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ヘタレの異世界無双   作者: garaha
二章 入れ替わった男
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237話 芋を売る男 (ジョセフ)

 人通りもまばらだ。薄暗い通りには、朝から芋を買う人間もいない。

 なんとかして、税金を納めねば。お上は、何もしないがきっちりと搾り取っていく。


「美味しい、美味しい、芋、焼き芋だよ~」


 寒い。

 どうして、こんなにも物が売れないのか。

 ハイデルベル王国。

 生まれてからずっと、育った国。

 外に出ようとは思わない。


 何しろ、西隣は鎖国しているミッドガルド王国なのだ。

 となれば、東隣であるハイランド王国にいくしかない。

 しかし、ハイデルベル王国は住民の移動を厳しく制限している。


 貴族は、なみなみとした葡萄酒を煽る一方で民衆は貧困に喘いでいる。

 隣の国から輸入する事で、作物を賄っている有様だ。

 聖歴年をジョセフは思い出せなかった。

 

 子供が、物欲しそうにやってくる。が、売り物なのだ。与える余力など、平民にはなかった。

 助けてやりたいのだが、追い払うより他にない。

 手も声もすっかり嗄れるころに、ようやくわずかばかりの金を得た。


(困った。娘たちに、食べさせてやる物がない)


 芋は、売り物で。郊外にある畑から収穫した物だ。口に入れるだけの分すらない。

 雑穀の類を水に浸して、薄まった物に塩を入れて食べる生活だ。

 その芋だって、大変な苦労をして育てたのにまるで子供の足かというくらい細い。

 どうして、このような生活をしているのか。


 貴族は、優雅な夕餉をしているのに。平民は、重税に喘いで食うや食わず。

 誰かがなんとかしてくれる物と、そう思うのはいけないことだろうか。

 巷では、勇者が降臨して魔物を追い払うだとか。そんな話が聞こえてくる。

 だが、


「はやいな。ジョセフ。精がでるじゃねえか」


「ああ、おはよう。ヴォルド…顔色がよくないぞ。これでも、食っていけ」


 芋をやるのは、痛い。財布に直撃だ。


「すまない。しかし…いいのか? 売り物だろう」


「寒いからな。子供にやっても、キリがない。けど、知り合いに死なれるのは寝覚めが悪いだろ。持っていけ。どうせ、売上が上がれば上がっただけ持っていかれるからな」


「まったくだ。この国は、おっと。気をつけろよ」


 背後に、盗賊の姿が見える。至って、普通の格好だが。平民を苦しめるのは、何も政だけではない。

 税金を取られた挙句に、


「てめえ、まだ、余裕があるみてえだなあ? ええ?」


 これだ。いちゃもんをつけてくるのは、騎士、兵士ばかりではない。

 本来ならば、彼らに取り締まられる側の人間がのさばっている。誰も、助けてくれない。

 それが分かっているからか。


「勘弁してくださいよ。売上に響いてしまいます」


「ふん。だったら、ちゃんと出すもんだしねえ」


 たった、それだけで全部出す事になった。本当に全部ではないが、


「しょうがねえ野郎だ。きっちりやれよ」


「へえ」


 客が、少ない頃合いを見計らって回収にくる。昼は、昼で兵士にいたぶられて。何をやっているのかジョセフはわからなくなってきた。


「あああん? 払う金が、納める金がねえだあ? てめえ、王国をなんだと思ってやがる。売上がねえ、なんてふてえ嘘を付くような野郎は…許しちゃおけねえ!!! ですよね、モンマルト隊長」


 ちょび髭と腰巾着の兵。そろって、蛇蠍のように辺りの商売人からは嫌われている。

 妻と娘が待っているのだ。五体満足で帰れるだろうか。そんな心配をしていると。


「困りましたねぇえぇ? 税金の滞納は、重罪ですよ? わかっていますか? 滞納は、死刑! こうされても文句は、言えませんねぇ。さて、どうしたものでしょうか。ルティ中等兵」


「へっへっへ。そりゃあ、もう、こいつは身体か屋台を差し押さえるしかないですよ」


 おぞましい。もう、家に帰れないのだろうか。その心配が、さっと襲ってきた。家には、幼い娘が2人と妻が待っているのだ。例え、売り物が無くとも身体があれば仕事はできる。だが、サル顔の歪ませる男とくすんだ金の髭を指で摘む隊長格の男がいる。逃がさないように、蛙を見る蛇の目をしていた。


 腰に手をあてて、モンマルトは言う。


「貴方、たしか娘と妻がいましたねぇ」


 ぞくりとした。


「それだけは、何卒。何卒、ご勘弁の程をっ」


 地に膝まづいて、頭を垂れる。

  

「金が払えないのに、知り合いに芋をやっていたとか…ねぇ。これは、温情をかけるべきなのかね、ルティくん」

「そりゃあ、いけませんや。余裕がある人間だけが、温情なんてものをする事ができるでしょう。ほら、隠し金を持っているんじゃないですかねえ。これは、拘置所でたっぷりとお話をしなくちゃあ、道理が立ちませんぜ」


 周りを見るも、兵士に立ち向かって抗議してくれる人はいないようだ。仲間を作っているけれど、その仲間だって兵士とやり合えば命が危うい。ましてや、話だけならば兵士の方に理があるように聞こえる。しかし、拘置所につれていかれればまともに出てこれるかどうか。彼らの尋問によって、白も黒へと変わりかねない。


 なんとかして、この場を切り抜けたい。そこに、


「お役人、どういう事なんでえ。俺っとのダチが、何か?」


 周りの人垣を押しのけて、男が現れた。黒い髪を短くきっているヴォルトは、厚い胸板を見せつけるようにして言う。

 されど、ちょび髭は細剣の柄に手を付けながら余裕たっぷりだ。


「何、彼が税金を払えないというのでねえ。ちょっと、尋問していただけなのだよ。これから、ゆっくーりと尋問するところなのだがねぇ。君も同行しようというのかね? わたしは、一向にかまわんが。こやつら、逃がさぬように囲めぇい!!」


 民衆が、剣の煌きを見てわっと散る。こうなれば、逃げるのも無理ではないか。

 友の助太刀は、有り難くもいよいよ難しくなった。

 空は、曇天で雪でも降りそうなくらい。風は、冷たく刺すような冷気が肌を痛めつける。

 囲む兵士の目は、嗤いが宿っていた。


「すまない。俺のせいで」


「なに、いいってこった。芋の借り、腹があったかくなったぜ」


「ヴォルト…」


 そこへ、


「なあーーーに、いちゃついているんだよっ!」


 鈍色が迫る。ヴォルトの太い足を狙っている。身体を動かそうとするが、年か。寒さか。

 互いにいたずらな歳をとってしまった。レベルを持つ兵士とそうでない一般人。

 ヴォルトは、避けれた。レベルを持たないのに。

 

「あら、貴方。勘が、いいだねえぇ。けれど、そうそう何度もよけられないんだがね」


 瞬く間に、連撃を放つモンマルト。隊長を見守る兵士たちは、槍で囲いを作っている。

 絶体絶命だ。庇う間もなく、穴が空いていく。

 そこから、命がこぼれていった。どうしようもなく、ジョセフは無力。唇を震わせても全く意味もなく。

 例え、喚き散らし殴りかかったところで結果は見えていても。


「やめろぉ!」


「はい、これで、正当防衛ですねえ。公務執行妨害。さて、おまけに傷害まで加わりましたよ?」


 なにを言っているのか。


「てめえ、何言ってやがる」


 はたと気がついた。モンマルトが、貴族の出ならそういう事になってしまう。最初から、罠だったのではないか。盗賊の件、からしておかしなタイミングだったのだ。全部、騙されていたというのならわかる。そうして、嵌めにきたのか。


 肩を揺すって笑う男。手のレイピアが音を立てて、地面を赤く濡らすと。


「無礼、ですよお。地面に這いつくばり、許しを請いなさい。もっともぉお? 遅いですがねえぇ、ひひ」

「くそ、やろう」 

 

 巨躯が崩れた。親友は、床に伏している。腹に、穴を開けて。

 もう、どうしようもなく悲しみが目から漏れていた。どうして、こうなったのか。

 真面目に働いているのに、やってくるのは絶望ばかりだ。

 それでも、妻と娘たちが待っているのだ。


「し、くじっちまった。やっぱ、なあ」


「しゃべるな」 


 腹から溢れる傷は、一つではなかった。見た目からして、蜂の眼がごとき状態。

 スキルだ。

 持つものと、持たざるもの。その差を埋め難く、なにものも抗えない力。

 才能によらず、血統によると言われるそれ。

 冒険者ならば、誰でも持っている暴力。


「おやぁ~。もう、これでおしまいですか。仕方がありませんねぇ」


 誰か。いないのか。立ちはだかるようにして、モンマルトの前に立つ。

 ジョセフと比べて、やや、背の高い男だ。

 スキルを持つ、選ばれた戦士。一般人には、手をあげないのが騎士なのかといえば。

 ジョセフの前にいる男のように、力を振るう事への躊躇いもない者もいる。


 騎士道とは、どこへいったのか。兵隊ならば、関係ないのか。そもそも、死地。

 前が、暗くなった。と、胃液がせり上がる。口、鼻から液体が吹き出す。

 腹に、拳か。衝撃を伝える信号が、ひっきりなしに痛みを訴える。


「隊長~。殺しちまったら、金を取り立てる事なんてできませんぜ? 手加減してくださいよぉ?」


「ちょーっと、やりすぎたかねぇ。癇に障る目つきをするもので、ついやりすぎてしまったか」


 意識が、明滅するほどの打撃だ。死んでもおかしくないのでは、ないだろうか。

 火花が散るような刺激に、意識もあやふやだ。


「ふむ。こっちの方は、構わんだろう?」


 目が霞む。手を伸ばしたところで、足を掴んだ。力を込めるが、鉄か。

 ブーツは、曲がりなどしない。


「おっと、なんだ? この子供は、どこから入り込んできた」


「痛た。酷いのだ。ぶつかって、怪我をしたのだ。賠償するのだ!」


「あ~ん? 何を言っているこの、どこの貴族のせがれだ。危険だ、下がっていなさい」


 子供だ。煌びやかな衣装に艶やかな金の髪。おとぎ話にでてきそうな王子さまぶりだ。

 尻餅をついている。そして、なぜかジョセフと目があった。

 貴族は、平民を見たりしない。地べたを這わない。

 そこに、兵士を殴り飛ばす女が乱入してくる。


「アルさま。ご無事ですか」


「むー。酷い話なのだ。もー我慢ならないのだ」


「どこの、どなた様ですかな」


 すると、黒髪を白銀の兜で被う女は、


「この方をどなたと心得る! ミッドガルドを統べるアル王子殿下なるぞ。者共、頭が高い! 控えよ!」


「は? ぷっ。冗談を言うのも、顔だけにしておけ。どブス」


 サル顔が、己の顔を棚に上げて言う。太鼓持ちで、のし上がったのだろう。援護も早かった。

 ジョセフが見たところ、女はまだ少女といってよかった。造形は、そこらにいるような者ではない。

 とするならば、可能性はある。なのに、囲んでいた兵士に、


「何をしている。王族を僭称する下郎だ。殺すのだ!」


 激を飛ばす。と、同時に兵士たちの槍が穂を下げる。


「むうう。おのれえ、ユーウ、セリア、エリアスやってしまえ!」


 槍を持った兵士は、ばたばたと倒れていく。言葉が聞こえるや否や、髪の毛を逆立たせたモンマルトとルティだけが残る。


「なっ。一体、なにが」


「子供? 嘘だろ」


 兵士たちを踏みつけているのは、銀髪の幼女だ。まだ、幼い顔立ち。一番上の娘とおなじくらいか。下の子よりは、上のような。そんな子供が、いう。


「ふっ。話にならない。ハイデルベルの聖騎士も、これでは質が疑われるな」


「余裕、だぜ✩ こいつら、殺しておかねーの?」


「指揮している人間が、責任をとってくれるでしょう。ね」


 銀に黒い鎧、金に黒いローブ、黒に黒いローブ。そろって、格好に統一性がない。

 どうやって、兵士を倒したのだろうか。倒れた兵士は、泡を吹いている。何かの魔術かもしれない。

 それにしても瞬きの間だ。幼児が、進むとそのつど後ろに下がる2人。

 

「あ、貴方たちも公務執行妨害に問われるぞ!」


「いいや、その前に。ミッドガルドと戦争をし始めようというのですか? ならば、よろしい。戦争でもかまいませんが?」


 黒髪の幼児は、気が狂っていた。戦争を仕掛けようなどと。たかが、幼児を怪我させたくらいで?

 意味不明な言動とやり取りに、ぼんやりした頭は沸騰しているようだ。

 

「な、何ぃ?」


「俺も、弱い者いじめはしたくないんだが…。貴方が泣いて許しを乞うまで、殴りつづけましょうか。いや、隊長さん。あんた、普通に死刑なんですけれどね」


「ちょっと、ユーウ。遊んでいないで、治療を手伝ってくださいまし」


「だああ、勝ったの俺だもん。ポポッキーゲームしようぜ✩」


「「ぜーーーーたいに許さん」」


 幼女たちの言葉が、魔女っ子を遮るようにして放たれる。

 

(なんなのだ。この子たちは)

 ジョセフは、意識を手放した。 


 

 

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