239話 芋を売る男の家族 (ユウタ)
会うのが怖い。
それは、そうだろう。アクアは、覚えていないのだ。
過去、未来を見通せる人間なんていない。ユウタは、覚えているけれど顔が違う。
顔が違うということは、見てもわかるわけがない。
ましてや、過去だ。会ったことなんてないのだから、忘れているという事でもない。
(持つものは、益々富むっていうのな。資本主義じゃねえのに)
ハイデルベルの町は、ウォルフガルドと大して変わらない。土塀と白い壁。
それに、人の頭に獣耳がついていないだけというべきか。
魔術大会も迫っているというのに、ハイデルベルで呑気に過ごしているべきじゃない。
わかっていても、アクアが絡んでいると助けないと。
目を瞑れば、鮮やかに蘇る。水の色をした少女の事が。
「ところで、そいつとどういう関係だ」
「気になるぜ。なあ、フィナル」
「ユウタ様、正直に話すべきですわ」
セリアと殴り合いをして、またも顔面が紫色になったり風船になったりと忙しい2人。
タッグを組んでも、セリア1人に太刀打ちできないようだ。
尻尾の毛から、分身体まで作る生けるチートになりつつある。
食い下がる女には、勝てない。
「知っている子だよ。それだけだ」
仮面をつけているので、ばれないと思う。ぎりぎりまで接近して見るのだが。
家の前では、男たちが屯していた。ついでに、エプロンをつけた質素な身なりの女が出てくる。
アクアの親か。同じような薄い蒼といった髪をしていた。
野郎。
「どういう事だ。奴らは、その、アクアとどういう関係だ。ただの平民なのだろう。適当な理由で、捕らえたのかもしれんな」
「やはり、そういう国なのかよ」
法律がない。あっても、人治でどうにでもなる国。貴族が、やりたい放題のようだ。無論、ユウタも好き放題やっているので人事でもないが。それにしても、平民を縛り上げて連行しているのはどうした事か。理由を聞き出すべきか。
と、アキラが寄ってくる。
「え? おい、セリアちゃん」
視線を戻せば、そこには姿がない。速攻で、アクアとその家族らしき人を連れて行こうという男たちを殴り倒していた。容赦なく。
「き、貴様ら、何者だ」
「ふっ。我こそは、セリア・ブレス・ド・フェンリル。ウォルフガルドの威を司る者だ。遠き者は、音に聞け。近き者は、目にもの見よ」
幼女の拳が、目に映らぬ勢いで男たちを気絶させていく。鳩尾に、顔面にと。打撃で、顔が変形するほど。明らかに、やり過ぎだ。しかも、問答する気もないらしい。普通は、丁々発止をやるところなのに。彼女の容赦ない攻撃で、助かったのも事実。
「まあ、いいか」
「まあ、いいかじゃねえよ?! これ、外交問題じゃね? やばいって」
アキラは、慌てて言う。しかし、
「細かい男だぜ。俺ら、いいことしたんだしな。アル様たちもほめてくれると思うぜ」
全くもってその通り。と、内心でうなずきつつ縄を解いていく。
アクアとその姉か。それにお母さんという所だろう。
倒れた男たちを壁際に並べていくと、
「んじゃ、俺らはこいつらをしょっぴいていくからさ。アジトを襲っとくか?」
「そうしよう。盗賊、死すべし」
止めるべきだろうか。しかし、やりたい放題やっていそうだ。盗賊というのは、どうしてわかったのだろうか。鑑定スキルでも使ったのだろう。そんな気がしてきた。
「えっ、と、なんで、セリアちゃんは盗賊だってわかるんだ? こいつら、何も喋ってねえじゃん」
「馬鹿め、鑑定でも使えば一発だろう」
「相手にバレたら、不味いんじゃねえの」
そうなのだが、彼女たちには常識が通用しない。火器管制ロックオンするような感じなのだが、
「くだらんな。そもそも、私は王族。つまり、治外法権下にあるといえば貴様のような日本人でもわかるか? いってみれば、アンタッチャブルなのだ! 私がすることを掣肘できるの者は、姉上くらいのもの。つまり、このような事を好きにするくらいの権力を持ちあわせているのだよ」
アキラは、それで黙った。ちょっと長い話に、セリアが興奮しているのがわかる。
盗賊とみれば、貯金箱にするのはセオリーになりつつあるからか。
彼らに、人権を認めないのも共通している。
日本人の感覚からすれば、盗人でも人権を保護してやるという観点らしい刑法だが。
「あの、さ」
歩きながら、アクアの怯えた表情が気になる。顔は、仮面で隠れているので見えないはず。
懐かしさに、涙が出てきそうだ。
アキラは、そんな事をお構いなしに言う。
「何かな」
「なんなの。襲って、倒すって。あいつらが、良いのかも知れねえじゃん。俺には、わかんねえんだけど」
そりゃそうなのだ。しかし、だからと言って説明してやるのも面倒だった。だから、すたすた歩くセリアの尻尾を見ながら。
「日本だと、裁判とか有りますよね」
「うん。もしかして、ここって裁判無いのかよ。え? あ、弁護士とかいねえの?」
セリアが、振り返った。
「お前は、法が誰だか知っているか? ウォルフガルドにあっては、私が法。つまり、ここの国もまた王が法という事だ。そして、明らかな間違いであってもそれが法律となる。即ち、彼女たちを救おうとすればその王に物をいう以外にあるまい? おかしな事を正すのに、何のためらいがあろう事か。弱者を救う、それが正に、義。人には、これがなければならないのだ」
セリアも大概な事をするのだ。ちなみに、殺人罪よりも強姦の方が凶悪犯罪というとんでもない国だったりするという。ミッドガルドもウォルフガルドも強姦には、傷害、脅迫、誘拐、殺人までが加算されてしまう。日本と違って、強姦の現行犯だとほぼ死刑を免れないのだ。
ちなみに、日本は5年程度で捕まっても出てこれる。その話をする度に、アルトリウスは「やはり、世界を一度浄化する必要があるな」などという。世界を焼きつくさんとするのだから、いかれているとしかいいようがない。
目を見開いて、アキラは訴えかけてくる。困ったことに。
「弱者って、誰よ。さっきのおっさんたちだってさ。セリアちゃんたちにしてみれば、弱者じゃねえの」
「ふっ。成人した男は、弱者に入らない。そんな戯言を言う男は、貴様くらいだぞ。この玉無し野郎」
玉無しと言われて、アキラは俯き加減になった。周りの煉瓦が赤茶から、灰色になり寂れた家が並ぶようになる。人の通りとて、少ない場所だ。このような場所に盗賊が隠れ棲んでいるというのか。しかし、
「連中の匂いが、この家に繋がっているな。一気に踏み込むぞ」
なるほど。鼻がよかった。
アキラは、後方に下がらせてレウスたちのお守りだ。
ユウタが全部片付けては経験値がレウスに入らない。それでは、意味がない。
扉を開け放、たずにセリアは前蹴りで中に飛ばす。鼻血を出した見張りが足元に倒れている。
「死ぬか、降伏せよ。我が名は、セリア。ミッドガルドの威をあまねく天下に知らしめる先触れなり! いざ、勝負!」
名乗りを上げている。のんびりした言いように、飛びかかる盗賊たち。
ガスクラウドで無力化した方が、良かったのに。幼女の放つ拳で、盗賊たちは肉塊へと変じた。
戦う事もない。セリアがいると、戦いにならないので困った物である。
全部やったかと思えば、女とボスだけ残っていた。
「ふむ。雑魚ども、大人しく縛に付くか。それとも、死ぬか。選ぶがいい」
「ひっ。あ、あんたぁ」
女は、男にすがりつくようにしていた。その手を振りほどくようにして、
「黙っている。俺が、頭目よ。捕まりゃあ、死刑じゃねえか。なら、やる以外にねえっ」
剣を抜けば、刃渡りが大人の指を広げた大きさくらいある。その分、薄いのだが文様が浮かび上がった。
「この…」
「煩い」
口上を上げようとしていたのに、途中でセリアは顔面に蹴りを見舞う。頭は、どっかに行ってしまいそのまま壁に激突して抜けてしまった。
女は、首を失った男を見て悲鳴を上げて離れる。だが、出口にはユウタたちが陣取っていて逃げ場がない。スプラッターな光景を見ても、気を失っている人間はいないようだ。セイラムも口元に手を当てて気丈にも歩く。
「ちょ、ちょーっと待ってくれ。こういうのって、どうなるんだよ。殺して、一件落着なのか? お裁きとかねえの」
がらがらと、崩れる石をどけて黒い塊が這い出てくる。
「何を当たり前の事を言っている。悪が、滅んで善が守られた。それで、一件落着でなくてなんだというのだ。馬鹿な奴。おい、ユウタ。こいつは、私の国に置いて置きたくないんだが? 引き取って貰えるのだろうな」
「また、人を物のような言い方をして。駄目だよ。優しく言わないと」
「そうだそうだ~」
なんて言うから、セリアに「もう、殺す」なんて目で睨まれるのである。アキラに、反省の文字はなかった。どうしようかと、思うのであるが日本人なのだ。見放す訳にもいかない。
頭目の某か。その剣に、
「しゃあああ!」
肉塊が、黒く変貌して口になった。口からは、液体。放たれるよりもなお速く。
ピンク色のナメクジが、細かい平面体に分割される。剣で。
「ふっ。また、つまらぬ物を切ってしまった」
「いいえ、これで終わりじゃあ、ないわよおお」
虚空からでてきたのは、白と黒のピエロ顔だ。倒したはずのピエロ。まだ、生きていたとは。
どうやって、生き延びていたのか。絡繰りを掴まねば、何度でも襲いかかってくるだろう。
そう。セリアを強くしすぎたのか。
ピエロを掴むと。
殴る。殴る。殴る。
「ちょ、ぶっ。ぶへっ。や、やめ」
「私の拳は、すこしばかり痛いぞ」
「ずるいわよ!!! それ、どういう事なの。聖属性でしょ。あんた、魔狼なんだからぶへぁ」
「しゃべるな」
殴る。殴る。死ぬまで殴るというか。逃がさないように、手足に剣が突き刺さっていた。
そして、壁。文様が刻まれている。
『いやー。そのピエロくん。邪魔だしねー。待ってたよー。何度でも現れるタイプの雑魚みたいだし? 死んでおっけー。ボク以外に、しつこいのってさ。許せないんだよね』
『お主。ストーカー気質じゃろ。人のことを言えんと思うがの』
狐とひよこが会話している。文様を描いたのは、この二匹という事になる。
毛玉は、肉塊の汁で真っ赤に染まっていた。自由きままといえばそうなのだが。
仲間が、来てもおかしくない。緊張していると。
「仲間は、どうした。ほかにも、居ただろう? 喋ってもいいぞ」
「じゃべ、あべ、じぃい」
ピエロは、白い灰になってぱらぱらと消えていく。
しつこいピエロだった。しかし、セリアにかかっては型なしだったようだ。
力ある魔族だったように思える。しつこい点で、Aクラスをやってもいいだろう。
もっと、しつこいのは女の子に限った事ではないが。
「ふむ。他愛もない。久しぶりに、戦うとしようか! 私は、高ぶっている!」
逃げる。いや、逃げれない。レウスが、ザーツが見ているのだ。
弟たちの前で、カッコ悪い事ができない。
だから、
「しょうがない。相手になるよ」
「今日こそ、貴様を倒して最強となる。覚悟しろ」
最強は、譲れない。なぜって? 男のロマンだからだ。
ある意味。ハーレムなどよりも、ずっと眩しく。
そして、跳びかかってくる幼女の腹を蹴り上げた。
厚い腹だ。一撃で、穴が開かない。その感触。
天井を突き破ると。
「おいおい。まさか、セリアちゃんと戦うんかい、われ」
「そのまさかですよ。ちょっと、面倒見ておいてください」
ひよこと狐がぴょこっと、レウスとザーツの頭に乗る。
刹那に、降りてきたセリアの反撃を横に飛ばすと。また、人の形をした穴ができる。
それでも、
「し、死んだんじゃ」
チィチは、つぶやく。このようなやり合いで、死ぬはずがないのだ。
全くどうかしている。上へと飛び上がる。粗末な根倉では、本気の攻撃も出せやしない。
エリアスやフィナルでは至れない境地。
衛星にぶつけても死なない相手を、ずっと求めて止まない。
戦う相手を育てるしかなかったという。最強に、終わりはない。




