ガルゴとボルザークが逃げおおせたかどうか。
知る由もない。
◆
アクアは、やはり何も思い出すなんて事はなかった。
しょうがない事だ。しょんぼりしながら、そこを離れると。
さっさと帰宅する事にした。
寒いので、餅を焼いてみたら思いの他に好評であった。
ミッドガルドは、未だに秋なのである。
今日、という一日が終われば残りは4日。
エリアスと特訓をするなんて話もあったが、結局セリアと戦ってばかりだった。
エリアスも同じようにセリアと戦っていた。で、全戦全敗という散々な結果を背負って彼女は帰っていった。魔力が尽きていたので、補給すると今度は白目になって蛙ポーズをするというオマケ付きで。
フィナルが、おぶっていったのが印象に残っている。
「ちょっと? 貴方、根性が足りなくってよ!」
「あ、ああ、うん、もう、らめぇ。入らない」
フィナルは、きょろきょろしてからエリアスの頭を叩く。三角帽子は、穴だらけであった。
「ちょっと。あたくし、百合の趣味はありませんから」
「ひぃぎぃ」
叩かれると、怯えたエリアスがしがみつき。また叩かれるという悪循環。どうにも、相性が良さそうだ。永久循環という点で。
相手をしていたセリアは、涼しい顔だ。いや、満足顔なのか。ユーウの身体で相手をしていると、場所を選ばずに戦えてしまう。大気圏ぎりぎりで、手頃な地面を流星にして、乗りながらでも。
「帰るのか?」
「夜だよ。いい子は、お休みの時間だ」
「ふーむ。そうか。アルル様は、王宮で仕事だろうからな」
転移門で移動する。レウスとザーツは、家へと。アキラチームは、ラトスクに。
ハイデルベルから、帰ってくるのも一瞬。これが歩きなら、何日かかるかしれたものではない。
王都は、すっかり陽が落ちて夕食の時間だった。
「お兄ちゃん! 学校…いかないとダメだよ~」
ばったりと妹に出くわして、説教をくらってしまうところに。
「シャル。今日は、色々とあった。学校に通えないくらいに、な」
「えー。セリアさん、お兄ちゃんに甘いよー。だめなんだもん」
助かった。目で、先に行けという合図をする。なんとも頼もしい。
今日ばかりは、感謝しながら先に風呂へと向かう。ご飯には、何が出てくるのであろうか。
桜火の料理は、気になる。食事は、全員で取るものなのだが。
アルブレスト家は、ユーウだけとらない事が多い。
(んー。色々あったなあ。今日も今日とて、人をばったばったと殺ってしまった。どうにかせんといかんのだけど)
人形使いの術は、見せられない。かといって、催眠、睡眠は禁術の類。
結局のところ、微弱な電撃しかなくてしょうがない。電撃は、人間だと靴を履いていたりするのでアイスシートを使ったコンボが効きにくかったりする。手加減を考えないのなら、いけるかもしれないが。
風呂場は、広い。使用人も使えるようになっている。使用人は、奴隷だとかそんな扱いでないのだ。
高給で雇う人だ。奴隷を開放すると、教育を施さないといけない。でなければ、元の木阿弥だったりする。恨まれたり、なじられたりする事だってある。勝手に、恨んでくる朝鮮人が如き手合いはいないが。
肌色のタイルに桶。白い座椅子に腰を下ろすと。扉が開いた。
(なんで入ってくんの)
布切れ一枚で、当然のように入ってくるのはセリアだった。足元には、金色のひよこと狐。白い毛玉が頭の上に乗っている。
「どうした? 固まって」
セリアに、恥じらいという言葉はないのか。昔から、入り込んでくるのだ。
ユーウが、入らせないようにしなかったからだ。
男女7歳にして、同衾せずもまったく守られない。
「はあ。いい加減、一緒に入るのはまずいと思うよ」
「なんで、駄目なんだ。桜火には洗わせているらしいじゃないか。別に構わないだろう。背中くらい、流してやってもいい」
なぜ、知っている。桜火に、洗ってもらっている事を。
普通に、背後に歩みよると茄子を干して作った物体で洗おうとする。
いいのかどうか。良くないのだが、
「じゃあ、まあ、よろしく」
「ふっ。任せろ」
どうせ、出て行かないのだ。あれこれ言って、出て行かない。殴って出て行かせるというのも、暴力的すぎるし。普通は、女の子の方が恥ずかしがって出て行く物ではないだろうか。あべこべだった。
「では、わたしの方も洗ってくれ」
「それは、できないよ」
「むー。さっき、助けてやったではないか。言う事を聞いてくれなければ、オデットとルーシアを呼ぶ」
洗うしかなかった。2人も増えたら、大変だ。ハーレムに憧れていた。
確かに、憧れたのだ。美しい女の子、可愛い女の子を侍らせているのは、羨ましいと。
だが、現実は面倒だった。面倒が2倍、3倍。そんなのに、耐えなければならない。
苦行ではないか。
面倒でなければいいのだが、実際は大変なのである。維持していく事だって、ままならないだろう。
眺めているだけで、いい。そう。それが、いい。
別の誰かとくっつくなら、そっちの方がいいに決まっている。
奴隷のように、囲い込むというのなら話も違うのかもしれないが。
それでは、恋もなければ愛もないではないだろう。
ただひたすらに、欲望だけがそこにある。
「前もよろしく」
くるりと前を向く。そのまま回転させて、元の方へと裏返した。
「駄目。それは、自分でやりなさい」
「けちな奴だな」
と、ひよこが桶の中で遊んでいる。狐も毛玉も一緒だった。
これらが、人化したら手に負えない。
熱いので汗をかいているのか、それとも緊張で汗がでているのかわからない。
疲れているのに、汗をかいてどうするというのだ。しかし、そんな事を気にする連中ではなかった。
「入るよー」
と、扉が開けられる。鍵をしていないのだが、この時から鍵の設置を考える。そんな思考も、刹那。
前髪で目が隠れがちな幼女が入ってきた。また、髪の毛が伸びている。どうして、放置するのかわからない。
「入ってるってば」
すると、
「セリアが入っているのであります。我々も、入る権利を確保したであります」
と背筋を伸ばす。もろなのだ。隠す気がないのは、困った女の子である。
風呂に浸かって見ないようにしていた。問題ありまくりなのに、桜火が駆けつけてこない。
困った事態だ。出るに出られない。ついでに、ご飯もまだなのだが。
「ふっ。一緒に入るか。だが! 先に身体を洗ってからにしてもらうぞ」
「えーーー! じゃあ、セリアがちゃんと腕を握っておくであります。逃げないようにするでありますよ」
ふりかえれない。そのまま、近寄ってきた相手の手を避ける。
いや、避けたら風呂場が戦場になってしまう。
そして、またしても扉が横にスライドして、
「ユーウさま。お背中を、あれ」
「なはは。ちょっと遅かったみたいであります。もう、入っているであります。なので、ここは拙者とルーねえの背中を洗って欲しいであります」
「それでは、失礼して」
横も向けない。子供でよかったと、この時ばかりは感謝したい。
まだ、でないし。ユーウのあれは、大きくなる凶器だ。が、水中ならばよく見えまい。
と思っていたら、セリアはガン見していた。
「ふっ。でかすぎるだろ、それ」
「まじまじと見たら、駄目だって。お父さんに何を習っているんだよ。おかしいよ」
すると、手を放した。その隙に、風呂を出ようとしたら、
「ふむ。ここか。どうした、立ち上がって。私の背中でも流してもらおうか。その手並み、存分に裁定してやろうではないか」
アルーシュだ。一応、布で前面を覆っていた。が、目に毒な光景である。
普通の男なら、理性が溶け出すではないか。
もう、呆れるしかなかった。どうして、女の子だらけになるのか。
筋肉痛が、もっと筋肉痛になったことは言うまでもない。




