231話 ラトスクー東要塞3王子は、考えた (アルーシュ)
ちょっと短いです。
破壊された議場は、灰色の雲に西陽。
窓からではなくて、空が見える。粗末な椅子に、腰掛け王子は悩んでいた。
何も悩みなどない人間などいるだろうか。
向かうところ、敵無し。大国の王子として、権勢を思うがままに振るう。
そんなアルーシュにとって、思い通りにいかないのが他人の心だ。
そう。
(おのれぇ。エリアスの奴。勝手な真似をしやがって、どういうつもりだ)
大体、昔から気に食わなかった。アルーシュもセリアも前衛であったから、仕方なくフィナルとエリアスを加えた。それで、おまけにクリスという目障りな女をアドルにぶつけてなんとかしてみれば。
(魔術大会に出ようだと?)
アルーシュの記憶では、ペアで出る出場者は婚約者だったり色々だ。
問題なのは、そうして優勝するとくっつくという点にある。
認められるはずがない。独占しようなどと。
(あいつ、その気がないフリをしてやがったのか。舐めた真似を。思い知らせてやるぞ)
イライラは、頂点に達しようとしている。
犬人たちは、言い訳ばかりするし。国家予算のほぼ全てを軍事費に投入していた為に、内政はガタガタだ。これでは、ミッドガルドから持ち出すより他に無い惨状。日本人が内政やら軍事に関わっていただろうに。
(犬だけに、尻尾を振ってくるのは早い。こいつら、全員、斬首にしてやりたい)
そもそも、貴族たちを全部処分してしまった方が良いのではないか。コーボルトの王族も纏めてあの世へ送ってやった方が手っ取り早くていいのだ。それが、簡単で傾いた国家経営の立て直しには向いている。
(んー。あー、面倒だ。全部、放り投げるか)
会議は、遅々として進まず。ゼンダックを女にしてしまったせいか。会議に威厳がかけているようでもある。貧民街では、アルーシュの面子が丸つぶれであった。ゼンダックを処刑するのは、簡単ではない。金庫番に、裏の情報も纏めているのだ。それらが、得られなくなってしまうとまた困った事になる。
貧民街の問題、ユーウの弟の処遇。アルルとアルトリウスに挟まれて、アルーシュは言葉による殴打を食らったという。反撃しようにも、その通りなのでどうしようもない。シルバーナと与作丸は、頭を垂れていたがどこまで反省しているのか。
(大体、あいつらも面倒なのを私に押し付けてんじゃんか。ふざけんなよ)
考え事をしているのを邪魔されるのも、癪だ。
「殿下。殿下、聞いておられますか」
「ああ。聞いているとも。貴様ら、全員、処刑するべきなのかと。私は、悩んでいるところだ」
騒がしかった議場が、急に静まり返った。犬人族をどうして同等に扱う必要があるのか。
そもそも、そこからして間違っていた。
後ろに控えているゼークスが、
「それは、あまりに」
「無情か? こいつら、敗戦国だという事を忘れているだろ」
犬人族の貴族たち。戦後処理に、集まったのであるが。自分たちの売り込みばかりで、辟易する。
でっぷりとした犬人の1人に目を向けて、
「日和見で、参戦をしなかった貴族たちに温情をかけてやるのも終いだ。領地に戻って、首でも洗って待っているがいい」
「殿下。お待ちに」
迫力を失って幼女と化したハゲが言う。
「この収拾。貴様がつけておけ。もはや、時間の無駄だ」
「ははーっ。わっかりました」
語尾に、星でもつきそうな笑顔だ。ハゲていた老人が、今や紅顔の幼女。寿命は、変わらないらしいが?
威厳どころかどこにでも居そうな、そんな女の仕草をする。ぱたぱたと手を振って、会議場から退出するアルーシュを見送る。
老将軍が、背を追ってきた。
「ギル爺、何かようか」
「何か、ではございませぬ。とても、大国の王子たる態度とは思えませんぞ。何時にもまして、ぼんやりとした仕草といい。何か病を患っているのでは、ないでしょうな」
鋭い。爺の癖に、アルーシュをよく見ているようだ。ヒロが後ろに控えている。
「ふん。うっ。なんだ?」
全身から、光が漏れてきた。まるで、身体が焼けるようなそれほどの奔流。
身を焦がす炎では、ない。
「殿下!?」
「案ずるな、これは、あいつの」
よもやの、ユーウによる樹精召喚。
わかりやすく言えば、結界を張る秘儀だ。
召喚士系統を持たない者には、使役できないそれを。
彼は、事も無げに使える。つまり、召喚士の系統を持っているのだ。
この技は、とある理由から使いたがらない。
(あいつ、散々、断ってきた癖に。このタイミングで、使うだと? 何が起きている)
樹精を増やせば、そのままアルーシュの力は増大する。
即ち、ミッドガルドの領域が拡大するということだ。
これを使って、星の再生をする。そのための魔力。そのための浮遊城。そのための兵隊だ。
全ては、星の修復にある。恐るべき破壊を星にもたらしたある民族のせいで、惑星の状態は非常に悪化している。
「この光は、一体?」
「とにかく、お部屋にお戻りください。貴族どもは、私たちがなんとかしましょう。命令は…」
「よい。一時の迷いだ」
樹精を通して、魔力が流れ込んでくると。温泉に浸かるようなもので、ぽかぽかしてきた。
ともかく、ユークリウッドだ。エリアスと結婚するなど、断じて認められない。
昔からの馴染みとはいえ、邪魔するようならば首だけにしてやる。
手加減などしないし、躊躇わない。
部屋のドアを開けて、天蓋付の真っ白な布に倒れこむ。
(とはいえ、奴を放っておくわけにはいかない。どうしてくれようか。考えろ私。また、男をあてがうか? 適当な奴を、そうだな。あの、ああ、カリス・トリステインだかいう男、使えるやもしれんな。他には、年齢の近い子供を見繕わねばならない)
邪魔するなら、誰であろうと叩き潰す。一度は、温情をかけた。しかし、二度も三度もかけてやるほどアルーシュは甘くない。
(だが、バレれば逆効果だしなあ。どうしたものやら。けしかけるにしても、下手をすれば奴はむくれるだろうし。慎重に慎重を重ねなければ、な)
はたと。
(そういえば、アルルの奴が子供を保護していたようだ。その話を詳しく聞いてからでも遅くはないな。上手くいけば、クリスの時と同じように遠ざける事ができるやもしれん。ユーウは、ユニコーンだからな)
他に男がいるとなれば、さっと身を引いていくのがユークリウッドという男だ。
そこで粘れよ、とは思う。戦えば、間違いなく勝つだろうし。無理やり奪うのも可能だろう。
いや、その気になりさえすれば地上の全てを破壊しつくして制圧できる。
(できることならば、エリアスと適当な男が逢引しているような絵を作れればいいのだがな。そういうセッティングをできる男がゼンダック以外に見当たらんからなあ)
ゼンダックは、黒い部分のある男だ。しかし、有能で殺すには勿体無い。極めて特殊な能力があるわけではない。卒がないというべきか。
(例えば、無理やりベッドの上でやられているような絵とか。或いは、やりまくっているところを見せつけるとか、か。しかし、これは奴の女性不信が加速してしまう。それでは、いかんし)
合意の上ならともかく、レイプをさせるわけにもいかない。そんな事をすれば、アルーシュが月だかなんだかに埋められてしまうかもしれない。バレた時ではあるが。
こんこん、とドアが鳴る。
「誰だ」
「姉上、セリアです」
呼んだだろうか。会議が長かった。時計は、すっかり夕方の時刻だ。
「入れ」
扉を開けて、すっと入ってきた幼女は白い髪をした猫人を連れていた。珍しい。
「そいつは、誰だ。お前、女に走ったのか?」
顔を赤らめてセリアは、手を振る。
「ふっ。姉上は、人が悪い」
「冗談だ。して、今日は何用だ。私も疲れた。眠くなってきたのだが?」
実際のところ。先ほどの樹精召喚で、疲れが吹っ飛んだ。力が、みなぎっている。
セリアは、幼女と戯れてから口を開く。
「ウォルフガルドに騎士団を復活させた。その許可を貰いたい」
「ん。た、という事はすでに作ったのだろう? 予算、というか金がいるならユーウの奴から貰えばいいじゃないか」
「それが、騎士団を復活させるならアルーシュ姉に許可をもらうように言われて」
どういう事だ。ユーウが、セリアの頼みを断ったか。信じられない。
「おかしいな。普通に考えて、あいつがお前の頼みを無碍にするとは思えない。何か、ああ、そいつか」
「ユキシロ。挨拶をする」
「にゃ、ユキシロ」
「にゃん…」
「…」
猫人の幼女は、黒のワンピースを着ている。にゃんを付けさせたいようだ。が、ユキシロはにゃんと言わない。苦戦している様子だ。顔をぷいっと背けた。
猫人を飼おうというか。もの好きな。
しかし、熱い。部屋は、適温だ。どこで、樹精による結界を作って拡大しているのか。
気になるところ。
彼には、魔術を十全に使うだけの権能がある。そこで、閃いた。
「セリア。その娘は、ユーウにやればいいではないか。たかが、猫人の1人をけちってユーウと喧嘩をするのは面白い話ではないと思うぞ」
「それは、そうなのだが」
ユキシロが、原因に違いない。
どうも、この筋肉娘は気に入ったのか。猫人の幼女を撫で回している。犬と猫は、犬猿の中ともいうくらい反り合うというのに。ほんわかとした空気が、そこにはあった。コーボルトの侵攻以来、彼女の表情は硬かった。それを和ませるだけの魔力が、そこにあるのは、
(にゃん、にゃんいうだけじゃないか。別に、大して可愛くもない、と思うんだが)
セリアのお気に入りのようだ。苦言を呈すのも、一興。
「お前が、その娘をユーウに預けておけば、だなあ。そいつに会いにいく次いでに、稽古もつけられるんじゃないか? さらに、金も得られて兵隊も国も立て直せる。違うか」
「ぐうぅ」
違わないといえばいいのに。強情な妹分に、運命石の反応を伝えるべきだろう。
このまま手をこまねいていれば、エリアスと結婚したユーウを目の当たりにする羽目になる。
間違いなく、エリアスは死ぬだろうが。
水鏡の術で、ユーウの居場所を探ると。
(な、なにぃい)
そこには、黒い塊。魔族だ。黒く、羽の生えた魔物。デーモンもどきだ。
悪魔族ではなく。下級の使役される低脳な魔物。しかして、その能力はそこいらにいるゴブリンと違う。
それが、土壁でできた砦を包囲するようにしてエリアスの配下に襲いかかっている。
ウォルフガルドの冒険者が混じった部隊だ。数が少ないのに、さらにやられては堪らない。
「これは、どこだ。セリア、話は後だ。ともかく援軍にいけ。こいつは。これはいかん」
「む、ユキシロは預けていいか?」
「ああ。ともかく、ユーウが死んでは話もできなくなってしまう」
エリアスをどうこうする。その話がしたかったが、ともかく援軍だ。
「すぐに向かう。姉上は、どうする?」
「言わんでも、行くに決まっている」
場所は、盆地か。三叉にわかれている場所だ。空から見るに、数を用意する必要がある。
どうして、この場所にユークリウッドが結界を展開しているのかわかった。
魔族だ。獣人を守る為だろう。魔族が絡んでいるとなれば、獣人たちでは荷が勝ってしまう。
影に潜ろうとするセリアに、
「待て、セリア。お前の騎士団を出動させておけ」
「む。ウォルフガルドの騎士団は、結成したばかりなのだ。兵員も少ない」
使えない。こういった手配をするのに、セリアは遅い。
時事尚早。時として、迅速即決であるべきなのに。
「止む得んか。ロシナの奴を呼ぶ」
「すまない。私の国が不甲斐ないばかりに」
全くだ。セリアの兵隊は、今のところ500かそこらだろう。ユーウが集めた方がよほど集まる。残念な事に、兵の集まる者が上に立つ資格を持つ。獣人の国だというのに、ユーウの知名度はかなりの物だ。人気取りもなかなか上手い。その経済力からして、そこいらの貴族を軽く上回るだろう。
どこから、富が出ているのか怪しくなるほど。
【神装神理】を使い、黄金の鎧を纏うと。
「ん、ユキシロもついて来い」
「…」
こくりと頷く。どうも、内気な子のようだ。




