236話 クリスマスか (ユウタ)
「電気は、地面にも流れます。それは、ご存知ですね?」
「は?」
阿呆がほうけている。すぐ側では、魔物と対峙しているアルルやシグルスの姿があるのに。
御者だった。左右に広がる山並。樹も生えていて、魔物が何処から出てくるのか全く読めない。
そんな景色だ。ごつごつとした岩肌を魔術で平らにしながら進んでいる。
魔力の無駄遣いではあるが、道が舗装されていないと気になって仕方がない。
アキラは、高校生だったという。嘘ではないのか。
「ですから、サンダーの魔術はスキル化されていますけど放つ際には狙いを定めないといけません。僕は、アイスシート、アイスフィールドのスキルを使えますけれど。これも、【氷化】【水化】のスキルを併せ持たないと通りが悪いです。ついでに、遠く離れた場所までは電気を流すなんて無理ですよ。こんなのは、理科を習っていれば、十分理解しているはずです。先生は、誰なんですか? ちゃんと授業を受けていましたよね」
「でもさ。電気って、水を通すんだろ。川に電気を流して、機械を破壊してたりするじゃん。あれ、嘘なのかよ」
かける言葉に、侮蔑が混じりそうだ。電気は、地面に流れる。それくらいの科学的知識を持ちあわせていないのか。中学生だって、アースしているとかしてないとか知っているだろうに。アキラは、日本人なのか高校生なのか。疑わしさが増す。
地絡方向継電器や避雷器も知らなさそう。そんな感じで、レウスたちの姿を見る。安全だ。エリアスが付いている。彼女のスライム型召喚体は、守るにも攻めるのにも万能の性能を発揮するのだ。
「嘘に決っているじゃないですか。そんなの、ある訳ないでしょう。スキルを真面目に考えたら、おかしな事に気がつくと思いますよ? そもそも、こうやって」
手と手の間に、真白い光が生まれる。無論、無詠唱。
「電気が出てくるなんて、おかしいですけれどね。ファンタジーですから。これ」
「だけど、そうやって電気が出てるじゃんか。俺のサンダーと大将のサンダー。違い過ぎるだろ。おかしいってば。大将なら、もしかすると川にも雷系のスキルを撃って流れるかもしれねえじゃん。やってみようぜ。ほら、実験と検証が必要だろ。なんでもさ」
ため息が出そうだ。いくら、阿呆でも水は導体であってもそれほど優秀ではない。であるなら、川に落雷が落ちまくるではないか。そうでないのだから、川は使えないし向いていない。無駄に魚さんを全滅させる趣味もない。川に住む生き物を皆殺しにしてしまうかもしれないのに。アキラは、実験だという。
無駄な事は、しない。
「川に、知性ある生命体がいない可能性を考慮してますか? 地面にだっているかもしれないですけど、それにしたって無駄です。ちなみに、高圧は何Vですか」
アキラは、考えこむ。アレインもセイラムもレウスと一緒に固まっている。ザーツもだ。
「200v?」
駄目も駄目。アキラは、理科の授業中を無駄に過ごしたらしい。
いや、わかる方がおかしいのかもしれない。
「高圧は、交流600vから7000v以下です。では、低圧とは?」
「500v? そんなの知らねえってば」
「交流600v以下、直流にあっては750v以下です。ちゃんと勉強しておいてください。碌な知識も持ちあわせていないのに、魔術が使えるとは思わないように。イメージが重要ですからね。電撃のイメージ。ちなみに、体感して術の威力を高めるというマゾい人も居ます。が、そんなのは絶えられるだけの体力があるような人だけです」
「セリアちゃんとか?」
きょろきょろと周りを見る。セリアには、聞こえていない事を祈るばかりだ。電撃に対して、彼女は滅法弱かった。氷だからだろうか。それで、雷撃を得意にするまでになったのだから努力をしているのだろう。つまるところ、セリアとアキラの差は努力しているかしていないかでしか無い。毎日、スケベをして食っちゃ寝をしているようでは進歩もない。
だが、それを指摘してもむくれるだろうし。黙っておくことを選ぶ。
「彼女は、大したものだと思いますよ。実際」
大気圏外まで、蹴りあげてもばらばらにならなくなった。アタッカーなのに耐久力が、上がりすぎである。シグルスも硬いが、まだ人類をちょっと出た所。あまりにも鍛え上げた彼女の扱いが、難しい。今頃は、闘技場で公開処刑をしている所だろう。仮面の男には、勿体無い友人であったようだ。しかし、友人は選ぶべきだ。
悪いのに付き合っていては、同じように評されるだろうに。
悪を放置していては、善が滅んでしまう。愛も同様だ。手入れを怠れば、萎んで無くなってしまう。
そんな儚く脆い代物だから、守らねば。
愛は、1つで十分。2つも3つも手に入るような者など、幸せ極まりないではないか。
少なくとも、愛される事が羨ましい。こんなにも働いているのに、まさに自動金券支払機でしかない。
恋愛をして結婚できるなど、まさに勝ち組。許されない。
アキラは、両思いのようで爆発していいと思うのだ。
ましてや、最愛の者を得るなど。顔面の出来具合でしかできないといのに。
許されない。愛するものを守れないなど。
愛した者を失うなど。そんなものが、英雄になろうなど。断じて、許されない。
守れないならば、生きている価値がない。
「ふっ。呼ばれた気がした」
「ぶふっーーー!」
アキラが、口に運んでいた水筒の水を吐き出す。冗談でやっているのか。それともセリアの出現するタイミングがおかしいのか。緑色をした人型の死体が、地面に散らばっている。オークといえども、力ある騎士を相手にしては雑魚のようだ。輝く盾の攻撃と炎を浴びせられて、黒鉄の戦鬼たちは血しぶきと共に倒れていく。
出番がない。
「ユーウは、見ているだけなのか? わたしもパーティーに入れてくれ」
「いいけど。アル様の方に入ってね」
「む、なるほどな」
レウスの方を見て、理解してくれたようだ。しかし、人数だけは普通のパーティーになってしまった。まともに戦っているのが、チィチを含めて5人。交代で、戦っている。倒すまでに時間がかかっているのは、しょうがない。レウスが死んでしまっては元も子もないのだ。
アキラは、青い顔をしていた。
馬車から離れていく銀髪の幼女を見送りながら、顔やふとももに飛び散った水を拭いていた。
「神出鬼没だなあ。彼女、12歳くらいだっけ。もう2、3年したら凄い美人になるんだろうな。羨ましいぜ」
「いくら美人でも、殴られる方は堪らないでしょう」
「え? 殴られるの? 大将、が?」
殴るというか。訓練なのだが、あまりにも派手なのだ。地形が変わってしまう。宇宙で戦うとか水中で戦うとか。そんなファンタジー世界の住人なので、困っている。もしも、他に戦う相手がいるのならばそちらで引き取って欲しいくらいだ。そのうちに、打撃完全無効とかスキルを覚えそうで怖い。無効系のスキルがあれば、だが。
今のところ、打撃耐性とか精神耐性とかいう物がない。そもそも、スキルがなぜあるのか。
そこからして、ゲームっぽいが。検証してみるには、謎ばかりだ。
普通の、常識から考えて空なんて飛べない。子供が戦うのも、無理な話だ。
「ええ。あっ、話を逸らさないでくださいよ。電気の話、まだ終らないんですからね」
「いええええ。もう、やめようぜ。つまんないじゃん。ほら、どの娘がいいか、とかさー。せっかくの可愛い子が揃っているんだから」
すると、ひよこと狐がふとももまで降りてきた。そして少年のほっぺたには、白い毛玉の角が突き刺さっている。皮膚を突破していないようだが、それを掴むと。
「イテテ、止めてくれよ。悪かった、はい。だから、かじらないでくれえええ」
好きな子。そんなのは、いない。
そもそも、ユーウの身体だ。ユーウの顔面なのだ。それが、己だとしてもどうにも違和感を拭えない。
こまっしゃくれた己の顔は、何処へいったのか。ユーウの顔が己の顔だとしても。
納得できない顔なのだ。日本人では、ないではないか。それをすると、変な顔だと言われるとしても。
セリアが加わった事で加速的に魔物の数が減っていく。
殴ると、消し飛ぶのだ。剣で切ったり、盾で殴っていたのに。
殴るだけで、いいとは。ぱっつんロングの王子さまと黒髪の少女騎士が戻ってきた。
ぱっつんなのは、お揃いなのかもしれない。
「疲れたのだ。お茶をくれ」
「はい。直ちに」
御者をアキラに任せて、お茶の用意だ。出来立てほやほやの物が、適温で揃えられている。
お茶には、ほうじ茶やら色々とある。どれを選ぶのも自由だが、疲れを取るにはどれがいいか。
香りがするものを選ぶと。
兜を取って、どっかりと座った2人に出す。
最初は、一気に喉を潤すと。
「お替わりをお願いします」
「うむ。もういっぱいなのだー」
もう少しばかり暖かめだろう。最初は、ぬる目が良いという。
電気の話だったのは、どうしてかといえばアキラが振ったサンダーの話だったのに。
そんな事を考えて、乾いた布切れを差し出す。奥には、シャワー室まである馬車だ。
普通ではない。
転移不能系の迷宮ではこの乗り物が必要だ。ちなみに、製作するのには素材とスキルが必要になる。
一流の冒険者ならば、作れない代物ではないが中に空間系の術が施されているとなれば特別製だ。
「風呂にするのだ。あとは、よろしくなのだ。シグルスも入るからな。一緒に入るのだ」
「はは、またまた。ご冗談を」
「むー。残念なのだー」
冗談ではない。エリアスに平手打ちを食らったり、セリアに石を食わせられる事になりかねない。とっても危険だ。奥にある扉に、2人が姿を消すと。今度は、黒い三角帽子に黒い布を身体に纏った幼女が戻ってくる。御者がいない。馬は、動いていないようだが。
ちびっこたちも一緒だ。
「ちょっと、休憩だぜ☆」
るんるん、といった調子で言う。こんなにも機嫌がいいとは、何かあったのか。
「どうした」
「んあ? だって、セリアが戦ってくれるんなら楽できんじゃん」
この女、やはり寄生型。人をお財布にしようという奴だ。
「セリアが戦っているなら俺も出る」
すると、肩に手を置いていう。
「まー、ほら。今日が、ザーツの誕生日らしいぜ。ケーキ買ってんだよ。くいねえ」
「な、何ぃい」
今日とは。そんな話。初耳であった。それならば、盛大に祝ってやらないといけない。
「んなわけでー。ケーキ☆ じゃーん」
「おお!」
さすが、魔女っ子。エリアスは、赤茶色を濃くした木製のちゃぶ台に白く甘い匂いを放つイチゴのケーキを乗せる。
負けてはいられない。しかし、ケーキを用意していた事といい弟を連れてきた事といい。
エリアスには世話になりっぱなしだ。金では払いきれない。
「何か、欲しい物でもあるか?」
「ふっふっふ。待ってたぜ☆ その言葉をよ! ポポッギーゲェエエム!!!」
手には、棒状のポポッギー。それを見て、不安に駆られた。
鼻にでも突っ込むのか。まさか。
どうするのかわからないでいると。
「で?」
「だから、ポポッギーゲームだって。鈍い野郎だなあーーー。そんくらいわかれよ。とんだにぶちんだぜ!」
わからない物は、わからない。伊達に童貞をやっているわけではない。
ちょっとレイプされた気もしたが、ノーカンだ。
あんなものは、神聖なる行為と認められない。そう、童貞道が終わった訳ではないのだ。
茶色い棒を見ていると。
「話は、聞かせてもらいましたわ。わたくしも参加します!!!」
白い帽子を被った幼女が何処からとも無く現れて言う。その背後には、無言で立つ青い髪の妖精さんだとか桃色髪の痴女だとか。どうして、こうなるのか。ちょっと褒めてみようかとしたら、とんでもない事になっている気がしてきた。
「却下だな、これは」
仮面は、つけている。大丈夫。ポポッキーゲームなどできっこない。
「流石だな。大将。魔物を放って、いちゃついてるなんてよ~。爆発しろや」
アキラ。いつの間に。
そんなつもりではない。と、口を動かそうとするのに金魚のように思考がぐるぐると回っている。
そろっと、出口に向かうと。
「何処へいくのだ? 私もポポッキーゲームをしてみたいのだ。さあさあ」
「オラァ、逃げんなよ。男は、度胸だぜ☆」
サンタの格好をした王子と鹿の角を三角帽子に乗せた魔女っこが寄ってくる。
赤い悪魔と黒い魔女。
立ち止まらなかった。童貞には、無理だ。いや、破廉恥な事はできないと言っておく。茶色い物体を両手に持って追いかけてくる女の子たち。怖すぎる。
その後、誰がポポッキーゲームをするかで狩りが始まった。
ユウタは、もちろん全力を出した。




