238話 芋を売る男2 (ジョセフ)
鍋がある。
粗末な小屋に芋が、山のように押し込められた。
とてもではないが、食いきれない量だ。
兵士たちがどうなったかというと、
「おい、なんで王子がこんな場所を歩いているんだよ。ありえねえだろ」
「俺に聞かれたって知るか」
おかしい事なのだ。ジョセフは、ハイデルベルにいるはずの王族をパレードの時にしか見た事がない。普段は、王宮の中で美味いものを貪っているのだろう。血色がよく、真白い肌をした別世界の住人だ。だから、貴族で兵士であるモンマルトが勘違いしたのかも。そんな事を考えながら、芋鍋を作っている。
この芋。大きい。食いきれない量をもらった。恐ろしい。ただ、だからだ。
何を要求されるのだろうか。
「つか、なんで俺たちは芋鍋を作っているんだ? 訳がわからん」
「だから、俺に聞くなって。この白い奴は、焼かないといけないのか。硬い」
餅だという。黒っぽい汁をかけると、えも言われぬ味だ。売り物になるものだから、ただ、と言われてもはいそうですかと頷けない。いや、頷いた訳だが。
ともかく、美味しい。芋をとっても、痩せてなんだか細い草のような物とは違う。
ジョセフは、鍋の前で行列を作っている子供に汁入りの陶器を渡す。
盗まれてしまうかもしれない。
「陶器、減ったら困るんだよな。いや、そもそも、これ、ただで貰ってよかったのかよ」
「ただのお人好しな訳が、ない、からな。相手は、王族だし。調子にのって、食ってると金を請求されるかもしれん」
「怖い事、言うなよ」
王族が、国民を見ていない。そんな悲しくも哀れな国だ。
食料を徴発したりすることはあっても、国民に配るなんてしていた事がない。
愚かで、哀れな民ばかりと。
馬車から手を振ることはあっても、見たり聞いたりすることもない。
貴族は平民を踏みつけるばかりで、手を取って歩くなんてこともない。
ましてや、食料を無料で配るなど。
行列を見ていてもわかる。
「ちょっと、帰って家族にも知らせてきていいか?」
「あー、まー、うん。俺が、ここを見れると思うのは間違っているぜ。手伝ってくれる奴がいればいいんだがなあ」
列を整理する人間がいても、盗賊が出てこないとも限らない。
巻き込まれてしまっては、申し訳ないのでひたすら注いでいると。
「なんか、やることないかな」
「おお」
しかし、子供だった。皮むきくらいできるだろうか。芋の皮を剥いて、実だけにするのもいい。
芋を石で焼くのもいいだろう。ふっくらとした芋。これを作るのに、一体、どれだけの労力がいるのか。
娘たちにも食わせてやりたい。
妻は、どうしているのだろうか。
さっきまで、死にかけていた事を思い出して美しい妻の姿を思い浮かべた。
「じゃあ、こいつを剥いてくれ。食べたら、駄目だぞ。水を汲んで来る奴も必要だな。薪があれば、もっと火を強くできるんだが」
「わかったよ。薪を持ってくる奴、いないか!」
子供たちが、かけていく。薪を取ってくるのも、大変だ。
王都の外にある薪となれば、危険がつきまとう。
魔物も出るし、畑を耕すのも危険だ。ましてや、寒い国である。
薪を手に入れるのも、命がけ。
「冒険者が手伝う、訳ないか」
飯を食っている人間は、並べて力のない者ばかりだろう。
王都の人間は、10万人程度。王都の中にいる冒険者は1000人くらいだろう。
100人に1人くらいが、冒険者という国だ。
それだけに、冒険者なら仕事に困らない。
期限だって、あってないような物。ヴォルドは、辺りを見て、
「屋台、移すべきなんじゃねえか?」
「んなこと言ったってさ。ここだって、本来ならいてはいけない場所だからな。どうしたもんか」
困った事はいくらでも湧いてくる。人手が足りない。そこにつけこんで来るであろう商人の姿が目に浮かんだ。
彼らは、揉み手をしながらハゲタカのように庶民から奪う事しか考えていない。
無いものを有るものに売りつけているという。
そこら辺もわからなかった頃は、苦労した物だ。
芋も買い叩かれたから、自分で売るようになった。
「さっき会った王子さまに、頼んでみようぜ」
「馬鹿、打首だぞ。さっ、さばいでしまおう」
といっても、まるで減らない行列に白い綿毛が振ってきた。
雪だ。
しんしんと小雪が降ってくる。傘なんてものは、ない。
貴族だけが、させるようになったからだ。平民は、雨でも打たれるしかないのである。
(忌々しい。貴族どもめ、商人め、死ねよ。汚辱にまみれて死に絶えろ!)
どうして、雪を避ける傘をさせないのか。平民に力がないからだ。
力は、レベルだ。ステータスだ。能力がなければ、物を言うこともできない国。
どうして、このような国なのか。
皆して、下を見て歩くしかなく。貴族が、平民を手打ちにしても問題にならない国だった。
「あのアル王子は、どういう方なんだ? うちの国にいる王様とはえらい違いじゃないか。ぜんぜん、偉そうじゃない」
見た目は、派手だったが…。
「しっ、滅多な事を言うなよ。はい、次の方」
木のお椀に、襤褸。フードを被っている。暗い雰囲気だ。
「貴様ら、誰に断ってこのような真似をしている? 事と次第によっては、ただではすまんぞ」
「アル王子の仰せでございます。皆に、スープを食わせてやれと」
「他国の王族に従うのか?」
剣呑な目だ。選択を誤れば、ジョセフの命もないだろう。
故に、
「戦争になっても、よろしいのであれば…」
「なんだと? どういう事だ」
説明するので、しばしの時間がかかった。男は、禿げ上がった頭に鷲鼻。疣のついたそれを掻きながら、
「本当に、そのような事を仰せになったのだな? 嘘をつけば、家族もただではすまんぞ」
「本当もなにも、お聞きになってはいかがですか? わたしどもに反逆の意思もなければ、抗う術もございません」
男は、顎に手を添えてヴォルドからスープの入ったお椀を受け取る。
男と同じ格好をした男が2人。後ろに並ぶ仲間も、それを貰っていった。
「おっかねー」
「ひやひやしたぞ」
実際、ジョセフに何ができるというのだ。何も出来などしない。
家族の命がかかっているのだ。それが、責任感というものなのだろうか。
一刻も早く、帰りたい。
◆◆
国民を飢えさせる王は、王にあらず。
その資格がない。
違うのか。
その意味で、ハイデルベルの王は国王たる資格がない。
さっさと、交代してもらうのが理想的だ。
しかし、この国には男子の王族がいないのだ。いるのは、まだ幼い女児が2人。
かつて戦った事もある国なので、どうなっていくかというのは知っているけれども。
助けるには、やることが多すぎる。結局のところ、助かりたい人間だけが勝手に助かるというのは乱暴な意見だろうか。
国を作るのは、人であるという。けれど、王が国を愛していないとなればどうなるか。
悪政が、人を苦しめる。愛のない政策が、人を苦しめる。
人いなければ、王もまた王たりえないのではないだろうか。
とかく、王には資格がいるのだ。
国を富まさねばならない。人口を増やさねばならない。
人口を増やすには、どうしたらいいか。簡単だ。
増えるように施策をすればいい。女を働かせれば、それだけで人口が増えない要因になる。
記憶にある限り、未開であるほど女に権力はなく權利もない国ほど人口が増えていく。
王なれば、いかようにでもできる。
(ま、やる気ないけどね)
ユウタは、敵に会えばすぐに倒してしまう。
そうなのだ。我が身を振り返れば、殺しすぎ。王には、ふさわしくない。
血に塗れ、王の矛として働いてきた。
そもそも、王様は面倒だ。書類を見て、決済しなければならないことが多い。
面倒な事は、アルーシュたちに任せてしまおう。
だって、最強を目指しているのだ。王をやってくれなんて言われても、困るだけだ。
戦えないし。つまらないではないか。前線でやられれば、即ち敗北に繋がる。
好き勝手に戦う事ができればいい。いうなれば、特殊部隊扱いがいい。
もっとも、王の意見と己の意見が違うと悲しい事になるけれど。
「本気出しすぎだろ! ちょっと手加減しろよ。俺たち初めてなんだぞ!!!」
顔を墨で黒くした女の子が、悲鳴を上げた。ちょっと、いじめっこの気分だ。可愛い子ほど、苛めたくなるのはどうしてだろうか。どす黒い気持ちが、湧き上がってきた。撫でているのも楽しいが、勝ち続けるとむくれるのでさじ加減をしないといけない。金髪の魔女っ子は、羽子板を振り回す。
セリアは、唸った。
「己、ユーウ。こんな格闘技があったのか」
「アルル様は、見ているだけなのですか?」
「シグルス、お前。あれやって顔を真っ黒にするのはごめんなのだ。こういうのは、見ていても楽しいぞ」
ポポッキーゲームをノーカンにして、羽子板を使ったバトルだ。
三次元的機動を得意とするセリアに一日の長がある。苦戦する訳にはいかない。風の魔術を使えば、圧勝だ。しかし、使えば相手も影の術を使ってくるだろう。単純な体力勝負。まずは、エリアスやティアンナといった連中で潰し合いを行わせたのだが。
「行きますよ? いいかな」
「ふっ。次こそ!」
セリアは、全力でやって弾を破壊してしまった。
「はい、負け」
「は? ちょっと待て。弾を破壊したら、負けってどういう事だ」
「だって、それがなければ打ち返せないじゃないか」
「いや、その場合。お前が、打ち返せなくなるだけで負けはお前だ」
考えた。この女は、諦めがすごぶる悪い。ならば、どうするのか。
金だ。
「いいですよ。その代わり、弾を買ってね。1個10万ゴルで」
「それは、ふっかけすぎだ。いくらもしないだろ」
「いえ、軽く、薄く。それでいて、弾む。そんな弾は、高いんですよ。少なくとも、作るのにはお金が必要になります」
セリアは、顔を曇らせた。セリアの金は、すべて預かっている。何しろ、使うとなれば底なしだ。ATMであっても、管理してなければいざという時に払えない。金が関わると、銀髪の悪魔は途端に大人しくなった。辛勝だ。
「…そろそろ、負けてもいい」
「写真を取られたら、魂が抜けるからね」
「素直じゃない子ですよ。ティアンナさまの写真でやらしいことをするに決まっています!! ほら、野獣のような目をしているじゃないですか」
誰が、野獣だ。誰が。ユウタは、野獣になったことはない。そもそも、そんな下卑た事を考えそうなのはアキラくらいだ。そのアキラは、チィチの手で顔が真っ黒になっている。レウスとザーツは、なかなか打ち解けないようだ。2人の間をとりもつようにアレインに動いてもらう訳なのだが、
「…あの」
「お二人も、遊びましょう」
シーラムなのかセイラムわからない姫が繋ぎを作ろうとする。しかし、2人はそっぽを向く。どうして、仲良くできないのか。兄弟で争っても、いいことはないのに。片や、親の元でぬくぬくと過ごした。片や、奴隷として売られてしまった。その差か。あまりにも大きな差が、深い溝となって横たわっている。日本海溝のように。
(なんとかならんのかね。別に、何かされた訳でもないだろうに)
そこに、
『アクアの様子を見に行かなくていいのかなあ』
『なんじゃ、其奴は、また新しいおなごか!!! 主さまの色好きにはこまったものじゃ』
誰が、好色か。あいにくの、童貞です。そんな訳で、首をすくめて見せる。金色のひよこも狐もわかってくれてないようだ。白い毛玉は、白くて四角い物体を食べるのに夢中だ。フードの中で食っている。匂いがついて困る。
ブランシェは、魔族が毛玉になった存在だ。餅が好きになっても不思議ではないが…。
『あ、恥ずかしいのかな。そんな事、気にしてたってしょうがないと思うなー』
『可愛いのか? わらわの方が可愛いのじゃ! 主さまももっと撫でて良いぞ』
撫でると、気持ちよさそうにする。しかし、アキラが撫でようとしたら手が変な方向に向いた。
困った事に、すごく暴力的だ。
恥ずかしい訳じゃない。ただ、あれもこれも助ける事が難しいだけだ。
などと、言い訳でしかない。
「どこへいくのだ? また、用事か」
「はい。寄るところが有りますので」
「そうか。私は、この国の王と会う予定だ。これは、外交問題だからな」
「おい、エリアス。お前は、掃除な」
「ええっ? マジですか」
アヘ顔ダブルピースする有様だ。セリアを相手に、フィナルとタッグを組んだのだが…。
「フィナルも熱くならないように」
シグルスは、椅子に座って優雅に渋茶を口にしていた。アルルを先導して、去っていく。
ティアンナは、アルルたちと一緒だ。桃色髪の痴女も同行している。寒いのに、浴衣スタイルだった。
白と赤いコントラストが眩しい。てっきりビキニアーマーをしていると思われがちだ。
「ふっ。お前ら、雑魚どもがいくらかかってきても戦いにならんわ」
「もう9歳なのですから、添い寝なんて許されませんわよ!」
「な、なんだってーーー!? その話、詳しく」
とんでもない話になりそうだ。フィナルの爆弾発言に、見下す視線を送るセリア。
仲良くしようとしない兄弟といい、頭が痛い。
戦う前から、倒れそうだ。
(アクア。どうしているかな)
たまに、見てはジョセフの家に食料を置いていったりするという。
そんな事をしていた訳だが。
『ところで、なんでその娘を押すんじゃ? どこにでも居そうな娘ではないか。少しばかり、幸が薄そうじゃが。お主、人間は嫌いじゃろ』
『そうだねー。ボクも、人間は嫌いだよ? でも、この子はユウタを絆すのに必要だからね。妹と同じくらい危険だよ。爆弾は、ちゃんと処理しておかないと』
『爆弾とは、穏やかじゃないのう』
『主に、ユウタが闇堕ちする方向で、ボクらに都合が悪いの』
『それは、やばいのじゃ』
聞こえているのだが。この子たちは、お構いなしだ。
ユウタにとっては、確かに気になる子だが4歳も歳が離れている。
論外だ。




