235話 魔族が襲ってきたけど (アキラ)
空は、晴れている。しかし、石壁の家。その前では、異様な空気がしていた。
焼き芋も味がしなくなっている。それは、そのはず。黒い三角帽子の幼女が、連れてきた人間が問題だった。背後、左右には黒いマントに黒い鎧を全身に纏う魔道騎士たち。アキラでは逆立ちしたって勝てない強敵ども。
ドヤ顔する幼女は、
「こっちが、ザーツ。んで、こいつが、兄貴のレウスな。感動のご対面って訳だぜ!」
フードで黒髪を、仮面で顔を隠した幼児は、エリアスの言葉に硬直している。
茶褐色の髪の毛だ。
つまり、それは差別されているという事だ。アキラですら、蔑視の視線を受けるのだから子供ならなおの事。
「レウス。何か、言ったらどうだ」
仮面の下では、動揺しているだろうユーウが落ち着いた声を出す。が、張りはない。
「え、ええと…。ザーツくん、初めまして…」
ザーツは、虚ろな目をしている。俗に言う虚空を見る目というか。生まれてから、ずっと奴隷生活だったのだろう。髪の毛には、白い物が混じっている。歳は、レウスの一つ下らしい。
アキラは、固まったレウスの姿を見て。次いで、チィチに声をかける。
「なんか、雰囲気がやばくねえ?」
チィチが頷く。アルルとシグルスが一緒に付いてくるのだ。闘技場へ向かったセリアとシルバーナは、一行から離れている。王族が混じっているパーティーだから、緊張しない訳がなかった。周囲の警戒に、騎士が立っているし。
「弟か」
学校では、通学できるようにしてもらえないか頼みこんだのだ。しかし、答えはNOだった。そして、よくよく考えると。アキラは養っている奴隷がいる身。普通に、ユーウに殴られて壁まで叩きつけられた。学生なのだから、学校に行っても問題ないじゃないか。そう思うのであるけれど。
(この雰囲気、居たたまれねえよ。早く魔物を倒しにいこうぜ)
言えない空気が流れて、アキラの思惑を王子が代弁するまで間が空いていた。
「んーむ。こいつ、どこで見つけてきたのだ」
「あー、聞きます?」
エリアスは、言葉を濁す。あまり、話しても聞きたくなような事なのだろう。
アキラも暗い話を聞きたくは、ない。
昼過ぎなので、食事の時間だ。さっさと済ませて魔物を狩りに行くという話だったのだが?
ザーツとレウスの対面で、それが進まない。
進行役のはずだったユーウは、レウスと同じようにしゅんとしている。
(中身は、おっさんだろ。なのに…。堪えてんのかね。見た目は、子供だからなあ。こうもおとなしくなってると、不気味だぜ)
ユーウは、弟たちが心配なのだろう。だが、いい年したおっさんの中身。凹むような年ではないようだが。それは、それ。アキラが、口を出せば出した分だけ殴られたりするからもう喋らない。ひょっとすると、ユーウはガテン系かもしれない。
しかし、
「いや、いいのだ。それは、聞かないでおくのだ」
「そろそろ、出発しては?」
アルルは、助け舟を出した。すきま風が吹きそうなところだったので、良かった。
シグルスが、ユーウに言葉を向ける。彼女もまた時間を気にしていた。ありがたい。
「わかりました」
と、幼い魔術師は黒いローブから白い手を出す。開くのは転移門だろう。その先にあるスキルが欲しい。
しかし、転移門すらアキラは手にしていない。調べれば調べるほど、バカらしくなる難易度の魔術だった。スキルとして習得するのなら、楽なのかもしれないが。他職が使うには、魔術を使用できなければならない。
(異世界から日本に帰って、コンドームとか輸入してえ)
ゴムがないのだ。生なので、その内に子供ができるといわれている。しかし、アキラにその覚悟があるかといわれれば困る。マールを養い、生計を立てるのでぎりぎり。そして、沈黙する3人の男児たち。輝く光の門を抜ければ、そこはアキラたちが昨日たたかった場所だった。馬車は、ユーウがインベントリに回収したのだろう。姿が見えない。余所余所しい3人は、ユーウの出した馬車に乗り込む。
ユーウは、御者だ。黒い三角帽子に赤いリボンをつけたエリアスが反対側に座る。
これで、彼女にしていないのだからユーウの頭はどうかしている。
女など、突っ込まれてどばっと出されるまで3擦り半なのだ。時間にして、ふんふんふんふ、である。
「なあなあ。なんとか、学校に入れるようにしてくれよ」
「またその話ですか」
「頼む」
「あー。そいつは、ちと無理な相談だぜ」
黒い帽子のつばを弄るエリアスは、口を窄めている。
なぜ、駄目なのか。明らかに人種差別だ。アキラが、学習する機会を与えない気なのか。
馬車の中では、レウスがアルの玩具になっていた。
ザーツは、大量に積まれた芋を一心に食っている。よほど腹が空いているようだ。
「なんで、駄目なんだよ。そこんとこ詳しく」
「酷い、差別を受けますからね。駄目です」
「それよ! それ! なんで、無くせないんだよ」
「はあ」
角の生えた白い毛玉を撫でるユーウは、肩を竦めた。どうして、駄目なのか。差別を受けているのはわかる。しかし、アキラは空間転移魔術を覚えたい。なんでも入るポッケが欲しい。日本と好きに行き来できるようになりたいのだ。永久的に、ここウォルフガルドに居住する覚悟があるとはいえ。レベルを上げれば、可能なスキルと一緒で魔術も頑張れば会得できるはずなのだ。
音楽とゲーム。それに、アニメ漫画小説。これらは、アキラのいる世界に見当たらない。
日本人のいる学校。とても気になったが、図書室に入る事はできなかった。
すでに、最重要機密として扱われているようで。残念無念至極。
差別があっても、乗り越えていく覚悟はある。
「いいですか? ミッドガルドの貴族たちは視野が偏狭で頑迷な者が多い。言ってみれば、アフリカに行くような物ですよ」
「それも差別じゃね。偏見じゃん」
黒んぼだとか、未開の土人とでも言うつもりか。品性が問われる。
「でも、事実ですよね」
「事実っちゃあ、そうだけど」
アフリカが多少教育をしても遅れた国だというのは、認めるしかない。未だに内戦やら虐殺のある国らしいというのは、アキラも知るところだった。だが、
「だからって、ミッドガルドがそうならさ。やめさせる事はできないのか? 黒髪が、どうして駄目なんだよ」
護衛の兵は、いない。ユーウがいるから兵隊がいないのか。駐屯地になっている場所から遠ざかると、獣人の兵士が隊列を組んで行進している。それも道ではない場所を、てくてくと徒歩だ。アキラたちは、馬車なので追い抜く。と、馬車を見て手を振ってくる。
「前にも、言ったと思うのですが」
「ん。言ったっけ」
「ええ。アキラさんは、黒髪ですよね。ミッドガルド人は、金髪で遺伝子的には劣勢なのです。血が混ざれば、あっという間に子供は黒髪だらけになることでしょうね。スキルも使えないレベルも持たない。それは、民族の消滅を意味しますよ」
ん、と思った。アキラが聞くところ、山田はハーレムを築いているそうなのだ。であるなら、ミッドガルドで学校に通えるという事ではないか。アキラが、学校に通う事は全く問題ないのではないか。なので、ユーウをその線で攻める事にする。
「うー、わかるけどよぉ。山田さん。日本人なのに、ハーレムを築いているじゃん。俺だって、ハーレムが欲しい」
「なら、きっちりと働いてください。じみーな仕事も嫌な顔しないで、働けますよね?」
「うっ」
嫌な予感がする。
「そもそも、エアコンの設置工事とかできますか? 電気工事を含むので第二種電気工事士くらい持ってないと、エアコンの設置はできませんよ。エアコンだけじゃありません。電気を使った設備は、日進月歩なので、あっという間に技術が進化していきます。V=IRだけでもいいので、覚えましょうよ。エアコンの冷媒は、フロンですが今の代替フロンを知ってますか。R22とかR401とかです」
もちろん、知らない。フロンとか、知らない。オゾン層を破壊するとか。塩素を含むとかそんな感じでしか知らないのだ。高校生に、エアコンの設置がわかる訳がない。だというのに、9歳の男児が尋ねてくる。おかしい。
魔物の死骸を片付けている兵士たち。周辺には、動かなくなった魔物を焼いている姿がある。
道沿いにも、山にいくのに死骸が焼き焦げた臭いが漂う。
「わからない、です」
「はあ。いいですか? クーラーの仕組みから勉強をする必要があるようですねえ。それと、エッチを禁止して勉強をしてください。聞きましたよ? 勉強しないでそっちばっかりしているって」
ロメルか。或いはロシナかもしれない。むかつく事に告げ口した野郎がいる。
いいではないか。だって、高校生だもの。スケベで上等だ。
どこだって、盛る生き物なのだ。
「立つものは、立つんだよ! しょうがねえんだって。それとも、ぴんこだちさせたまま歩けってのかよお。勉強だってするけど、ユーウの方だってエリアスとイチャイチャしてんじゃん」
すると、ぎょっとしたのはユーウだった。どうして、そんなにも仮面が揺れるのか。仮面に顔が書いてあるようだからだ。表情は読めなくとも、空気が伝わってくる。
羽の生えた魔物が、空中を飛んでいるとユーウの投げた石が命中して落下する。
スフィンクスだった。ぱねえ。
「イチャイチャしているように、見えますか」
死ぬ。いつも、こうだ。
「いや、だってさ。隣同士で、くっついてるしさ。ほら、仲がいーなーってさ。なあ」
と、後ろをみれば黒髪の騎士からどろりとした怨念を感じる。こっちでも殺されそうだ。アレインとセイラムは、まるで話に加わらない。口から、生霊がでそうな女騎士。
窪んだように見える眼窩が怖い。
石で、落下したスフィンクスの方が気になると話題を変えようと。
とびまわるひよこと毛玉を見つつ。
「おっ、俺は、別に」
もじもじしているエリアスがいた。やばすぎる。アルーシュからは、相談を受けていたのにエリアスとくっつきそうな空気。これを払拭するには、どうすればいいのか。チィチの方へと視線を向けるが、そちらはそちらで後ろの方向を見ていた。
助けを求めて視線を回すも、アルルからは、
「むむむ。それは、困るのだ。アキラ、邪魔なのだ」
やばすぎる。邪魔だとか。王様、歯向かう気なんてありませんの! と叫びそうになる。
「まあまあ。アキラさんは、口が滑ってしまう人ですからねえ。はっはっは」
ユーウは、まんざらでもないような気がする。しかし、どっちなのか表情は見えない。
困った。アルルと場所を変わろうとすれば、がっと腰のベルトを掴まれた。
「どこへ行くんです? ここに居てください。勝手に場所を移動するのは困りますねえ、アキラさん」
いいようのない殺気。肌が、ぴりぴりする。
ゴブリンでもオークでも魔王でもなんでもいい。とにかく、魔物が出てくれば死地を凌げる。
アキラは、祈った。そして、真っ白な顔面にぽっこりと顔が地面から出てきた。
その横に、黒い塊が空中に生まれ出る。
「はっ」
杖を掲げるエリアスが、魔法陣を生み出すと。
「させませんよぉおおお!」
と、ピエロ顔の人型が飛びかかってきた。どこから、と言う間も無くユーウに殴られて空の彼方に消えていく。馬車のスピードは、遅い。そして、地面からも敵か。腕、伸びてきた。虫のように黒い手。魔物だ。
「スターシールド・ゴスペル!」
シグルスの構える盾が、真白い光を放つ。スキルか。反応して、馬車を囲む光。それが、魔物を焼く。
虫の足じみたそれが、光に溶ける。
「こいつでも、くらいやがれ!」
炎の槍が、空中を走る。アキラも何かしたいが、出る幕がないようだ。どろりとした黒い塊にあたって爆発する。魔物は、消滅して白い方も地面へ潜ろうとするが。
「ふう。魔王め。統制がとれてないにも程があるだろ」
蜘蛛か何かか。溶けかかる黒い魔物を地面からひっペ返し。白いやつに投げつければ、纏めて赤い光が貫いて爆発を起こした。
「こいつら、なんだったんだよ」
鑑定を使っても、魔族、くらいしかでてこない。というよりも魔族の足とかいう鑑定結果だ。
完全に、素材化していた。
「雑魚ですが、何か?」
「雑魚、ねえ」
魔族は、強そうだった。アキラが対応していたらどうなっていたかわからない。
少なくとも、遠距離を制する手段のない騎士にはきつい相手だ。
せめて、【防壁】【盾】にカウンター能力でも付いていないと。
どうにかして、能力を磨きたい。そのためには、レクチャー屋とかいう場所に行きたいのだ。
アキラは、手綱を持つと。
「魔術師になるべきだったわ」
「それ、魔術師になったら騎士が羨ましいとか言う人のセリフですからね」
遠距離がある分、魔術師がいいではないか。と、喉まで思考がでかかった。




